祭りの準備とジークの画策
求められた食材をファウストに納品した時の驚いた顔は今でも忘れられない。
片腕の、まだ十六歳でしかないヨシュアには無理だと思っていたのがバレバレである。あなたが集めたのですか、とわざわざ問いただしてきたくらいだ。
「事前にお話した通り、浮雲の旅団のメンバー二人を加えて調達してきました。私一人ではあの島への立ち入りは許可されていませんから」
「随分と有能な仲間をお持ちなのですね」
これは皮肉。あくまでヨシュアの手柄と認めたくない様である。
だがヨシュアは気にせず、「自慢の仲間ですよ」とだけ言った。
◆
それからは週に一度の頻度でコルト諸島への食材の調達を頼まれた。内心どう思われてるかはともかく、ファウストから一定の信頼は得ることが出来たようだった。
一方で、ソーニャやファウストからの依頼の無い日は他からの依頼を受けることになった。浮雲の旅団への依頼も、豊穣祭の開催が近づくにつれて飛躍的に増えていった。街の様子も何だかあわただしい。
ジークは言う。こういう時こそ一つ一つの依頼を丁寧にこなすべきだと。祭りに関係のある依頼も、全く関係の無い依頼も、大小拘わらずどちらも大切に。協力して一つで多くの依頼をこなしていこう。ジークは珍しく真面目な顔してギルドメンバーに語り掛けていた。
「ちょっといいかな」
ギルドホームから出て宿に帰ろうかという時、後ろからジークに声をかけられた。ジークは今日、久しぶりにギルドで夕食を取っていた。
「なんでしょう?」
「ソーニャ君とはうまくいってるかい?」
「はい。ソーニャさんとは。執事のファウストさんとはちょっとやりにくいですけど、まあ、それでも上手くやりますよ」
「アルル君とはどうだい?」
なんでそこでアルルの名前が出るんだ?
ジークが話題にすると、何かあったのかと勘繰りたくなる。
「アルルとはたまに会いますけど、どうでしょう? 何か変わった事でも言ってましたか?」
「いいや、別に。ただ、祭りの準備にかこつけて、何か進展でもあったのかなと気になってね」
店先の、特に誰もいないような場所だからいいものの、そんな会話を此処でしないで欲しいと言いたい。秘かに思いを寄せていることは、別にバレでも困るものではないけれど、誰にも邪魔をされたくない気持ちだってあるのだから。
…… というより、ジークを含めて、誰にもアルルに告白しようと思っていることを教えていないはずなのに、どうして知ってるんだ?
ジークは言う。
「前日の準備から後片付けまで、仲良くなる機会はそれなりにあるだろうが、予定は早めに入れておきなよ? チャンスを逃すと、次がいつになるか分からないからね」
「良く分かりませんが、チャンスは自分次第でしょう。別に、なんてことない普通の日に告白してもいい訳ですから」
「そうだね。ただ傭兵という職業柄、いつ誰がどうなるか分からないからね。後悔する前に、早めに行動に移すことだ」
そう口にしたジークの目が、何処となく悲しい色に見えた。
「それは…… 経験からの忠告ですか?」
「まあね。これでも長く傭兵をやってきた身だ。色んな人の色んな人生を知っているつもりだよ」
「分かりました。覚えておきます」
◆
ジークに言われたから、という訳でもないが、その日ヨシュアはアルルを誘って喫茶店に来ていた。
恐らくだけど、アルルに直接会うのは十日ぶりぐらいだと思う。<魔法文>を使って、豊穣祭に出店するお店の進捗を尋ねる流れで彼女と会う約束をした。集合場所はマーセナルではなく、彼女の住む街であるウィンベルだ。
特に何の変哲もない、普通の喫茶店。ただアルルが言うには、此処のお店はコーヒーよりも紅茶がおススメらしい。
せっかくならとヨシュアは店員に温かい紅茶を注文する。
「種類はどうなさいますか?」
種類?
「ダージリンやアッサム、それにヌワラエリアにウバなど、幅広く取り揃えておりますよ」
嫌味の無い微笑みを浮かべる女性店員がヨシュアに尋ねる。
正直、紅茶には全く詳しくない。というか、コーヒーだろうと紅茶だろうと、産地や銘柄にこだわったことは一度も無かった。そんなに肥えた舌では無いのである。
…… などと言うとマトに「もっと色んなことに興味を持った方がいいよ」と諭されそうである。
ヨシュアは助けを求めるようにアルルを見た。するとアルルは口元に手を当てて笑い、「ダージリンシーズンティーをストレートで二つ」と慣れた様子で注文してくれた。
注文の品が届くまで談笑して、紅茶を受け取って、それに一口付けて感想を言い合って。そうしてようやくヨシュアは本題を切り出す。
「そういえばさ、いよいよ豊穣祭まで残り三十日を切ったけどさ、この前話してたお店の準備はどうなったの? 順調?」
「順調ですよ! といっても、香り袋をはじめ、それほど手の込んだものを提供する予定ではありませんけどね。実際に商品を準備するのはもう少し先になりますし、お店を飾り付けるのも前日の準備の時で間に合いますし」
「香り袋って何?」
「えっと、布袋や紙袋の中に乾燥させた花やハーブ、香料などを入れたものですね。外の国だと”サシェ”とも呼ばれているそうです」
なるほど。草花の知識に長けたアルルならではの商品という訳か。
さらに話を聞くと、香り袋の他に入浴剤なども販売予定らしい。どちらの商品も「リラックス効果が期待できる香り」というのが売りなのだそうだ。
今の段階では草花を摘んできて乾燥させるほか、袋のデザインを考えるところまでは終わったそうで、これから実際に作成に取り掛かろうとしているらしい。
「何か手伝えることはありそう?」
あら、営業ですか? と笑みを浮かべるアルル。
「そうですねー、特には…… ないかな」
思わずヨシュアは肩を落とす。片腕だし、手伝えることも少なそうだとは思っていたが、それでも何か一緒に創り上げられたら嬉しいなと思っていた。
「依頼と言えば、ジークさんからはお話を聞きました?」
「え? 何を?」
ヨシュアは嫌な予感がした。恐らくジークはヨシュアの胸の内をある程度知っている。
「あれ、知りません? 誘うと言ってたのに、おかしいな…… あっ、えっとですね、今度ジークさんと一緒にコルト諸島の三つ目の島まで探検に出かけるんですけど、そこへヨシュアさんも誘う事になっていて」
「あぁ、そうなんだ。知らなかったよ」
「どうでしょう? 私はぜひご一緒したいなと思うんですけど…… 」
出発日は七日後。場所はいつも訪れる一番近い島ではなく、その二つ先の島。デゼル島と呼ばれており、今まで探索していたクーネル島よりもエルベール大陸に近い事から危険とされている。ヨシュアもまだ訪れたことの無い島だ。
「依頼主は探検家のハロルドさん。私とジークさんのほかに、ニアさんとライさんと────」
「え? ニアたち帰ってくるの!?」
「あれ、それも知りません? もしかして喋ったらいけなかったのかな…… ?」
アルルは可笑しいなと首を傾げている。そして何かを考えるみたいに、流し目のままティーカップに一口付けた。
ジークが何を考えているのか分からない。けれど、久しぶりにニアたちに会える。それにアルルと一緒に冒険もできる。これ以上何を望むというのだろう。
ヨシュアがアルルに、自分も参加させて欲しいと願い出たのは言うまでも無い。




