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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
立志編
10/117

2回目の依頼(借金取り)

 娼館において馬鹿騒ぎをした翌日、三頭獣ドライアルドベスティエとして、新たな依頼を受けるため、ロズヴェータはギルドを訪れていた。

 ユーグを従えたその姿は注目の的であった……主に女性の眼を惹きつけると言う意味で。

 受けられる依頼は、騎士隊の信頼による。その意味で、組合からの信頼度を上げなければ、儲かる仕事は回ってこないとも言えた。

 だからこそ、地道に単価の悪い仕事でも、成功させることが重要である。

 三頭獣ドライアルドベスティエは、まだ一度野盗の討伐を成し遂げただけの、駆け出しの騎士隊である。そのため、受けられる依頼は制限がある。

「王家からは、期間限定だが模擬戦の相手を募集しているな。文官派閥は害獣駆除、武官派閥に関しては、借金返済支援」

「金額は、武官、王家、文官の順序ですか」

 依頼を読み上げるロズヴェータと報酬金額を確かめるユーグ。

「騎士隊を分けるのは、難しいだろうな」

「ロズヴェータ様なしで、武官派閥の依頼は無理でしょうし、害獣駆除も、模擬戦も、人数が必要な依頼ですね」

 結論として受けられる依頼は、いずれか1つだ。

「人食い狼が出て人に被害も出ているか……領地は南西、あぁエリシュの領地近くだな」

 王都から片道3日の距離にあるルフラージ女伯爵家の領地からの依頼に首をかしげる。

「でも、エリシュがいるなら、すぐに片付けるような?」

 もうすでに王都に戻っているのか、それとも前線と呼ばれる隣国との国境での依頼に勤しんでいるのか。

「こちらの依頼は、国軍との模擬戦ですね。かなり練度を要求されそうですが、金額も良いし、何よりこちらも経験を積めるのは、魅力的なのではないでしょうか? 定期的なものではありますから、緊急性は低いでしょうね」

 考える様子も絵になる男ユーグが、ロズヴェータに提案する。ロズヴェータは、ユーグの提案に頷きながら、最後の依頼に目を通す。

「借金取りの追い込みだな。随分金払いが良いが……不良貴族の債権を差し押さえるから力を貸して貰いたい、か。なんでこれが武官派閥からでるんだ?」

 首をかしげロズヴェータに、ユーグが苦笑する。

「誰もやりたがらないから、ではないでしょうか?」

「親類とかに睨まれるかもしれないから、か? だが、借金を重ねて迷惑を振り撒くような輩は一族でも鼻つまみ者だろうと思うが」

 王家からの依頼は、名誉と報酬ともにバランスの取れた依頼である。

 文官派閥からの依頼は、名誉に重点を置いた依頼。

 武官派閥からの依頼は、報酬に重点を置いた依頼。

 どれも一長一短。ロズヴェータの復讐には、借金取りを選びたい所だ。何せ、王家派閥の不良貴族が相手なのだから。

 しかし、小さな内から目を付けられても面白くはない。やはり、無難に害獣駆除か、あるいは模擬戦か。

 だが、果たしてそれで良いのかと再び考える。地道に成功を積み重ね、部隊を強くし力をつけたとして、復讐するのはいつになる?

 相手は王家の血筋。この国で最も力を持つ者達だ。寄り道などしている暇はない。最短距離を走ったとしても、追いつけるかすら分からないのだ。

「……借金取りにするか。王都で出来るし、次の依頼にすぐに向かえるしな」

 内心に暴れる感情を敢えて口に出さずロズヴェータは、別の理由をでっち上げた。

「では、組合に申告しておきましょう」

 翌日、武官派閥の大物である国軍の将軍の一人が直々に依頼するとのことで、呼び出しを受けた。

「おお、君が今回の依頼を受けてくれた騎士か、感謝するよ」

 虎髭の男爵(ゼダンヒール)として数々の武勲を挙げてきたナウリッツ・メル・ショーラ男爵は、大仰に、両手を広げてロズヴェータとユーグを出迎えた。

 場所は王都でも一等地の国軍司令部、通称青の塔。国王の直轄部隊として常備軍を目指して作られた国軍の牙城だった。

「お目にかかれて光栄です。閣下の勇名は、若輩者の私でも聞き及んでいます」

「そう言って貰えると嬉しいね。では仕事の話をしよう。今回手伝って貰いたいのは、エメシュタン家の放蕩息子だ。親類縁者から縁を切られてもいるが、ごろつきを護衛として連れていてね」

「そいつらを騎士隊の方で叩き潰せ、と?」

 ニヤリと笑う様子は確かに虎を思わせる。

「話が早くて助かる」

「承知しました。その後は?」

「借金取り達が手ぐすね引いているのでね。彼等に引き渡すことになるだろう」

 想像もしたくないようなことになるのだろう。

「なるほど……」

 少し考えてロズヴェータは、頷く。

「引き受けましょう」

「いや、ありがとう。助かるよ」

「やり方は、こちらにお任せ頂けるので?」

「ああ、もちろん。これが相手の住所、こちらが借金取り達のものだ」

「早速、話をしておきましょう」

 ロズヴェータとユーグは、揃って退出し指定された住所へ向かう。

「ここですね」

 王都の中でも大店銀行。そこの店先に立つと、柄の悪い用心棒が厳めしい顔を作って2人を見定める。

「ここは、ガキが来るような場所じゃねぇぞ。それともおつかいか?」

虎髭の男爵(ゼダンヒール)から依頼を受けた騎士隊のものだ。店主に話を聞きたい」

「お前らが?」

 ジロジロと不躾に2人を眺める用心棒に、ユーグが僅かに前に出る。それを制するようにロズヴェータがユーグを抑える。

「……取り次いでやる。少し待て」

 そう言うと、用心棒は店の中に声をかける。しばらくすると店の中に通され、小太りの店主が姿を見せた。水の女王(ヴェニキア)の人間らしく、指先から靴の先まで、貴金属を身につけ、ギラギラしていた。

「今回は、依頼を受けて頂きありがとうございます。相手は子爵家の貴族様ですから、どうにも私どもでは荷が重く、かと言って借金を取られっぱなしと言うのでは、商人としての面子が保たれません」

 ため息を吐く店主の様子を確認しながら、ユーグが主に質問する。

 相手の行動パターンや、住み家にしている場所の情報、交友関係に、雇っているゴロツキの情報まで、必要な情報を聞き出すと、具体的な決行の日程調整に入る。

「私以外にも、金を貸してる商人がいましてね」

 そう言って苦笑する店主と都合を合わせ、襲撃は3日後、目標の貴族が住み家にしている場所へ襲撃をかけると言う事に決まった。

「この機会に、商人からの借金を返さないと、どうなるかを見せつけて欲しいのです」

 と言う商人側からの要望と、騎士隊全員を使うなら広い地域と、なるべく王都の商業地区から離れた場所が良いとのロズヴェータ側の意見が一致した結果だった。

 王都警察権を握るのは騎士ではなく衛士と呼ばれる国軍の一部だった。治安を預かる衛士隊が駆け付けてくるまでに勝負を決めねばならないため、時間は短く完了させねばならない。

 大店の銀行から出たロズヴェータは、ユーグと必要なことを話し合う。

「まず、事前の情報が間違いないのかを確かめねばならないと思います」

「2人ともが嘘をついてると?」

 ユーグの指摘にロズヴェータが、首をひねる。

「いえ、そうではなく、住み家を変えていることもあり得ますし、衛士の巡回時間も確認せねばなりません」

 納得して頷くロズヴェータが、付け加える。

「ゴロツキの情報と戦い方を考えないとな」

「そうですね。この前とはまた違った戦い方になりそうです。王都の中での戦いになりますので、棍棒などを用意できれば、尚良いかと」

「流石に、殺しはまずいからな」

 バリュード等は嫌がるだろうな、と苦笑してロズヴェータは、住み家にしている宿屋へ戻った。


◆◇◆


「えーやだよぉ」

 真っ先に反対の声を上げたのはバリュードだった。

「うん。知ってた」

 ロズヴェータは、その声を無心で聞いた。予測できた答えに、いやむしろ全く予想を裏切らない答えに間髪入れずに答えを返す。

「隊長、人が斬れる依頼を頼みますよ!」

「残念ながら、今回はお預けだな。次回は善処しよう。それにこの前の依頼で新しい長剣使いすぎて、研ぎの油が欲しいって言ってたろ?」

「う、そりゃまぁ言ってましたけどね」

 徐々に弱くなるバリュードの勢いをここで完全に止めようと、ロズヴェータは追い打ちをかける。

「今回はお預けだ。それにほら、棍棒ならいくら殴っても大丈夫だからな」

 手にした棍棒を、ぶんぶんと振り回すロズヴェータは、傍目にみるとかなりの危険人物だった。

 不承不承ながらそれを受け取るバリュードを横目に、ヴィヴィを宥める。

「あの金の亡者共の依頼だろう? やだぜ隊長」

「ヴィヴィ、駄々をこねないでくれよ。またユーグが娼館に連れて行ってくれるようにさ」

 彼女があの娼館の男娼に熱を上げていることを、ロズヴェータは知っていた。

「うっ、それは……」

 途端に勢いのなくなるヴィヴィ。欲望に忠実なのは良いことだとロズヴェータは内心頷く。

「身請けするにしたって一緒になるにしたって、お金はいるだろ?」

「……そうだけど」

 横目でチラリとヴィヴィはユーグを伺うが、美貌の副長は表情に何のさざ波も浮かべていなかった。

「はい。どうぞ」

「……」

 無言のまま受け取るヴィヴィに、棍棒を渡しガッチェに向き直る。

「……金がいる」

 辺境伯領出身の彼には、直接頼んだ方が良いと判断したロズヴェータは、ガッチェの両肩を掴みながら、真に迫る表情で言いのける。

「はぁ……分かりました。若様のためです。堅いことは言いっこなし!」

「頼むよ」

 ガッチェにも棍棒を渡すとともに、全員にフードを渡す。

「これで顔を隠して襲撃だ」

「なんかいよいよゴロツキ染みてきたな」

「衛士隊に引っ張られたくないからな」

 ひそひそと囁きあう騎士隊の隊員達の声に耳を塞いでいたロズヴェータは、その中の一つに反応した。

「でも、依頼は出てるんでしょ?」

 ギルドを通じてなされた依頼なのだから、当然ながら公示されているものだ。ある程度伝手があるならその内容まで調べることが可能だろう。

 とすれば、警戒していて当然。衛士隊としても王都の中のもめ事には、手柄の立て時と手ぐすね引いて待ち構えているのではないか。

 そんな疑問に、ロズヴェータは、面白くも無さそうにその疑問に答える。

「衛士隊だって暇じゃない。顔も分からない相手に襲撃されたゴロツキの話をまともに取り合うわけないからな。保険さ」

 そこでニヤリと笑うロズヴェータは、集まった面々に質問を求めるが誰からもあがらない。

 もう少し貴族達の事情を話せば、武官派閥は衛士隊にも顔が利く。まして彼らにこのような依頼が上がっているということは、衛士隊の面々もこの不良貴族(エメシュタン)家の放蕩息子を苦々しく思っていると考えて間違いない。

 つまり、この貴族の結末は、なるべくしてなったという結論なのだ。

「よし、それじゃ作戦だ。と言っても難しくはない。走って棍棒で殴って、逃げる。それだけだ」

「簡単そうで良いじゃないか!」

 ヴィヴィの声にロズヴェータは、笑みを深くした。だが、問題はこの王都で衛士隊から逃げる必要があることだ。いくら武官派閥から出た依頼だといっても、衛士隊が故意に見逃してくれる時間は決して多くはない。

 それにそれほど目立ってもいけない。名誉や栄光とは、ほど遠い仕事になる。だからこそ報酬を弾んでもらわなければ割に合わない。

「これから、その格好で日暮れまで走って貰う。王都の隅から隅まで、端から端まで逃げれるように、特訓だね」

 悪魔のように笑うロズヴェータに、騎士隊の面々は悲鳴を上げた。

「捕まったら給与の1割は返納してもらうからね。それじゃ……よーい、ドン!」

 唐突に始まる本気の鬼ごっこ。文字通り日が暮れるまで続き、ヘトヘトになりながら全員が宿屋に戻ってきていた。

 

副題:ロズヴェータちゃん、(選択肢を)迫られる。

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