依頼の成功と次なる依頼
「不審者だ!」
ロズヴェータが共同で警備に当たるリオリスとの会談を終えて、自らの騎士隊の指揮所に戻る途中にその叫び声が聞こえる。と、同時にロズヴェータは走り出す。美貌の副官ユーグもそれに続く。
「方角は南西。警戒の穴です」
後ろから走るユーグの声に、ロズヴェータは思わず舌打ちしたくなった。
──言わんこっちゃない! 早速か!
そう叫びたい気持ちを堪えて、足を速める。
ガチャガチャとなる帯剣を鬱陶しいと思いながらも、ようやく現場にたどり着くとすでに不審者は撃退された後、その場に集まっていたのは三頭獣の分隊長巨躯の女兵士ヴィヴィだった。
「隊長、ドンピシャだ!」
犬歯をむき出しにして笑う彼女は、棍棒を肩に担いで不審者が逃げていった方角を鋭い視線で見る。
「不審者は撃退したんだな? 何名だ?」
「単独だったよ。フードで顔も隠していたし、ローブで全身を覆っていたから男か女かもわからないが」
「様子は?」
「明らかに教会を伺ってたから誰何して、逃げたから追った感じかな」
「戦う様子がないってことは、複数犯で囮の可能性もあるか……」
自身と周囲に聞かせるように口にしてロズヴェータは、指示を出す。
「警戒を厳に、これから夜にかけてまた来る可能性が高い」
「ここまで来たらいっそ教会の周りに篝火でも焚くかい?」
「いや、あくまで目立たないように、さ」
強調するロズヴェータに、ヴィヴィはあきれ顔で頷いた。
「真面目なんだから。まぁ、了解だよ」
ロズヴェータにしてみれば、肩をすくめるしかない。
あくまで依頼に必要なのは、依頼通りに達成することだ。特に貴族からの依頼というものを、ロズヴェータは警戒せざるを得ない。騎士校で敵対した者は、大体“同期で一番やべー奴”のエリシュが始末してしまったが、それでもその心根は見てきたつもりだった。
「真面目な奴は真面目だけど、ダメな奴はとことんまでダメだからな」
ロズヴェータをして性根が腐ってると思われる同期の姿を思い出して、その貴族というものの元締めたる王家派閥がどういう派閥なのか、警戒せざるを得ない。
「隊長もそんな貴族の一人でしょ」
思わずヴィヴィ隊の兵士から突っ込みが入るが、ロズヴェータは肩をすくめてぼやく。
「自分だけは、例外だと思うがなぁ」
「大体そういう人ほど……」
「お前ら給料減額な」
「ひどいぜ隊長!?」
悲鳴交じりの声を聴きながら、ロズヴェータは雑談を交わしてその場を後にする。
「下げられたくなければ、しっかりと働いて見せろ」
笑って別れるロズヴェータとヴィヴィの分隊は、引き続き警戒を続ける。
三頭獣の警備は、翌朝まで厳戒態勢を維持し、彼らの持ち場からの侵入はなかった。
「こりゃきついぜ、隊長」
厳戒態勢を維持した三頭獣は、翌日のローテーションを維持しようとして、即座に修正を加えねばならない事態に陥っていた。
昨日から朝にかけての厳戒態勢で、疲労が無視できない程度まで高まってしまっていたのだ。ヴィヴィからの提案を受けて、ロズヴェータ自身も改善の必要性を認めざるを得ない。
「……確かに」
若いロズヴェータやユーグにしてみても、疲労の跡は消しようもなく、眠気も断続的に襲ってくる。緊張感から疲労を感じづらいだけの現状にロズヴェータは、不安を感じながら分隊長達に意見を求める。
「1刻毎に3交代でいけるか?」
「ちょっと計算してみますか」
幸いにもあたりは朝日の差し込む時間になっている。これを後8日続けるとなれば、いずれ耐え切れないと判断したロズヴェータは、せめて半日での交代か、あるいは休憩の時間を多くとらねば、依頼それ自体に支障を及ぼすと判断。
3人の分隊長達に交代のローテーションと配置を組みなおすように指示を出す。
「いけそうです」
辺境伯家出身の分隊長であるガッチェの言葉に頷くと、柔軟にローテーションを変更して兵士を休憩させながら警戒を続ける。
結局、後の9日間で不審者は合計3回あったが、そのいずれもを撃退し彼らは依頼を完了させることができた。
◆◇◆
依頼を終えて王都における辺境伯家の邸宅に戻る。三頭獣が根城にしているその邸宅に戻れば、後はロズヴェータと会計の仕事になる。
ロズヴェータは、自身の領地の村長の娘であるメッシーと、その補助であるメルブ、さらにはその護衛として幾人かの兵士を選抜すると組合に報酬の受け取りに向かう。
王家派閥からの報酬はやはり、他の派閥からの依頼に比して高額である。2割程度の上乗せであるため、軽視するものは多いが、王都で受けられる同程度の依頼に比してはバカにできない。
騎士隊を何とか維持するだけの報酬を得たロズヴェータは、その配分方法を歩きながらメッシーに指示していく。今まで会計業務全般をロズヴェータがしていたことにより、依頼達成後は疲労の中にあって金の計算をしなければならないという事態になっていたが、それが解消された。計算や配分など紙にまとめてロズヴェータに提出し、ロズヴェータの決裁が下り次第、実行されるという形に改めたからだ。
その空いた時間を何か有意義に使いたいと考えていたロズヴェータは、前々から目をつけていた本を読む時間に充てることにした。
王都の辺境伯家邸宅にある蔵書は、質実剛健を旨とする気風もあってそこまで充実しているわけではない。この国で最も蔵書が充実しているのは王立図書館だが、そこを利用するためには国が認める文官、学者、あるいは貴族の当主の地位にあるものという制限がある。
いずれにしても、金に困っていそうな一介の騎士では利用できる機会のない場所であった。
そこで自身の根城としている辺境伯家の邸宅に目を向けてみれば、申し訳程度に実学の本が並ぶ。法律、政治、あるいは貴族名鑑等であったが、その中でロズヴェータの興味を引いたのは薬草学の本だった。といっても、内容は初歩の初歩。家庭の医学程度の言い伝えと、どのような形状の植物が薬草たり得るのか、どのような効能が期待できるのか等をまとめたものだ。
それを読み、自身の邸宅の庭で実際にその植物を観察し、あるいは採取、記された通りに薬草としての効果が発揮されるのか、簡単なものであれば実際に作って試してみる。
なお、実験対象に困ることはなかった。
兵士などという者たちは、生傷は絶えないし、酒の飲みすぎや食あたりなども頻繁に起きる。それでいて重大な病気などにはならないのだから、運が良いのかしぶといのか。また医者という存在は、貴族や大商人の金持ちを見るために存在すると認識されていたため、金がない平民階級は病気になったら後は体力が持てば治るし、持たねば死ぬという過酷な状況であった。
またいざとなれば、自分自身ですらその実験の対象である。実際に試してみると、聞いた話よりも身をもってその効果を実感することも多かった。
そんなわけで、ロズヴェータの手を出した薬草学は、ロズヴェータのやることを“若様の奇矯な遊び”と思って遠巻きにしている辺境伯家の家人達ばかりでなく、三頭獣の兵士達からも好意的に受け入れられた。
一部には、貴族らしくない、体面を気にするべきという意見もあったが、ロズヴェータのやることに反対する者に容赦のない美貌の副官ユーグの鋭い視線に、そのような声は鳴りを潜めていく。
結果として彼は、依頼を終えた後の忙しい時間を自分の能力向上のために使うことができた。
◆◇◆
会計係の二人から王家派閥の依頼完了を受け、報酬を確認するとロズヴェータは次なる依頼を探して組合へと向かう。
「いつも通り頼む」
「承知いたしました」
美貌の副官ユーグは、護衛も兼ねてロズヴェータと共に依頼を探す。
「これで一通り依頼を受け終わったが、今回はどんな依頼があるかな……?」
獅子の紋と王冠王国の大きな派閥3つと後援してくれる実家の依頼を鑑みて、ロズヴェータは、今ある依頼を確認した。
王家派閥からは、外交官の護衛として西の隣国セルガンチュア公国までの警護。
文官派閥からは、国内の魔獣討伐。ただし、大規模な討伐になるため、問題のある騎士隊及び一度でも魔獣討伐の経験のない騎士隊は除外。
武官派閥からは、治安強化のための辺境地域で盗賊討伐。王都から西側及び東側を除く全ての地域。
辺境伯家からは、なし。
「王家派閥はずいぶん簡素だな?」
ロズヴェータの質問にユーグは頷く。
「先の依頼で王家派閥は、ある程度力を持ち直したとの噂ですね」
言葉少なめに語るユーグに、ロズヴェータはそれ以上追及しないが、ユーグの内心では、ロズヴェータに苦汁を舐めさせたあの憎き怨敵の嫁ぎ先、ルクレイン公爵家の話など、口の端に出すのも憚られたために情報を出していないだけだった。
彼が仕入れた情報では、王家派閥におけるルクレイン公爵家の勢いは随分と盛んになっている。最近は、中小の貴族にその影響力を増加させるとともに政治の場においても存在感を主張しているのだ。ましてや大箆鹿に弓の子爵家の一門、忌まわしきヒルデガルドのことなど、ロズヴェータの耳に入れるなどもってのほかだった。
「文官派閥については、大規模な討伐がなされるとのことです。非公式ではありますが、王国中央の進撃する大森林を討伐するのではないかと」
「人手はほしいだろうな……だが、うちのような駆け出しで入れるものかな?」
「大規模な討伐戦というものに、一度は参加してもいいかもしれませんが、確かにその道の有名な騎士隊が参加するはずですから、我らが主力になるということは少ないかと思います。どちらかと言えば、主力が力を温存するため露払いぐらいが良い程度ではないでしょうか」
「経験と実績は積めるが報酬は少なめ、か」
「いつものことですね」
違いないと笑うロズヴェータとユーグ。
「武官派閥は変わり映えしないが、今度は東西を除く?」
「少し露骨な気がしますが……」
「ん?」
「王家派閥の依頼と合わせてみるとですね……」
「ああ、そういうことか」
三つの依頼を眺めると何となくロズヴェータにも意図がわかる。つまり、王家派閥の護衛の難易度を上げているのだ。武官派閥による治安維持により、情報を得ることができる盗賊達は西側と東側に集中する。東側は王家派閥の外交使節が通る経路とは真逆なので関係ないとしても、まかり間違っても失敗の許されない王家派閥の外交使節は、隣国に到着する前に東を除く地域の国内の盗賊などに襲撃される可能性が高くなる、と。
「しかし、王家派閥の外交使節を狙うような大規模な盗賊がいるだろうか?」
ロズヴェータの疑問にユーグは、顔を顰めて返事をする。
「騎士隊で身を持ち崩す輩が大規模な盗賊になる、という例もありますので……」
「絶対にないというわけではないか」
「その通りです。その視点で見れば、文官派閥の魔獣討伐も決して無関係ではありません」
「何かあったか?」
「大規模な魔獣の討伐は、生態系の変化をもたらします。そのため一部では魔獣が魔窟以外にあふれ出す例もある、と聞いております」
なるほど、と頷いてロズヴェータは考え込む。
いずれの依頼を受けたとしても、一長一短あるように思えるが、ロズヴェータはあまり思い悩まないで決断する。
「武官派閥の依頼を受ける」
「理由を伺っても?」
試験の答案を採点するかのような眼差しでユーグはロズヴェータを見守る。
「一つ、討伐した盗賊の遺留品の権利があるため、うまく討伐すれば見た目以上の報酬が得られる。二つ、武官派閥の意図が何であれ、盗賊の討伐によって利益を得るのは、王国の住民。三つ、この依頼の中で最も不確定要素が少なく、うちの騎士隊の安全性が確保しやすい」
「みんなも納得しやすい理由ですね」
うんうんと頷きながら、笑顔でユーグは笑う。
「まぁ、派閥の争いは、こちらには関係ないさ」
少なくとも今はまだ、という言葉を飲み込んで、ロズヴェータは武官派閥からの依頼を手に取った。
◆◇◆
「……というわけで、次なる依頼は近隣の盗賊討伐になった」
「人が、斬れるぞおぉぉぉ!!」
右手を上げてガッツポーズを決めるバケツヘルムの狂人バリュードを無視して、依頼の詳細を確認する。
「三日後に参加する騎士隊を集めて説明があるとのことだから、それぞれ情報収集と準備をしてくれ。なお、前回の依頼の報酬についてはこれから配布するので、順番に並ぶように」
簡単に連絡だけしてロズヴェータは、一人一人に直接手渡していく。その際に、近況報告で一言ユーグがロズヴェータの耳元に、兵士の近況を囁いていた。
「今回も故郷の家族にか?」
「ええ、この金で家族とその近隣住民の安全を買えると思えば、安いものでしょう」
「そうか、まだ辺境伯家の近隣は決して裕福とは言えないからな」
そう言って銀貨の入った袋をガッチェに引き渡す。くたびれた中年の表情の中に、父親らしい優しさを滲ませて、ガッチェは頷く。
「すまないな、あまり帰れなくて」
「稼げることは良いことですよ。では」
次は狂人バリュードの番だった。
「また娼館か?」
「うんうん、長剣の刃こぼれもないし予備もある。ストレス発散には、最適でしょ」
「……前々から言おうと思っていたが、娼館の方から苦情というか陳情が来てるぞ」
「え、暴力振るったりはしてないけど?」
「ああ、働いてる女の子が怖がるから、血痕がついた状態の人を斬った長剣を見せながら語るのをやめてほしいと……」
「えー、河岸を変えようかなぁ……」
「まぁ、ほどほどにな」
「了解~」
いつも通りのバリュードを見送り、次は帝国出身者達だった。
「今回も助かったよ。グレイス」
「いえ、そんな……恐縮です」
辺境伯家出身の狩人グレイスは、身を縮めて報酬を押し頂く。
「娼館から身請けのために金をためているんだったな?」
「はい。他に使い道も知らないもので」
天涯孤独の身の上である。故郷にいる家族は逸り病で先年なくなっているため、送る先もない。
「そうか。身請けしたら家をどこかに世話しなくちゃな」
「そんな! 恐れ多くてとんでもありません!」
「しかし、困るだろう? 今のままなら色々と……」
「それは……」
辺境伯家の邸宅がいかに広いと言えども、妻帯者を住まわせるには狭すぎた。
「まぁ、そんなに心配せずとも辺境伯家の三男の価値を少しは使わせてくれ」
「……隊長のためには、命も惜しみません」
「命は大事にしろ。これは命令だよ」
「ありがたく」
そう言って立ち去るグレイスを見送り、王都に戸籍申請の手続きを頭に浮かべる。
「助かったよ。また頼む」
「いえ、傭兵として当然のことをしたまでです」
真面目に返答する“兎”ルルに、ロズヴェータは苦笑して報酬を渡す。
「使い道はどうする? まだ王都に慣れていないようであれば、信頼できる店を紹介するが」
「お心遣いありがとうございます。そうですね。今度帝国出身者の集まりがありますので、その際に上手くないようならお願いするかと思います」
考える風に顎に手をやったルルの返答に、意外なものを見るように驚いた表情を作ってロズヴェータは問いかける。
「そんなものがあるのか?」
「商人に商館があるように、帝国出身者の独自のコミュニティを作っております。余所者ですからね」
少し考える風に、ロズヴェータも頷く。
「そうだな。排他的とは言わないまでも、不当な扱いを受けることもあるだろう」
「相互扶助を謳う組織ですが、果たしてどこまで信頼できるか……いえ、失礼しました。隊長にお願いすることもあると思いますので、その際は是非」
「ああ、頼ってくれ」
そう言って去っていくルルの背中を見送ると、帝国の相互扶助組織というものがあるということをユーグに調べさせる必要があると考える。
続いては、帝国出身の狩人ナヴィータ。
「助かったよ。ありがとう」
「いやいや、今回は楽させてもらったね。近くで待機しているだけで報酬貰えるんだから」
「その分次では働いてもらうからな」
冗談交じりのナヴィータの返答に、ロズヴェータは苦笑した。
「おっと藪蛇だった。まぁ、おいらに任せなよ」
「期待している。新しく入った彼らとの仲はどうだ?」
「うん。腕は良いね。やっぱり帝国で傭兵をやるだけはあると思うよ?」
「そうか、仲良く頼む」
「隊長の訓練を受けているとね、なぜか自然に仲良くなるんだよ?」
「そうか? まぁ良いことだな」
「……そうだね」
報酬を受け取って去るナヴィータの返答に満足してロズヴェータは笑う。
「今回も助かったよ。また頼む」
「あいよ。けど、隊長はマメだよね。わざわざお礼を言って回るなんてさ」
「そうか?」
巨躯の女戦士ヴィヴィとの何気ない会話を交わして報酬を受け渡す。最近の彼女は娼館にも通わず、かといって衣食か博打に金を使っている様子もないとユーグから報告を受けていた。
「ああ、騎士隊の隊長なんて、ふんぞり返って渡すのが当たり前だと思っていたからね。それにしても何度受け取っても良いもんだねぇ」
袋詰めされた重さを確かめて、うっとりと口元を緩ませて目じりを下げる。
「最近は何に使ってるんだ? 娼館も最近は行っていないんだろう?」
「おっと興味本位で聞くには重すぎる話題だねえ」
肩を竦めたヴィヴィに、ロズヴェータは口を噤んだ。失敗したかと思って内心焦るが、思っていたよりもヴィヴィの反応は悪くない。
「まぁ、教えなくもないが……ちょいと耳かしなよ」
若干頬を赤らめて、ヴィヴィはロズヴェータの耳元で金の使い道について囁いた。
「実は、探してた良い人が見つかってね。そこに全額使ってるのさ」
苦笑と共にロズヴェータは、おめでとうと返すと彼女は恥じらう乙女のように微笑んだ。
「ああ、ありがとうよ。隊長」
それじゃぁと言って去る彼女の背に向かって、今度紹介を頼むよ、と声をかけると彼女は振り返らずに片手を上げて答える。
次の兵士に報酬を渡す作業に戻りながら、ロズヴェータとユーグはヴィヴィの良い人について、思いをはせるのだった。
副題:ロズヴェータちゃん、情報収集。




