リオンセルジュの影
翌日、隊商の行き交う駅に向かうと、そこには大小さまざまな隊商が集まってきていた。町の中心近くに四方へと延びる道路が交わる駅が存在する。道路が伸びる先には城門があり、それを抜けさらにその先には交易相手の村落や町が存在する。
文字通り、交易の最前線と言えるこの場所で、ロズヴェータ達は都市国家シャロンからの隊商と合流する予定であった。
「あれでしょうか」
ユーグの指差す先に、月に駱駝と水の女王の旗を中心に集まっている集団がいる。隊商とは旅する商人であり、その移動の先々で品物を仕入れて売りさばいていく集団のことだ。
駱駝に積み込んだ絨毯の色鮮やかさや、袋積みにされた荷物の多さに比して商人の数が少ない。それだけ重要な商品を運んでいるのだろうと彼らの様子を伺うと、俄に駅が騒がしくなっていた。
見れば、人相の良くない男達が隊商の荷物を探すように少々強引に彼らの間に分け入っている。
「ベルメッシモの奴らだ」
「またかよ、あいつ等何探してんだ?」
商人達の話声に耳をそばだてながら成り行きを見守っていると、ベルメッシモ一家の男たちが依頼先と思われる隊商に近づき、もめている。周囲の反応から、今回のことが初めてなのではなく、ここ最近何度も繰り返し行われたことなのだろう。
「市長と手を結んでやりたい放題かよ」
舌打ちとともに吐き捨てた商人の言葉に、ロズヴェータはなるほどと頷く。
ベルメッシモ一家の男達も手慣れた様子で、しかも問答無用とばかりに強引に荷物と人員を検めている。本来、荷物と人員の検めをするのは、この都市を統治する市長等の行政機関の長であるはずだ。
成立の過程で地元の有力者を任命せざるを得なかった獅子の紋と王冠王国は、そのまま王家の力を地元の有力者にまで伸ばせていない。それは、長期的な地方勢力の取り込みを狙った代々の王家の遠大な計画であるのかもしれないし、貴族を代表する王家以外の勢力の対抗の結果と言えなくもない。
現に、国境の町という重要な立地の都市においても、成立から約80年を経過したその行政機関の長は地元の有力者が未だに担っている。それが王家の直轄地以外の貴族の力の基盤になっているのは間違いないだろう。
南部を差配するのは、レジノール家。
ロズヴェータの在学中にもレジノール家に連なる者はいなかったため、関係の薄い貴族家だった。
「隊長、あれ良いんですか?」
思考をめぐらすロズヴェータの視線の先に、今回の依頼先の隊商らしき者達とベルメッシモ一家のもめている様子が映る。騎士隊全員に、移動間が暇すぎて今回の依頼の事細かな内容を話していたので、目ざといバリュード分隊のグンダーが指をさす。
「よくないな」
「では?」
せっかくの辺境伯家からの依頼に、こんなところでケチをつけられても面白くないと考えたロズヴェータは、ユーグの言葉に頷いて三頭獣の面々を見渡した。
「殺しは、なしだ。いいか?」
不敵に笑う巨躯の女戦士ヴィヴィ。ため息をつく辺境伯家出身の短槍使いガッチェ。天を仰ぎ泣きそうなバリュード。ロズヴェータの真後ろにいた前衛分隊長の反応をそれぞれ確認すると、ユーグを伴って騒ぎの中心へ進んでいく。
「こっちへ来ねえか!」
フード付きのローブを被った小柄な人物を捕まえたベルメッシモ一家と、口々に文句を言う商人達との間に割って入る。
「依頼を受けた騎士隊だが」
「なんだ、てめえら!?」
「あ!? 今それどころじゃねえだろう!?」
双方の文句の一切を無視して、ロズヴェータは隊商の代表者と思われる男との距離を詰めた。
「ハディスガメスの隊商で間違いないのか?」
騒ぐベルメッシモ一家と隊商それぞれを見渡してロズヴェータは確認する。
「お、おう。その通りだ。あんたらが護衛の騎士隊かい?」
「そうだ。で、どういう状況で、どうする?」
単刀直入に聞くロズヴェータに、隊商の長は狼狽えながらも協力を依頼する。隊商を構成する商人の子女が連れていかれるのは、信頼問題に関わるため困る。だからといって、ベルメッシモ一家とことを構えるのは、それも困る。
その返答を聞いてロズヴェータは苦笑した。
「つまり、俺達が泥を被れと?」
直截的な返答に、隊商の長は眉を顰めて頷いた。声を潜めて、彼らの立場を説明するとそれを打開できるのは彼らだけだと、その為に高い金を払ったのだと暗に主張する。
「騎士隊なら、可能だろう?」
周囲を見渡して、周りの護衛は動く気配を見せない。
「辺境伯家に、泥を被れ、と言うんだな?」
声を低め、最低限を確認するその覚悟なくして成し得ない依頼だった。
「そ、それは……」
「今決めよ。剣として俺達を扱うなら、それなりの覚悟を示せ」
黙って頷く商人に念を押すと、ロズヴェータは後ろに控えた騎士隊の分隊長達に視線で合図を出す。それに応じて一斉に三頭獣がベルメッシモ一家の者達に襲い掛かった。
町の中で数を頼みに商人達を脅すベルメッシモ一家と、魔獣討伐や野盗を殺すことを経験した三頭獣では、その場数の踏み方が違った。口元に笑みすら浮かべてベルメッシモ一家を制圧すると、ロズヴェータは攫われそうになっていた商人の身内を助け、隊商の長に詰め寄る。
「さっさと出発するぞ。これ以上の騒動に巻き込まれたくなければな」
内心歯噛みしながら、ロズヴェータは隊商の長を脅す。
南部での依頼はやりにくくなる。気をつけろと言われていた、豪族の一派に最初から喧嘩を売ることになれば、依頼の範囲が狭くなるのは必然だった。しかも仕入れた話では、ベルメッシモは流通の一部を担うことで力をつけてきた豪族だ。
その意味でも、舌打ちしたくなった。敵に回した豪族の影響力の範囲が大きい。
「とにかく、一刻も早く町を出ることだ」
その結論を隊商の長に告げると、合わせて騎士隊にも指示を出す。次いで自身も支度をしようとして、護衛の集団から出てきた一人に呼び止められる。
「おい、ちょっと待て」
にやつく口元には無精髭に、黄ばんだ歯。髪は伸び放題で目つきは剣呑な色を湛えている。ひどく鼻の低い、まるで潰れたような顔の男が、ロズヴェータに話しかけてきていた。
その格好も眉を顰めるものでありながら、漂う臭いもロズヴェータの眉を顰める原因だった。何の臭いか酷く臭う。
「護衛は俺達が請け負ったんだ。お前らは、俺達の指揮下に入れよ。お坊ちゃん」
騎士隊の者達に急いで出発の準備を指示したため、周りに誰もいないのを見て取って、ロズヴェータに話しかけてきたでのであろう。その男の顔に浮かぶ笑みの質を、ロズヴェータは唾棄すべきものとして捉えていた。
つまり、ロズヴェータは騎士隊のお飾りで、実際に騎士隊を動かしているのは他の誰かだとみているのだ。気づかれないようにロズヴェータは周囲を伺い、自身と目の前の男とのやり取りに注目しているのは二、三人程度だろうか。
恐らくはこの男の仲間。どれもにやつく表情で、成り行きを見守っている。
腹の底に蠢く怒りが、冷たい視線となって目の前の男を見るのをロズヴェータは止められなかった。
つまり……つまり、この男は舐めているのだ。
ロズヴェータなら容易に御することができるのだと、嵩に掛かって交渉をしているのだ。その値段の対価が、一体なんであるかを知らず、天秤の片側に載せたのだ。
冷たい計算がロズヴェータの中で働く。
どうやってこの場をおさめ、この交渉の結果を導くか。暴力を生業とする騎士隊を率いるなら、どうしても避けて通れぬ道である。その中に進んで身を置くことを選んだ己の道である。ならば、恐れることがどこにあるのか。
「……護衛を仕切るというのなら、先ほどのベルメッシモ一家との対応は任せるよ」
目を細めて、口元に敢えてゆがませる。
「できるんだよな? とてもそうは見えないが?」
それが挑発の意味と効果を理解して、ロズヴェータは口を開く。
ぴくりと、男の口元がひきつる。続いて震える男の手元が、男の怒りを如実に表していた。
「て、てめえ!」
威圧するような大きな声は、ロズヴェータに目の前の男の行動を読みやすくさせた。予備動作の大きさから、振りかぶった男の腕、握られた拳までロズヴェータには見えていた。だがそれを、あえて受けねばならないと判断する。
これは暴力を生業とする騎士という者の、交渉なのだ。
自身の顔をめがけて振るわれる拳に合わせて、右足を後ろに引き、体重を移動し、被害を最小限にとどめる。まるでそっと羽毛が触れるように、拳に合わせて顔を振るイメージだ。
しかし現実にはさほどのダメージがないものの、頬に走る痛みと滲む視界。僅かな振動がロズヴェータを襲う。
だが、それでいい。
これからの結果を考えれば、ほぼほぼ満額の出来栄えだった。
「てめえ、このくそガキ!」
叫ぶ男の声に、周囲から一気に注目が集まる。
「こっちが下手に出れば付け上がりやがって!」
内心でどこが下手に出て、どこが付け上がったんだと嗤いながら、ロズヴェータは努めて無表情を作った。
騒ぐ眼の前の男のために、周囲の注目が否が応でも高まる。それを感じながらロズヴェータは、努めて毅然とした態度に見えるよう胸を張る。
「断るといったんだ」
声を大きく、目の前の男というよりは周囲全てに聞こえるように心がける。
ざわめく周囲の様子に、目の前の男は気づいたのだろうか。慌てたように周囲を見回すと、何を見てやがると怒鳴り散らす。
内心だけで、さぁどうすると目の前の男を注視する。目の前には、獲物がいるぞ。周囲はお前の獲物を守ろうとしている。
噛み付いてくるか、逃げるのか。さぁどうする。その腰の剣は飾りか?
反撃のための準備は整えつつ、獲物が飛びついて来るのを待つ。どちらも獣だ。お前は狼か、犬か、それとも猫なのか。
くそっと、毒づいて眼の前の男は、ロズヴェータの前から立ち去る。去り際の視線で、まだ狩りを諦めた様子がないことを悟り、ロズヴェータは違和感を感じた口元を拭う。
熱を持った口の端に鉄の味がして、自身が血を流したのだと知覚した。
「ロズヴェータ様」
ロズヴェータの口元に乱暴に拭き取られた血の跡を見たユーグが、一瞬息を呑み、形容し難い雰囲気を醸し出す。まるで、ハリネズミが全身の針を逆立てて臨戦態勢に入ったとでも言えばよいのか。
「問題ないさ。ああ、問題ない」
ロズヴェータの瞳の奥に燃える冷たい怒りに、ユーグは声をひそめる。
「私が処置いたしましょうか」
その提案にロズヴェータは首を振る。必要なことだとロズヴェータは感じた。自身の甘さを払拭して、この獣道を生き残るには、やらねばならない。いつまた同じことが起きるかもしれない。
その時のために……ロズヴェータはやらねばならないと自身に言い聞かせた。最悪はいつでも予想を上回ってくるのだと、騎士校で学んだのだから、それに対応しないのは怠惰でしかない。
この先に、復讐の果てがある。そこへ辿り着くためには、迷ってなど居られない。
歯を食いしばり、ロズヴェータは腰に指した剣の柄に手を触れる。強く握り込まれた拍子に、長剣が音を立てた。
◆◇◆
王都にあるルクレイン公爵家の一門が所有する別邸の一つには、園遊会と称して多数の貴族が集まっていた。普段は高位の貴族の催す社交の場に出席を許されない男爵や子爵なども出席を許されたのは、今回の主催が、彼等の中から選ばれた一人の女性を祝う為のものだからだ。
獅子の紋に翼と盾のルクレイン公爵一門に連なる権利を得たのは、青き血を継ぐ守り手。
大箆鹿の紋に弓の子爵家の一門ヒルデガルド・オース・マルレー。この年16になる麗しき子爵令嬢。
琥珀の瞳と、麗しき黒髪。一般的な女子よりも高めの身長は、新緑色のドレスに引き立てられ若々しい魅力に溢れていた。
隣に並ぶのは煌びやかな獅子の紋に翼と盾の貴公子ノイン。騎士校を優秀な成績で卒業し、既にいくつかの事業を成功しつつある駿英。
「ノイン!」
呼ばれた貴公子は、優しさを讃えた視線を転じると、年の離れた兄と姉の姿、一層目尻を下げた。
「兄上!」
豪快に腕を広げて主賓を抱きしめ祝うのは、リオンセルジュの次期当主ガベル。その横で上品に笑うのはノインの姉に当たるシュミナ。
「あらあら、いつまで子供の気分なんですか。年齢を考えて下さい」
ガベルとノインに向けられた言葉に、ノインは苦笑し、ガベルは豪快に笑って妹の小言を聞き流す。
「ご挨拶が遅れました。ノインの姉のシュミナです。これからは家族同然の付き合いになるのだから、お姉様と呼んでもらって結構よ」
風に揺られる腰まである黄金の髪。蒼穹を思わせる青い瞳には慈愛の色がある。豊かな胸元を更に強調するようなドレスに身を包み、本来なら厳格であるはずの身分にさえ目を瞑って丁寧にヒルデガルドに話しかけた。
「おそれ多くも──」
そう口にして辞退を申し出たヒルデガルドに、その言葉の途中で、シュミナは、待ったをかけた。
「私はヒルデと呼ぶわよ? ねえ、ヒルデ。ここで私のお願いを聞いておかないと、私不機嫌になっちゃうかもしれないわ」
いたずらを企む猫のような表情で、シュミナは顔をヒルデガルトに寄せる。
「さぁ、ヒルデ。呼んでみて?」
助けを求めるように視線を彷徨わすヒルデガルドに、ノインは苦笑するしかない。
「姉上は昔から強引でね」
尚も抵抗しそうなヒルデガルドに、シュミナは、にじり寄る。
「お、オネエサマ」
その言葉に火照った頬を両手で包み込み、ニンマリとした笑みを必死に堪えようとして、だが傍目から見れば明らかに失敗しているシュミナは一人ごとを呟く。
「義理とはいえ妹からのお姉様……なかなか良いぃ。これは強力ね……それに、恥ずかしがりながらも、嫌がらない初心なところも、なかなかそそるじゃないの……うふふふふ」
怪しげに笑うシュミナを無視して、長兄ガベルはノインと話を重ねる。
「そういえば聞いたぞ、ヒルデガルド嬢を巡る武勇伝をな」
笑う兄に、ノインが表情を改めて謝罪する
「兄上には、随分手回しをしてもらって……」
「よせよせ、たった3人の兄妹ではないか。弟の願いは叶えてやるのが兄の度量というものだ。それに悪いことばかりではない。男爵家や子爵家など実力はあっても地位を得ない者達と交流できる。これは、財産だよ、ノインのおかげだ」
そう言って笑うガベルは、力強くノインの肩を叩いた。
「はっ!? 私としたことが! 折角の貴重な時間を男どもの話になど付き合うことはないわ! ヒルデ行くわよ」
強引にヒルデガルドの手を取ると、来賓客の波をかき分け、淑女達の輪の中へ入っていく。まるで荒波をかき分けるたくましい漁師のような、その様子を苦笑と共に見送り、ガベルはノインに釘を差しておくのを忘れない。
「しかし相手は辺境伯家だ。こちらでもなるべく対応するが、何をしてくるか分からん。お前も充分気を付けるのだぞ」
「お気遣いありがとうございます。誓って兄上や姉上を心配させることはありません」
「俺はお前の心配など、いくらしても苦にはならんのだがな!」
再び豪快に笑うガベルは、ノインを促して園遊会に送り出す。
「主賓が身内で固まっていては、参加者に失礼に当たる。それに意外と忙しい身の上でな、これで失礼するぞ」
豪快に笑うガベルを見送って、ノインは園遊会に戻る。ヒルデガルドと一緒になるという決断を下した時、周囲の猛反対を敢然と押し切ったのは、彼が王家に連なる者の矜持を持ち合わせているからだった。
今の獅子の紋に王冠王国は、王家の基盤が弱すぎる。これをなんとかしなければ、遠からず周辺国の圧力に屈する形で国が分裂しかねないのではないか。
そんな懸念を抱く彼にとって、領地を持っている貴族よりもその下位に甘んじる男爵や子爵の地位にある者達は、取り込むべき支持層になると見えた。
彼らに給金を王家から与え、それを支持基盤として国を盛り立てていく。遠大な計画のその一助を担うに相応しい女性を探していた時に出会ったのが、ヒルデガルドだった。子爵家の女子ながら聡明な彼女にどうしても彼はともに長い人生を歩んでほしかった。
それを後悔などしていないし、するつもりもない。
目の前に広がるのは、領地の大小も、爵位の上下も分け隔てなく歓談し、語り合う光景だ。いつかはこれを王国中に広げ、国をより富ませていく。
目指すべきものを噛み締め、決意も新たにノインは、足を進めた。
一方ノインと別れた後のガベルは馬車に乗り込むと彼の最愛の弟の別邸を後にする。王族に相応しい格式の馬車の中に腰を据えると、副官から報告を受ける。
「……ノイン様の件で、一つよろしいでしょうか」
公私ともに信頼する副官である初老の男から、そう切り出されてガベルは、続きを促す。
「なんだ?」
「例のマルレー子爵家の元婚約者のことです」
ぴくりと、ガベルの眉が跳ねる。
「カミュー辺境伯家の三男だったな?」
黙って頷いた副官の男が話す内容に、彼は眉間に深く皺を刻まねばならなかった。
「……虎髭の男爵のナウリッツが認めるのだ。優秀な若者なのだな」
「今はまだ小さな若葉かもしれません。しかしこの先、大樹に育てばリオンセルジュの家に不利益を齎すかもしれません」
獅子の紋に翼と盾は王家の盾となって、国に尽くすべし。祖先からの家伝を思い出し、そっと彼は紋章旗の描かれた指輪を握った。
「我が最愛の弟の目指すものは尊き理想。我が眼前に広がるのは謀略と策略の汚泥の沼、か……」
「若様……」
「すまんな、ただの愚痴だ」
苦く笑ったガベルは、逞しい顎を撫でると、カッと目を見開いた。
「我が一門に仇なすものは、王家に反逆するも同じ。消せ!」
断固として言い切るガベルの言葉に、副官の男は首を垂れる。
「それに関しまして、南の都市国家シャロンの件が使えるのではないかと」
「例の首狩り総督のか?」
帝国の首狩り総督イブラヒム。イブラヒム・ヒディスハーン・アルヒリからの抗議の使者が、獅子の紋に王冠王国に来たことは、既に周知の事実だった。
都市国家シャロンからはネクティアーノ・ヘル・ノイゼの名前で、帝国の非を鳴らし援軍の要請を求める使者が先日来たばかりだ。
一族悉く首を狩らねば気が収まらない、とするイブラヒムの態度は見ていて気持ちの良いものではない。しかし、戦に関して言えば、侮っていい相手ではないのだ。
だからこそ、若年の王を戴く獅子の紋と王冠では、静観と決めたのだが、実は密かにネクティアーノ・ヘル・ノイゼの娘が王国内に入っているという情報もある。
「……任せる。我が国に火種はいらぬ」
国にとって今火種は、必要ない。少なくとも王が逞しく成人するまでは、時間が必要だ。その思いを胸に、ガベル・リード・ルクレインは、リオンセルジュの長兄は、謀略の沼に全身を浸す。その身は国のため、王家のために。
副題:ロズヴェータちゃん、視線に敏感。




