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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
王都経略編
44/117

依頼までの間に

 ロズヴェータは、隣国の姫君アウローラから声をかけられて振り返った。

「この後時間あるかしら?」

 毛を逆立てて警戒する猫のように、美貌の副官のユーグは視線を鋭くしてアウローラを睨む。

「これから訓練です。急ぎますので──」

「大事なお話よ? 少なくとも、三頭獣ドライアルドベスティエの利益になる話」

 くすり、と妖艶に笑ってアウローラは腕を組む。軽く持ち上げられた胸の形に、ロズヴェータは思わず視線をそらした。

「……夕方近くで良いのなら」

「それで構わないわ。けど、忘れないでね」

「ロズ……誑かされていませんか? あの性悪女に」

 立ち去るアウローラの背中が完全に視界から消えたのを見計らって美貌の副官ユーグは眉を顰めた。

「そんなことはない、と思う」

 そっぽを向いたロズヴェータの顔が少し赤いのを見て、盛大にため息を吐いた乳兄弟は忠告を忘れない。

「一応、忠告はしますが、あれはダメな類の女です。良いですか? 世の中には、性悪な女と、性悪になる前の女の二種類しかいません」

「……選択肢がひどすぎないか?」

「経験上からの結論です」

 こほん、と咳払いして、ロズヴェータより遥かに経験豊富な乳兄弟がまじめな顔で口を開く。

「ロズには、きちんとした奥方を迎えて辺境伯家を盛り立てるか、自ら家を建てて頂きたい」

「性悪になる前の女を見つけて、か?」

 眉を顰めたロズヴェータに、にこりと笑って美貌の副官は優しく否定した。

「女は躾けるもの。私はそう結論を出しましたけどね。ですが私がまだ出会っていないだけで、賢い女性がいないとも限りません。むしろそちらを望みますが、そういう女性を射止めるのなかなか難しいでしょうね」

 まるで、空想の世界にしかいないものを求める愚を悟らせるかのようなユーグの口調に、ロズヴェータは反論しようとしたが、悲しいかな経験の少なさが有効な反論をさせない。

「……そんなことはないだろう」

 思わず反論する声が小さくなるのも、ロズヴェータの経験の少なさからの自信の無さが表れたものだった。

「今度また娼館に行きますか? この前は散財しすぎましたので、ロズと私で。そのくらいなら娼館も無料にしてくれるかもしれません」

 ユーグの提案にロズヴェータは嫌そうな顔をして首を振る。

 確かに二人だけならば、ユーグの美貌を質に入れれば可能だろう。だがそれは、自分の乳兄弟を売り渡すことに他ならないのではないか。簡単に、大事なものを切り捨てるような違和感を感じてロズヴェータは首を振った。

 いつか、そうやって簡単に友を切り捨てるようになるのではないか、そんな懸念をロズヴェータは自分自身に感じたのだ。

「……癖になりそうだからやめておく」

 健全ですね、と言って笑うユーグの笑顔はどこか影を含んでいた。まるで大人になり切れない子供を見るような生温かな視線と、そうではない自分自身を恥じているようなためらいがある。

「それより、今日の訓練なんだが……」

 気持ちを切り替えたロズヴェータが、訓練の話をするとユーグも表情を引き締めて頷く。

 彼らには、王家派閥からの依頼完了までの時間でどれだけ自らの騎士隊を鍛えられるか、それが報酬の一部だという認識があるため、真剣そのもの。歩きながらでも、昨日考えた案をロズヴェータが披露し、ユーグが質問するという形で具体案を練り上げていく。

 経験の少ない彼らの訓練は、ともすれば突飛なものも多かったが、その分だけ柔軟な発想によって生み出されたものもある。

 そんな彼らを、国軍兵士や他の騎士隊は奇妙なものを見る目で見ていた。彼らにしてみれば、充実した訓練資材を使えるのは当然のことで、急いで訓練するようなこともなく、変に熱心な奴らがいるな、という程度の認識であった。

 王家の国軍が使用できる豊富な訓練資材を使える環境を、目いっぱい使ってやろうと考えるロズヴェータとユーグに騎士隊の兵士達は、訓練の内容を聞くたびに顔を歪めたが、それでも訓練自体に反対はしなかった。

 それは、全員が前回の依頼で死の淵をさ迷ったことによる危機感が根底にある。

 この世界には、思いもよらぬ危険が彼らの好む好まざるとに関わらず、足元から這い寄ってくるものなのだ。油断をしていればすぐさま足をすくわれ、命を奪われるのだ。

 その単純な摂理を彼らは骨身にしみて学んだ。だからこそ、生き残るために彼らはロズヴェータの訓練に嫌々ながらも身を投じていた。

 一日の訓練を午前中に切り上げると、昼食後は解散となる。

 それぞれに街に繰り出すものや、辺境伯家の王都の屋敷に戻るもの、それぞれの行動をとる中で、ロズヴェータは、分隊長バリュードを待っていた。

「お待たせ」

 軽い調子のバリュードはいつもの通り、バケツのようなフルヘルムを被り、その童顔を隠している。

「うん。じゃあ行こうか」

 ロズヴェータの声は、沈みがちだった。それをどう受け取ったのかバリュードは、肩をすくめて提案する。

「嫌なら、やめておけばいいじゃない? 俺だけでやっておくよ」

 その提案にロズヴェータは首を振る。

「そうもいかない。これは騎士隊を率いる俺のケジメだ」

「ふーん、ケジメね」

 よくわからん、という風に首を傾げるバリュード。手には、布袋一つ分の荷物とわずかな現金を詰め込んだ荷物を持ち、鎧姿なのはいつもの通りだった。

 ロズヴェータは、訓練用の服から騎士校の騎士の正装に着替え、訓練後の水浴びもして身ぎれいに整えていた。若く溌溂とした様子は鳴りを潜め、表情に浮かぶのは心痛といった表情。見るものが見れば辛気臭い、と言えるような表情をしてバリュードの先導に従う。

「ああ、こっちだよ」

 平民街から更に王都の円周の外側。貧民窟とまではいかないまでも、相対的に貧乏人たちが住み暮らす一角に目的の家はあった。

 この地域に騎士校の服を着た“お坊ちゃん”が来るのは珍しいのだろう。通りを歩くだけで、物珍し気な視線をロズヴェータに向けるものが後を絶たない。欲望に目をぎらつかせた者がいるにはいたが、数は少数であったし、油断なく鎧をがちゃがちゃと音を鳴らして歩くバケツヘルムのバリュードの姿は、抑止力に最適だった。

「そういえば、副官はいいの?」

「ああ、俺一人で良い」

「ふーん? まぁ俺は良いけどね」

 分かったようなわかっていないような、返事をしてバリュードはそれ以上深く聞いてくることはなかった。

 目的に家に着くと、バリュードが来訪を告げる。

 この地区にはよくある古びた石造りの今にも崩れそうな家に暮らしているのは、母親と娘の一人母子世帯。取り立てて美人というほどではないものの、清楚な感じのするその人が驚いて目を見開く。

「あの、どちら様でしょう?」

「ゲルエンの所属していた騎士隊の者です」

 騎士校の制服を見た母親が、恐る恐るではある者の口を開く。少なくとも騎士校の制服は、見ず知らずの男二人を家の中に入れる程度には、社会的な信頼を獲得する程度に認識されていたようだった。

「……こんなところで立ち話もなんですから、どうぞ、中へ」

 そう言って通されたロズヴェータとバリュード。

 家は明かりを使う余裕がたないためだろう、窓を大きくとって明かりを入れるような作りになっていた。また天井が朽ちて雨ざらしになっており、その下には雨水をためるためのバケツなどが置いてある。小さくとも自身の領地を持ち、辺境伯家という恵まれた境遇に生まれたロズヴェータには、あばら屋としか見えない建物だった。

 家は小さく、入り口から入るとその全てが見えるような作りである。

 ロズヴェータが家の中に入るとまだ幼い娘が目を丸くして、彼らを見るのと視線があった。思わず視線を切って母親に向き直ると、母親の準備が整うのを待って訪問の来意を告げる。

「本日お伺いしたのは、ゲルエンの遺産をお渡しするためです。ゲルエンは、先の依頼の途中魔獣との戦闘により命を落とされました。彼の遺書の中に、貴方への贈与の旨ありましたので、私が本日それをお持ちしました」

 一息にそこまで言ったロズヴェータ。そして無言の内に、死んだ分隊員の遺産を差し出すバリュード。僅かな私物そして僅かな現金だけが、彼の残したものだった。

 その僅かな金額でさえ、彼が預けていた金にロズヴェータが少し色を付けて、渡したものだ。

 とても将来この母娘が食いつないでいくのは、無理な金額。

 彼ら二人の来訪に、薄々は気づいていたのだろう。母親は、口を開こうとして瞳から零れる涙に、思わず泣きだす。

 それを見た幼い娘が、母親に慌てて駆け寄ってきて、その背を撫でる。

「どうしたの? お腹いたいの?」

 そう言った無邪気な心配の言葉は、母親の悲しみを増大させるだけだった。

 娘を抱き寄せると、声を殺して涙を流す。

 そんな彼女らの様子をロズヴェータは黙って見つめていた。

 分かっていたことなのだ。彼女たち二人を救うほどの余裕が今のロズヴェータにはない。安易に手を差し伸べれるほど、他人を救うということは簡単ではない。

 自責の念に沈んでいたロズヴェータは、いつの間にか目を怒らせて自身とバリュードを見て居る幼い子供の視線に気づく。

「お母さんをいじめないで!」

 思わずその言葉に、自分が思っていた以上の衝撃を受けたロズヴェータは、口を開きかけ、隣のバリュードから肘鉄を喰らって、自制する。

「……また来ます」

 そう言って退出するのがやっとのロズヴェータは、二人で帰る道すがら、バリュードに尋ねた。

「あの対応で正しかったと思うか?」

 場所は既に、平民区から貴族街へ差し掛かる頃、既に貧民街の姿は跡形もなかった。

「さあ? まぁ他の騎士隊よりはマシな対応だとは思いますが、正解かって言われると、どーでしょうね?」

 重い心に引きずられるようにノロノロとバリュードに視線を向ける。

「思い切って働き口を見つけてやるまでするのが、親切でしょうが、女一人で働ける場所っていったら、相当限られますよ? しかも言っちゃ悪いが、金も知識もないときた」

「……何が言いたい?」

 じっと、バケツ頭のヘルムの奥からロズヴェータを見つめたバリュードは、先を促すロズヴェータの視線を受けて、口を開く。

「娼館にでもさっさと連れて行って、そこで働かせるのが一番なんじゃないですかね」

「っ! お前、それは!」

 思わず声を荒げるロズヴェータに、バリュードは肩を竦めた。

「……いや、すまん。聞いたのは俺だった」

「冷静なのはいいことだと思いますよ」

 鼻を鳴らし、バリュードはロズヴェータから視線を外す。

「まぁ、さっきも言いましたが、マシな対応ではありましたよ。俺の前にいた騎士隊では、給料の中抜きは当たり前、死んだ奴にその遺言通りに、ましてや色を付けて遺族に金を渡すなんて、考えられませんでしたからね。むしろ、死んだ奴の金は騎士隊の上層部に吸い上げられるもんだと思ってました」

「ひどいな」

 自分の行動が、青臭い行動だと責められている気がしてロズヴェータは一言呟いた。

「まぁ、そんなのが横行しているのが今の世の中です。騎士校で学んだ理想なんて、どこへ行ったのやら……だから別に隊長の行動が悪いわけじゃないと思います」

 歩みを止めずに、バリュードは一度視線をロズヴェータから先ほどの母娘が住んでいた地区へと移す。

「……ねえ隊長」

 時刻は既に夕刻。逢魔が時。

「近所の力のない奴の所に、いきなり大金が入ったら、貧乏人は何をすると思います?」

「は?」

 常と変わらぬ声音だったはずが、バリュードの声にロズヴェータはうすら寒いものを感じた。

「──まさか」

「俺はそのまさかだと思いますが──っと、まだ早いですよ」

 脳裏によぎった最悪の想像に思わず駆けだそうとしたロズヴェータの肩を、強引につかんでバリュードは引き留める。

「夜までもう少しありますよ」

 底冷えのするバリュードの声に、ロズヴェータは目に怒りを込めてバリュードを見る。

「危険があると分かっているのだろう!?」

「あるかもしれないし、ないかもしれない。まぁ、隊長の騎士校の制服を見て、不穏な視線をしている奴はいましたから、俺はあると思いますがね」

「なら!」

「隊長、何もないのなら今から戻って何をするんです?」

「──ッ!?」

「ずっと守ってやるなんて、できるわけないんですよ。今日がなくても明日かもしれない」

「だからって……」

 すっかり弱気になったロズヴェータに、バリュードは後輩を諭す先輩のようにため息をつきつつ、優しく語り掛ける。

「だから一度だけ、今日様子を見ましょう。狙い目は、日も落ちてみんなが寝静まった時刻です」

「その時刻が外れたら?」

「運がなかったですね」

「バリュード!」

 思わず怒鳴ったロズヴェータに、バリュードはくぐもった笑いを返す。

「隊長、助けてやるには理由が必要です。これは分かりますか? 俺達の手は、余計な荷物を抱えるほど長くも大きくもない」

 黙って頷くロズヴェータを確認し、バリュードは頷く。

「だが、運が良い奴は別だ。運が良い奴には、みんなあやかろうとする。だからそいつを助けるのは、別に問題ないんです」

 理不尽な死というものが溢れすぎているこの世界では、運命や宗教というものの影響力が自然大きくなる。何かにすがらねば、人は人として生きることが難しい時代であった。

「一度、辺境伯家の邸宅に戻って腹ごしらえをしましょう。その後向かっても十分間に合います」

「……わかった」

 じりじりと焦燥が胸を焦がす気持ちを抑え、ロズヴェータは再び足を動かす。

 邸宅に戻ると、一目散に部屋に戻り服を着替える。闇に溶けるような黒を基調とした服に、ローブを用意して腰に使い慣れた長剣を佩いて、頬当てを持ち出す。

「待っていたわよ」

「ああ、またあとで」

「え、ちょ、ちょっと!」

「ロズ、あの!」

「ああ、またあとで」

「え!?」

 部屋から出てきたところに声をかけてきたアウローラとユーグを軽くあしらって食堂へ降りると、軽くつまめるだけの食事をとって、再びバリュードを尋ねた。

「準備はできた。行こう」

「ん~? それじゃ行きますか」

 外の様子を眺め、夕刻から夜に変わる空模様を確かめてバリュードは嗤う。

 邸宅から出ると、次第に町の様子は夜の喧騒へと変わり始めるころだった。貴族街や商業区あるいは平民区と呼ばれる地域には、煌々と明かりを使って酒場を運営する場所があるが、貧民窟では別だった。明かりをつけることすらできない人々が集まる場所に、そんなものがあるはずがない。

 徐々に、明かりが少なくなっていく道を進みながら、ロズヴェータは手にした頬当てをつけて、フードを被る。その様子を、バケツヘルムの奥からにやりと笑ってバリュードは見て居た。

「策はあるのか?」

 念のためロズヴェータはバリュードに確認する。

「いいえ? 必要ですかね?」

「……いや、ないなら無いで構わない」

 細く息を吐き出したロズヴェータは、へその下の丹田に力を籠めるようにして気合を入れた。長剣の握りを確かめる。徐々に慣れて来た視界が、昼間の光景を思い出しながら、音をたてないように歩く。

「あそこで少し様子を見ましょうか」

 バリュードが示したのは、昼間尋ねた親子の住む家が正面から見張れる路地。

「……正面から、来るのか?」

 低く笑ってバリュードは頷く。

「家のつくり的に、正面からの方が襲いやすいですし、何より、裏口から入って静かにやろうなんて考えるような奴はいませんよ。ここにはね」

 まるで貧民窟に住んでいたかのように確信をもって述べるバリュードに、ロズヴェータは一瞬だけ視線を向けたが、すぐに視線をそらす。過去の詮索は厳禁だった。それがもとで殺しあいになることも多々あるということを、知識として養父ユバージルから聞いていたため、愚直にそれを守る。

 月明りが照らす貧民窟の中の、その光すら届かない路地に身を潜め、ロズヴェータとバリュードは“その時”を待ち続けた。

「来ましたね」

 腐臭に耐えながら闇夜に目を凝らしていたロズヴェータに、バリュードが呟く。

 見れば確かに、三人程度の人影が母娘の住む家の様子を伺っている。思わず踏み出そうとするロズヴェータの肩を、バリュードが強く止めた。

「まだですよ。もう少し」

「ああ。だがあの母娘をこれ以上傷つけたくない」

「大丈夫ですって、人間意外としぶといんですから。あと確実な証拠がいるでしょう?」

 そう言って三人の人影を見つめる。すると、三人が全員家の中に入ると、ロズヴェータは思わず声を小さく怒鳴った。

「まだか!?」

「もう少し」

 何かの間合いを図るかのように揺ぎ無くバリュードは答える。

「バリュード!」

「じゃいきますか」

 我慢の限界を迎えたロズヴェータの声に、バリュードは楽しそうに返答して長剣を抜いた。腐臭を切り裂くように走り、ロズヴェータは腰の長剣を抜く。家の中からくぐもった声と悲鳴が同時に聞こえた時、ロズヴェータは反射的に扉を蹴り破っていた。

「ひゅー、やっるー!」

 軽い調子で笑うバリュードがロズヴェータに続いて家の入り込む。

 正面から入ると、すぐさま視界に入る3人の賊。縛り上げられる母娘の姿に、ロズヴェータは頭に血が上ったまま、長剣を振り回した。

 突然の乱入者に驚愕の表情を固めたまま、賊の一人はロズヴェータの一撃を受けて悲鳴を上げて床を転がる。二の腕から肩までを斬られ、血があふれ出す。

「なっ!? 誰だ!?」

「ヒャッハー! とりあえず死んどけ!」

 振りかぶった長剣を思い切り切り下げて、もう一人の賊をバリュードがいかにも楽しそうに切り殺す。ほとんど抵抗もできないまま二人を失った賊は、逃げようとしてその背中をバリュードに切りつけられ、絶命した。

 床に転がる賊の一人に、容赦なく蹴りをくれて意識を刈り取ると、ロズヴェータは怯える母娘の縄を解いて、自身の頬当てを外し顔を見せる。

「もう大丈夫です」

 ロズヴェータの顔を見た母親の方は、驚きに固まりながらも、感謝の言葉を返す。

「あ、ありがとうございます。騎士様」

「ちょっと確認してもらいたいんだけど、この顔に見覚えは?」

 バリュードは月明りにまだ生きている賊の一人を引き出して、母親に確認させる。

「……いつも、よくしてくれる長屋のおじさんです」

 驚きに目を見開き、衝撃を受けながらもその事実を口にする母親。

「なるほどね」

 納得したバリュードは、視線をロズヴェータに向けた。

「で、隊長どうします?」

「……ひとまず、今夜は身の回りのものだけをもって、私の暮らしている邸宅へ。その後のことは、一晩眠ってから考えましょう」

「でも……」

 考える様子を見せる母親を、ロズヴェータは黙らせるように言葉を重ねる。

「ここは危険です。また襲撃があるといけない」

「……わかり、ました」

 最終的に娘の姿を見て決断した母親を連れて、ロズヴェータは辺境伯家の邸宅に戻ることになった。

「行かないのか?」

「あー、俺はちょっと用事があるんで、先に行っててください」

「……そうか」

 バリュードはロズヴェータ達が完全に見えなくなると、生き残った賊の一人に溜まった雨水を乱暴にかけて意識を覚醒させる。

「はっ!? なんだ、なんで!? くっ!?」

 途端に痛みが襲ってくる賊の様子を見ながら、彼らが持っていた得物を投げ渡す。

「さあ、武器を取ってくれるか?」

「な、へ!?」

「さあ、斬り合おうか。ハッハー、最近人を斬ってなかったから、3人もやれるなんて、ラッキーだからなぁ! さあ、急いで急いで! さぁさぁ!」

 まるで遠足を待ちきれない子供のように、バリュードは笑みを見せて賊に迫る。

「は、いや、た、助け……」

 途端に、バリュードの長剣が風を切り属の眼前を通り過ぎた。

「興ざめなこと言わないでさぁ、すっぱと斬って斬られて終わりにしよう。な?」

 その有無を言わせぬ笑顔が、賊に、悟らせた。

 目の前の男は、狂人である。ここから生き延びるには、戦って、逃げるしかないのだと。

 震えながら剣をもって立ち上がると、悲鳴交じりの声を上げてバリュードに切りかかり、その生涯をあっけなく閉じた。

「ん~、隊長は経験を積めたし、俺は人を斬れたし、良いことをするって最高だね」

 長剣についた血糊を払い落とし、バリュードは母娘の住んでいた屋敷を後にした。


副題:ロズヴェータちゃん、狂人に乗せられる。

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[良い点] 「待っていたわよ」 「ああ、またあとで」 「え、ちょ、ちょっと!」 「ロズ、あの!」 「ああ、またあとで」 「え!?」 いつもは二人におされ気味だけど、こういう時に強いロズヴエータちゃん…
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