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Act0-75 友達 その十一

六回目の更新となります。

明日は十六時更新に戻ります。

 血しぶきが舞う。


 数十頭ものブラックウルフが次々に絶命していく。

火を纏った蹴りで焼きつくし、風を帯びた手刀で切り刻み、水を滴らせる拳で内部から破壊し、土の力を秘めた体により、攻撃を通さない。


 複数の属性を付与させながら、戦うたったひとりの少女によって、ブラックウルフの大群は、次々に命を失っていく。


 カレン・ズッキー。


 異世界人のCランク冒険者で、自分の友人だ。いや、自分なんかを友人と言い、命を賭して守ろうとしてくれている少女だ。


 戦闘能力はありえないレベルだと思っていたが、どうやらまだ足りなかったようだ。


 ありえないという評価でさえ、生ぬるい。


 これはもう悪い冗談だとしか思えないレベルだ。それくらいカレンのやっていることは、おかしいことだった。


 だが、そのおかしな戦闘能力のおかげで、自分はまだ生きている。


 ゴミ同然な自分なんかを、カレンは命を賭して守ってくれている。女性であれば、一度は夢見るシチュエーションという奴だろう。


 惜しむらくは、カレンが女の子だということだ。


 これが同じ十五歳でも、男の子であれば、年下の少年に惚れてしまうところだが、あいにくカレンは同性だった。


 同性相手に恋をするわけがない。


 なのに、いま目の前で戦うカレンを見ていると、不思議と動悸がする。やっていることは、一方的な殲滅なのだが、その姿でさえ、ときめいてしまいそうだ。


 血しぶきが舞う戦場だというのに、なんてのんきなことを考えているのだろうか。


 不謹慎すぎる。


 カレンは、格下相手とはいえ、大量の魔物相手にひとりっきりで戦っているというのに。それも自分なんかを守るためにだ。それを妙なまなざしで見つめるなんて、カレンに失礼だった。


 カレンは雄叫びをあげていた。女の子のはずなのに、言動がどういうわけか男らしい。


 でもそういう姿も、カレンらしい。やっていることは、血生臭いことのはずなのに、その姿から目を放すことができない。


 数頭のブラックウルフが駆け寄ってくる。


 次々にブラックウルフが現れるが、そのたびにカレンが瞬く間に倒してしまうので、ブラックウルフの死骸が次々にできあがっていく。じきに足の踏み場さえなくなりそうだ。


 そんな仲間の死骸の上を、後続のブラックウルフたちは駆け抜けてくる。


 だが、地面とは違うからか、いくらか速度が落ちているようだ。


 それでも一般人には脅威だ。自分であれば、あれくらいの速度であれば、対処はたやすい。カレンに至っては、あくびが出る程度だろう。


 むろん、実際にあくびをしているわけではない。


 どう対処するかを考えているはずだ。そのための準備をする時間も、おそらくは十分にあるはず。


「……やってみるか」


 ぽつりとカレンが呟いた。


 なにをするのだろうと思っていると、カレンが急に振り返ってきた。急になにをと思ったときには、カレンは詠唱をしていた。


「風の刃よ、我が一撃とともに飛べ!」


 聞いたことのない詠唱だった。


 風刃に近いが、風刃ではない。


 いったいなんの魔法を。それになぜ振り返ったのか。その答えはすぐに明らかとなった。


 カレンの右足に緑色の魔力が宿った。風属性の色。だがそれだけであれば、いままでの属性付与とさほど変わらなかった。


 だが、次の瞬間、カレンはまだ距離があるはずなのに、後ろ回し蹴りを放っていた。


 当たるはずのない攻撃をなぜ。そう思ったときには、カレンの脚から緑の刃が、「風刃」が放たれた。


 通常の「風刃」よりも、大きく弧を描いたそれは、まっすぐに突き進み、向かってきていたブラックウルフたちを切り裂いていく。それも一番近かった数頭だけではなく、その後続に至るまで、次々に切り裂いていった。


「よし、成功!」


 カレンは指を鳴らして、嬉しそうに笑った。


 あまりの光景に言葉を失っている自分をよそに、カレンは次々に「風刃」を回し蹴りに乗せて放っていく。


 後続から現れるブラックウルフたちは、どの個体も反応できずに、切り裂かれ、街道に血の染みを作っていく。


「討伐」という意味であれば、失格ではあるが、退治をするのであれば、相応しい魔法だろう。


 いや、これを魔法と言っていいのかどうかはわからないが、少なくとも詠唱を挟んでいるから、魔法なのだろう、たぶん。


「名付けて、「風刃脚」ってところかな?」


 カレンオリジナルの魔法のようだが、ネーミングセンスはあまりないようだ。というか、まんまだった。


 やたらと長い名前にされるよりかは、はるかにましだろうが、それでも脚で放つ「風刃」だから、「風刃脚」というのは、いかがなものだろうか。


 命名というか、発案及び実行し成功させたのはカレンなのだから、好きに名付ければいいとは思うが、もう少し捻った名前であっても罰は当たらない気がする。


 ただ当のカレンはノリノリなので、やはり好きにさせておくべきだろう。


 それにしても、シリアスな状況のはずなのに、どうにもシリアスに徹し切れないのは、カレンがそういう人柄だからなのだろうか。


 見た目は、おとなしそうな女の子のくせして、中身はまるっきり男の子という、ギャップがありすぎる子だが、その実カレンがとても繊細で優しい子であることはわかっていた。


 その繊細さを、豪快な性格で隠している。


 それがカレンなりの処世術なのか、それとも無意識のうちにやっているのかまでは、判断がつかない。


 この先もカレンと一緒にいられ続けるのであれば、いつかはわかる日が来るのだろうか。


 ありえないことだが、想像してしまう。


 カレンとこのままふたりでどこまでも逃げ続けることを。そして誰も自分たちを知らない場所で、ふたりっきりで生活することを。


 慣れない生活は、きっと苦労の連続だろう。


 けれどカレンがそばにいてくれるのであれば、きっと笑って過ごせるのだろう。


 人並みの生活なんて、もう送れないと思っていた自分が、カレンと一緒であれば、人並みの生活を送れるなんて、常に心の底から笑っていられるようになるなんて、まるでつまらない冗談のようなことを考えてしまっている。ほだされるにもほどがあるだろうに。


 けれどそんな自分が嫌ではなかった。


 カレンと一緒にいられるのであれば、そういう日々も決して悪くはない。


 むしろ残りの人生のすべてを、カレンに捧げてもいいくらいだ。


「……バカだなぁ」


 前髪を掴みながら、笑った。


 ありえないことだ。そんなバカバカしいことを、妄想するなんて。本当にバカバカしい。


 カレンが一緒に暮らしてくれるわけがないだろう。


 カレンには目的がある。


 異世界人とわかったいま、カレンの目的が「天の階」であることは、容易に窺い知れる。


 つまりカレンは星金貨一千枚を集めなくてはならないのだ。個人で稼ぐことなど、不可能でしかない大金を、彼女は稼ごうとしている。


 どうやってかは知らない。


 冒険者になったのは、そのために必要なことなのだと思う。


 冒険者であっても、星金貨一枚を稼ぐには、相当の苦労が必要だった。


 その一千倍を稼ぐとなれば、もはや個人では不可能だろう。国家単位であれば、星金貨を一千枚稼ぐことは可能だ。あくまでも国家単位であればだ。


 それでも異世界人は、無謀な道を目指すしかない。


 元の世界に帰るためには、「天の階」を目指すしかない。


 しかし有史以来、「天の階」が使用されたことはない。そもそも「天の階」は、本当に異世界への扉を為しているのか。それさえもわかってはいない。


 だが、それでも異世界人たちは、「天の階」に縋るしかないのだろう。それはカレンもまた同じなのだろう。


 これまで異世界人たちを何度か見かけたことはあったが、みな絶望しきった表情を浮かべていることが多い。


 星金貨一千枚という不可能にもほどがある目標を目指すしかない。そんな現実に絶望してしまうのだろう。


 しかし、カレンは絶望していない。


 その瞳には絶望は見えない。あるのは、希望だけ。輝かしい希望を見つめている。


 どうしてそこまで強いのか。


 いやどうしてそこまで強くなれるのか。モーレにはわからなかった。


 わかるのは、決してカレンは自分と一緒に暮らしてはくれないということだけだ。


 カレンの目が絶望したものであれば、きっと一緒に暮らしてくれたかもしれない。


 だが、カレンは諦めてさえいない。心が折れてもいない。まだ見ぬ明日を常に見つめ続けている。


 強い子だ。


 心の底から思う。


 そんな強い子が、自分なんかと一緒に暮らしてくれるわけがなかったし、カレンの重荷にもなりたくなかった。


 だが、現状、自分はただの重荷だろう。


 カレン単独であれば、ブラックウルフがどれだけ群れていようと問題はないはず。


 ダークネスウルフとて相手にもならない。ナイトメアウルフだって、きっと倒せるだろう。


 だが、自分がいては、カレンは十全の力を発揮しきれない。


 自分という足手まといがいるせいで。


 どうして守ってと言ってしまったのだろうか。


 いまさらながらに後悔してしまう。命なんてもう惜しくなかったはずなのに、どうして言ってしまったのだろう。


 現状は、カレンが一方的に狼たちを殲滅している。


 けれどそれがいつまで続くのかはわからない。カレン単独であれば、隙を見て逃げ出すことはできたはずだ。


 しかし自分がいては、逃げ出すことはできない。


 相手を殲滅するしかなかった。


 その殲滅に自分はなんの役にも立てない。


 自分も戦うと言えば、カレンは戦わせてくれるだろう。いや、無理か。現状、自分が役に立てることはないのだ。


 カレン命名の「風刃脚」でブラックウルフたちを、次々に倒しているいま、「風刃脚」ほどの攻撃魔法を放てない自分では、なんのプラスにもならない。かえって足手まといになるだけだ。


 こうして見ていることしかできない。


 悔しかった。泣きたくなるくらいに悔しい。


 でもその悔しさを押さえこみ、カレンの戦いを見守ってあげることくらいしか、いまの自分にはできない。


 戦い抜いたカレンを支えてあげること。それがこの戦いにおおける自分の最大の役目になるはずだ。それさえもできないのであれば、自分はただの役立たずでしかない。


「頑張って、カレンちゃん」


 モーレは手を組み、カレンが無事であることを祈った。そのとき。黒い風が、目の前を横切った。

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