太古の遺跡
「さて、まずは島の中心付近にある遺跡を目指そうか」
デゼル島に上陸して早々、ジークは言った。今回もリーダーはジークが務める事になっている。普通の人は上陸を禁止されているような危険な島に辿り着いた訳だが、ジークはいつも通り飄々とした表情を浮かべている。油断しているわけでは無いのだろうが、随分と余裕だなと感じる。
依頼人のハロルドは白い口髭を蓄えた探検家である。数々の冒険をしてきただけあって、服装も装備も万全。丈夫な靴を履き、大きな荷物を背負っている。歳は六十を超えているように見えるが、足取りは確かで、背筋もピンと伸びている。健康そのもの、といったところか。
この島は初めてですか、とアルルが尋ねると、ハロルドは言った。
「いんや。コルト諸島と呼ばれるこれら五つの島々を旅した時に、一度だけ訪れたことがあるよ。といっても、あれはワシがまだお前さんたちのように若かった頃の、随分と昔の話じゃ。あのころは今よりも魔物の数も少なかった」
ハロルドは口髭を押さえながらしみじみと語る。
魔物の数が年々増加しているという話は聞いたことがある。サイズも大型化しているらしい。原因は未だによく分かっていないが、世界樹から何らかの影響を受けていることは間違いないはずだ。
「隊列はエルデとヨシュアが先頭。ニアとライは後ろ。ボクと依頼人とアルルは真ん中だ。みんな、しっかりと頼むよー?」
一同は大きく頷く。言われるまでもなく、しっかりとするつもりである。
「そういう事だから、よろしくね、ヨシュア君!」
白い歯を見せてエルデは笑った。褐色の肌がなんとも眩しい。長く伸びる銀色の髪も、太陽の光を浴びて輝いて見える。
はい、こちらこそ、とヨシュアは返事した。ジーク親衛隊の彼女が隣にいてくれるとは、何とも頼もしい限りである。
視線を少し上げると、遠く向こう、木々の奥に大きな建物が見える。それが目指すべき遺跡である。此処からどれだけの距離があるか分からないが、魔物と出くわすたびに遠回りをしていると、きっと日が暮れてしまう事だろう。かといって此方から攻撃を加えるのもおかしな話。この島へは調査にやって来たのであって、決して荒らしに来たのではない。
「私とヨシュア君なら魔物を無効化しながら進めるわ。出来る限り刺激しない様にしないとね」
エルデは大盾と剣を操る戦士である。二人の盾とワイヤー、それにヨシュアの<魔封じの光剣>があれば、確かに魔物を傷つけることもない。
ヨシュアたちは真っすぐ遺跡を目指しながら、魔物の脇をするリするりと抜けていく。
意外なことに、此方が敵意を向けなければ魔物たちも大人しく、此方に危害を加えてくることも無かった。
「どうして襲われないのでしょう?」
「縄張り意識の強い魔物のテリトリーを侵していない、ということもあるけど、それ以上に私たちが強いからね」
「魔物が俺たちの強さを理解している、ということですか?」
意外な答えに、ヨシュアは驚きを持って尋ねた。
「そうよ。ジークさんといる時はよくあることなの」
それ、本当なのか? ちょっと疑ってしまう。
「その顔は信じてないって顔ね」
「ああ、いや、その…… はい」
「ふふっ、正直な子ね。でもね、ジークさんって怒ると怖いのよ」
「…… それこそ嘘ですよね?」
「ホントよ? ジークさんが睨めば魔物だって逃げていくんだから」
「────おーい、そこ、何を話しているのかな!?」
後ろからジークの声が聞こえる。咎めるような口調では無いが、これ以上話を聞くのはムリそうだ。
それから二度の戦闘を経て、ヨシュアたちは遺跡へと辿り着く。此処までおおよそ一時間、といった所だろうか。案外早くたどり着いた。
周囲は森の木々に囲まれている。その木々を抜けると、一気に視界が開け、遺跡の姿が急に目に飛び込んできた。
壮大な景色、と言っても過言では無いだろう。見渡すだけでは、その広さがいまいち把握できないほどだ。
石造りの遺跡は広く、大きく、そして荒廃している。至る所で壁も柱も剥がれ落ちている。そしてその壁の至る所にツタが絡まっている。長い年月を経て、人工物は自然と一体になっているようだった。
後ろを振り返るとアルルが目を輝かせていた。そしてその隣に立つハロルドもまた、目を輝かせて遺跡を見つめていた。子供のようにワクワクを隠しきれていない。
ジークは言った。
「さて、ハロルドさん。何処からまわりましょう? まずは外をぐるりと一周まわってみますか?」
「そ、そうじゃな」
話半分に返事するハロルド。きっと過去の記憶と重ねているのだろう。感慨深げに一人で頷いている。
一先ずヨシュアたちは遺跡の周囲を歩いて見て回ることにした。
遺跡はいくつかの建物が集まっているようだった。そして一際背の高い大きな建物が中央に位置しているようだった。
何でこんなところに建物が建てられたのだろう。昔は今ほど魔物が少なかったという事は、この島にも普通に人が住んでいたのかもしれない。あるいは、世界樹の調査の為に此処に拠点を築いたとか。
三十分ほどかけて外周を見て回った後、いよいよ中へと入っていく。小さな建物の中は、石造りの机や椅子、それから窓枠のような日差しを取り入れる穴が壁に空いている。此処で誰かが生活していたようだ。
アルルがハロルドに尋ねる。
「ここは何に使われていたのかご存知ですか?」
「確かなことは誰にも分からん。石の年代から四百年ほど前に作られたことが分かっているぐらいで、後のことは何にも。不思議なことに記録も一切残されておらんのじゃ」
「誰かが意図的に消した、ということですか?」
「…… ワシはそう思っておる。特に古代文字の知識が失われたのが痛いな。おそらくは、継承されていないのも誰かの策略じゃろうて」
残念そうにハロルドは言った。やりきれない気持ちが顔に滲み出ている。
それから一行は遺跡の中心を目指しながら、点在する遺跡を一つ一つ見て回った。だが、どれもが殺風景な小部屋ばかりで、ヨシュアにはどれも同じように見えた。何に使われていたものなのか、まるで見当もつかない。
だから、ちょっとこの遺跡にも飽き始めた、そんな時だった。
ヨシュアの瞳を覗き込むようにアルルは言った。
「凄いですね! なんだかワクワクしてきますよね!」
少しばかり前屈みのアルル。その胸元に目をやってしまうヨシュア。
彼女の首元には、いつかの<魔法結晶>で作ったアクセサリーが輝いている。ピンクと紫色で構成された、世界に一つだけのオリジナルのアクセサリーだ。
「…… そうだね、ドキドキするよ」
また違った意味で、だけど。
よく分からない景色とか正直どうでもいい。何を見るかではなく、誰と見るかが大事なんだ。昔のことより今、この瞬間を記憶しようとヨシュアは思った。




