表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣達の騎士道  作者: 春野隠者
南部争奪編
27/117

逃亡の中で

 隊商キャラバンから追放された者達の総数は7人を数える。

 隊商キャラバンを率いていた男とその身内を守り、ロズヴェータ率いる三頭獣ドライアルドベスティエは先を急ぐ。

 日の高いうちに村に到着するのは不可能でも、屋根のある家で体を休められるのと休められないのとでは、大きく違う。また一つには、後ろに残してきた隊商キャラバンの者達が襲撃者に変わるという懸念が捨てきれなかった。

「先ぶれを出しましょう」

 商人の男の提案に、ロズヴェータは頷く。いきなり夜に村に押し掛けるなど、わざわざもめ事を起こしてくださいと言っているようなものだった。

「では、私の身内から。詳しいものがいますので」

 そう言って一頭の馬を任せ、一人の少年を走らせる。

 意識せずロズヴェータの口からため息が漏れる。些か疲労を覚えていた。頭の芯の部分が重く、思考が上手くまとまらない。なにせ初めての長距離の移動に加えて、立て続けに予想外の事態が起きすぎた。

 今また、隊商キャラバンから追放されて、その隊商自体が襲撃者に変わるという可能性さえ存在するのだ。これでワクワクドキドキするという方が精神の不調を疑う。 

 村に入ることができれば、少しは気持ちが落ち着くはずだと考えて、ロズヴェータは気力を振るい起こす。隊形の保持や、警戒する方向などを示すと黙々と足を進めていた。

 そんなロズヴェータに、声をかけてきたのは、隊商を率いていたの男と一人の少女だった。

「……先ほどはありがとうございました」

 丁寧に礼を言う隊商を率いていた男の言葉に、少しだけ心が軽くなる。

「いえ、当然のことですので」

「その当然のことができるところが、素晴らしいことだと思います」

 商人との会話に加わってきたのは、フード付きのローブを外した少女だった。【学園】で美男美少女と言われている者達を見慣れているロズヴェータからしても、思わずはっと息をのむような美しい少女であった。

 プラチナブロンドの長い髪を無造作にポニーテイルでまとめ、白磁の肌に、印象的な青い瞳は強い意志を感じさせる氷結の蒼(アイスブルー)。目鼻立ちのはっきりした少女は、若さの中に大人の魅力を兼ね備えていた。

 今まで素顔を見せなかった少女が、ここにきて素顔を晒したことにロズヴェータの副官であるユーグは自然と目つきが険しくなる。美人局やあるいはロズヴェータの好意を引き出すために、わざわざこのタイミングで素顔を晒してきたのかと警戒したのだ。

 一方のロズヴェータはそこまで警戒しなかった。元々悪意には敏感であったが、善意には疎い。また疲労によって警戒心が薄れていたというのもある。ただ単純に、美しい少女だなと思う程度であった。

「失礼しました。私は、アウローラと言います。是非一言、貴方の勇気に感謝を申し上げたくて……ありがとうございます」

 そう言ってわずかに頭を下げる少女の目元には、光る物がある。

 これまでの生涯で女性を泣かせるという経験がなかったロズヴェータは、わずかに動揺する。泣かされたことはあっても、泣かせた経験はないのだ。人間、経験のないことや不意打ちには、気が動転するものだ。

 ましてやいかに大人びていようとも、多感な15の少年である。

「あ、いや……先ほども言ったが、そんな大したことじゃない。騎士として当然のことをしているだけなのだから」

 初々しい反応に、隊商を率いていた男は目じりを下げ、少女は対等な相手として扱ってくれるロズヴェータの態度に、好意を抱いた。一方のユーグの視線は、終始険しくなりっぱなしであったが。

 他愛ない話をそれから少し、二人は続けた。

 商人の男は、身内の動揺を鎮めるため二人から離れることになったが、少女は変わらずロズヴェータの側にいた。千里の彼方から来た少女にしてみれば、気の置けない友人もなく、同年代の知り合いもいない中で、ロズヴェータは、久々に知り合った同年代の異性であった。

 また上流階級の知識と躾を受けた少女に対して、やはり隊商の男達は新鮮ではあっても、どこか異世界の住人という認識だった。対してロズヴェータは、隣国とはいえ同じ上流階級に属する。礼儀や言葉の使い方など共通する部分が多く、二人で話していれば他愛ない会話からでも慣れ親しんだ世界を、つまりは残してきたものを思い出すことができた。

 なぜか最初から好意的な少女の言動に、ロズヴェータは疲労した心が癒されていくようだった。少なからず舞い上がっていたといってもいい。

 美男美女を見慣れているロズヴェータの目から見ても、はっとするほどの美少女であるアウローラが、なぜか好意的にロズヴェータに話しかけてくるのだから、彼としてはいきなり嫌えという方が無理がある。人間、好意的に接してくれる相手には、好意的になってしまうものだ。

 自然と少女と話を続ければ、二人の距離が縮まっていくのは当然のことであった。

 会話が一段落したところで、ロズヴェータの耳にユーグが口を寄せる。

「言いにくいことですが、美人局を警戒した方が良いかと」

 そう言ってわずかに視線をアウローラに向けるユーグ。彼からしてみれば、危険かもしれない相手に警戒をしておくのは当然だし、視線が鋭くなるのは致し方ない。

「……そうだろうか?」

 囁かれたユーグの言葉に、ロズヴェータは眉根を寄せて、ちらりとアウローラに視線を向ける。彼女は気にしていないように振る舞うが、周囲の視線に敏感にならざるを得ない立場だ。

 その揺れる瞳の奥には緊張と不安が渦巻いているように見えた。

「気を付ける」

 そう言ってアウローラの緊張を解すために、丁寧に接するロズヴェータ。

 その様子にユーグは、わかっていないと歯噛みする。

「……今まで避けてきたが、やはり本格的に学んでもらう必要があるのかもしれない」

 ぼそりと呟かれた、悪魔の美貌を持つ少年の言葉に、傍らで聞き耳を立てていた分隊長のガッチェなどは背筋が凍るようだった。

 対して、“我らの隊長”としてロズヴェータを慕う三頭獣ドライアルドベスティエの面々は概ね好意的だった。今まで隙も見せなかった冷徹な隊長にも、人間らしい初々しい一面があったのかと微笑ましく見守っている。

 中には、賭けごとに興じて、旅先の恋は成就するか、それとも失恋するかと盛り上がる声もあったが、その声が大きくなる前に不機嫌なユーグの視線にその声はすぐに鎮火していった。

 絶対零度の赤い視線は、向けられているだけで自然と背筋に冷たいものが走るような不穏さを持っていた。

 

◇◆◇


 ロズヴェータがアウローラとの距離を縮めている中でも旅程は比較的順調に消化されていく。近傍の村まであと少しといったところで、先頭を進んでいた分隊長のヴィヴィが違和感に気が付く。

「隊長、ちょいと疑問なんだけど、先触れにだした子供は気の効く子だったのかい?」

 先頭からわざわざ戻って問いただす巨躯の女戦士の言葉に、ロズヴェータは視線を隣の隊商の商人に向けた。

「そうですな。私についてきた者達の中では、それなりに……いえ、最も気が利く子を送り出しました」

 その返答に、彼女は眉を寄せた。

「……そうかい。勘違いならいいけど、そんな子なら普通戻ってきて受け入れ準備の可否を報告したりはしないのかい? まぁ、商人と伝令は違うんだろうけどさ」

 女性らしい特有の細やかな心遣いという観点は、他の前衛分隊長との大きな差だった。

 彼女の指摘に、商人は不備を指摘された初心な商人のように顔色を悪くし、次いで脂汗を流し始めた。

「つまり、何かあったと?」

 それを横目で確認しながら、ロズヴェータはヴィヴィに問い返す。

「ああ、嫌な予想だけど、あんまり外れたことはないんだよね」

 肩をすくめた彼女の判断は、正しいとロズヴェータは頷く。同時に斥候のナヴィータを呼ぶと、後方の警戒から前方の村への警戒に切り替えた。

「前衛は、警戒を一段階上げる。敵がいると思って行動するぞ」

 副官ユーグに視線を向ければ、彼は既に左右と後方への警戒をしている他の二人の分隊長に指示を出すために走っていた。

 先頭に送り出した三日月帝国出身のナヴィータが長い耳をぴくぴくと動かしながら戻ってきたのは、村の形が見えてきたところだった。

「隊長、やっぱりおかしい。あの村から嫌な気配だ」

「嫌なというのは──」

 問いただすロズヴェータの声を遮るように、後方に警戒に出していた元狩人のグレイスが、走り寄ってくる。

「若様! 後方に集団。武器のきらめきが見えます! キャラバンの奴らじゃない! 数は約40から50! 距離は半日程度!」

 思わず舌打ちしたくなるタイミングに、ロズヴェータは商人を見る。

「この近くに、あの村以外で拠点になりそうな場所はありますか?」

 首を振る商人に、今度はナヴィータへ怒鳴る様に問い返す。

「ナヴィータ時間がない。嫌な感じというのは、具体的に?」

「死の気配が強すぎる。疫病か、あるいは魔獣の襲撃があったかも。大規模な人の死があったと思う」

 再び商人に視線を向けると、ロズヴェータは決断せねばならなかった。恐らく後ろからきているのは、アウローラを追ってきたいずれかの集団だ。とすれば、商人を連れて逃げ切るのはほぼ不可能。どこかで迎え打たねばならない。

 逃げる背を追い打つことほど、被害を減らして敵に打撃を与える行為はない。そうであるからこそ、その逆の立場では、逃げるにしてもどこかで打撃を与えねばならない。

「あの村……森に隣接していますね? 人口は?」

 駱駝の背に飛び乗り、遠目に見える村を確認すると再び商人に詰め寄る。今やロズヴェータのやることは、多岐にわたる。一つでも情報が欲しい。

「しています。人はそうですな200程度でしょうか? さして大きくはないと思います。疫病等で減ってなければですが」

「今後あの村で商売ができなくなる可能性があります。それはご承知おきを」

 驚く商人を無視して一方的に宣言すると、ロズヴェータは前進を指示する。

「不確定な要素が強すぎるのでは?」

 副官ユーグの言葉にも、ロズヴェータは首を振る。

「後ろからやってくるのは、手練れの集団だ。この前お前も言ってくれたように、俺達には荷が勝ちすぎる。ここは逃げるしかないが、打撃を与えるにしてもこんな荒れ地じゃ、戦いの工夫すら難しい」

「だから、ですか? 村と森、あとは夜の闇を利用して……」

「簡単な罠ぐらいなら仕掛ける余裕はあるし、帝国からの傭兵団というのならば、人目に付く機会はなるべく減らしたいはずだ」

 心理的な防御ぐらいにはなるとの判断に、ユーグも頷く。

 問題は、既に彼らが一戦を終えていることだ。時間がないと認識すれば、あるいは強硬手段に出る可能性もある。また、後ろから迫っている集団の目的が本当にこの少女なのかも、わからない。

 わからないが、最悪の結末には備えておくことだ。

 何もできずに追いつかれ、皆殺しにされる。それが最悪のシナリオだ。依頼も達成できず、ロズヴェータの復讐も成し得ず、ただ殺される。

「わかりました」

 最悪のシナリオさえ避けられるのなら、まだ手はあると、ユーグは頷く。彼にとっての最悪は、ロズヴェータの死である。それだけは、何があっても避けねばならない。

 たとえ何を犠牲にしたとしても、その結論は変わらない。

「村へ到着したならば、森へ抜けるぞ。そこで後方から来た者達を迎え撃つ。それぞれ準備しておけ!」

 ロズヴェータの声に、分隊長達が指示を出す。斥候のグレイスやナヴィータも同じくだ。

「……あの」

 か細く聞こえたアウローラの声に反応してロズヴェータは振り向く。強い意志を感じられた氷結の蒼(アイスブルー)の視線が心細く揺れている。

「ご心配には及びません。依頼は必ず成し遂げます」

 力強く頷くロズヴェータに、アウローラは目を見開いて頷いた。

「これを……故郷のお守りです。どうぞ、ご武運を」

 差し出された指輪は、巧緻な細工の施されたものである。騎士の誓いにも淑女からの祝福は、むげに断るものではない、とされている以上ロズヴェータに断るという選択肢はなかった。

 また、彼自身としても緊張に強張る心に、彼女の心配は温かみを与えてくれる。

「何よりの援軍です……ありがとうローラ」

「いえ、ロズも無事で」

 短い間で愛称で呼び合うようになった二人を、副官ユーグは冷めた目で見て居た。彼女と別れたロズヴェータにそっと耳打ちする。

「指輪は握りの感覚を変えますので、戦場を前にしてつけるのはいかがなものかと」

「……妙に突っかかるな? 問題ないさ。折角の淑女からの祝福を断るのは、伝統に反するだろう?」

 そう言いながら指輪を身に着けるロズヴェータに、ユーグは苦いものを感じる。

 そんな彼らの思惑をよそに、黄昏はもう間もなくだった。

 死の気配が強く漂う村の入り口は、まるで巨大な魔物が口を広げているかのように隣接した森から影が伸び、彼らを死へと誘うかのようである。

 黄昏の後は、夜の闇が来る。

 深く先を見通せぬ夜の闇は誰の味方になるのか、その時点では、まだだれにもわかりはしなかった。

副題:ロズヴェータちゃん、急接近。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ヤンホモこわぁ
[一言] この状況で急接近&指輪、蜘蛛に絡めとられたイメージが。 美貌で人を転がすのが側に居るのに、これは教育が足りないなw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ