Act0-90 それから
モーレがBランク冒険者になった影響は、モーレが勇士として語られる以外にもあった。
処刑が決まっていた、モーレの弟妹たちが助命された。
首都を救った勇士の家族を処刑することはできない、とエンヴィーさんが、取りやめてくれたからだ。
だが、それ以外の、モーレの実の家族以外の、モーレの組織の構成員たちはみな処刑された。
助命はあくまでも勇士の家族だけであり、家族を演じていただけの部下たちにまでは、適用されなかった。
モーレの家族であるふたりの妹さんと弟さんとは、構成員たちが処刑された後、会うことができた。
会えないかと思ったけれど、弟妹さんたちも俺に会いたかったそうだ。
モーレのことを聞きたがっていた。
勇士の家族とは言え、犯罪者であったことには変わりなく、必要最低限の情報しか与えられなかったそうだ。
だからこそ、俺に会いたかったそうだ。
モーレの最期を見届けた俺に。モーレ同様に勇士となった俺に。弟妹さんたちは会いたがっていた。
俺もモーレの遺品を弟妹さんたちに渡したかったし、許可が欲しかった。遺品はモーレの着ていた服。ただモーレのナイフを俺に使わせてほしいという許可を、遺族である彼らに頼みたかった。
そうして出会った弟妹さんたちは、宿で会っていたときと同じ服装だった。
まるで兄妹で出かけているかのようだった。幼いモーレは、お兄さんたちの脚についていけなくて、後ろから必死に追いかけていて、だからいまはいないんじゃないか。そんなありえないことを考えてしまうほどに、弟妹さんたちはいつも通りの恰好だった。
けれど弟妹さんたちの後ろからモーレが追いかけて来ることはない。
モーレはもうどこにもいないのだから。わかっていたことを改めて、確認してしまった気分だった。
溢れそうになる涙をぐっと堪え、俺はいつものように、弟妹さんたちに声をかけた。
弟妹さんたちは、最初ためらいがちだったが、俺の態度がいつも通りだったからか、少しずつ警戒を解き、聞きたいことを尋ね始めた。
答える前にモーレの遺品を渡してあげた。すると、妹さんのひとりが、下の妹さんがモーレの服を抱き締めながら、泣き始めた。そんな妹さんを弟さんは、そっと抱きしめてあげていた。
「ごめんね、カレンさん。この子ったら」
残った上の妹さんは、ため息を吐いた。
でも、上の妹さんの目じりには涙が浮かんでいた。その涙をあえて見ないようにした。罪悪感をどうすることもできなそうだったから。
上の妹さんもわかっているのか、そのことにはなにも言わず、聞きたいことを聞き始めた。
そうして会話をするうちに、三人の現状を知ることができた。
勇士の家族として生き延びることはできたが、同時に職を失ってしまったそうだった。
表の職であった宿屋は、もうできないそうだ。仮にできたとしても、閑古鳥が鳴くだけだと言われてしまった。
「犯罪者が経営する宿屋兼食堂を利用するような、奇矯な人はそうそういないからね」
上の妹さんは、悪びれることなく、そう言い切った。
いや、いまさら悪びれることもないのだろう。実際それだけのことをしてしまったのだから、と上の妹さんは言っていた。
宿屋の経営はできなくなったうえに、裏の職であった人身売買も、元締めであったモーレも、実行犯だった構成員たちもいないいま、続けることはできないそうだ。
そもそもモーレが勇士になったおかげで生き延びられたのに、その名を穢すようなことはできないとも言われた。
つまり表の仕事も裏の仕事も、どちらもできなくなった。
現金を得る方法を同時に失ったけれど命を失うよりかはましだ、と言われた。
「それよりも、姉さんの最期を聞かせて」
上の妹さんは、そう言った。とても真剣な目だった。モーレによく似ていた。
その目には勝てそうになく、俺はすべてを話した。上の妹さんだけではなく、泣いていた下の妹さんと弟さんも俺の話を聞いてくれていた。
「ありがとう、カレンさん。姉さんのために戦ってくれて」
すべてを話し終えると、上の妹さんは、俺の手を握りながら泣いていた。
下の妹さんは、弟さんに支えられながらまた泣いていた。
どうやら下の妹さんはモーレにべったりな甘えん坊だったそうだ。
その大好きなお姉さんを亡くしてしまった。泣くのも当然だと思ったけれど、実際はそうじゃなかった。
「よかった。モーレお姉ちゃん、最後に私たち以外の人を信じられるようになったんだね」
下の妹さんは、そう言って嬉しそうに笑っていた。笑いながら泣いていた。
モーレから、女であることを武器にして、情報を集めさせられていたそうだけど、それでもモーレのことを慕っていたそうだ。
「すごく嫌だったけれど、モーレお姉ちゃんも、悔やんでくれていることは知っていたから。それに一番大変なのは、モーレお姉ちゃんだってわかっていたから。だから平気だった。それにこれくらいしか私にできることはなかったから」
下の妹さんは笑っていた。
その笑顔はとても悲しそうだった。
そんな妹さんを、弟さん(モーレのすぐ下の人で、妹さんたちにとっては、お兄さんにあたるらしい)は肩を抱き、支えてあげていた。
「姉さんから聞いていたのだけど、カレンさんはお金を貯めて、冒険者ギルドを開くんだろう?」
「うん。そのつもりだよ。出資者の人と約束で、一か月で金貨十枚を稼いだら、資本金の金貨百枚を貸してくれるってことになっている。その約束の金貨十枚を稼げたから、開くことができるけれど」
「なら、そのギルドの職員として、俺たちを雇ってください。姉さんの最期を看取り、姉さんの代りに、「蒼獅」への復讐をしてくれるあなたの力になりたいんだ」
弟さんはそう言って頭を下げた。妹さんたちも揃って頭を下げていた。
金が集まった以上、次に必要なのは、人手だった。
冒険者ギルドに近いものだが、俺としてはなんでも屋のような感覚だった。
つまりは客商売だ。その客商売に慣れた人員は、喉から手が出るほどに欲しい人材だった。
加えて、弟妹さんたちは、モーレのこともあって、俺を裏切ることはない。
話をしながら思っていたことだったけれど、弟妹さんたちの口調からは、崇拝に近い感情を感じられた。さすがに俺が死ねと言って死ぬことはないだろうけれど、近いことはするだろうなと思った。
能力があり、そのうえ忠誠心を抱いてくれる。そんな人材を確保することなんて、そうそうありえない。現代社会で、そういう人材を見かけることなんてありえない。
貴族社会とかであれば、そういう人材はわりといただろうけれど、現代社会において、実習訓練以外で、会社に忠誠を尽くすなんて口にするような奴なんていないだろう。
いたとしても、よほどの世間知らずか、惚れぬけるような上司に出会った人くらいだろう。ほとんどの人は従属するというのは、ただのポーズであり、生きるために仕方なくしているだけの人だ。
おそらくはラースさんが用意してくれている人材もそういう人ばかりで、忠誠心を持ってくれているという人なんて、いないはずだ。
仮にいたとしても、それはラースさんに対してであり、俺に対するものではない。
用意してくれた人たちに、まずすることは、俺を認めさせることだったが、弟妹さんたちの場合は、それをする必要がない。
つまり最初から俺のために動いてくれる人材。欲しくないわけがなかった。
「ひとつだけ条件があります」
「なんですか?」
「モーレが使っていたナイフ。俺にください。このナイフとともに俺はこの異世界を駆け抜けていきたい。だから俺に譲ってください。それが条件です」
弟妹さんたちは、その言葉に驚いていた。異世界人であることにも驚いていただろうが、形見であるナイフを譲るだけで雇ってくれるというのだから、驚くのも無理はないだろう。
そうして提示した条件を、弟妹さんたちは頷いてくれた。なんでも姉さんもそれを望んでいるだろうから、ということだった。
「姉さんのナイフに誓い、私たちはこの生涯を以て、あなたに忠誠を捧げます」
弟さんが言うと、妹さんたちもそれぞれに誓ってくれた。モーレの遺族を部下にするというのは、ちょっと気まずさはあったけれど、せっかくの人材を逃す手はなかった。
こうして俺は冒険者ギルドという体のなんでも屋の職員をさっそく確保することができた。が、約束の期間である一か月にはまだ時間があった。
せっかく、Bランクにもなれたのだから、少しでも多くの資本金を得るために、残りの期間も冒険者として仕事をすることにした。
その間、弟妹さんたちには、ギルドの仕事を憶えてもらうために、期間限定の見習いとして、ギルドの職員になってもらった。
最初は、冒険者の先輩方も、弟妹さんたちに、思うものはあったそうだけど、すぐに和解してくれた。
ギルドマスターであるククルさんが手を回してくれていたこともあったのだろうけれど、弟妹さんたちの必死な姿に感化されたのが一番大きかったのだと思う。
そうして残りの期間である一週間はあっという間に過ぎ去っていった。




