報酬と猫との情報交換
報酬を目当てに受けた今回の依頼は、非常に実入りの良いものとなった。
何せ依頼の達成までに要した時間はわずかに6日。それでいて受け取る報酬は通常の依頼と同じだけの分をもらっているのだ。割のいい仕事ではあった。
しかしながら名誉を獲得できたかというと、そんなことはない。どちらかといえば、後ろ暗い仕事をした形になる。それでも虎髭の男爵ナウリッツ・メル・ショーラ男爵は、その成功を喜びその名誉を称えた。
「いやなに、若いのに大したものだ。君達が失敗したら、わしが直々にやろうと思っていたぐらいだからな」
「そのことで商人達の不興を閣下に押し付ける形になってしまいました。申し訳ありません」
「構わんさ。そのくらいの尻拭いはしてやるのが当然というものだろう」
虎髭をさすり、豪快に笑うナウリッツはまるで気の良い近所のおっさんのような気安さで、ロズヴェータとユーグを褒めたたえ報酬を渡した。
「騎士は常に無辜の民のためにある。騎士を束ねるのが王家、そうであればこそ騎士の存在意義はある、とわしなどは思っている。優秀な若手は大歓迎だからな、今後機会ががあれば飲みにでも行こう」
わっはっはと豪快に笑うナウリッツに、苦笑しながらロズヴェータは報酬を受け取った。
帰り道にロズヴェータはユーグと二人でその為人を話していた。
「……善い人でしたね」
「そうだな。善人ではある」
含みのある言い方にユーグは首をかしげる。主君である同い年の少年の言葉に含まれている意味を考えて、結論を出す。
「辺境伯家からすると、少し厄介ですね」
「魅力的な人物だ。思わず頼りたくなるような包容力もある。だからこそ、俺は少し距離を取らないといけないかと思った」
「後ろ盾はあった方が良い、と思いますが」
「そうだな。だが、慎重に選ばないといけない。既に俺たちの後ろには辺境伯家がいるんだ。それと利害の対立するようなら、どちらかを選ばないといけなくなる」
蝙蝠というものは嫌われる。少なくともまだ、ユーグの主人たるロズヴェータは頼る先を見定めている最中ということか。
武官派閥の中でも、ナウリッツがどの程度の地位と力を持っているのか、それすらわからないのに頼り切るのは危険だった。少なくとも、ロズヴェータには目的がある。それを叶えられる陣営に身を寄せなければ派閥に頼る意味がない。
「……少し、調べてくれるか?」
「喜んで」
ロズヴェータの頼みに、ユーグは満面の笑みで頷いた。
「それはそうと、報酬が入ったということは、また彼らは娼館に行きたがるでしょうね」
「熱を上げている奴も多いからな」
ため息交じりに口にするロズヴェータも、先日エレナから手紙が来ていた。会いたい、寂しいなどと娼婦が男を誘う常套句満載の手紙にげんなりとしつつ、心のどこかで、彼女は違うのではないかと期待している自分に嫌気が差す。
「……どうするべきだと思う?」
「報酬をどう使うかは本人たちの自由です。そこに口を出すのはいかにロズでも、彼らは反発を禁じ得ないでしょう」
「そうだな」
「ですので、ロズもお好きに使われるとよろしいのでは?」
痛い所をぐさりと刺されて、ロズヴェータは眉を寄せて頭をかいた。
「迷ってる。正直なところな」
「では、行かれるべきかと」
迷いなくはっきりと進言するユーグに、ロズヴェータは疑問を禁じ得ない。まるで答えを知っているかのような明確な返答であったからだ。
「なんで?」
「後悔は、行った時より行かなかった時の方が大きいものです」
「……まぁそうか」
「必要であれば私もお供いたしますが?」
くすりと、笑いながら提案するユーグに、ロズヴェータは目を見開く。
──え、また4人あの凄い迫力のある人達を侍らせて俺の隣に座るつもりなの、お前?
という内心を、口に出さないだけロズヴェータは大人だった。
「……子供じゃないんだ」
口に出したのは、強がりともいえるセリフであったが、ユーグはそれで納得した。
「そうですね。経験豊富な私から申し上げるのなら、迷うぐらいなら行った方が良いということです」
「……ふん、そうだな。経験者からの助言は貴重だしな」
「ロズが将来のために、金が必要というのは、十分承知しています。しかし、今を楽しむことを忘れては本末転倒なのでは?」
「……そうかもな。手紙くらいは返すか」
少し考えこんで、ロズヴェータが口にした答えに、ユーグは苦笑を禁じ得ない。
──妙に奥手だなぁ、この人は。まぁそれが、わが主の可愛いところでもあるのだが。
「私は行きますよ?」
また振り返るロズヴェータの姿に、ユーグは楽しそうに笑う。
「……情報収集のため、だろう?」
「さあ、それも兼ねてでしょうか?」
からかわれたと思ったロズヴェータが鼻を鳴らして、歩幅を大きくとる。若干速足になっているのも、ユーグを置いていく意図だろう。
──随分可愛い反撃だな。
というユーグの考えなどロズヴェータにはわからなかっただろうが、そのまま宿屋に到着し報酬分配の運びとなった。
◇◆◇
翌日隊員達への報酬の支払いを終えて休暇になっていたロズヴェータとユーグは、ニャーニィとの食事会へ招かれていた。
「いや~今回は助かっちゃったわ。やっぱり持つべきは頼もしい同期だよね」
「まぁこんなことは稀だと思うけど、あるんだな」
場所は、王都にある大衆食堂【聖なる丘で昼食】。結局娼館には手紙だけを送って、行かなかったロズヴェータであったが、誘われた食事にはきっちり来ていた。
「奢りだよ!」
というニャーニィの言葉が響いたのかもしれない。
「それで、騎士隊は解散せずに済みそうなのか?」
割と核心に近いことを何の遠慮もなく踏み込んでいく主人を、若干目をむきながらユーグは観察する。
「いや~なんとかなったわ。さすがに騎士隊を維持するだけのお金を即座に使いきれなかったみたいでね」
あのバカ貴族め、と言って悪態をつく様子すら年相応の可愛らしさがある。とても、そのバカ貴族の邸宅を燃やした放火魔だとは思えまい。
食卓に並べられた料理の数々は、肉体労働者の腹を満たすために豊富なボリュームと塩辛さに重点を置いた味付けをしてあり、成長盛りの彼らをしても非常に満足できるものであった。
「あ、追加お願い。オルグレンセットで、ヤサイマシマシ、ニクテンコ、シルテンダク、よろしく!」
注文を取りに来た店員にニャーニィが呪文を唱えていたが、ロズヴェータとユーグは呆気にとられて互いに顔を見合わせる。
──なんだ、今の言葉、外国語か?
──いえ、存じ上げません。三日月帝国だって、あんな不思議な韻は踏みません。
「ああ、ロズヴェータは、あんまりこう言う店こないもんね。追加で頼むけど、同じもので良い?」
ニャーニィの提案に一瞬固まった後、ロズヴェータは咄嗟に頷く。
まだ少女と言って良い店員が、ユーグの注文を取りに来る。頬を染めながら、まるで人気の舞台俳優に握手を申し込むような態度であった。
「もう少し考えてから頼みます。またお願いしますね」
そう言って微笑まれた店員の少女は、天にも昇る気持ちで頷くと、足早に走り去っていく。
だが、ロズヴェータにしてみれば、そんなことは関係なかった。
──なんで、頼まないんだよ!?
視線だけで訴えるロズヴェータに、ユーグも同じく視線だけで訴える。
──危険です。見えてる罠ですよ! これは!
──主人の危機には身をもって助けに入るのが忠義だろう!?
──知らないと言われて、見栄を張りたくなった主人の助けは御免被ります!
「はい、おまち!」
視線だけで言い争いをしていたロズヴェータとユーグの前に、山と置かれた料理の皿。
「……」
「……」
南西地域で主食とされる小麦の麺の上に、こんがりと焼いた肉が暴力的に積みあがっている。さらにその上に緑黄色野菜が積み重なり、見事な山をなしていた。しかも皿の大きさは、一般成人男性の顔位あり、積みあがった高さはテーブルから30センチにもなろうかという高さだ。
これが天衝く氷三山……とは後で聞いた話だ。
「はい、二人前ね!」
いい顔で、先ほどの女性店員とは別の男店員が、豪快にロズヴェータの前にもそれを置く。
「うひゃ~、やっぱり仕事の後はこれよね!」
嬉しそうに両手を広げる魔女猫に、ロズヴェータは騎士校時代を思い出す。
──そういえば、こいつは賭け狂い、多重人格、そして莫迦食いの変人だった。まぁ魔術を使うのは大体変人と呼ばれていたが。
「あ、そうだ」
今にも目の前の暴力的な食料に食いつこうとしていたニャーニィが、思い出したように顔を上げる。
「まだ大事な要件が済んでなかったわ」
食事を前にげんなりしていた二人は、その発言に視線を上げる。
「お礼を言ってなかったわよね。ターニャ!」
おずおずと先日救い出した少女が三人が座るテーブルにやってくる。
「うちの回復術師のターニャよ。助けてくれてありがとう。幼馴染なのよね」
「あ、あの、ありがとうございました。炎にまかれてもうだめかと思っていた所を助けて頂いて……」
燃やしたのは貴方の隣に座っている放火魔ですと、指摘しようか二人は迷ったが、結局は真摯な彼女の感謝に水を差すこともないと、互いに視線で確認すると無難な回答をするだけだった。
「うん。じゃ辛気臭いのはこれで終わりね。あ~お腹空いた! いただきますっ!」
ガツガツと食べ始める彼女を見ているだけで、おなか一杯になってしまいそうになった二人であったが、ターニャの助けも借りてなんとか天衝く氷三山を全て平らげることに成功する。
和気藹々とした食事会は、平穏無事に終わる。
その中で同期の二人の活躍なども話題に出て、久しぶりに心休まる楽しい昼食になった。だが、さすがにその日は夕食を食べる気力はなかった。
副題:ロズヴェータちゃん、年上のおじさんから飲みに誘われる。




