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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
辺境の小さな英雄
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草原の国の砦

 一人で敵の集落を落としたことから、陥陣営カァンラークドと呼ばれることになったロズヴェータであったが、彼個人の内心で言えば、いい迷惑でしかなかった。

 降伏して頭を擦り付けている集落の指導者層から話を聞けば、完全な敵の内紛である。

 まるで坂道を球が転がる様にして、転落したのが先ほど向かい合っていた赤手イゴーロールの長だったのだろう。なお、その首は既に集落の広場に晒されている。

 内紛を煽りさえしていないのに、勝手に二つ名が転がり込んでくるなんてことがあっても良いんだろうか。否、良いはずがない。分不相応な二つ名は、分不相応なトラブルを生むものだ。

 それを苦々しく思いながら、ロズヴェータは表情を努めて平静に保とうと努力した。

 いきなり上位者が不機嫌な顔をしていたら、またいらぬ誤解を受けそうだった。

陥陣営カァンラークド

陥陣営カァンラークド!」

陥陣営カァンラークド!」

「ああっ! もう、うるさい!」

 ロズヴェータの我慢はものの数分で限界を迎えたが。

「隊長、何が不満なのさ。良いじゃない。陥陣営カァンラークド

 分隊長ヴィヴィが笑いながら話しかけてくると、ロズヴェータの不満を聞いて彼女は肩を竦めた。

「変なところで小心というか、慎重だねぇ。良いじゃないか。自分で名乗っているわけでもないんだし、周りが勝手に言ってるだけさ」

 強めに肩を叩かれると、ロズヴェータも単純なもので、まぁいいか。という気分になってくる。諦め成分7割の気分であったが。

「それより、会議を。次の方向性を決めないといけないからな!」

 叫ぶようにロズヴェータが言うと、今まで浮かれていた隊長達と分隊長達がテキパキと指示を出して集落を占領する。

「略奪は無しだ」

 不機嫌そうに言うロズヴェータの言葉に誰も反論を口にしなかった。

 敵対していたはずの、草原の国(ツァツァール)を裏切って味方に付くということは、草原の国側からかなりの恨みを買ってしまうことになる。それを敢えて冒したのだから、逆に信頼がおけると言うものだ。

「……言いたくはないけれど、罠の可能性は?」

 各隊長と分隊長そして会計士まで集めた会議は、集落の外に設置した騎士隊の宿営地で行われた。周囲には兵士を配置し、集落の者達に聞かれる恐れはない。

 この偵察行の最高意思決定機関と言っていいその会議で、アウローラの発言に皆考え込まざるを得なかった。

「わざわざ味方を殺させて? そこまでするメリットがあるかね?」

 首を傾げる分隊長ヴィヴィ。

「面倒くさいなぁ。それじゃ、見せしめに……」

 ナーサの不用意な発言に、アウローラは深くため息をついた。

「本当に草原の国を裏切っているなら、逆効果なのに?」

「……裏切った上に、冷遇はかなり苦しいものがあるな」

 苦笑してミスキンドが肩をすくめる。

「周囲の集落を調略するためにも、ここは優遇したいところよね」

 補足するように言葉を付け足すアウローラに、ナーサは疑問に眉を寄せる。

「心配のし過ぎだろう? あいつらは後がないんだ。こっちにつくしかないなら、どんな扱いをしたって大差ないさ。うちらの利益を最優先すべきだろ」

 ナーサの言葉に頷く者達が多数いるのは、まぎれもない事実だ。

 被征服者あるいはつい先日まで敵対していた者達に、そこまで配慮する必要があるのかという疑問に多くの者は納得できていない。

「略奪はしないのですよね? 隊長」

 筆頭分隊長ガッチェの言葉に、ロズヴェータが頷く。

 先遣隊を率いて、的確な情報を本隊に送り、集落の攻撃においては別動隊として集落を攻撃したこの男を、誰もが一目置くようになっていた。

「では、先へ進みましょう」

 視線で三頭獣ドライアルドベスティエの他の分隊長に視線を向けると、彼らは一斉に頷いた。特に分隊長ルルなどは、長い髪が飛び跳ねる様に何度も強く頷いていた。

「略奪しないなら、次へ行く。うん、間違いない」

 目を瞑って腕を組んだルルは、それ以上口を開こうとしない。

「周辺の集落の調略はしないのかしら? 自由市場(バザール)を開けるだけの規模の集落なのでしょう?」

 アウローラの言葉に、皆がハッとして視線を交わし合う。

 できれば、面倒ごとは他に押し付けたいとの視線にロズヴェータがため息をついた。集落と言っても五十人以下のモノがほとんどだ。抵抗するならそれなりに面倒だが、抵抗しないのならこの集落と同じく略奪りんじしゅうにゅうはないとするとうま味がない。

三頭獣うちがやる。方策は少し考えさせてくれ」

 ロズヴェータの声に、分隊長達はそれぞれに苦笑をしたり、口を尖らせたりして不満を表明するも、それだけだった。

「御曹司、こう言っちゃあれだが、あんまり時間はないぜ」

 ロズヴェータの隣に座っていたナーサが小さな声で囁く。

「申し訳ないが、うちのところはあんたの所ほど抑えが利くとは思えねえ」

 ちらりと、自身の騎士隊の分隊長達を一瞥するナーサの表情に苦々しいものが浮かぶ。ナーサと同じく直情的なものが多そうだった。

「うちは気にしないでくれて結構だ」

 傭兵隊の面々を眺めて、ミスキンドはロズヴェータの隣から声をかける。

「そんなに時間はかけないさ。後は……これか」

 無造作にロズヴェータが机の上に放り投げたのは、赤手イゴーロールの長を実質的に射殺した矢だった。

「信賞必罰は武門の拠って立つところ……とは言ってもな」

 誰が報奨を出すんだ、というロズヴェータの視線にその場に集まった者達は誰も答えない。

 敢えて言うなら、辺境伯家だろうという視線に、ロズヴェータはため息をついた。

「処罰するって方向はないよな? 確か村長の息子の一人だったはずだが……」

 自身の交渉の位置まで、狙って撃ったならかなりの良い腕だ。

「少しこの集落周辺で募兵をしてみようと思うがどうだろう?」

「……お薦めはしませんが」

 ロズヴェータの提案に会計士のメッシーは即座に首を振る。

「他の騎士隊や傭兵団の前で隊の会計状況を詳らかにするのは、お勧めしません……」

 メルヴも同じく同調する。

「まぁ、そうだな。わざわざ苦しいのをみんなに話しても仕方ない。二人は後で俺の所まで」

 頷く二人を確認して、ロズヴェータは肩をすくめる。その様子に、同じく騎士隊や傭兵隊を率いるナーサとミスキンドは苦笑する。

 内情などどこも同じようなもので余裕がある方が珍しいのだ。

「こんなところかな? それじゃ解散する。地図の有無によるが五日後の出発を基準としてくれ」

 ロズヴェータの言葉に、三々五々に離脱していくと、会議では黙っていたラスタッツァが笑みを浮かべながらロズヴェータの側に寄ってくる。

「まさか、こんなにとんとん拍子に進むとはねぇ」

 道化風の化粧の奥で嗤う女商人が、しなをつくる。

「残念ながらあの捕虜から金目になりそうなものは、なかったよ。しけてるね」

 何が楽しいのか、くつくつと笑う彼女は木片に書き付けた金額をロズヴェータの前に差し出す。

「だから、あの赤手の捕虜自体がこんなものだね。割と屈強な男どもだし、奴隷としては比較的値段が高めだけど……どうする?」

 捕虜など連れて偵察行などできはしない。何より迅速さが要求されるというのに、足の遅い捕虜など連れていくことは不可能だ。だとすれば売り払うのが良いが……。

「その中に、敵の有力者の親戚とかはいないんだよな?」

「ふふふ……いたら別個でお知らせしましょ」

「なら売り払う。連れていく余裕はない」

 ロズヴェータの答えに満足したようにラスタッツァが言葉を続ける。

「それで、この集落でもやるの? あの調査」

「やらざるを得ないだろう……頼めるか?」

「ふっふっふっふ。仕方ないねぇ。私の騎士様ぁの、お願いじゃねぇ」

 楽しそうに笑って立ち去るラスタッツァを見送って、入れ替わりに来たのはアウローラ。

「ふ~ん、随分と仲がよろしいのね。……私の騎士様、ね?」

「俺のこと何と呼ぼうが、それはその人の自由だろう?」

 ロズヴェータの答えに、氷結(アイスブルー)の瞳にきらりと光るものがあるが、不敵に笑ってアウローラはそれ以上追及してこない。副官の美貌のユーグも、我関せずとばかりに無言を貫いて鋭い視線を飛ばすだけであった。

「戦いが終わってからが、本番。それは分かっているわよね?」

「勿論」

「なら良いけど、人の機嫌を損ねると、仕事の能率は落ちるわよ?」

「……」

「奴隷ならまだしも、技能を持った人間に仕事をさせるのよ?」

「……」

「貴方は、人を率いるのなら、そこの所をもう少し斟酌すべきではなくて?」

「……頼りにしております。我が姫様。是非そのお力を、非力な私のために、ほんの少しお貸し願えないでしょうか?」

「……50点ね。精進しなさい」

 ふん、と鼻を鳴らしたアウローラは、背を向けて歩み去っていく。

 大きなため息をついたロズヴェータには、小さく愚痴交じりに呟いた。

「俺、何が悪いことしたかなぁ」

「客観的な評価を聞きたいですか?」

 美貌の副官ユーグの言葉に、ロズヴェータは視線を向ける。

「……いや、聞きたくない」

「賢明な判断ですね」

 肩をすくめる副官ユーグは、鉄面皮を張り付けながら、ロズヴェータに次の行動を促した。


◆◇◆


 ロズヴェータ率いる三頭獣ドライアルドベスティエは、手早く戦後処理を進めていく。それは、間違いなくアウローラを筆頭とする文官組の働きによるところが大きい。

 アウローラや会計士のメルブ、メッシー、そしてそれに女商人のラスタッツァが加わり、やることを分担してテキパキと進めていく様は、いっそ熟練の職人が魚を解体しているようなものだった。

「……処分はいかようにでも」

 その中でロズヴェータがしなければいけないことは、限られる。自身が文官を志していたこともあり、彼らのしている作業を手伝うことは勿論できるが、アウローラから凍るような笑みで、他にすることがあるでしょう、と言われてしまっては手を出すのも憚れる。

 というわけで、ロズヴェータがしたのは村長の息子たちの引見だった。

 弟の名前は、エフレム。兄の名前は、ロドニー。

 仲の良い兄弟であるが、壮年と呼ばれる年齢になっても仲睦まじいというのは珍しい。互いが互いを庇う様子は、見て居て不快になるものではなかったが、ロズヴェータが欲したのは特に弟エフレムの方だった。

 聞けば、最近まで赤手イゴーロールとして、草原の国(ツァツァール)側にいたのだ。

 上手くすれば敵の内情が聞けるかもと、考えたロズヴェータの予想通りにエフレムから得られた情報は次の目標を定めるのに十分なものだった。

「ここから北の集落に砦を築いている、と?」

 地図を持ってこさせるとロズヴェータはエフレムの情報をすり合わせる。

 敵の数、城郭の配置、指揮官の性格……。攻城戦に必要なありとあらゆる情報を確認して、ロズヴェータはエフレムを徴集すると決める。

「一緒に来てもらいたい」

 というロズヴェータの直截な言葉に、エフレムとロドニーの兄弟は驚いてはいたが、互いに顔を見合わせると頷いた。

「微力ながら……」

 と言って協力を約束する兄弟に、ロズヴェータは満足そうにうなずいた。

 結局その集落で募兵はしなかった。村長の息子であるエフレム一人を徴集するにとどまった。

 周辺の地図の提出を命じると、それに三日かけて必要な情報を追記していく。それを主に担当するのは三頭獣ドライアルドベスティエの面々だった。

 残り二日は出発のための編成と、装備品の準備に当てた。実質的な休暇みたいなものだが、働いている文官組からすれば、休暇と言われれば憤慨ものであっただろう。

 戦闘が生起していないからと言って、物資が全く減らないかと言われればそんなことはないし、歩くだけ、日常生活を送るだけでも靴はすり減り、服は破れ、糧食は減少していくものなのだ。

 だからこそ、文官組は休む間もなく帳面と筆の先で戦をしている。

 それがわかっているからこそ、ロズヴェータは彼らに付け届けを忘れない。身を飾る装飾品であったり、夕食に一品を追加したり、あるいは値の張る酒でも構わない。彼らに何か自分達が蔑ろにされていないと分かるようなものを差し入れていた。

 何もしなくても女が寄ってくる絶世の美男子ユーグからすると、ロズヴェータの行動は女衒の真似事と映るが、求められるまで口にはしない。

 ロズヴェータ自身は、二日の時間を鍛錬と自分の趣味に費やす。朝から早く起きて朝駆けをすると、続いて弓の訓練、剣の訓練と続き、昼食を挟んでこの地域で使われている薬草の知識や収集を行う。

 分隊長や兵士達からすれば、何が楽しいのかさっぱりわからない。折角の時間を仕事に使うなんて、騎士様というのは大変なのだな、ぐらいの感覚でロズヴェータの休日の過ごし方を見守っていた。

 そんなこんなで二日が経ち、いよいよ出発する日になると、やはり三頭獣ドライアルドベスティエを中心として先遣隊を出すことになった。

「そこはあたしだろ!」

 と言って立候補したのは、分隊長のヴィヴィ。

 赤い髪の巨躯の女戦士は、自信満々に名乗りを上げ棍棒を肩に担いだ。

 同じくナーサとミスキンドの部隊からも少数を派遣して、本隊の露払いのためと情報収集のため先遣隊を派遣する。

 先遣隊から情報を得つつ、本隊を率いて件の砦を見上げたロズヴェータは、思わず感嘆の声がもれる。

「おぉ……」

 今までの集落とは比べ物にならない程しっかりとしたつくりの城塞だった。

 どこから持ってきたのか、低くともしっかりとした石積みの城壁と各種の塔、城塞の周りにはしっかりと堀があり、敵の侵入を拒むようになっている。

 しかも城塞自体は小高い丘の上にあり、攻め上がるのは困難。堀まではしっかり下草を刈って在り、手入れが行き届いているのも、遠目にわかる。

 幸いなことに、堀と城塞の間にある橋は、跳ね橋ではなく固定の橋であった。

「まともに攻めるには、ちょっと苦労するね」

 ナーサの舌打ち交じりの感想に、ミスキンドも同意見のようで、頷くのみ。

「どう攻めるか、ご意見がありますか?」

 ロズヴェータの発言に、ナーサとミスキンドは肩を竦めただけだった。

「御曹司に、陥陣営の智謀に期待する」

「同じく、攻めないのが最良だと思うがね」

 それが許されるのなら、とロズヴェータは内心だけで同意して、注意深く砦を確認する。幸いにして臨戦態勢と呼べるほどの警戒はしていないようだった。

 それは、赤手イゴーロールの不始末がまだこの砦に届いていないことの証左である。

 とすれば、やりようはあるかもしれない。

「ラスタッツァを呼んでくれ!」

 高く貸しがつくかもしれないな、と苦笑しようとしてロズヴェータは失敗し憮然とした表情で目の前の砦を見つめていた。


ロズヴェータ:駆け出し騎士(銀の獅子)


称号:同期で二番目にやべー奴、三頭獣ドライアルドベスティエ隊長、銀の獅子

特技:毒耐性(弱)、火耐性(弱)、薬草知識(俄)、異種族友邦、悪名萌芽、山歩き

信頼:武官(+4)、文官(+2)、王家(+3)、辺境伯家(+10)




同期で二番目にやべー奴:同期の友好上昇

三頭獣ドライアルドベスティエ隊長:騎士隊として社会的信用上昇

銀の獅子:国への貢献度から社会的信用度の上昇

毒耐性(弱):毒からの生還確率が上昇。

火耐性(弱):火事の中でも動きが鈍らない。

薬草知識(俄):いくつかの健康に良い薬草がわかる。

異種族友邦:異種族の友好度上昇

悪名萌芽:行動に裏があるのではないかと疑われる。

山歩き:山地において行動が鈍らない。

辺境伯の息子:辺境伯での依頼で影響度上昇

陥陣営:連続で落とし続けている限り、味方の能力に強化効果。


信頼度判定:


王家派閥:そういえば、そんなのいたかな?

文官:最近割と活躍しているみたいじゃないか。

武官:こいつ、悪い噂も聞こえるが……。活きはいいみたいだな!

辺境伯家:頼りになるのは、やっぱり身内、期待している。陥陣営!?


副題:ロズヴェータちゃん、勢いに乗る。


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