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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
立志編
12/117

襲撃《貴族の邸宅》

 エメシュタン家の放蕩息子と言えば、子爵家でありながら零落した貴族の家である。始まりは、養子縁組の失敗、長らく生まれなかった嫡男が養子を迎え入れた後に生まれた事に端を発する。

 もし仮に当主が生存の内に穏当な解決策──例えば領地の分配であるとか──をすれば、また違う結果になっただろうが、当事者達が選んだのは暗殺と謀略であった。

 貴族の爵位は、王家に認められて初めて貴族社会に認知されるが、継承となると話は別だった。少なくとも王家にそれを認めないことや、取り上げることを一方的にやるだけの力はまだない。

 ──なぜ、自ら下賜したものを取り上げるのに貴族の承諾が要るのか。その思いが常にある。

 だからこそ、王家はその機会を見逃さずに虎視眈々と狙っている。

 エメシュタン家の事例は、良い例だった。不適格なものからはこれを取り上げるべきではないか、しかも早急な処置がなければ、貴族社会に多大な影響を与える、との議論を惹起させ、王権強化に繫げたい。

 だからこそ、ことの成り行きを冷静に注視していた。

 一方で貴族達はと言えば、苦々しく思っても自らの家に飛び火しそうな火種には、距離を置きたい。お家騒動など、有り触れているのだ。どの貴族家でも一代か二代遡れば枚挙にいとまが無いほどだった。

 更に文官派閥と武官派閥との争いも加わって容易に決着がつきそうにない。

 その絶妙なバランスの上にエメシュタン家の放蕩息子は、貴族特権を振りかざし好き勝手をしていたわけだが、だからこそ、貴族や王権とは関係のない所からの依頼で事態が動くことになった。

 元々、虎髭の男爵(ゼダンヒール)は、派閥から距離をとっており衛士隊や自警団らに立場が近い。

 彼が男爵と言う低い身分であり、誰にも文句を言わせないだけの積み重ねた武勲があり、比較的動き易い地位にいたことによる。

 何より彼自身、一代で成り上がった立場からすれば面白くはない。

 ──貴族の面汚しめ! 誰もやらんのならわしがやってやろうか!

 控えめに言っても腸が煮えくりかえる思いを抱いていた所に、強欲商人達からの陳情があったのだ。普段はやりたくもない腹芸などして金を用意させた。

 彼からすれば武官派閥から依頼を出したのは、ケジメのつもりである。

 ──処分したけりゃするが良い。だが、そのツケを無辜の民に押し付けるなど許せん!

 虎髭の男爵の矜持にかけて、譲れぬものがあった。

 だからこそ、今回の依頼で若い騎士がしくじるようなら自らの手で始末をつけるつもりだった。

 だから、衛士隊からその報告を聞いた時は、思わず爆笑し、次いで凄みのある笑みで続きの詳細を探らせたのだ。

「燃やした!? クハハハ! で詳細を聞かせろ」


◆◇◆


 エメシュタン家の当主であるゴドウィンは、邸宅の1階でゴロツキに囲まれて酒を飲んでいた。元々は、支援者と会談をするために広く作られた1階部分は、今は見るも無惨なありさまだった。美味くもない酒で酔いに身を任せていなければやっていられない。

 争っていた親族は既になく、先代から譲り受けた当主の地位は、継承した時点で詰んでいた。

 暗殺と謀略の果てに、寄って集ってエメシュタン家の資産という資産は食い潰されていた。地方にあった領地も、銀行に預けた金銀も、宝飾品も全てだ。

 それでもまだ、貴族という信用さえあれば金は借りられた。ゴドウィンは、自身が当主になってから残った資産は、王都の邸宅のみと言う有様であったが、一度はそこから這い上がり、貴族社会へと帰り着く希望に燃えて事業を興した。

 しかし、結果は散々であった。

 元々、彼が手を出したのは我らが内海(ロマネア)を経由して、暗黒大陸と取引をする投資事業であった。

 成功すれば利益は莫大なそれにゴドウィンは手を出し、そして盛大に負けた。利益が莫大と言うことは、当然リスクも高いということだ。

 そうして後は坂道を転がるように借金は膨らみ、身動きすら出来なくなったゴドウィンに近寄ってくるのは、その日の快楽さえあればそれで良いと言うような輩ばかりだった。

 だが、その頃にはもうゴドウィンには、何かを始める気力もなくただ世を恨むしかない精神状態であったので、同類が集まったと言える。

 誘拐、強盗、薬に、酒の密売、人身売買、大抵のことはゴドウィンはしてのけた。貴族の特権である住居への立ち入り許可や、不逮捕特権など、隠れ蓑に出来るものは何でも使った。

 だが、満たされることなどありはしなかった。金は入る側から酒に消え、なくなれば違法なことをして、また酒に消える。

 その繰り返しであった。

「そう言えば……」

 ──今日も1人浚ってきたのだ。2階では好き者達が喚声を上げている。

 混じるのも面倒に感じ、舌打ちして所用を足そうと立ち上がったその時、勢い良く扉が開かれた。

 煌々と照らされた室内照明の灯りに、フードを目深に被ったその集団は異様に見えた。それはゴドウィンだけでなく、ゴロツキ達も同様であったようだ。彼等は、その光景を理解できず、想像すらしていなかった。そのため、致命的に初動が遅れた。

星降る46柱の悪魔(ゾロオール)の一柱、炎の悪魔(ゴスティオ)の契約により、至れ炎の獣!」

 投擲される油に浸した布を巻いた棒切れ。

 それめがけて、魔術師の杖から炎が走る。走り出した炎はやがて獣を象り、投擲された棒に向かって一直線に走り──。

「──やばい!」

 ──爆発した。

 誰かの悲鳴を皮切りに、室内照明等の光源を駆逐する勢いで光と音があふれ出す。爆発した炎が屋敷に燃え移り、間髪入れずに怒声が響く。

「やっちまえ! 野郎ども!」

 ドスの効いた声を皮切りに、フードを被り顔を隠した集団が棍棒を手に、一階広場を駆け回る。手にした棍棒ですっかり酔いの回ったゴロツキ達を叩き伏せていく。

 ゴドウィンの前にも、先ほど魔術を使った不審者が立っていた。

「……貴様、俺は貴族だぞ!」

「はン、それも今日限りで店じまいさ! うちらの身内に手を出して、生きてられると思うなよぉ?」

 見ればフードの隙間から見える肌艶は十代のそれである。声からすれば、少女と言って過言ではない。

「ごふっ!?」

 直後少女の降り抜いた杖が、ゴドウィンの鳩尾を直撃、屈んだところで背中に一撃、さらに倒れ伏した所へ止めの一撃を顔面に加える。

 泡を吹いて悶絶するゴドウィンを一瞥すると、舌打ちして周囲を見渡す。

「一切合切燃やして、証拠なんか残すかよ」

 目を血走らせ、口元を歪めて吐き捨てるのと、ゴロツキどもが逃げようとした所に、勝手口からもう一つの騎士隊が突入してきたのは同時だった。

 声もなくゴロツキを叩き伏せる彼らを見て、大勢は決したと判断した少女──魔女猫のニャーニィは、魔術を使うと荒ぶる口調を抑えもせず、幼馴染を探し始めた。


◇◆◇


 ロズヴェータ率いる三頭獣ドライアルドベスティエは、ニャーニィ率いる氷炎化け猫(オルジットキャルト)の派手な突入を確認してから裏口から突入を開始する。

「あー……隊長よろしいので?」

 後ろを気にしながら問いかける元狩人のグレイス。普段からフードを被っている彼は、その庇をチラリと上げて視線を後ろにやる。

 ロズヴェータも視線を元狩人グレイスの先にやれば、慌てふためく強欲商人達の姿が見える。

「引き受けた依頼は、虎髭の男爵(ゼダンヒール)から、ゴロツキどもの排除のみだ」

 そうだろう、と同意を求める声に、グレイスは苦笑して肩をすくめる。

 分隊長ガッチェを先頭にして裏口から入ると、中はすでに闘争の修羅場だった。そして優勢は揺るがなそうに見える。

「ガッチェ、そのまま一階を掃討しろ。残りは二階に向かえ」

 状況を概略掌握するとロズヴェータは判断を下す。往々にして貴族家では、1階は支援者と会うためや舞踏会を開催するために広いスペースを確保するが、二階以上の部分は貴族の私室として使われることが多い。

 王家派閥の秘密を握るカギがあるとすればそちらだった。

「うわっち!?」

 だが、注意しなければならないのは予想以上に火の回りが早いことだ。バリュードが降りかかる火の粉を払いのけるが、もうすぐ炎が天井にまで達しそうになっている。

「隊長、こりゃ焼け落ちますよ?」

「手早く片付けるぞ。焼け死にたくないからな」

「隊長って、いつも無茶を簡単に言いますよね?」

 バリュードの言葉に、ロズヴェータは軽く肩をすくめた。

「できるだろう?」

 やれやれとため息をつくバリュードを促して、速足で二階を捜索する。途中出てきたゴロツキは、特別褒章を求めるヴィヴィ達に叩き伏せられ、苦も無く占領することができた。

 途中囚われていたと思わしき数人を拾ったが、そのまま確保して離脱を図る。

「隊長、いよいよこりゃだめだ」

 ヴィヴィの言葉に視線を転ずれば、炎は天井まで立ち上り、屋敷の内装を舐めていた。

「……離脱するぞ」

 結局、ロズヴェータの欲しかったものは見つからずに捜索を切り上げ、炎渦巻く貴族の邸宅から逃げ出す。

「庭が良い感じに延焼防止になってますね」

 焼け落ちる邸宅を見て、ガッチェが呟く。

「街中ではやれない作戦だな」

 さてここからは逃げの一手だった。衛士隊が駆けつけてくる前に逃げなければならない。だが、その前に、ニャーニィ率いる氷炎化け猫(オルジットキャルト)と簡単に打ち合わせをしなければならない。

「予定通り散会だ。日ごろの成果を見せてくれ」

 そう言って分隊長バリュードの隊を残して貴族の邸宅から逃がす。

「この子らですか?」

 部下に担がせた捕まっていた少女や女性を見て、被ったヘルムの間から声を出す。

「うちじゃ養うのは難しいからな」

「向こうも懐事情は同じでは?」

 副官ユーグの言葉に、ロズヴェータが頷く。

「早速だが借りを返してもらおう」

 右往左往している強欲商人達を一瞥して、吐き捨てる。

「あいつらには任せられないだろうしな」

「……そうですね」

 彼らに任せればどこに売り飛ばされるかわかったものではない。無言の内に了解した彼らは、ニャーニィ率いる氷炎化け猫(オルジットキャルト)と合流した。

「ターニャ!?」

 会うなり担がれた少女を見つけて悲鳴を上げるニャーニィに、ロズヴェータが驚いていると、彼女の方から幼馴染なのだと打ち明けられる。

 話はとんとん拍子に決まり、最後にはニャーニィが確保していた放蕩貴族のゴドウィン・エメシュタンの身柄を確保して、今回の借金取りの依頼は終わりを告げる。

 借金取り達に引き渡したゴドウィンは観念したのか、それともニャーニィの一撃が利きすぎたのか全く抵抗するそぶりも見せず、引き渡された。



ロズヴェータ:騎士

称号:同期で二番目にやべー奴、三頭獣ドライアルドベスティエ隊長

信頼:武官(+1)、文官(±0)、王家(±0)


副題:ロズヴェータちゃん、お友達と一緒に前後ろから貴族をせめる。

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