追う者、追われる者
「大丈夫? 血、止まりそう?」
巨大な人喰い鮫を見送ったあと、ヨシュアは背中からアルルを一度降ろし、噛まれた傷跡を確認していた。同じ失敗を繰り返さぬよう<五感強化>を用いて、周囲の警戒に神経を張り巡らせながら。
「それが、どうしても止まってくれなくて」
「傷口に毒でも入ってたのかな。足に力は入るようになった?」
「はい、それはお陰様で大丈夫になりました」
それは良かった! とヨシュアは敢えて明るく笑った。困り顔のアルルに少しでも笑ってもらいたかった。
「それじゃあ傷口を消毒するためにも、綺麗な小川か湖でもないか捜してみよう」
「そうですね。飲み水も確保したいですし」
二人の装備品はとても心許ない。武器となる盾や杖は持ってきているが、二人とも鞄は腰にぶら下げた小さなものだけ。水筒も持っているが、それも小さい。
というのも、もともと半日ほどの捜索で終わる予定だったので、大きな荷物は持ってきていなかった。エルベール大陸に転移してしまうのも勿論想定外である。
自分の鞄から包帯を取り出しアルルに渡す。片腕でも魔法で巻くことが出来ればいいのだけれど、残念ながらそこまでこの世界の魔法は発達していない。今後の術式師の活躍に期待、といったところだ。
「よし、これで完了っと。包帯、ありがとうございました」
笑顔で包帯を返すアルル。この島に飛ばされた時と比べると、少しは落ち着きを取り戻せたのだろうか。ちょっとずつアルルらしい笑顔が戻って来たように思う。
などと思っていたら、アルルの表情がまた曇った。
「すみません、ヨシュアさん。先程から私、取り乱してばかりですね。訳が分からなくて戸惑っているのはきっとヨシュアさんも同じなのに。私の方がお姉さんなのに、全然ダメダメですね」
「そんなことないよ!」
思わず、大きな声でヨシュアは言った。
「ダメなんかじゃない! この島に一人で来ていたらと考えるとゾッとする。アルルがいてくれるから、俺は頑張れるんだよ」
「でも、どちらかと言うと私が巻き込んだというか、不用意に魔法陣の上に寝転んでいた私が悪いというか…… 」
「それも違う。あれは事故だよ。アルルのせいじゃない。巻き込まれたとも思っていないし、迷惑だとも思っていない」
「本当に…… そう思ってくれますか?」
恐る恐る、といった具合でアルルは尋ねてきた。俯きがちの彼女の上目遣いがなんとも言えないぐらい愛らしい。
「本当に思ってる。アルルの前で嘘なんてつかないよ」
つくはずがない。好きな人を傷つけようだなんて考えたことも無いのだから。
ただこの時、ヨシュアは一つ気になっていた。アルルの胸元のペンダントの色が消えていたからだ。正確には、首飾りに取り付けた三つの<魔法結晶>のうち、真ん中の大きな魔法結晶の色が無色透明になっていた。
でもこれはおかしい。たしか午前中に見た時にはちゃんと淡い紫色をしていたはず。それなのに、いつの間にか色が抜けたように透明になっていたのだ。
────何か、此処へ転移してきたことに関係があるのか?
◆
「おい、あの光、お前らにも見えてるよな?」
ヨシュアたちがエルベール大陸に飛ばされたころ、時を同じくしてエルベール大陸にいたオーウェンは、突如現れた光の柱を目を細めて眺めていた。金色の髪をかき上げ、訝しげに遠くを見つめる。
「ああ、ちゃんと見えてるって」
「だな。けどあれ何の光だ?」
オーウェンの言葉にヘルバとラルフが頷きを返す。
三人は密売組織の構成員であり、珍しい生き物を捕獲するためにエルベール大陸に侵入していた。
今回の依頼は、絶滅危惧種に指定されているエルベールオオクワガタ。メタリックグリーンの体が非常に美しく、コレクターの間では高値で取引されている。一匹捕まえるだけで一月は遊んで暮らせるだろう。
ただ、今のオーウェンの関心は別のこと、先程見えた紫色の光の柱に向けられていた。
「お前らどう思う? やっぱエテルマギアの連中が関係してると思うか?」
「そりゃそうだろ。他に誰がいるんだ。それとも、俺たちみたいな違法業者が他にもいるってか?」
「いやいや、目立ってる時点で密売組織じゃねーだろーよ」
軽口を叩き合うヘルバとラルフ。その傍らでオーウェンは考え込んでいた。どうしてもあの光が気になるのだ。
「…… 行ってみるか」
「はっ、マジかよ!? マジで言ってんの?」
ヘルバは目を見開いて驚いた。冗談だよな、とオーウェンの方を覗き込む。
だがオーウェンは本気だ。
「大マジさ。これはチャンスかも知んねーんだぜ?」
チャンス? と首を傾げる二人にオーウェンは話を続ける。
「ああ、そうさ。これはチャンスだ。この世界じゃ情報が一番金になる。昆虫なんかよりもよっぽどな。此処でデカい金を手に入れられれば、組織ともオサラバできるかもしれねー。お前らもこの島に何度も来るのは嫌だろ?」
「…… まあ、それはな。もう慣れたとはいえ、この島に来るのは面倒だし、来るたびに死にそうな思いもしてるしなぁ」
「だろ? 俺の目が狂ってなければこっからそんなに遠くもねぇ。エテルマギアの兵にさえ見つからなければ、そんなに危ねー橋じゃないはずだ」
オーウェンは今一度光の柱が見えた方角を眺めた。もうあの光は見えないが、場所はしっかりと記憶している。良くも悪くも胸騒ぎがするが、こういう刺激こそオーウェンが求めているもの。でなければ、いくら金のためとはいえ密売組織などに所属してはいない。
オーウェンは左頬に残った二本の傷に手を当てた。仕事でミスした時の傷である。跡が残ってしまったが、後悔したことは無い。むしろ自分を戒めるものであり、オーウェンはこの傷を擦るたびに当時の事を思い出しては気を引き締める。
さあて、謎の一つでも解き明かしてやるか!




