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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
南部争奪編
37/117

エルギスト村

 ロズヴェータ率いる三頭獣ドライアルドベスティエが引き受けた隊商護衛の依頼は、失敗に終わった。仲間内での不和によって隊商自体がバラバラになり、最後には護衛していた隣国の姫アウローラを狙った襲撃によって、護衛の三割近くが戦闘不能になるという形で幕を閉じる。

 ロズヴェータ自身も、名も無き森での襲撃以降毒を受けた影響からか、体調は決して良くはなく高熱に苦しむことになる。それでも無事に辺境伯家の領地に入ることが出来たのは、途中から護衛を引き受けた辺境伯家の従士長ユバージルのおかげであった。

 ロズヴェータの養父であり美貌の副官ユーグの実の父親でもあるユバージルは、ロズヴェータの危機を知るや、同調する従士家の者達だけを連れて辺境伯家の領地から一気に南下。街道沿いにロズヴェータを探し回り、見つけると護衛を引き受ける形となる。

 公式には軍事訓練としたその南下は、二つの勢力に衝撃を与えた。

 一つは王家派閥。アウローラを火種と考え排除する方向で動いていた獅子の紋に翼と盾(リオンセルジュ)のルクレイン公爵一門。

 もう一つは、南部貴族レジノール伯爵家。アウローラを奇貨として、手元に囲おうとした勢力。

 公式に軍事訓練とだけ発表し、アウローラのことは“無言”で通した辺境伯家の思惑を彼ら二つの勢力は推し量らねばならなかった。王家派閥から見れば、余計な火種を国内に持ち込み、対帝国との戦線を刺激する厄介者。忌々しく思っても、正面切って戦うほどのことではない。

 なにせ、帝国との戦いで最前線にいるのは、彼ら辺境伯家なのだ。そのために必要な駒を揃えただけと言われれば、納得せざるを得ない背景もある。

 また、アウローラの処分を任せた商家からは、暗殺には成功との知らせもあった。辺境伯家が“無言”を貫く理由と合わせて、彼らは考えを巡らせねばならなかった。

 一方の南部貴族レジノール伯爵家の受けた衝撃は、それ以上のものだった。

 隣接する国の後継者を、領地を接する貴族が囲い込んだ。竜殺しの槍(ヘルギウス)騎士団経由でアウローラ生存の確証を得ていたレジノール伯爵家は、焦らざるを得なかった。

 その意味するところは、緩やかな勢力の減退。当主バッファロ、嫡男ザグールはレジノール伯爵家の未来は暗いと嘆いたが、彼らの知恵袋であるヨル・ウィン・トードは、全く別の見解を示した。

 ──辺境伯家は三男を救いに動いただけで、今回の件を気にする必要はない。

 二人は訝しみながらも、その助言を受け入れて、カミュー辺境伯家との交流を促進させる方向で調整に入る。力のある隣人とは仲良くしておいて損はない。

 ともに対帝国の一翼を担う間柄である。

 先頃の騒動では国境線を帝国に荒らされ、相応の被害が出ているレジノール伯爵家としてはこれ以上の損失は看過できなかった。現状アウローラの生存を公表しないカミュー辺境伯家を、国境線を安定させたいレジノール伯爵家としては、ありがたく感じた。

 少なくとも、帝国との敵対姿勢を共有する彼らは、対帝国という一点では協力できるのだ。

 ヘルギウス騎士団を含めた国境兵団の再建に力を集中するとともに、不足する財源の確保に、交易で栄える豪族ユンカーの伸長に目をつけ始めていた。

 

◇◆◇


 ロズヴェータは、依頼を終えると辺境伯領にある小村落に来ていた。名前はエルギスト。辺境伯家によくある騎士領の一つで、産業として特筆すべきものがあるわけでもない。

 開拓の進まぬ原生林を切り開き、今なお切り開き続けている開拓村だった。他の辺境伯領と比較して恵まれているのは、魔物の被害が少ないことと、隣国に接していないため山賊の被害が少ないことか。

 ロズヴェータがそこを訪れた理由は、そこが彼の領地であるからだった。

 つまりは、スネク・カミュー辺境伯家の所有する村を一つ丸々ロズヴェータは相続することになる。当主であるノブネルから直々に下賜されたその領地に訪れるのは、実は2回目だった。

 最初は顔見世、養父ユバージルとともに新たな領主として顔を見せに来ただけだ。次いで今回は、騎士隊で負傷して、兵士を続けることができなくなった者達の住処を用意するために来たのだ。

 特に今回は、ガッチェ分隊から負傷者が出ていた。

 7人いた分隊員の内、2名が負傷により兵士の継続が困難と判断された。そして、バリュードの分隊では死者が1名、負傷者で戦線復帰困難が1名、ヴィヴィの分隊では1名が戦線復帰困難と判断されて引退を余儀なくされた。

 合計4名の移住を希望する彼らに、家を用意し、教会で戸籍を用意し、兵士として戦いしか知らない彼らが困らないように、村長と交渉する。

 と言っても、村にとってロズヴェータは主にあたるため、さして難しくはない。

 実務で既存の村人との交渉にあたるのは村長である。

 村長は、彼らに村の仕事を割り振り、嫁の斡旋、しきたりを教え、彼らが村人として暮らしていけるように世話をする。裕福な暮らしはできなくとも、生きていくことに不足なく暮らしていけるように、世話をしてやるのが村長としての腕の見せ所であった。

 人口にして300名程度しかいないエルギスト村の、ほぼ全員が顔見知りな中に異物が4名入り込むのは並大抵のことではなかったが、それでもロズヴェータの不興を買うわけにはいかない。

 今後もあるだろうから、よろしく頼むと言われれば、村長としてはやるしかないのだ。

「実は、折り入ってお話が……」

 話が一段落して村長の自宅で歓談をしていた時、村長から切り出された話に、ロズヴェータは考え込まざるを得なかった。

「村の者共の中で、騎士隊で兵士として働きたいと願う者がおりまして」

 そう切り出す村長の話では二人の若者を、ロズヴェータの騎士隊に所属させたいとのことだった。うち一人は、村長の娘である。

「こう言ってはなんですが、死ぬ危険も多分にあります。ましてや、御息女などと」

 今回ロズヴェータとともにエルギスト村を訪れているのは、美貌の副官ユーグである。養父ユバージルは同行していない。二人で判断するしかない彼らとしては、村長の申し出に困惑を隠しきれなかった。

 開拓村として始まったエルギスト村は、村の開拓から二十年ほどが経過している。最初の世代から代替わりをして、そこそこ成功している開拓村に入る部類の村だった。

 村長は、熊のような大柄なグゥガーという男でこのとき30代の働き盛りである。彼には三人の子供がいて、今回騎士隊に参加したいと願っているのは、長女のメッシーであるという。

 小さなころから、愚かな子ではなかったが、一度決めたら梃子でも動かない頑固者である。

「弓と狩の技術は、教えました。どこからか算術なども覚えて来たようです。なんなりとお申し付けください」

「いや、しかし……」

 はっきり言えば、ロズヴェータには彼女を受け入れるメリットよりもデメリットの方が高いように感じていた。もし仮に戦場で彼女が死ねば、この熊のような村長グゥガーとの関係が今のままでいられるとは思えなかったし、弓と狩の技術だけで生き残れるほど、戦場は甘くない。

 それを今回痛感してきたロズヴェータとしては、大事な娘を騎士隊に所属させたいという提案を素直に飲むことはできなかった。

「権威の向上を狙ってのことでしょうか?」

 少し考えたいと言って席を外したロズヴェータに、美貌の副官ユーグが耳打ちする。

「……なるほど。だがそんなタイプには見えなかったが」

「人を見た目で判断してはいけません。つい先日、狐狸の類の女を見たばかりでしょう」

 辛辣なユーグの言葉に、ロズヴェータは苦笑する。

 隣国の姫であるアウローラは、なんやかんやと理由をつけて騎士隊に所属するつもりであるようだった。同じ女性のヴィヴィを抱き込んで、治療術師としての地位を確立しつつある。

「悪いことばかりではないさ。確かに治療術師は、居て損はない」

「問題は、あの性格です」

「……話を戻そうか。メッシーの話だ」

 ジト目でロズヴェータを見るユーグの視線は、困った息子を見る母親の視線だった。

「まぁ、本人に会ってみないとわからないということは、多分にあるしな」

 最終的には、メッシーという入隊を希望する少女に会うことにして、話が進んでいった。



副題:ロズヴェータちゃん、自分の村に帰る。

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― 新着の感想 ―
主人公、この性格じゃ文官も無理だろ・・・
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