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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP06/ 相容れぬ相棒
92/93

#91

「なんでこんなことに……」

 俺は猟機の操縦席から、見慣れた荒野を眺めた。

 ゴツゴツした岩山と砂漠が延々と広がっている。地形には高低差があり、いま俺の猟機が立つ場所からも裂けた谷間があちこちに望むことができた。

 以前、〈オルクス〉攻略の際に、地上に落下したあとに通ったフィールド――イレイガに襲撃された場所――にも近い。

 案の定というかなんというか。

 田中さんの言った『あのゲーム』とは、アイゼン・イェーガーのことだった。

 完全にやる気になった一葉を先頭に、俺たちは以前に成瀬たちと遊びに行ったようなゲームカフェまでわざわざ足を伸ばし、こうして外からログインしている。

 百歩譲ってそれはいいとしても、なぜ俺まで?

『仕方ないじゃないですか。向こうは三人なんだし。リィハに一人で戦えっていうんですか?』

 一葉――リィハが悪びれもせず答えた。

「そういうわけじゃ……ないけど」

『だいたいセンパイは、あんな風に言われてムカつかないんですか? なんか男としてビミョーみたいに』

「べつに……」

 なんとも思わなかった。本当だ。

 成瀬とちがうのは当たり前だし、俺が残念なことは俺自身よくわかっている。

「でも、あの三人までこれやってるなんて……」

『偶然じゃないですよ。あいつら、ひとはがやってるの見てはじめたんですから』

「そう、なんだ」

『わかります? 仕返しなんですよ』

「……というと」

『前にリィハがあいつらのやってた「モンスターイーター」ってゲームで、協力の振りして爆弾で吹き飛ばす嫌がらせをやってたんで、それにキレて、今度はこのアイゼンでリィハをいつも狙ってくるるんです』

「はぁ……」

『でもそれはですね! その前にあいつらがひとはのやってた「はちゅうるいの森」で、ひとはの村を荒らしてきたからです。だから悪いのはあいつらなんです!!』

 リィハは激昂して、報復の連鎖を語った。

 というか、なんだかんだで実は仲がいいんじゃないのか? とさえ思う。

 まあ彼女たちの事情はともかく、どうにかこの一戦を切り抜けないといけないようだ。

 形式は三対二のチームバトル。

 俺はリィハと即席のふたりだけのチーム――つまりはバディを組んでいる。

 離れた岩山に立つ細身の猟機が、リィハの搭乗機〈フェイルノート〉だ。

 空中機動と狙撃戦に特化した機体で、背部には俺の猟機にはない中長距離レーダーユニットと、さらに細身のレーザーライフルをマウントしている。

 リィハの実力は一度戦ってみて知っているので、それに対する不安はない。

 だが相手の戦力は未知数だった。

『あ、やつらは基本的に重量機のミサイラーです。なので懐に入っちゃえばこっちのもんです』

「そうなんだ……。それで、作戦とかは……」

『はい?』

「や、だからその、どういう風に攻めていくか、というか」

『知らないですよ、そんなの。リィハはオペレータじゃないんで』

「……」

『ま、いーんじゃないですか。お互い自由に戦えば。センパイ強いんですし』 

 リィハはあくまで楽観的だった。

 まあたしかにこのふたりでチームプレイを期待するのは無謀かもしれない。

 それぞれの技量で切り抜けるしかないだろう。それはそれで気楽でいいか、と俺は思うことにした。


 << BATTLE MODE: TEAM MATCH >>

 << FIELD: VALLEY OF THE MOON>>

 << ROZEN VALKYRIA VS TEAM A >>


 お決まりの表示を確認し、三対二のチームバトルが開始された。


 *


 リィハ機と並びながら慎重に徒歩でフィールドを進んでいるとき、俺たちは敵の攻撃の第一陣を察した。

『センパイ、来ます』

 わずかに緊張をはらんだ固い声で、リィハが警告する。

 俺の猟機の近距離レーダーでは、まだなにも捉えられていない。

『データ転送します。すぐに来ますよ!』

 リィハが自機のレーダー情報をこちらに転送。

 光学カメラやレーダーで感知した情報のリアルタイムデータリンクは、互いの猟機が近くにいる場合にのみ可能だ。

 レーダー上に複数の飛翔体。

 その移動速度に目を剥いた。おそろしく速い。

 いや、速すぎる――

 メインスラスターオン。最大出力。

 俺とリィハは即座に散開。

 頭上から大気を震わす轟音が響いた。

 くすんだ青空に白い尾を引き、なにかが急速に迫る。

 ぎりぎりのタイミングで、俺は岩山の陰に機体を潜り込ませた。

 すさまじい振動が大地を震撼させる。

 さらに遅れて遠くからも振動が伝わってきた。リィハの機体の方角だ。

 互いにダメージはない。

「敵の位置、わかる?」

『まだです』

「そっちの長距離レーダーでも?」

『ほんとですってば! ああもうっ、あいつら安地から一方的にムカつく〜! っていうかこんなに長距離の兵装ってありましたっけ?』

 リィハの問いに対する答えは、すぐに頭に浮かんだ。

「BVR、視覚外射程ミサイル」

 ミサイル系兵装のなかでも、トップクラスの射程距離を持つカテゴリーだ。

 ミサイラーという話は本当らしい。

 しかも攻撃の厚みから、おそらく三機とも同じようなビルドをしている可能性が高い。

『弾は多くないはずです。とにかくリィハも狙える距離に入ったら撃ちますんで、とりまセンパイは得意の近接戦闘を目指すってことで、どーです』

「わかった」

 〈フェイルノート〉が長大な狙撃砲を両手に携え、岩山の間を抜けていく。 

 田中さんたちも、おそらくリィハが狙撃メインの戦闘スタイルということは知っているのだろう。

 普通であれば遠距離戦は避けるはず。だがこれは逆の発想だ。

 敵はスナイパーよりもさらに遠距離から攻撃を仕掛けるという選択をした。

 ただの偶然にしては、よくできている。

 なにか嫌な予感がした。

『捉えました! センパイから2時方向!』

 リィハの警告に前方を確認する。

 だがまだ目視できない。

 ミサイルは撃たれていないのだろうか。

『あれ、消え……』

 リィハがきょとんとしてつぶやく。

 瞬時に、俺はそのつぶやきの理由を悟った。

「ECMッ!」

 今度は俺がリィハに向けて叫んだ。

 ほぼ同時。空から高速ミサイルが降り注ぐ。

 ミサイルシャワー。視界を確保するため稜線から出ていた俺はいい標的だった。

 やむをえず前方に加速し、サイドスラタ、フロントスラスタと吹かし急制動。U字機動でミサイルを回避。だが至近距離の爆風と熱でわずかに耐久ゲージが削られる。

『大丈夫すか!?』

「うん、そっちは?」

『無事です。んもまた一方的に……!』

「今度はジャマーか……」

 攻撃の第二陣は、ジャミングに合わせた中距離ミサイルの攻撃だった。

 距離に合わせて変化の付けた攻撃。よく考えている。

『コレ、谷間に逃げちゃったほうがよくないですか?』

「……でもそれだと、爆撃されたとき逃げ場がなくなるかも」

 たしかにこういったミサイル攻撃は防ぎやすくなるが、自分たちの動きも制限される。

 それに以前のイレイガのときのように、谷の上から一方的に攻撃される可能性も出てくる。こちらはステルス系の兵装もないので、迂闊に潜るのはリスクがあった。

 まだ大丈夫だ。

 敵が重量級のミサイラーなら、一定距離まで近づけば敵の動きも変わるはず。

 そのとき、ようやく俺の〈シュナイデン・セカンド〉の近距離レーダーが、敵影を補足した。

 ほぼ目視可能距離に等しい。

 目を凝らし、前方に敵機を探す。

 だが開けた荒野の上のどこにも敵の姿は見つけられなかった。

『これ……ちがう……』

 リィハがうつろにつぶやく。

 それとほぼ同時。

『! センパイ、上――』

 俺も三機の敵の姿をようやく見つけた。

 骸骨のように細く、鋭角的なシルエット。

 肩から背部かけて装備された増設スラスターと、水平翼のようなアーマー。

 その色合いとディテールは、彼女たちのゴスロリファッションとよく似ていた。三機とも黒と白のツートンカラーの猟機。

 だが俺はその特徴的な意匠についてではなく、敵の位置に目を疑った。


「飛んでる……?」


 敵機が上空にいた(、、、、、)

 矢尻状に編隊を組んだ三機が、アフターブーストに匹敵する速度で頭上を通過する。

 重量機などではない。むしろその真逆。

 超軽量級の猟機。

『ウッソ、こんなのって……!』

 リィハも知らない。

 だがおかしなことではなかった。その以前の戦いから戦術を変えてきたのだ。

 それにしても――

『あなたの知っているわたくしたちとは、まるでちがいますわよ?』

 オープンチャットから田中さんの声が聞こえた。

 ウィンドウ枠にフランソワーズというアバター名が表示される。

 続いてハーディス、ベネディクトという名前がアイコンとともに浮かぶ。

『闇よりも深き深遠、思い知るがいい! にゃん』

『フフッ……最後の一滴まで吸い尽くしてあげる……だす』

 野村さんと山本さんも優雅に煽ってくる。

『うっざ! 墜ちろコラー!』

 リィハが柄悪く叫び、〈フェイルノート〉が狙撃砲を放つ。

 すさまじい弾速と飛距離。

 そしてその砲弾は可変翼徹甲弾だ。

 リィハの得意とする曲がる砲弾が、地上から空へと向けて放たれる。

 だがわずかに三機の後方を抜けた。

 高速で飛行するターゲットを単発の無誘導弾で捉えるのは至難の業だ。

 しかも三機は速度も高度も落とすことなく、頭上を旋回する。

『なんですかあれ! 卑怯くないですか!?』

「……たぶん、軽量で高出力のリアクターに、相当消費エネルギーの低いフレームパーツや武装で固めてる。それだと」

『だと、なんですか?』

「スラスタ系で消費するエネルギーをリアクターの余剰エネルギーだけで補える。

 だから、ずっと飛んでられる」

『ハァ!?』

 おそらく装甲や防御力をほとんど犠牲にしているに違いない。

 武装が誘導弾中心なのも、砲撃戦や近接戦闘の選択を切り捨てているからだろう。

 色々なプレイヤーがいるなぁ、と俺はつくづく感心した。

 ともあれ、地上にいる俺たちは障害物のある地形のためそれほど速度は出せない。一方、飛行する敵チームはあっという間に目視距離から消え、ふたたび旋回してこちらに再接近をはじめた。

 レーダーを注視しなければ見失う。

 ひとまず地形を生かして迎撃を考え、ブーストジャンプで高い岩山に登頂。するとレーダー上の敵影が分かれ、一機が高度を落としてこちらに向かってきた。

 チャンスだ。

 短時間であれば俺の猟機も空中機動で戦える。

 レーザーソードを右腕部に装備し、タイミングを計っていたとき、なにか違和感に気付いた。

 上空にいるのは一機。こちらに向かっているのは一機。

 二機しかいない?

『センパイ! 重なってます!!』

 リィハの警告が示すもの。

 即座に判断した。

 迎撃を中断。岩山を滑り落ちる。

 前方に放物線を描き砲弾が落ちてくる。

 ぎりぎりでサイドブースト。間近に着弾。まだ来る。俺は危機感と爆風に煽られるまま、機体を谷底へと落下させた。

 直後、本命が来た。

 頭上で冗談のように巨大な爆炎が膨れ上がった。

 周辺温度が一気に上昇。

 あれは、燃料気化爆弾(FAEB)だ。危うく直撃を喰らうところだった。

 ――いま、レーダー上のマークが重なっていた。

 単機だと見せかけての二段攻撃。

 しかし、レーダーでわからないほど密着したまま、しかもあの速度で空中を動き続けるなど、よほどの操縦技術と連携がなければできない芸当だ。

「リィハ、次はそっちに!」

『わかってます!』

 今度は三機が直列に並んだ。

 まるで一本の槍のようになり、リィハの〈フェイルノート〉を強襲。

 同時攻撃ではなくあえてタイミングをずらして波状攻撃を加える。

 リィハは撃ち返すこともできず、俺と同じように谷間に機体を逃してなんとか攻撃を耐え切った。

『イ・ラ・つく〜〜〜!!』

 たしかに、いいように翻弄されている。

 猟機を相手にしているというより、あれはまるで戦闘機だ。

 なんとかして、攻撃の機会を作り出さなければ。

「次の爆撃のあと、俺が敵を追いかけてみる。それで敵の編隊が乱れたら狙ってみて」

『わっかりました、任せてください!』

 リィハと即席の作戦を立て、俺たちはふたたびチャンスを待った。

 一方的な空襲の恐ろしさを噛み締めつつ、レーダーに注意。

 三機がまた直列に並んでいる。

 今度は本物だ。デコイなどではあの速度で移動できない。

 先に攻撃が来る。絨毯爆撃。

 ミサイルではなく榴弾だった。おそらくハンドランチャー系の曲射弾を投下爆弾代わりにしている。

 小刻みに進路を調整しながら谷間をブーストダッシュで駆け抜け、攻撃を回避。

 続いて山の斜面を駆け上がりながら、上空の敵機と交差。

 登坂可能な最高地点でブーストジャンプ。アフターブーストに点火。

 背面状態から機体をロールさせ、敵の後方に付いた。

『やった!』

 リィハの歓喜の声。

 高度さえ取れば敵に追いつける。

 敵の散開に備え、俺は最後尾のベネディクト機に狙いを定めた。

 敵機が翼を立てる。転針の動作。

 逃すか――


 直後、機体の肩装甲が吹き飛んだ。

 

 ダメージアラート。

 被弾した。

 腕部小破。火器の照準安定性および兵装へのエネルギー供給効率が低下。

 空中から地表へと叩き落されながら、俺は起きた出来事をようやく理解した。

 真後ろに向けて攻撃した……?


『そんな動きでは、わたくしたちの〈ゴシックメーヴ〉を捉えることは永遠にできませんことよ?』

 

 田中さん――否、フランソワーズという猟機乗りが優美に勝ち誇る。

 敵の強さは、俺の予想を遥かに上回っていた。



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