Act0-58 逃避行 その二
本日二度目の更新です。
明日は、十六時更新になります。
まだ警備兵には出くわしていない。
だが、それがいつまで続くのかはわからない。このまま出くわさないというのは、あまりにも楽観的すぎる。
いずれは出くわすことになる。
そのときに逃げ切れる体力が残っているだろうか。
「本当に、どこで計算が狂ったのやら」
人さらい自体は、「蛇の王国」だけではなく、他の国々でも行っていたことだった。
だいたいは商売人という体で、ある程度の期間、その国々に根付く形で商売を行い、その合間に「獲物」を決める。「獲物」は身内がいない者が望ましい。一番いいのは、若くランクも低い冒険者だ。
若くて、ランクも低い冒険者は、基本的に無茶をやらかす。自分の実力をまだ完全に理解していないからこそ、無茶をやりたがる。その結果、死んでしまうのだ。ギルド側も若い冒険者ほど死にやすいことがわかっている。
だからこそ、最初はお手軽な依頼しか回さない。お手軽な依頼を通して、生き残る方法をみずから学ばせていく。そうしてひとりでも多くの若い冒険者を、生きながらえさせようとしている。
だが、そんなギルドの思惑を考えずに、無茶をやらかすバカな冒険者もいる。そういう冒険者こそ、自分たちにとっては、格好の「獲物」だった。
親切なふりをして近づき、自分たちを完全に信用させてから、「収穫」する。ギルド側も、他の冒険者たちも、若手が無茶をやらかした結果がどうなるのかは、わかりきっていた。だからある日を境に、消息を絶っても、おかしくは思わない。
せいぜい「有望な奴だった」とか「惜しい奴だった」とか言うくらいで、探すことはない。その国々で商売の方法は変えても、「収穫」までのやり方は一切変えていない。
同じ方法を繰り返すというのは、わりと勇気がいることではあるが、その分練度があがっていくこともあり、かえって、その都度別のやり方を行うよりかは、効率がよかった。
それに脚がつくころには、ある程度稼ぎ終わっている。ある程度稼げば、その街、ないしは国から離れることにしていた。
国と街を出るたびに、その都度両親役の手下を変えている。手下はそれなりの数がいるので、その都度変えたところで、支障は起きない。
自分たちとは違い、両親役の手下はみんな人間だ。当然歳を取る。だが、自分たちはハーフフッド族であるがゆえに、見た目があまり変わらない。もっと言えば、幼い外見のままだった。
せいぜい数年程度であれば、ごまかしは利くが、それ以上だと、さすがに不審がられる。加えて、捜査の目が自分たちに向けられかねない。
いくら慎重に「獲物」を見定めようとも、いくらかの証拠は残ってしまう。証拠と言っても、確証になるようなものではなく、せいぜい毛ほどの証拠でしかないが、蛇王もあの混ざり者も、その毛ほどの証拠から、自分たちに行きついたのだろう。
「「獅子の王国」にしておけばよかったかな」
国と街を転々としているが、「獲物」は「聖大陸」に送るので、海に近い地域を選んでいた。
以前は、「狼の王国」にいたが、あの砂漠だらけの国では、「獲物」を運ぶのも一苦労だったので、海に近い、というより、「魔大陸」の玄関口である「蛇の王国」を次の拠点に選ぶのは、ある意味当然だった。
「獲物」を運ぶのは、以前に比べて、とても楽になった。「聖大陸」行きの船に乗せればいいだけで、手間がかなり減っている。
が、この国の王は、狡猾で有名な蛇王だった。その名の通り、蛇のような狡猾さを持つ、「七王」の一角だ。
脳筋と言われている獅子王か鬼王の国の方がいいのではないかと弟妹達は言っていた。たしかに脳筋王たちの国であれば、安全に仕事ができるだろう。
だが、「獅子の王国」も「鬼の王国」もそれぞれに問題があった。特に「獅子の王国」は、「蒼炎の獅子」が大暴れしている最中だった。
「蒼炎の獅子」が暴れている間に、仕事を済ませればいいだけかもしれないが、邪魔をされる可能性は十分にあったし、下手をしたら「蒼炎の獅子」と正面衝突する可能性もある。それはできれば避けたかったので、「獅子の王国」は避けた。
かといって、「鬼の王国」もまた問題である。あそこは遊牧の国だ。その性質上、首都さえも一年に二回も遷都するのだ。加えて、環境が「魔大陸」随一の厳しいものであるがゆえに、結束が非常に強く、自分たちがいつも行っている手段を行っても、必ず「獲物」を探してしまうのだ。毛ほどの証拠しかなくても、いずれはたどり着かれる可能性がある。ゆえに「鬼の王国」も避けるしかなかった。
なによりも、両国の最大の問題が、ともに武闘派の王を戴いていることもあり、軍が非常に精強だということだ。
一騎当千の兵が集う鬼王軍と集団戦において負け知らずの獅子王軍。強さの質は違えど、ともに精強な軍を持つ国。その軍に追われるかもしれないと考えれば、「鬼の王国」も「獅子の王国」も避けるべきだった。
それにいくら脳筋の王とはいえ、勘まで鈍いわけではない。むしろ脳筋であるからこそ、勘が鋭いはずだ。こちらの計算を超えた行動をしてくる可能性は、十分にありえた。
総合的に踏まえて、「蛇の王国」が一番やりやすいという判断をしたのだが、それが失敗の始まりだったのかもしれない。
一応いままでは、うまく事が運んでいた。さすがに首都では、少し自重をしていたが、それでも問題なく、表と裏、どちらの商売もうまくいっていた。
「あの子が来るまでは、ね」
そう、カレンだ。カレン・ズッキー。彼女が宿に泊まってから、いろいろと狂い始めた。
いままでは、せいぜい一週間、二週間程度の滞在の者が多かったのに、あの子はいきなり一か月間も泊まると言い出したのだ。
ちょうど首都での商売も数か月が経ち、そろそろ移動を考えようとしていた矢先のことだった。
断ろうにも、勇者アルクの薦めで来たと言われてしまえば、断ることはできない。あの勇者も、以前うちの宿で滞在していた。もっともそれでもせいぜい数日程度だったが、その数日の滞在でも、星の小人亭を気に入ってくれたようだ。
余計なことをしてくれるものだと思った。
だが、表向きは宿屋の一家であるのだから、宿泊したい客を断ることなんてもってのほかだ。それに長期滞在の客は、金を落としてくれる。加えてカレンは、性格は男っぽいが、見た目は美少女だった。そんな美少女の定宿となれば、多少なりとも宣伝の効果はある。なにせ泊めているだけで、宣伝ができるとあれば、それに乗らない商売人はいない。断るほうが、かえって不自然になる。
移動を考えていたが、カレンが泊まっている間だけは、続けるしかなかった。とんだ厄介者だと、当初は思っていた。
しかしその厄介者のおかげで、表の商売である宿屋はなかなかに繁盛していた。見目麗しい美少女が定宿としているのに加えて、飯も安くて美味い。そんな噂が流れて行ったのだ。
おそらくは、カレンが自主的に流してくれた噂だったのだろう。自身のことを美少女と呼ぶのはどうかとは思ったが、間違ってはいないのだから、文句のつけようはない。
そのおかげで、昼夜問わずのてんてこ舞いになったが、弟妹たちは生き生きと笑うことが多くなった。
自分たちのしていることが、犯罪であることはわかっていたが、表の商売もしている以上笑顔は浮かべなければならなかった。その笑顔は、いままであれば、どこか澱んだ笑顔だった。が、カレンのおかげで、笑顔から澱みが消えた。そしてそれは弟妹たちだけではなく、自分も同じだった。
いや、弟妹たち以上に、自分の笑顔から澱みは消えていた。
弟妹たち以上に、カレンと一緒にいる時間が多かったからだろう。子供らしく振る舞うのは、不得手ではなかった。
むしろ弟妹たち以上の童顔かつ低身長で生まれてしまった影響で、子供らしく振る舞うのは、息を吸うのと同じくらいに、自然とこなせるようになっていた。
だがあくまでも、子供らしく振る舞うだけだった。それがカレンの前では、子供になっていた。無邪気に笑えていた。子供の頃に戻れていた。
そんな自分に、戸惑いはした。私はもう子供じゃない。罪人なのだと思っても、カレンの前に立つと、昔に戻ってしまう。
調子が狂う。カレンと話をしているとき、いつも思っていた。だが決して嫌だとは思えなかった。それもまた調子を狂わせてくれていた。
しかしそれも終わった。カレンを「獲物」に選んだからだ。あの子がギルドマスターのお気に入りだということは、わかっていた。
妹たちの集めた情報によると、あのギルドマスターが、飛び級を認めたことは異例のことらしい。加えて、本来であれば、ワンランク上までの魔物しか「討伐」を受けられないという暗黙の了解があるのにも拘わらず、カレンは、ツーランク上のCランクの魔物の「討伐」を許されたというではないか。
そこまで特別待遇をされているのに、ギルドマスターが、目を掛けていないというのは、さすがにありえない。ただそのお気に入りが、どういう意味でのものなのかまではわからなかった。
おそらくは、ギルドマスターも、職員の誰かが、情報を漏らしていることに気付いていたのだろう。いや、「誰かが」ではなく、「誰が」までわかっていただろう。
そう思わせるほど、妹たちが集める情報が、徐々に偏ったものになっていったのだ。それは気づいたからこそ、街を早々に出ようと決めていたのだが、そこに来たのがカレンだ。
「あの子は疫病神なのか、そうじゃないのか、よくわからないな」
言いながら、自分で笑っていた。こうして独り言を呟きながら、笑うことなんていままでなかった。独り言をするときは、なにかしらの策を練るときだ。ハーフフッド族である自分たち姉弟が生き残るためには、手段なんて選んではいられない。
ただでさえ、ハーフフッド族は、舐められがちな種族だった。歳を重ねても、見た目の変化が少ないため、子供扱いされるのだ。そういう種族だから仕方がないと言えば、それまでではある。しかし自分の場合は、普通のハーフフッド族よりも、はるかに幼い見た目をしていた。
弟妹たちは、通常のハーフフッド族らしく、人間で言えば、十五、六歳ほどの外見だった。比べて自分は、十歳児程度にしか見えなかった。両親は、弟妹たち同様に、あくまでも童顔程度の見た目だった。家族の中で、自分だけが、幼女の見た目だった。しかもその外見で一切成長しなくなってしまった。なんの呪いだと、何度思ったことだろうか。
しかしまっとうな職業であれば、この外見では苦労しただろう。が自分の仕事はまっとうなものではない。だから、かえってこの見た目は、重宝している。まさか、十歳児が主犯格なんて誰も思いはしないだろう。実際、いまのいままで、尻尾を掴まれることなく、人身売買を続けられてきたのは、この見た目があってこそだろう。
だが、それももう終わりだろう。
弟妹たちが捕まってしまった。あの子たちでは、尋問ですぐに吐いてしまうのは目に見えていた。それは、両親役をさせていた手下ふたりも同じだ。
弟妹たちが吐いた以上は、芋づる式にほかの手下たちも、捕まってしまっただろう。残るは自分だけだ。
状況は最悪だった。
両親役の手下ふたりが捕まるだけであれば、どんな手段を用いても、口封じをすれば済むだけのことだったが、弟妹たちの口を封じるわけにはいかない。
もっとも封じようと踏み切ったところで、もはや手遅れだろう。あの混ざり者に、いや蛇王に目をつけられた時点で、自分たちは詰んでいた。ここからの逆転は、現時点では不可能だ。
せめて自分だけでも、逃げきれれば、立て直しを図ることはできる。長い時間を必要とするが、今度はより慎重に動けばいい。
「今度は、裏方に徹したほうがよさそうかな」
次の一派での立ち位置を考えつつ、大通りを走っていると、不意に大通りへと向かってくる足音が聞こえた。




