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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
南部争奪編
39/117

王都への帰還

少し遅れました。

 ロズヴェータから放たれた言葉に、その場に集った者達が一斉に固まり、聞き違いを確かめるようにロズヴェータにもう一度言ってくれと懇願する。

 ロズヴェータは眉を顰めて、噛んで含める様に同じ言葉を繰り返した。

「金がない」

 ロズヴェータとしては、何を驚くのかと疑問に思いながらも、周囲を見渡す。まるでそれが彼の口から放たれるのが予想外であったように、唖然とした表情を浮かべる入隊希望の辺境伯家傘下衆。メッシーをはじめとした村の衆は、どうしたものかと顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべていた。

「あの、若様」

 おずおずと隣接する領地を治めるグランツ家の息子であるメルフェットが尋ねた。

「もしかして騎士隊と辺境伯家は別会計なので?」

 恐ろしいことを聞くように尋ねたメルフェットの質問に、何でもないことのようにロズヴェータは頷く。彼としては、何を当然のことを尋ねるのかと、メルフェットの真意を疑った。

 錆びた鉄が無理矢理動かされるような音を立てて、辺境伯家傘下衆が、ユバージルを見る。

「ユバージル殿……」

 蚊の鳴くような声を上げる辺境伯家傘下衆に、苦笑を浮かべるユバージル。

「……言ってなかったかのう? 最近物忘れが激しいもので」

 明後日の方向を向きながら下手な口笛を吹く中年の禿でチビな親父を、ユーグを筆頭に冷たい目で見て居た。

「つまりここにいる皆様は、我が父の口車に載せられた……ということで?」

 状況を整理するユーグの言葉に、皆が気まずそうに視線を逸らす。ユーグの口から洩れるため息に、ロズヴェータもまた苦笑した。

 昔から周囲を巻き込んで色々とする人であったと、懐かしみながらユバージルとそれに詰め寄る辺境伯家傘下衆を見守る。不思議と憎めない性格であったから、多分今度のことも、笑い話の一つとして片付けられてしまうのだろうと笑っていたロズヴェータに、今度は村衆の方からメッシーが声をかける。

「あの、ロズヴェータ様」

 どこか意を決したような表情にロズヴェータは、逆に驚く。

「私を騎士隊に入れてください」

 勢いよく頭を下げる村娘のメッシーの姿に、ロズヴェータもユーグも目を丸くした。

「理由を聞いても?」

 互いになぜこのタイミングで聞いてくるのかと、視線を交わしあったロズヴェータとユーグ。代表してユーグが彼女に問いかける。主従の内、女性と話すのはユーグという決まりが二人の間に自然と出来上がっていたからだ。

「……私が騎士隊に入れば、少しは村からの収入も騎士隊の収益に使えますので」

 その健気な提案に、ロズヴェータは喜ぶよりも驚いた。そして僅かに表情を歪める。その提案の裏を考えてしまう自分自身の卑しさに、僅かに自己嫌悪したのだ。

 だが同時に、危ういと感じたのも事実だった。

 純朴すぎる村衆が王都のような生き馬の目を抜く環境で無事に過ごせるだろうかと、心配になる。先に貴族の邸宅を襲撃した際も、同期の変人“魔女猫(ウィッチリィ)”ニャーニィの親友、田舎から出てきた少女が誘拐されたのだ。

「ありがたい提案だが──」

 ロズヴェータが断ろうと口を開こうとした瞬間、横合いから村長も口をはさむ。

「ご領主様、私共からもどうかお願いいたします。我が子をお連れください」

 自分の言葉を遮る不敬よりも、王都の状況を理解していないのだろうと村長たちの見識の狭さを思って、ロズヴェータは眉を顰めた。ここで止めておかないとこの健気な少女が不幸になる。村長らは嘆き悲しみ、それをいずれ自身に向けるだろうとロズヴェータは考えた。

「……王都は危険が多い、また自分の身を守れぬ者が行っても危険なだけだ」

 王都の危険を訴えて彼らの主張を断ろうと考えたロズヴェータの思惑を、だが村娘のメッシーが超えてくる。

「……戦うことは得意ではありませんが、私は計算ができます。ロズヴェータ様の負担を減らすことも十分に可能です」

 計算ができるというのは、一つの特殊技能であった。騎士隊の中でも数えるほどしかおらず、そのうちの最も計算が得意なものはロズヴェータとユーグであったから、彼ら二人が騎士隊の財布を握ることになっていたのだ。

 騎士隊が小さなうちはまだいい。しかし、とある事情により人員が倍増しそうな今となっては、確かに欲しい能力の一つだった。

 ごくり、とロズヴェータの喉がつばを飲み込んだ音がした。

 ロズヴェータは心の内で計算を働かせる。

 彼女を王都に連れて行き、守り切るという難題と、増大する経理への負担。どちらも選びにくい問題ではあった。

「……わかった。しかし、戦えないというのでは困る。誰か師をつけるから、戦い方ぐらいは覚えておく必要があるだろう」

 覚悟を決めて頷くメッシーを見ながら、ロズヴェータは考え続けなければならなかった。一体この純朴な少女を傷つけず、うまく護身術の類を教えられる人材が、自分の手元にいただろうか。

 それを思えば、暗澹たる気持ちが彼の胸中を埋め尽くす。

 しかし、やらねばならない。

 前向きに考えれば、これでロズヴェータとユーグの負担は少しは軽くなるのだ。

 結局、ロズヴェータは領地である村からメッシーと彼女の知りあいで計算のできるもう一人の少女を王都に連れていくことにした。もう一人の少女はメルブと言い、先年親を亡くしたばかりの身寄りのない子であった。このままいけば、遠からず死ぬしかないという子供を引き取ったのは、ロズヴェータの反省からだった。

 やせ細り、今にも折れてしまいそうな腕で、必死に算術を披露するメルブの姿はロズヴェータを無言の内に責めているように感じられた。

 今まで領地を顧みなかった結果が、彼女の姿なのだと、ロズヴェータは自戒と共に彼女を連れていくことを承諾する。

 それから村長宅に戻り、行商人の出入りや商品の仕入れ、作物の出来高などの話をロズヴェータは神妙に聞いた。内心彼は深く反省していたのだ。少なくとも自分の手の届く範囲で、全力を尽くさねば世界は簡単に、不幸を呼び寄せる。

 意図しなくても、音もなく突然世界は、選択を突き付けてくるのだ。

 それから逃げても、決して好転しないことを【騎士校】で骨身に刻んだ。選んだはずの未来に破滅に近いものがあったとしても、選び続けなければ道はない。

 だから、ロズヴェータは村長の話を真剣に聞いた。

 この村に自分が出来ることはないか。今までできなかったことを少しは還さねばならない。

 自身の村を去る際にロズヴェータが村長に提案したのは、魔獣対策に退役した騎士隊の兵士に村人達が護身の術を学ぶことだった。

 それがどのような結果を生むのか、今はまだ誰もわからない。なお、ユバージル率いる辺境伯家傘下衆には、丁重にお帰り頂いた。


◇◆◇


「少し遅いのではないか?」

 元ハリール傭兵団副長“ミグ”のルルは、帰ってきた新たな雇い主に苦言を呈した。

「ああ、すまない」

 軽い返事だけで通り過ぎる雇い主の態度に少々不満を覚えるものの、その不満を押し殺してその背に従う。彼の横には銀髪灼眼の美男子が警戒するような視線を隠さず、ルルを見てから周囲の警戒に移った。

 信用してほしいものだ、というのが難しい注文だということは分かっているが、あからさま過ぎる態度には、腹も立てよう。まして、十も年下の少年にその態度を取られたのでは、少なからず傷つくというものだった。

「まぁ、仕方ない」

 ため息をついて内心で、もう一度仕方ないと呟く。一度敵対したものをもろ手を挙げて歓迎しろという方が無理難題なのは、自身の経験からわかる。少なくとも、年下の少年たちに求めることではない。人間の器というものは、経験したことに合わせて大きくなっていくものなのだ。

 だからこそ、それに期待しようと密かに決意して、視線を前を歩く二人に合わせる。

 自分についてくる者を守りたいだけ、そういったあの時の言葉に、少なからず感じ入るものがあったから、今彼女はここにいる。

 傭兵団長ハリールの喪失は、ハリール傭兵団の瓦解を招いた。それでも、副長ルルについてきてくれる者が半数程度いたのは、彼女の人望と新しい雇い主の人柄によるものだ。

「まだ、若いんだ。これからに期待、そうだな」

 彼女の涙をぬぐい手を取った時のぬくもりを、彼女はまだ覚えている。

「何をブツブツ言っているのですか? 気持ち悪いですよ」

 それはそれとして、この新しい雇い主にくっついている顔が良いだけのトゲトゲ野郎はなんとかならないものだろうか、そう考えてルルはジト目になっていた。

 ため息を吐いたルルは、長閑な農村の風景を眺めながら護衛として歩き出した。


◇◆◇


 辺境伯家が本拠とする獅子の紋と王冠(リオングラウス)王国の東北部において、その中心はマシュケーと呼ばれる領都である。領地の中心からやや東北東方面に寄ったその場所から、領地全てに命令が発せられ、相対する敵との戦いに動員されるのが常である。

 ただし、位置関係上王都からは遠い。

 王都に近く発展するよりも、自主自立、独立不羈を志す志向が強いことも、王都から距離を取る場所を領都に定めた理由であるのかもしれない。

 当然ながら王都に忠誠を誓う、というよりは領主であるカミュー辺境伯家への忠誠が優先され、畏怖をもって敬われている当主ノブネルの意向は、国王の意向よりも強い。そんな地方領主のさらに中枢と言えるのが、領主の館というよりは既に城であった。

 しかもその城は実用を考えられた城塞である。運河を利用した水の守り手と、三重の城壁、壁の上には各種の攻城兵器が並び、兵士は常に街中を巡回して治安を守り、常に最前線を思わせる緊張感を保っていた。

 政治の中枢を担う西の館と呼ばれる場所で、当主ノブネルは、ユバージルから報告を受け、苦笑を張り付けていた。

「あの子は、支援を拒むか」

「まぁ、算術が得意でしたからな。無い袖は振れないってことでしょう」

 気安く語る従士長ユバージルは、辺境伯家当主ノブネルの最初期からの家臣である。公私ともに親しい間柄であるからこその口調であった。

「しかし、死にかけたか。お前の見るところ、どうだ?」

 幾分か必要な言葉を省いたノブネルの言葉に、ユバージルは苦笑しながらも頭の中では、その意味を咀嚼して返す。

「これからの活躍に期待というところでしょうか」

「ん~? 随分甘い裁定だな」

「期待してる癖に、そういう言い方はないんじゃないですかね」

 ユバージルの言葉に、ノブネルは低く笑う。

「長子は、まぁまともに育った。次子もまぁ、それなりだ。俺に似ずにな」

「似てほしいと思っているんですか?」

「いや、全然。優しすぎる長男に、真面目な次男、全くどうしてこうもいい子に育つのか」

「教育係とお袋様の影響でしょう? 長子の守役に厳格なレグノー殿、次子の守役に自由奔放なミルツァ殿、ほれ良い具合に反発した性格が形成されているではありませんか?」

 再び低く笑ったノブネルは、伸びた顎髭を触りながら、一転眉を顰めた。

「だからこそ、三子には期待しているのさ。少し、長子と次子は大事に育て過ぎた。あいつ等の母親に絆されたというのもあるが……」

 後半が本音でしょというユバージルの視線を、ノブネルは笑って受け流す。

「兄弟仲も良好。諸侯では身内で争いあうのが常とよく言われますが、羨ましい限りですな」

「ん~? 今回の件は、次子の謀略ではないのか?」

 どこか面白がるようにノブネルは尋ねるが、ユバージルは否定する。

「それが、本気で割の良い仕事を回しただけのようで」

 そのユバージルの答えに、ノブネルは大笑する。

「どこか間の抜けた愛嬌があるのは、あの母親と変わらんな」

「本人が聞けば、顔を真っ赤にして否定しそうですな」

「そこが、また可愛いのであろうが。よしよし、それを肴に今度、夜を共にするかな」

「悪趣味ですなぁ……」

 心底呆れた風なユバージルの声に、ノブネルは笑う。

「子供はいくらいても困ることはなかろう? 三子がダメな時に期待もできる」

「……ロズ坊は、わしの養子ですが?」

「くふふふ、怒るな。剛直の士たるお前の薫陶を受けたあの子が、どのように育つのか、俺も興味がある。あの子の母親は生粋の悪女ではあったが、傾国の美女ではあったからな。そういう意味でも、興味が尽きぬのさ」

「呪いですなぁ」

「成長の祝福となるやもしれぬぞ。なにせ我がカミュー家は、意地の悪い蛇を家紋とするからな。隣国の姫などという、火種も持ち帰ったのだろう?」

「アウローラ姫ですか、なにやら面倒な性格をしておられるようで」

「良いではないか。醜女ではないのだろう? 色と欲に溺れるのも、若い時の特権だと思うがな?」

「そんな性格じゃぁないんですがねぇー……」

 どこか遠い目をしたユバージルに、ノブネルの苦笑が深くなる。

「ん~? 隣国の姫を筆頭に帝国の女傭兵、領地に渡した村長の娘、同期にも確かいたであろう?」

「あぁ、王都で少し話題になっている赤い髪の狂犬とかでしたか」

「そうそう、それよ。それに、お前の息子もいるしな? 選り取りみどりではないか。羨ましいぞ」

「仲が良好なら、そうでしょうがね。それとわしの息子をサラッと混ぜないでもらえますか。顔が良いだけの、不肖の息子ですよ」

「ふふん? まぁ仲が悪ければ、それなりに愉しみようもあると思うが」

「それは、御屋形様だけでしょう。お年を考えてください」

「なぁに、まだ四十も半ば。まだまだこれからよ。なんにせよ、三子の成長は楽しみではあるな。まぁ一人ぐらい俺に似た息子がいても良いだろう」

 普通50の手前になれば、人間おとなしくなるものなのですが、というユバージルの視線をノブネルは笑って受け止める。

「悪い所は似ないようにさせますよ」

「良い悪いは場所と使いよう、というものさ」

 まさしく蛇のような狡猾な笑顔でノブネルは笑う。王都では嫌われる腹に一物ある扱い辛い諸侯と言われれば、まさにそのものの顔で、ロズヴェータの実父は愉しそうに長年仕えた家臣からの報告を聞いた。

 そんな主君の様子にユバージルは内心ため息をつく。長子ディリオン殿、次子ナルク殿二人とも、決して無能ではない。しかし、治世の君主、治世の能吏としか思えないのは、父なるノブネルの有能さゆえだろうか。

 殺しても死なないような強靭さと、希代の謀略の冴え、そしてなにより英雄の資質とも言うべきものがノブネルにはある。だが、それが次の世代に引き継がれているかというと……。

 だからこそ、ユバージルはロズヴェータに期待をかける。

 その片鱗が芽生えるよう、丹念に育て上げたはずだった。


◆◆◇


 アウローラは故郷への手紙を書き終えると、強張った背筋を伸ばす。場所は、既に辺境伯家から王都に先日移ってきていた。

 彼女の縁故がある諸侯、地主、有力者達、隣国へも勿論、そして故郷で孤軍奮闘する父へ。

「我、ここに至れり」

 薄く笑って彼女は、視線を窓の外に移す。

 故郷には及ばないが、決して居心地の悪い場所ではない。下からは、身を寄せることになった騎士隊の喧騒が聞こえる。

 食事が少ないだの、木が少ないだの、平和そのものの内容だ。

 窓から見える空模様は快晴そのもの。

 彼女の野望の第一段階は乗り越えた。次は、勢力を拡大させねばならない。その点、彼女が思い浮かべる少年は、理想的だった。

 未熟で、若く、そして何より運が良い。

「汝、我が剣となるや。それとも……」

 いずれ、故郷を襲った災厄を取り除かねばならない。

 焦ってはならないことは彼女が十分理解している。今は帝国の首狩り総督に比して何もかも、彼女は劣勢であるものの、唯一時間だけは彼女の味方であった。

 それを生かさぬ手はない。

 少年騎士のロズヴェータ。

 命の繋がった伴侶、何者の色もついていない真っ白な性格、原石の才能。

 それを思うだけで、彼女は口元に笑みが浮かぶ。

「嗚呼、堪らないわね」

 愛おしさと、嗜虐心に満ちた笑みを隠すように、アウローラが両手で顔を覆って笑う。

 いずれにせよ、一つの依頼は終わり、一つの死地を乗り越えたロズヴェータ率いる三頭獣ドライアルドベスティエは、新たな依頼に向けて歩き出した。

 

副題:ロズヴェータちゃん、ちょっと成長。そして周りは悪い大人ばかり。

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