身中の虫
王立軍第二部隊の詰所は閑散としていた。通常の警ら業務に加え、まだ男爵家の件につき多数の関係者からの聴取にかかり切りなのだろう。
それでもディスが二階の一室、幹部執務室に入って行けば、数人の隊員が、すらりとした長髪の男を中心に囲み、密やかな声で話をしていた。
「ローデン部隊長、お疲れさまです」
いち早くこちらに気づいた長髪の男が、とてもお疲れさまとは思っていない冷淡な声で、形ばかりの会釈をしてくると、囲んでいた隊員たちが慌てたように振り返り、敬礼してくる。中でも若い隊員が、勇んで一歩、前へ出た。
「部隊長! 情報を誰かが漏らしているようです。街中で、奴隷摘発と話題になっているようです」
「それがどうした?」
「ま、まだ証拠もないのに、まずくないですか? 仮にも貴族の……」
「仮にも貴族だから、情報を回してるんだ。現場の状況からクロは確かだし、証言する人間も押さえてある。
奴隷廃止は、王家の意志だ。大げさに罪状を触れ回っておけば、王立軍第一部隊サマの横槍も、鈍くなるだろう。真っクロなものを庇い立てするほど、奴らも馬鹿じゃない、というのは単なる願望だがな」
「そんな、乱暴な……」
それ以上は聞かずに、自分の執務机へ向かう。
と、黙っていた長髪の男が、その整った容貌をいささかも崩すことなく、声を上げた。
「確実にクロであったとしても、いくらでもシロにする方法はありますよ」
ディスが面倒そうに振り返る。半年前の着任以来、この男は常に、ディスに対して否定的だ。
「アイオル・リトール副部隊長、後学のために、その方法を教えてもらおうか」
「簡単でしょう。男爵を殺してしまえばいい。自白もできず、もの言わぬ身となれば、すべては闇の中です。いちいち、使用人や被害者を脅かして口止めするよりも、効率がいい。——どちらも今回は、王立軍の牢破りをすることが前提、ですが」
「なるほど」
「そうなれば貴方は、証明することのできない罪で貴族を連行し、その名誉を地に落とし、さらには証言を得るために無茶をして獄中死させたことになるでしょう。その責を負って、貴方は罷免。いい案じゃないですか」
ディスはゆっくりと、体ごとリトールに向き直り、腕を組んで机にもたれかかった。そして、己の副官の無表情な薄青の瞳を見透かし……にやり、と笑った。
「物騒だな。まるで誰かが、この働き者の俺を罷免したいみたいじゃないか。……ま、それもあり得る話だ。だが、貴族の罪を立証するに足る身元の証人のあても、あるんだぜ。牢の外にだってな。
それに、もし牢内で、何らかの事故があったら……そのときは、大人しく軍を辞めて、法術師でも何でも使って犯人を突き止めて、心おきなく、直接俺の手で細切れにするさ」
味方しかいない部屋であるにも関わらず、いやあるいは、ディスの強さを身近で知るが故か、部屋中が冷え込んだようだった。
この男は、やると言ったらやるだろう。いったい誰が、その怒りの矛先を向けられるのか。ごくり、と誰かが唾を飲んだ。
その中でリトールがゆったりと拍手をしたのを、他の隊員は、半ば畏敬の念を持って見た。
「頼もしくも恐ろしいことだ。では、無闇な犠牲者を出さないためにも、私が牢の警備を厳重にしましょう」
「いや、牢はガントリ小隊長に任せる」
「私は、信用なりませんか」
上品に肩を竦めるリトールと、それを睨むディスを、誰もが固唾を飲んで見守った。
しばしの静寂。
だがディスが、鼻を鳴らしてそれを吹き飛ばした。
「アホか。仲間内でなんだって、信用するしないって話が出るんだ。——リトールは、別作戦だ。物証が出るかもしれん。詳しく話す。こっちへ寄ってくれ」
「物証、ですか」
「ああ。ようやく、大物を手繰り寄せられる。必ず、手に入れる」
それはどこに、と問うたリトールへの応えに、部屋にいた全員が、耳を澄ませた。
「——旧神殿区だ」




