食材を求めて③
トカゲやら虫やら食虫植物やら、甘い香りにおびき寄せられた魔物たち。その包囲網の一角を崩して、ヨシュアたちはボートを停めた岸辺を目指す。
先頭に立って突撃するのはヨシュアだ。左手の盾と、新たに身に付けた発現魔法<魔封じの光剣>を用いて、魔物たちの体勢を崩していく。
「ロイ!」
「分かってる!」
ヨシュアが包囲網に空けた小さな穴を、ロイとヤードが広げていく。魔物がヨシュアに気を取られている間に、二人が攻撃を加えていくのだ。
前方から伸びてくる<徘徊する噛みつき花>の牙。その頭部を、敢えて<衝撃吸収>を使わず盾で跳ね上げるヨシュア。ゴツン、という鈍い音と共に、噛みつき花の頭は宙に打ち上げられ、長い首が無防備に晒される。その首を素早くロイが斬り落とす。
その間にも、木の枝の上から二匹の<鉄の手を持つ猿>が石のツブテを握ってヨシュアたちを狙っていた。片腕だけが異常に発達し、巨大な手のひらを持つ猿の魔物である。
そのツブテがヨシュアに飛んでくるなら何も問題はない。だがロイやヤードに向かうなら問題だ。
問題があるなら早めに対処したい。けれど、今までだったら飛んでくるツブテを盾で防ぐしかなかった。あるいは隙の多いワイヤーで対処するか。
しかし今のヨシュアは、頼れる飛び道具を身に付けていた。
「…… そこ!」
閃光のように輝く<魔封じの光剣>が、ツブテを持つ<鉄の手を持つ猿>の巨大な手に直撃する。するとその直後、歪で巨大な手から石のツブテがポロリと落ちる。<魔封じの光剣>は魔力だけでなく、力そのものもある程度封じることが出来るのだ。
そうして盾と<魔封じの光剣>、時々ワイヤーを駆使しながら、ヨシュアたちは包囲網を突破した。そして一度魔物たちを振り切ってしまえば、後はそれほど苦労することなく岸辺へと辿り着くことが出来た。
◆
ボートを出発させたヨシュアたちの次のお目当ては魚である。ファウストより依頼された、お嬢様へと捧げるための魚を釣り上げることが目的だった。
ボートを走らせてすぐ、ヤードがヨシュアに尋ねる。
「でも、依頼された魚以外は俺たちで食べてしまっていいんだよね?」
「ああ、いいはずだよ」
「じゃあお腹もすいたことだし、此処で釣って食べてしまおうよ」
「ここって、ボートの上で?」
そうだよ、とヤードが頷く。聞くと、いつも余分に釣った魚をボートの上で捌いて食べてしまうらしい。どんな感じで刺身にして食べるのか、海鮮料理好きとしてはちょっと気になる。
「ヨシュア君って魚好きだったよね?」
「うん、とっても。期待してもいい?」
「もちろん! 魚釣りなら任せてよ!」
「おい、そこ二人。盛り上がるのもいいが、上も見とけよ。ボーっとしてっと翼竜に食われるぞ」
ロイからの忠告を聞きながらも、ヤードはせっせと釣りの準備をする。といっても道具は凄くシンプル。釣り竿とエサのみである。
釣り竿には魔法の糸が垂らされている。釣り針も魔法で作られている。その針にエサを取り付ければ、それだけで準備は完了だ。
魔法の糸は、魔力の込め方一つで伸び縮みする。魚がいる深さまで糸を垂らすことも、食いついた魚を釣り上げるのも、魔力を込めるだけでいい。つまりこの釣り竿は、片手しかないヨシュアでも簡単に扱えるということ。まさに魔法の道具である。
我先にとヤードが釣りを開始する。ひゅっと、竿を振ってエサを投げ入れる音が心地いい。魚釣りは得意と自分で言うだけあって、凄く手慣れている。ヨシュアも真似して後に続く。ロイは二人に背中を向け、反対側の水面に釣り針を投げ入れた。
それからは静かな時間が訪れた。
島の周りを飛ぶ<追跡する翼竜>が襲ってきたのは最初だけで、ロイがワイヤーと<痺れる電流>で追い返すと、それ以上は此方に向かってくることが無くなった。どうやら一度の戦闘で力関係を理解したようである。ロイは、魚を捌くときの血の匂いに引き寄せられることもあるから気を付けろと言うが、一先ずは落ち着いて魚釣りに専念できそうだ。
時折雑談を交えながら、ぼんやりと、無意味にも思える時間を過ごす。ヤードに聞くと、釣れるかどうかは運しだいだという。釣りをするポイントやエサを変えるなどの工夫はできても、結局釣れるかどうかは天命に任せるしかないというのだ。実に呑気な話である。
「でも、焦るといけない。焦っていると、不思議と緊張が糸に伝わるのか、さっぱり釣れなくなる。ファウストさんからの依頼も今は忘れて、のんびりするのが一番さ」
日向ぼっこでもするように、ヤードは目をつむってじっとしている。緊張感が無さ過ぎてロイに怒られそうだが、ロイはロイでヤードのこんな姿に慣れているのか、何も言わずに反対側の景色を眺めていた。
一番初めに動きがあったのはヤードの竿だった。「来た!」と言った時には、彼はもう魚を釣り上げていた。エルベールフィッシュと呼ばれる白身魚である。
「あー、狙いとは違う奴だ」
ヤードの声は明るい。全く残念そうではなかった。むしろ、依頼された魚では無いからさっそく食べてしまおうとはしゃいでいる。でもそれはヨシュアも同じ気持ちだった。
テキパキと、そして大胆に魚を捌くヤード。いつぞやのニューポートで見た板前を思い出す。
「あっ、ロイ、俺の鞄の中の調味料とかお皿とか出してよ」
ヤードが言うと、ロイは何も言わずにヤードの鞄を漁り始める。
中からは皿と箸と、それから小瓶が三つ出てきた。
「塩と醤油とオリーブオイル。好きなのかけて食べるといいよ。たくさんあるから、全種類試すのもいいね」
そういうヤードは何も付けずに食べている。これが通の食べ方と言う奴か?
それに習ってヨシュアも何もつけずに…… というのは何だか味気ない気もするので、醤油を使って食べてみる。ニューポート経由で仕入れた、日本製の醤油である。
「────ん! んまい!」
「でしょ? 元気出るよね。この調子で関係無い魚をどんどん釣っていこう!」
そればかりだと困るが、いろんな魚を食べてみたくもある。幸い、まだ日は高い。それにもしも釣れなかったら明日も出かければいい。ファウストに何を言われても、別にどうでもいい気がしてきた。
時の運だけは、ヨシュアにだってどうにもできないのだから。




