参戦者達
東から国境を越えた傭兵団のいくつかは、目的の少女にたどり着く前に国境を守る南方兵団とその応援を頼まれた竜殺しの槍騎士団によって殲滅されることになる。
完全に痕跡を無くすことなどできはしない以上、彼らの内いくつかは、作戦遂行のための目くらましに使われた。目的の少女を倒すまでは引き返せない帝国の傭兵達は、死に物狂いで抵抗するが、結局は物量に押され、南方兵団と竜殺しの槍騎士団の武勲となって消える。
だが当然ながら、彼らの捜索も完璧には程遠い。なにせ、直前に急な配置変更によって、少なからぬ穴が警備網に生じていたのだ。レジノール伯爵家の前当主バッファロからの指示に、現当主のザグールは思わず父に詰め寄った。生じた損害と、不可解な指示に父らしからぬ精彩さを欠いているように思えたからだ。
「──今回の件、以上が損害になります」
報告を数字としか見れなくなりつつある己を自己嫌悪に唾棄しながらも、ザグールからの損害報告を聞いたバッファロは眉を顰め、頭痛を感じて頭を押さえた。
抵抗する東から侵入した傭兵団が、辺境開拓の村を二つ灰燼に帰した。
言葉にすれば、一文にしかならないが、その開拓村には100を下らぬ民が住んでいたのだ。あるいは己と言葉を交わした民もいたかもしれない。長い統治の間には、辺境開発に力を入れたこともある。
「……父上」
「言うな、ザグール。この度の件はわしの誤りだ。今後統治に口出しはせぬ」
本格的な世代交代がレジノール伯爵家で起きていた頃、苦悩に顔を歪めて現当主ザグールは、父をなおも追及する。
「それは……助言は賜りたく思いますが、此度の件一体どのような判断で?」
その際扉を叩く音とともに、バッファロが入室の許可を与える。頭を下げて入ってくるのは、ヨル・ウィン・ドード。
「詳細は、この者に」
「父上の購入した奴隷に、ですか? 頭が良いとは聞いておりますが」
それを記憶力の方面だとばかり思っていたザグールは、彼女の拙い言葉で詳細を聞いて、驚愕に目を見開く。
「……王家派閥と言えば、代表はリオンセルジュになりますが」
「誰であろうと、大きな力を持っていることは変わりない。我ら辺境の一伯爵家などでは太刀打ちできぬほどのな」
睨まれれば、簡単に潰される。その現実は、ザグールの肩に重圧を感じさせるのに十分だった。視線は自然と暗黒大陸出身の彼女にいきつく。
何かにすがりたい、と思わせるその視線の先に彼女がいる。
「以後は、ヨルをお前に貸し出す」
バッファロの言葉に、ヨルは頷き、ザグールもまた同意を示す。
「今後も何かと相談させて頂きたく……差し当って、東からの警備を強化したいと思いますが」
視線を父とヨルの間で交互に見るザグール。
「発言を許す、ヨル」
その視線に頷きながら、バッファロはあくまでヨルの発言を求めた。孫のような年齢の知恵の回る奴隷に対しての、彼なりの優しさだった。彼女の立場を強化し、今後自身の亡き後も生きていけるようにしておかねばならない。
奴隷を購入したものの責任感のなせる業と言ってもいい。
「警備強化、良い。けど、同時、追う。姫様」
その端的な言葉に、彼女より遥かに年上の彼ら二人は考え込む。
「……良し。南方兵団を元の配置に戻し警備を強化させるとともに、竜殺しの槍の一部で彼女を追わせましょう」
「奇貨居くべし」
彼女が唱えた暗黒大陸の言葉の意味は、正確には伝わらなかったが、その意味するところはおおむね彼ら二人にも理解された。
災いか、あるいは、類まれな幸運か、判断がつかないままに南方を領するレジノール伯爵家も、争奪戦に加わることになる。
◇◆◇
東から国境をまたいで侵入した帝国の傭兵団は、その半数以上が国境警備の網にかかって殲滅されたが、当然ながらその網を潜り抜けた者達も半数程度はいた。
彼ら実行部隊として全体の数を把握しているはずもないが、勘の良い者達や経験の豊富な者達は、警備の薄さに気が付いていた。
「村ですね……どうします?」
西方総督イブラヒムの整った顔立ちに浮かぶ冷酷な笑みを思い出して、傭兵団の斥候ザイドは、五百メートル先の村の様子を伺う。帝国の騎士とまではいかなくとも、遠見が使えることで、この傭兵団の斥候になっている男だ。
「子犬との接触は、あの村なのでしょ?」
団の副長、“兎”のルルが長い耳を動かして辺りの様子を伺う。帝国で白エルフと呼ばれる最も人数の多い人種だが、彼女はその例にもれず、白磁の肌に日焼けの跡もない。
「……行くしかなかろうよ。俺と護衛の数人選んでくれ。副長以下は待機。何かあったら逃げるように」
髭を蓄えた団長、“鷲”のハリールは、声を低めて鋭い視線を村に向けた。
「依頼を失敗して帰っても、あの総督に殺されるのでは?」
副長ルルの反論の声は、あくまで平静だが、どことなく自嘲する響きがある。
「俺が失敗して死んだら、竜殺しの槍の団長ジキスムントか、領主のバッファロあたりに降伏しろ。どちらも人格者だと聞いてるし、お前達の力があれば、無碍にはされないさ」
団長ハリールの言葉に、副長以下がため息を吐く。
傭兵稼業は過酷だ。
その中で信頼できる団長に巡り会えたという幸運は、底辺であがいていた彼らにとって何よりの幸運だったはず。なのに、どうしてこんな危険な仕事を引き受け、命がけの仕事をしているのか……。
「団長、私たちは貴方を死なせたくないから、こんなところまで来ているんですが……」
ため息をついた副長の言葉に、近くにいた傭兵から苦笑が漏れる。当事者たちに聞こえないよう、こそこそと笑いあう。
「……惚れた男のためって、言えばいいのにな」
「バカ、それが言えない副長の可愛さがわからねえのか。恥じらいだよ、恥じらい」
「面倒だろ。女は、好き、抱いて、ぐらいでちょうどよくない? 副長が団長を押し倒せばいけるって」
「情緒がない。却下。だからもてないんだよ」
口々に彼らの意見を言い合い、最終的には副長ルルが団長ハリールを落とせるかどうかの賭けに発展しそうになって、副長の鋭い視線によって彼らは退散する。
「問題はない。そのはずだ。今のところ想定以上のことは起こっていない」
彼らの傭兵団は優秀であった。ただ、人が良い団長の元に同じような気質の者達が集まり、いつも金回りが苦しい。そんな彼らに依頼を出してきたのは、西方総督イブラヒム。
身内の情報を徹底的に調べ上げられ、家族の安否を人質に取られた依頼の出し方は、国家権力の恐ろしさを彼らに教えた。特に団長ハリールの年老いた父母を人質に取られていたのは大きかった。
「世話をかけるな」
そう言って立ち上がり、フード付きのローブを身に着けた団長ハリールは、子犬と呼ばれる情報提供者と密談するために、目的の場所に歩いていく。
結局恐れていた襲撃はなく、彼らは情報を聞き出すことに成功し、目的の少女へと一歩近づいて行った。まるで一つ一つが綱渡りのような作業の連続。心身の疲労を覚えながらも、彼らは団長ハリールへの信頼でつながりながら、目的へと迫る。
「目的の少女を守る隊商が出発してから二日経過している。街道を避けて追っても5日後には追いつけるな」
簡単に目標を立てる団長にハリールに、50からなる傭兵団が心を一つにする。早くこんな仕事とはおさらばしたいものだと、誰の顔にも疲労が滲む。
◇◆◇
暗殺騎士団と異名をとる赤曼荼羅花の蛇剣は、王国内に広く活動する組織である。独自の諜報網と戦力を持って活動する彼らは、南部ではまだまだ新参者だった。彼らは請け負った仕事の相手を忘れない。仕事が終わっても、彼らに金銭的な要求をすることはないものの情報提供や安い価格での物資の提供などその個人のできる範囲での要求をすることがあるためだ。
彼らは、ベルメッシモ一家から依頼を受けたその日のうちに、辺境伯領へ向かう隊商の中に件の少女がいるのではないかと当たりをつけていた。
距離も、馬を使えば決して追いつけぬ速度ではない。問題は、竜殺しの槍騎士団だった。彼らは、巨大な組織力を背景として、南部で暗殺騎士団が跳梁跋扈するのを、防ごうとしている気配がある。
そういう意味で、今回の依頼は南部に暗殺騎士団の知名度を広げ、足場を作るのにちょうどいい案件だったと言える。だが足場の不安定な状態では、満足に仕事ができないのも事実。彼らが動かせる実働兵力は精々が10名程度といったところだ。
それ以上は、他の活動に支障が出る。
南部の活動を任された“黒剣”ツヴァイ。
彼は配下を確認すると、隊商の情報を集め、集積していく。
目的地はどこなのか、構成は、どの商人がかくまっているのか。
「やはり、数が多いな」
商人に比して護衛の数が多い。暗殺騎士団の南部での浸透を図る最初の依頼で、あまり大きな被害を出したくはなかった。勝てるだろう、少なくともツヴァイはそう思っていた。
「だとすれば、罠を張らねばならんな」
恐らくどこよりも精緻な地図が彼の前に並べられる。隊商の経路を確認し、その途中で罠を仕掛けられる場所を選定していく。
人が己の仕掛けた罠にかかって、もだえ苦しむ姿を想像するだけで、ツヴァイはヴェールで隠した口元がにやけてくるのを抑えきれなかった。
だがそのためには仕掛けが重要だ。時間も決して潤沢とは言えない。
急いで支度をしなければならない。ベルメッシモ一家との会合が終わり、国境の町クノーシフからなら、馬を使って隊商を追い抜く必要がある。旅装を整え、何食わぬ顔で彼らを追い越してやろう。
そして罠に嵌る様子を想像する。
「くふっ、ふふふ」
陰惨な目元を歪めて、“黒剣”ツヴァイは、笑った。
◇◆◇
南部一帯を治めるレジノール伯爵家から正式な依頼を受けて、竜殺しの槍は、幹部を一人派遣することにした。南部で随一の巨大な騎士団である彼らは、騎士連隊の数だけでも3つ。そして一つの騎士連隊は、騎士中隊4つから成り、一つの騎士中隊は、騎士隊4つから編成される。
つまり騎士隊だけで48人の騎士を抱える巨大な組織ということになる。その中で幹部として数えられるのは、48人の騎士隊長達。そして中隊以上を指揮できる資格を持った者を指す。
「行ってくれるか。ジグネヴァディ」
「喜んで、ジキスムント団長」
すでに壮年に差し掛かった竜殺しの槍のジキスムントは、騎士中隊を指揮できる人材を選んだ。それは、南部の貴族レジノール伯爵家を重視しているという姿勢であり、これからも南部での活動の基盤を支えるために必要なことだと判断したためだ。
巨大な騎士団ゆえに、人材は豊富だった。
ジグネヴァディは、その中でも正統派の騎士である。南部の主要な交易路の安全を確保するため、そして何より依頼主であるレジノール伯爵家からの諸調整を同時に熟さねばならないため、あまり性格的に尖った人材は使いづらい。
その点ジグネヴァディは、誇り高く、奇策よりも正攻法を好む性格をしている。人当たりもよく、剣技の腕前、指揮の巧みさどれをとっても、人後に落ちるものではない。
何より、ジキスムントとは十年来の付き合いの長さで、依頼の表も裏も織り込んで依頼を達成してくれる。難しい依頼を任せるのに、これほどの人材はいないと、ジキスムントは彼を評価していた。
「では、早速」
「頼む」
長い赤髪を三つ編みにして束ねたジグネヴァディは、腰に差した長剣の柄を叩いた。
「敵は、東から流入する傭兵か」
彼らとは、小競り合いをしたことがあるが、独特の魔術が厄介だったなと回想して、連れて行く人員を選定する。編成通り4つの騎士隊を従え、拠点としている町ラズロットから街道沿いに進む。国境の町から二日ほど王都側にある町から進むため、ロズヴェータ達隊商との距離は約二日程度。
「しかし、隊長。少女の身柄確保にしては、少し大げさなのでは?」
今回彼が連れていくことにした騎士3人のうち最も若い小隊長が馬を寄せながら質問を投げる。
「ん? 不満か」
「いえ、不満というわけでは! もしお望みなら、私の騎士隊だけで任務を果たせます!」
一昨年騎士校を卒業したばかりの、若く将来有望な騎士の言葉に、ジグネヴァディは笑った。
「威勢がいいのは、非常に結構! しかし、街道の安全確保の方が、私は重要度が高いと思っている」
視線をもう一人の騎士隊長に向けて、意見を求めると、長年ジグネヴァディとともに任務を果たしている騎士隊長が笑う。
「ニガル。お前は、帝国の傭兵と戦った経験は?」
「いえ、ありません!」
ニガルと呼ばれた若い騎士隊長は、胸を張るように答える。
「そうか、奴らは独特の魔術を使う。確か……変異術といったか」
「アーセル騎士隊長、我らの使う者とは別系統ということでしょうか?」
三人の騎士隊長の最後の一人、自身も魔術を使うハイデンが発言する。
「そうだな……簡単に言えば我らの魔術は外に働きかけるが、彼らのは内側に働きかける」
過去の戦いを振り返ってアーセルは思案するように言った。
「例えば、筋肉の強化とか?」
「そうだな。それもある。しかし本当に恐ろしいのは、獣の魂を宿す奴らだ。これは帝国の騎士にも言えることだが、そうなった奴らとまともに戦うなよ」
アーセルの言葉をジグネヴァディが引き取る。
「以前、私も戦ったことがあるが、一振りで全身鎧の兵士を3人吹き飛ばしていた猛者もいた」
その脅威に息をのむ若い二人の騎士隊長に、アーセルが笑う。
「まぁそう心配するな。斬れば血を流すし、血を流せば殺せる。その時は、遠間から矢で射殺したのと……どこかの優秀な騎士中隊長が一騎打ちで打ち取ったのだったか? ねえ、虎殺しのジグネヴァディ騎士隊長殿?」
「え?」
「あ、虎殺しってそういう?」
水を向けられたジグネヴァディは、苦く笑って手を振って否定する。
「最後の止めを刺したというだけだ。アーセルの話を本気に受け取るなよ」
いつの間にか、とんでもない英雄にされそうで、ジグネヴァディは若い騎士隊長からの羨望と憧憬の視線を振り切るように咳払いする。
「それに、この任務はもう一つの側面がある。暗殺騎士団の話は、お前達知っているな?」
暗殺騎士団の名前に、先ほどまでの少し弛緩した雰囲気が霧消する。
「いよいよ南にも勢力を拡大してきたと?」
「そうだ。奴らの手口は巧妙かつ陰惨だ。一度弱みを握られれば、骨までしゃぶり尽くされると聞く。我ら竜殺しの槍騎士団が活動する南部で、これを防がねばならん」
頷く彼らを確認して、先を急ぐ旨を告げる。
「力は与えられたものによって、正しく使われなければならない。それは南部では、我ら竜殺しの槍騎士団によってのみ、なされるのだ」
街道の治安回復、少女の確保、そして暗殺騎士団の捕捉。三つの任務を果たさねばならないジグネヴァディはそれでも、街道の先を見据えた。守るべき、騎士団と忠誠を胸に。
副題:ロズヴェータちゃん、出番が消える。




