環状根を踏みしめて
「忘れ物は無い?」
「うん、大丈夫。母さんこそ、あとでちゃんと<魔法人形>を宿まで送ってくれよ? …… それじゃあ行ってくる!」
早くも旅立ちの日が来た。
大きな荷物を背負い、今日ヨシュアはアリストメイアを経由してマーセナルへと旅立つ。途中までは馬車と小型の船を使いつつ、途中からはこの大陸同士を囲むように結ぶ『環状根』という名の長い長い橋を渡る。
早朝、両親と妹に見送られながら歩き始める。地面は昨日の雨の影響もあって少し湿っている。だが今日は雲も少なく、よく晴れていた。旅立ちの日としては上出来だ。
馬車と船に揺られアリストメイアに辿り着くヨシュア。つい先日『聖騎士見習い試験』を受けたこの地に早くもやってきた。少し複雑な気分かと問われると、案外そうでもない。それに今回の目的はアリストメイアの隣の島であるマーセナルだ。
ヨシュアはアリストメイアにてマーセナル行きの馬車を探すと、マーセナルまでつながる環状根近くにてそれを見つけた。運転席に乗っているのは五十代ぐらいの黒いベレー帽が似合うおじさんだ。
「こんにちは。あの、この馬車マーセナルまで行きますか?」
「ああ、行くよ。出発は昼からだけど、お兄さんも乗っていくかい?」
「いや、えっと、実は『荷物だけ』運んでもらえないかなー、と思ってて」
「荷物だけ? 何か商売でもしてるのかい? それならあっちの…… 」
「いえ、ただの旅人です。運んで欲しいのはこれだけなんですけど、初めて環状根の上を歩くので、できればマーセナルまで自分の足で辿り着きたいなーと思ってまして」
ヨシュアはそう言って、着替えなど旅に必要な道具が沢山詰め込まれた大きな鞄を見せる。
「ああ、それぐらいなら料金さえ払ってくれれば別に構わないが、マーセナルまでは八十キロ以上はあるから、今から行くと間違いなく日が暮れちまうぞ? 馬車ですら五時間はかかる」
「いえ、たぶん俺の方が早くマーセナルまで着くと思うので大丈夫です」
「うーん。君がそう言うならそれでもかまわんが…… 。まぁ、歩き疲れたら途中からでも拾って馬車に乗せてやるよ。そんで、もし君が言うように、馬車よりも速くマーセナルに辿り着くようなら、こっちが到着しだい宿屋まで君の荷物を届けてあげよう」
「本当ですか!? 助かります!」
ヨシュアは馬車の運転手にお礼を述べる。名前と、今日泊まる予定の宿の名前を告げて、財布など貴重品が入った小さな鞄だけを背負い、あとの大きな荷物を馬車に乗せる。随分と身軽になった。
「ん、じゃあ気をつけて行っておいで。最近何かと海賊行為とかで物騒になってるからね」
「海賊…… ですか?」
「そうそう。荷物を奪って海に投げ込んで、下で待ってる仲間がそれをボートで拾って逃げちまうんだ。ずる賢い連中だろう? 俺が運転するのは主に客を乗せる馬車だから狙われたことは無いが、貴重品を乗せた馬車は気が気じゃないだろうな。…… 君、見たところ片腕のようだし、ホント気をつけてくれよ?」
「ご忠告ありがとうございます。でも、この盾があるんで大丈夫です」
そういって左手に取り付けた盾を見せる。
騎士を目指す以上、道中で何が起きてもいいように盾やマジックワイヤーや短剣といった武器は、預けずにちゃんと身に着けていた。
だが、やはり片腕だからか、盾を見せても運転手はどこか心配そうだ。とはいえこういった反応には慣れている。
ヨシュアは気にすることなく前を向く。見据えるは環状根の先にある島、マーセナルだ。
「荷物お願いしますね。じゃあ、行ってきます!」
ヨシュアはそう言い残すと、一気に環状根に向かって走り出す。最初からスピード全開、<身体強化>で強化された聖騎士お墨付きの走りに、運転手が目を丸くしたのは言うまでもない。
そしてついにヨシュアは『環状根』に辿り着き、ゆっくりとその足で踏みしめる!
白いその足場は、元は世界樹の根だったとは思えないほど固い。踵を鳴らしてみると、前日雨だったにもかかわらず乾いた音が返ってくる。
環状根は、すでに死んで白く固まってしまった鳥の巣状の世界樹の根の上の部分を、長い年月をかけて平らになるように削られてできた天然素材の橋だ。
さすがに削るだけでは平らにはならないため、ところどころ石灰などで塗り固めてあるそうで、これは馬車の車輪などが引っかかってしまわないように整備してあるとのことだ。
環状根の上を歩いている分には、自分が世界樹の根の上を歩いているということを忘れてしまいそうだが、緩やかに湾曲している環状根の、湖の水面から見えるその側面からは、隙間なく絡み合った世界樹の根であることがたしかに確認できる。
海面から高さ約五メートルの道を歩く。左側には青い海が、そして右側には湖が広がり、さらに湖が広がる景色のその奥に世界樹が見える。
前を向くと、視界の先には永遠に続くかのような白い一本道が続き、その道を多くの人々が行きかう。多くは馬か馬車に乗っているが、中にはゆっくりと歩く人の姿も見える。
ヨシュアは再び走り始めた。
道行く人も、馬も馬車も、すべてを置き去りにしてヨシュアは走り抜ける。
全力で駆け抜けるヨシュアに対し、すれ違う人々の中には驚き振り返る人や指さす人もいたが、ヨシュアは気にせず潮風をきって走り続ける。
本当にどれだけ走っても白い道は続いていて、でも途中で後ろを振り返るとやはり道はずっと続いていて、自分がどれだけの遠くへ来たのか実感できた。
自然にできた天然の橋ということで、ところどころ道幅が変わる。場所によっては馬車が1台やっと通り抜けることができる程度の道幅しかないところもあり、細い道の始まりの両端には騎士と思われる人が立ち、赤い旗を持って馬車の通行を仕切っていた。
その一方で道幅がかなり広い部分もある。
一時間ほど走った後に見つけたその場所は、世界樹の根が集中してできた部分で、広い道幅を活かして小さなお店が並んでいる。
右側手前から異国風の喫茶店と宿泊施設、お土産屋さんに騎士たちの駐在所が見えた。
せっかくなのでヨシュアは喫茶店で休憩していくことにした。
店先にて様子を伺うと、ヨシュアより少し年上に見える綺麗なお姉さんが出迎えてくれた。女性は見たことの無い服装に身を包んでいる。
「あら、いらっしゃい。随分と若い旅人さんですね!」
「こんにちは。ここは…… 喫茶店か何かですか?」
「はい。ここは外の世界の『お茶屋さん』という、甘い食べものと飲み物をお出しさせて頂いているお店になります。旅の疲れを癒しに、お兄さんも一服していきませんか?」
「外の世界、ですか?」
「はい、海の向こうの世界です。あっ、でも方角的には西のほうだから…… こっちかな? 湖の向こうの、マーセナルもニューポートもニルローナも超えて、さらに外側の海の向こうの島国『ニホン』…… の休憩所の文化を取り入れたお店なんです、ここは」
「なるほど。じゃあ、その着ている服も『ニホン』という国のものですか?」
「そうです。着物と言います。髪を留めているのは簪です。どちらもとっても素敵ですよね!」
店員はそう言ってにっこりと笑った。とっても愛想のいい女性だ。
ヨシュアはその店員のお姉さんにおススメを聞いて注文することにした。
店の外の、赤い布がかけられた長椅子に座って待っていると、出てきたのは丸い、桃色と白色と緑色の食べ物が串に刺さった『お団子』という食べ物が二本と、異国の飲み物だという『緑茶』だった。
食べてみるとこれがなかなか美味しい。飲み物は少し苦みを感じるが、甘いお団子との相性が抜群だった。しかも左手だけで上手に食べられるのもヨシュアにとっては嬉しいポイントだ。
ぼんやりと海を眺めながらヨシュアは異国について思いを馳せる。
海の向こうの、この世界樹の外の世界では、まったく違う独自の文化を持つ国々があるらしい。そこでは、この世界にある『魔法』などは一切存在しないという。魔法が生活の一部として根付いてしまっている世界で生まれ育ったヨシュアには、魔法の無い生活など想像もできない。
なぜ外の世界で魔法が存在しないのか。
それは恐らく、外の世界では『マナの木が存在しない』からだ。もう少し正確に言うと『マナの木が育たない』のだ。
マーセナルのさらに隣の島である、貿易と欲望の街と呼ばれる<ニューポート>では船を使った貿易が盛んである。それぞれの文化の珍しい品々を交換することで栄えた港町なのだ。
とうぜん魔法の品々も海外に輸出されるそうなのだが、それは完全に金持ちの道楽用というか、魔素もマナの木も存在しない外の世界では魔法も、魔法の品々も扱えない。
マナの木そのものが輸出され、どうにか外の世界で育てようと試みたこともあるそうだが、それも上手くいかないようだった。
実はこの世界のすぐ近くにも魔法が全く使えない島がある。環状列島の一つ、魔術式と音楽家の街と呼ばれる<ニルローナ>から船でたったの一時間のところにある<モノアウト>がそうだ。
モノアウトでは環状列島の少しだけ外側の島というだけで、マナの木がまるで育たない。まるで『鳥の巣状の環状根の内側に住む者たちだけが世界樹の恩恵を受けることができるかのようだ』と多くの人は言う。
(外の世界か…… 。いつか行ってみるのも面白いのかもしれない。でも、行くとしたら聖騎士になる前じゃないと忙しいか? マーセナルに着いたら少し調べてみようか)
休憩を終えたヨシュアは再び走り始める。
蛇行しながら、どこまでも続く真っ白な道を軽快に走り抜けていく。だんだんと気持ちが高まっていくのがよくわかる。
そんな折、気分よく走っていたヨシュアの目に飛び込んできたのは、心無い人々の最低な行為だった。
馬車を襲う者たちは、おそらく出発前に話に聞いた海賊だろうとヨシュアは直感した。
(まったく…… 本当に盾が役立つことになるとは…… !!)
ヨシュアはさらにスピードを上げて走り出していた。




