人気者
扉を開けたソーニャは言葉を無くしたみたいにその場で立ち尽くした。
そしてポツリと呟く。
「あなたの言った通り、この時間って本当に人が多いのね」
「しかもほとんどが酒飲みですよ」
「ホントね。ちょっと圧倒されるわ」
扉を開けた先では陽気な男たちがビールジョッキ片手に騒いでいる。みんな顔を赤くして昼間から酔っぱらっているのだ。その間を縫うようにしてウェイトレスが料理を運んでいる。とても忙しそうだが、みんな明るく笑っている。
「今からでも場所を変えましょうか?」とヨシュアは気を利かせてみる。やはりこの場所はお嬢様に似つかわしくない気がした。
けれど、ソーニャは此処で構わないと言った。「私は刺激を受けに来たの」
「そうでしたね。でも、此処に連れてきておいてなんですけど、悪影響だけは受けないでくださいよ? ジフカさんに怒られてしまうので」
分かってる、とでも言いたげに手をひらひらさせると、そのまま正面に見える階段を上ろうとする。
何人かはさっそくソーニャに気付いたようで、物珍しそうに彼女を眺めている。通り過ぎる彼女のお尻を見ては鼻の下を伸ばしている。美人だし、紅いドレスはどうしても人目に付く。
ただソーニャは気にも留めない様子だ。きっとこういった視線には慣れっこなのだろう。
二階も人が多いが、お昼時を少し過ぎていたおかげで満席では無かった。だがソーニャは空いている席に座るでもなく、吹き抜け部分へと足を運ぶ。そして一階の様子を眺めながら言った。
「活気があっていいわね。みんな楽しそう」
「こういった場所は珍しいですか?」
「うーん…… 珍しいと言えば珍しいかな。酒場に来る機会なんて無いから。でもそれより、此処にいる人たちの前でステージに立てる事を思うと、気持ちが高ぶってくる。それが嬉しいの」
にっこりとソーニャは笑う。自信に満ちた笑顔だ。
二人して吹き抜けから下を見ていると、後ろから「おーい」と声をかけられる。無駄に良い声をした、よく知る男性の声である。
「おい、ボウズ。もう帰って来たのか? しかも美人連れじゃねーか」
「お久しぶりです、ワレスさん。あんまり静かだったんで、気付きませんでしたよ」
手を挙げてヨシュアたちを招くのはワレス。ワレスの側にはモレノもいた。二人はこの酒場の常連で、いつ仕事しているのだろうと疑問を抱くほど通い詰めている。
ワレスは言った。
「そんなにいつもいつもバカ騒ぎしてる訳じゃねーよ。で、その人誰だ?」
「お初にお目に掛かります。私はソーニャ。今度の豊穣祭にて開かれるミスコンテストへの出場者を考えています。どうしても祭りの前に街の様子を知りたくて、彼に案内してもらっています」
「へー、なるほどな! …… というかオメーさん、去年も出場して無かったか?」
ワレスが目を細めて尋ねると、ソーニャは妖艶な微笑みを浮かべて答える。「はい、そうなんです。少しでも覚えていてもらったようで、とても嬉しいです。あの、宜しければご一緒させてもらえませんか? 私たちお昼ごはん、まだなんです」
美人とご一緒できる機会など、そうそうない。
願っても無い申し出だと言わんばかりにワレスは顔をほころばせ、さっそく二人を席に着かせる。丸いテーブル席に四人掛け。モレノの対面にソーニャが座ると、モレノは落ち着かない様子で俯いた。かなり顔が赤いが、間違いなくアルコールのせいではない。
おーい、とワレスが大きく手を振って店員を呼び留める。
するとやってきたのはマトだった。この時間に働いているのは珍しい。
「あ、ヨシュア君。帰ってたんだね。お帰りなさい」
「うん。といって依頼は継続中。こちらはその依頼主のソーニャさん」
ヨシュアが紹介すると、マトは礼儀正しくぺこりと頭を下げた。
「依頼主…… と言うことは、もしかして豊穣祭のコンテストに出場される方ですか?」
「ええ、よく知ってるわね。そうなの。私、コンテストに出ようと思ってるの。女性の方も投票できるはずだから、当日はぜひ私に票を入れてね」
今度は優し気な笑顔を浮かべるソーニャ。相手によって同じ笑顔でも使い分けているようだった。これも相手を魅了する一つのテクニックなのかもしれない。
皆が思い思いに料理をオーダーする間、ヨシュアはそれとなく周りを見渡してみる。
やはりソーニャの存在は目立つようで、周りの客はソーニャのことをチラチラと盗み見している。こんな酒場に似つかわしくない、赤いドレスを見事に着こなす女性。男なら目を奪われない訳が無い。
それでもソーニャは知らぬふりだが、ワレスは気になったようで、「おう、オメーら! そんな離れて見てねーで、挨拶しに来いよ! コンテストの出場者様だぞ!?」と言って立ち上がり、強引に辺りの男どもをテーブルまで引っ張ってくる。
引っ張られた男たちは困ったような、でも嬉しそうな、そんなにやけ面だ。ソーニャの方は全く迷惑がらず、一人一人に対してとても丁寧に対応している。普通なら怒ってもいいのだろうが、彼女の立場としても、沢山の人と知り合えることは嬉しいのだろう。
…… そういえば、ジークに依頼を押し付けられた時も、こんな風にワレスが強引に皆を誘ってくれてたんだっけ。そう思うと、なんだか懐かしい気持ちになってくる。
このワレスの行為がきっかけとなり、それからあとは次々と人がやって来ては、ソーニャに話しかけていく。「何処から来たの?とか「どうしてコンテストに出るのか?」とか。人によっては年齢を尋ねる失礼な奴もいた。わざわざ一階から二階へと、ソーニャに会いに来た人もいた。間違いなく今日一日で多くのファンを獲得したに違いない。
それから暫くワレスとソーニャを中心に騒いでいると、一階の方でも騒がしい声が聞こえてきた。しかも若い女性の声が多い。どうしたのだろうか? だがその理由もすぐに分かることとなる。
下の様子が気にはなったが、わざわざ確認することでもないと思った。だからそのままワレス達の会話に加わっていた。
すると、どういう訳か女性の声が近づいてくる。いや、ただただ一階は席が空いていなかっただけかもしれない。別に可笑しなことでも無いなとヨシュアは思い直し、声がする方を振り向くことは無かった。
そこへ、ポンと、肩に手を置かれた。
さすがに手を置かれたので振り返ってみると、そこにいたのはジークだった。しかも若い女性たちを侍らせている。
「やあ、少年。早い帰りだったな」
「お久しぶりです。でも、此処に来るのは珍しいですね」
「ああ、人伝にキミが帰ってきていると聞いてね。せっかくなので寄らせてもらった」
「本当ですか? 俺より、目当てはソーニャさんなんじゃありませんか?」
「おいおい。そんな釣れないこというなよ」とジークは笑った。「もし仮にそうだとして、挨拶するなら他の女の子とは、店に入る前に別れてから挨拶に来るよ。ボクだって馬鹿じゃないんだから」
ねー、と後ろの女性たちに声をかけるジーク。美人を前にして曇りがちだった女性陣の顔に、ぱっと笑顔が戻る。ジークの行動に一喜一憂しているのだ。
「それじゃあボクはこれで」と、ジークは早くもその場を後にしようとする。ジークはソーニャをチラッと見て一言だけ言った。「キミもコンテスト頑張ってね」
すると、声をかけられたソーニャがすっと立ち上がった。
「あの、ジークエンデさんは、コンテストを見に来てくださいますか?」
「もちろん。去年もコンテストは見させてもらったしね。今年は前回以上の輝きを期待しているよ?」
「はい。必ずお約束いたします」
そうしてジークとソーニャはごく自然に握手を交わす。実に絵になる二人である。(ジークが連れてきた女性陣が複雑そうな表情を浮かべたのは言うまでもない)
そうしてジークはあっさりと引き上げていった。その後姿を、ソーニャは立ち尽くすようにして見つめていた。その時何を想っていたのかは、ちょっと予想が付かない。
それから何か思い出したかのように席に座り直すソーニャに、ヨシュアは言う。
「初日から人気者ですね。とても羨ましい」
「何を言ってるのよ。私がこうしてみんなに囲まれてるのは、すべてあなたのおかげよ」
「そう…… でしょうか?」
思い返してみても良く分からず、ヨシュアは首を傾げる。
「まったく、自分が人気者であるという自覚が無いのね」と、ソーニャは呆れたように笑った。それは作り物では無い、とても自然に浮かんだ笑顔のように思えた。
◆
その次の日のことだった。
ソーニャのいないところで、ヨシュアはファウストに呼び出された。
「ヨシュアさん、あなたは自分の立場を理解しているのですか?」
ファウストは言った。ソーニャは大事なコンテストを控えている身であり、食べるものには気を付けて欲しい。酒場の脂っこい料理など、お嬢様にお出しすべきではないと。
その日ファウストに注意されたのはそれだけだったが、後日、ヨシュアは新たにファウストから課題を言い渡されることになる。
毎日更新が少ししんどいので、これから週5ぐらいで頑張ろうかと思います。
よろしくお願いします!




