Act0-79 さようなら、カレンちゃん
本日二回目の更新です。
暗い。
なにもかもが暗い。
真っ暗な闇が広がっている。
いま自分がどこにいるのかさえわからない。
かろうじてわかるのは、カレンの声が近くから聞こえてくるということだけ。
そのカレンの姿も見えない。
どこにいるのだろうか。かくれんぼが得意という話は、聞いたことがなかった。
だが、いまの情況を踏まえると、カレンは相当のかくれんぼ上級者のようだ。なにせ声は聞こえるのに、カレンをみつけることができないのだから。
意外と子供っぽいところもあるなとは思うが、そういうところもまた魅力的だ。本当に自分はカレンのことが大好きなんだなぁと思う。
こんなにも好きになった相手なんて、いままでいなかった。
「蒼獅」への復讐だけが、自分のすべてだった。
だからこそ、誰かを好きになることなんて、考えたこともない。好きだと言われても、それは相手を利用する、いい口実ができたとしか思わなかった。
そんな自分が、誰かを好きになるなんて、思ってもいなかった。
けれど悪くはない。
誰かを好きになることは、決して悪いことじゃない。いまはっきりとそう思える。
ただもっと早く気づいていればよかった。
もっと早く、カレンを好きになっていることがわかっていれば、こんなことにはならなかっただろう。
でも、もう手遅れだ。
ごまかしはしたが、すぐにわかってしまう。自分はもうすぐ死ぬ。
死ぬことは、いなくなることだった。
死ねば、どこにもいなくなってしまう。残るのは、誰かの記憶だけ。記憶以外にはなにも残らない。それが死だ。
両親が死んだことで、自分ははっきりとそれを理解した。
それまでは、死ぬと、母神スカイストの元へ旅立つと思っていた。実際間違いではないだろう。
だが、一度旅立てば、二度と友人や家族には会えなくなる。それが死という概念だった。旅立っても戻ってこられることはないのだ。
今生の別れ。言いえて妙な言葉だ。
誰も死んだことはないはずなのに、その言葉だけをみな知っている。
つまりみんな知っているんだ。死ねば、もう会うことはないということを。知っているけれど、認めたくない。いや知らないふりをしているのかもしれない。少なくとも自分にはそう思える。
「お別れ、かぁ」
嫌だなぁと思う。
でもどんなに嫌でも、人はいずれ死んでいなくなるものだ。
それは自分もカレンも変わらない。例外は、蛇王を含めた「七王」たちか「神獣」たちくらいだろう。
だが、死なない生物は決して、まっとうな生物とは言えない。
死ぬからこそ、生物は生物たりえる。その身に流れる熱い血潮があるからこそ、生物は生をまっとうできる。
そういう意味では、「七王」たちも「神獣」たちも、その身に血潮は流れているのだろうか。生きることを象徴する血潮は、まだその身に残っているのだろうか。
自分の身にはもう血潮は残っていない。
血潮が失われていくたびに、命が削れていく。
それをはっきりと理解できた。この流出を止めることはできない。
流出が止まるとき、それが自分の死ぬときだ。心臓が鼓動を止めたときが、自分がいなくなるときだ。
ある意味では、幸運なのかもしれない。
死ぬとき、たいてい人は意識がない。
だが、自分ははっきりと意識があった。
ただその反面、声しか聞こえない。目は見えず、感触もない。すぐ近くにいるであろう、カレンの姿を見ることさえ叶わない。これもまた自分の贖罪なのだろう。果たすべき償いなのだろう。
最期にカレンの顔を見られない。
それはたしかにこれ以上とない償いだ。それほどのことを、自分はしてきていた。
だから文句はない。十分すぎるほどの温情を、すでにいただいている。
最期にカレンともう一度話ができる。それはなによりも勝る幸運だった。感謝してしかるべきことだ。なのにこれ以上を求めたら、罰が当たってしまう。満足すべきだ。
ならば、その幸運の時間を、これ以上浪費するわけにはいかない。
最期だからこそ言いたいことがあった。言うべきではないのだろうけれど、それでも言いたい。たとえそれがカレンの戒めになったとしても。これくらいのわがままくらいは言わせてほしかった。
「カレンちゃん。手を握ってくれないかな?」
右腕はナイトメアウルフに食われてしまった。左腕がどうなのかはわからない。感覚がないから、まだ残っているのかもわからなかった。それでも言っていた。手を握ってほしい、と。
カレンが、ああ、と頷いた。どうやらまだ手は残っているようだ。
しかしいくら待っても握られている感触はない。
感触くらいはあってほしかったとは思うが、それもやはり求めすぎだろう。
いまは会話を交わせるだけでも、ありがたい。
伝えておきたいことがある。重荷になるかもしれないが、果たしてほしいことがあった。自分ではもう果たすことができない。
「私たち、姉弟は、復讐が目的だったんだ」
「復讐?」
「うん。「獅子の王国」を根城にしている自称義賊「蒼炎の獅子」の頭目「蒼獅」に復讐したかった。あいつに私たちの両親は殺された。その仇を討つために、私たちは人身売買に手を染めた。力を手っ取り早く得るために。「蒼獅」を殺すための力が欲しかった。だけど、もうそれも叶わない。そもそも復讐をするのであれば、手を染める必要なんてなかった。誰かの人生を踏みにじる必要なんてなかった。だって、誰かの人生を踏みにじって、手に入れた力で復讐したってなんの意味もないもの。それじゃ、「蒼獅」となにも変わらない。あのいけ好かない爺さんとなにも変わらないじゃないか」
「蒼獅」は自分たち姉弟が子供だったから見逃した。
子供を殺す気がなかったのか。それとも殺す価値もないと思っていたのか。確かめる術はもうない。
それでもあのときの「蒼獅」の顏だけは忘れられない。忘れられるわけがなかった。両親を殺した憎い男の顏だけは、忘れられない。忘れてなるものか。
「重荷になるだけってわかっている。カレンちゃんにまた重荷を背負わせてしまうこともわかっている。それでももう頼むしかないんだ。お願い。私の代りに、あの男を、「蒼獅」を殺して」
カレンが息を呑んだ。
無理もない。代わりに人を殺せと言われて、頷けるわけがなかった。
カレンは人を殺せる子じゃない。あの盗賊団を皆殺しにはしたが、殺しながら震えていた。震えながら泣いていたのだ。
そんな子に、これ以上人を殺させたくない。これ以上罪を背負わせるわけにはいかない。
だが、もう死にゆく自分には、「蒼獅」への復讐はできない。
それではいままで踏みにじってきた人たちの人生が、すべて無駄になってしまう。
無駄にしてはいけない。無駄な命で終わらせてはいけない。これがエゴだというのはわかっている。十分すぎるほどに理解している。それでももう頼むしかないのだ。いまのままでは、死んでも死にきれない。
安らかに死にたいなんて、言う気はない。
だが、死ぬのであれば、心残りをなくしたかった。誰かにこの想いを継いでほしかった。
たとえ、それが人を殺すということであっても。この恨みを自分とともに無に帰させるわけにはいかなかった。
「迷惑だってわかっている。頼むことじゃないのもわかっている。それでも頼むしかないの。ごめんね、本当にごめんね、カレンちゃん」
これ以上重荷を背負わせたくないのに。それでも背負わせることしかできない自分が、ひどく情けなかった。
「……復讐はできない」
しばらくして、カレンが呟いた。
無理もない。いくら友人の最期の頼みでも、人殺しを受けるわけがなかった。
「だけど、殴ってやる」
「え?」
「モーレの代りに、その「蒼獅」って、爺さんを俺が殴る。モーレと、モーレの家族の分まで、殴ってやる。それじゃダメかな?」
「……ううん、構わないよ。それでいい。それでこそ、カレンちゃんだよ」
私の大好きなカレンちゃんらしい。
そう続けようとしたが、やめた。言うべきじゃない。
言ったところで、この想いが届くことはない。なら言う必要はない。言ったところで、カレンにまた重荷を背負わせるだけだから。だから言う必要はなかった。
ただせめて。そうせめて、これくらいは許してほしかった。
感覚のない体を、感覚を失った体を動かそうとした。
だが、やはり動かない。力も入らない。しかしそれでも諦めたくなかった。
「スカイストさま。最期にお力をお貸しください」
祈っても仕方がないかもしれない。それでも祈らずにはいられなかった。
これで最後。そう思い、体を動かす。すると体が動いた。
失っていた感覚を、わずかにだけ取り戻すことができた。目も少しだけ見えた。
カレンの顏がすぐそばにある。
腕を伸ばす。カレンの頬に触れた。柔らかく、温かい。
その頬に最後の力を振り絞って、口づける。カレンが、え、と言って、顔を赤く染める。
してやった。ようやくカレンを赤面させてやれた。なら最後に言う言葉はひとつだけだ。
「どう? お姉さん、カッコよかったかな?」
笑い掛ける。
カレンも笑った。
笑いながら頷いてくれた。
満足だ。これでもういい。もう心残りはなにもない。
「さようなら、カレンちゃん」
モーレはそう言って、まぶたを閉じた。
明日は十六時更新となります。




