ソーニャの屋敷
「ここが、ソーニャさんの…… 」
馬車のキャビンから降り立ったヨシュアは、門の前で立ち尽くしていた。そこは見るからに金持ちの屋敷であった。これほどの大豪邸、アリストメイアでも早々お目に掛かれない。
庭を取り囲むのは赤茶色のレンガ。対する屋敷は爽やかな白色。左右対称の美しい建築物である。
敷地内は緑でいっぱいで、色とりどりの花が咲き、どれも手入れが行き届いている。きっと熟練の庭師が毎日時間を掛けて、景観の美しさを維持しているのだろう。
門から玄関までは中々に距離があるので、本来なら馬車は門をくぐり、もっと屋敷の側の近くまで運転してくれるそうだ。けれどソーニャは健康のため、そして自慢の庭を見て欲しいからと、二人して門の外で降りることになったのだ。
ただ、確かにこの美しさは馬車で通り過ぎるにはもったいない。ゆっくりと時間を掛けて楽しむべきだと思う。この庭の景観からは単に華やかなだけでなく、センスの良さを感じる。素人の、感受性に乏しいヨシュアですらそう思うほどに。
庭を抜け、玄関の門をくぐる。すると、ヨシュアはそこでもまた驚かされることになる。
「なんて広い…… 」
「ふふっ。無駄に広いでしょう?」
そう言って悪戯っぽく微笑むソーニャ。「ついて来て」と言って広い屋敷内をつかつかと歩いていく。自分の家の中でも彼女は決して姿勢を崩さず、背筋をピンと伸ばしたまま。その姿はやはり美しい。
壁は外側と同じく白色。床は流石に大理石ではなく木の床だったが、この屋敷には木製の方が合っていそうだ。装飾は思ったよりもシンプルで、それ故に花瓶に生けられた赤い薔薇が目立っていた。そういえば、庭の花も赤い薔薇が多かったように思う。
ソーニャに尋ねてみると、やはりこの家の人間は薔薇が好きなようだ。特にソーニャの両親が好きらしく、屋敷を立てる時も赤い薔薇が目立つようにと、屋敷の外壁を白色にしたのだとか。
「この屋敷に住む前、父がそれほど裕福では無かった頃も、母の誕生日にはいつも欠かさず赤い薔薇の花束を贈っていたそうよ」
「とてもロマンチックですね。今の話を聞くと、何だか赤い薔薇を見る目が変わりそうです」
屋敷は二階建てで、ヨシュアの部屋も二階に用意してくれるらしく、一先ず荷物を置かせてもらう。
扉を開けると、やはり内部はとても広い作りになっていた。マーセナルの宿の三倍、いや四倍は広い。一人で住むにはあまりに贅沢に感じる。この感覚はアリストメイアのホテル<ベルフォール>に宿泊した時以来だなと、ヨシュアは懐かしんだ。
さっそく家族に紹介したいと案内されたのは、一階にある食堂だった。中に入ると、そこには既にソーニャの家族と思われる人物が椅子に座っていた。先ほどの御者の姿も見える。急きょ訪れることになったというのに、どうやら準備は万全らしい。歓迎されているかどうかは、まだ分からない。
縦長の大きなテーブルの前に座る。背もたれのある椅子が十脚並んでいるが、その中の一つ、男性の対面に座らされる。恐らくは年齢的にも位置的にも、ソーニャの父親と思われる男性だ。髪の色もソーニャと同じ金色である。ちなみにソーニャはヨシュアの隣に座った。
その向かいに座る男性が口を開く。
「ようこそ、我が屋敷へ。私はソーニャの父、ジフカだ。話はそこのファウストから聞いているよ。いきなり娘に雇われたそうで、キミも大変だな」
「そうですね。なにぶん急な話ではありましたから」
ファウスト、とは御者のことだろうか。
ジフカは口調こそ穏やかだが、眼光は鋭く、表情も崩さない。此方を観察しているようである。まるで、挨拶に来た婚約者が娘に相応しいかどうか、見極めようとしているみたいだ。
「お父様、私、ヨシュアをパートナーとして雇う事にしたわ。それまで此処で住み込みで働いてもらう。いいわよね?」
「その話もファウストから聞いている。だが、どうして彼何だね? 他にもっと相応しい相手がいるだろうに」
「だって彼、面白そうなんだもの。それに私の気持ちを分かってくれる」
ジフカは静かに目を閉じた。それからゆっくりと深呼吸する。何か言葉を探しているようだ。
「…… ヨシュア君はどうしてこの仕事を引き受けたのだね?」
「特別な理由はありません。仕事を依頼されたから受けた。ただそれだけです。とはいえ、ライバルと競い合いたいというソーニャさんの想いには共感できる部分が多いです」
「君は娘を優勝に導けるのかね?」
「私が受けた依頼は”ソーニャさんのパートナーになる”というもの。優勝させる自信があるから依頼を引き受けた、という訳ではありません。もし役不足だと感じるなら、今からでも別の人間を雇って下さればと思います」
ジフカはヨシュアをまじまじと見つめた。ヨシュアの受け答えが意外だったのか、少しばかり目を大きく見開いて、驚きを持ってヨシュアを見ている。
「ね? 彼、面白いでしょ?」
「面白くは無いだろう。彼はお前を優勝に導く自信が無いと言っているのだぞ?」
その通り。返す言葉も無い。
そもそも、今まで受けてきた依頼とは毛色が違い過ぎる。パートナーとして行動を共にするだけならまだしも、優勝なんて約束できるわけない。ましてや、相手はフレイヤ。圧倒的な地元人気を誇る、<浮雲の旅団>の看板娘である。もちろん、フレイヤ自身の美貌も疑いようがない。
「私はお前の頑張りを良く知っている。優勝させてやりたいと思っている。だからこそ、私はこの男をパートナーにするのは反対だ」
きっぱりとジフカは言った。
それに対し、ソーニャは一呼吸置き、落ち着いた口調で答える。
「あのね、お父様。私は別に誰かの力で優勝したいとは思わない。自分の魅力は自分が一番よく知っている。誰に言われなくても、コンテストで優勝できる自信はあるわ」
「それなら、なおさら彼は必要ないだろう」
「そうね、優勝するだけなら」
ジフカは、娘が何を言いたいのか分からずに首を傾げた。
「パートナーという言い方が悪かったみたい。私はね、彼から刺激を受けたいの。高め合いたいの。別に私は彼に特別なことを求めて無いの。だからお父様も彼に特別を求めないで。ちゃんと私は、私の力でコンテストを優勝して見せるから」
ジフカはまた目をつむった。今度は重い溜息をつきながら。そしてやはり、答えを探しているみたいに沈黙してしまった。




