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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP06/ 相容れぬ相棒
90/93

#89

 俺たち一行は、とりあえずカラオケ店を目指した。

 というのも、俺(※成瀬)がかなり歌が上手いという話を一葉が自慢していたらしく、それを聴きたいと言われたからだ。

 ゴシックロリータ風の三人娘(とりあえずゴスロリ三連星と呼称)の前を歩きながら、俺と一葉は小声で作戦会議にやっきになっていた。

 どうしてあの電話の前に逃げなかったのか、もはや悔やみきれない。 

「それにしても、この国は暑いですわね」

 三連星の先頭の子が、日傘を手にわざとらしく言った。

 独り言にしてはやたら声が大きい。

 この国?

「わたくしの本国とは大違いですわ」

「? えっと……どこか外国から……」

「ふっつーに地元県民です。気にしないでください」

 一葉が横から断定すると、その子がにらみ返す。

 自分で言っていたとおり、一葉とこの子たちの仲はあまり良好ではないらしい。 

「あ、そういえば名前……」

 向こうは俺(※成瀬)のことを知っているようだが、俺は向こうをまったく知らない。

 まず日傘の子が答える。

「わたくしはフランソワーズですわ」

「ふ、ふらん……?」

「田中です」

 一葉が即座に訂正した。

 フランソワーズ――田中さんは、やはり一葉を鬱陶しげにねめつける。どうやら本名を言われることがお気に召さないようだ。呼ぶときだけは気をつけよう。

 ほかのふたりも田中さんに続き、

「我の名は冥王の使いハーディス――にゃん」

「にゃん……」

「野村です」

「フフ……余はベネディクト……。主の血を吸ってあげる……だす?」

「だ、だす……」

「そっちは山本です」

 ああ、なんだろう。ちょっとついていけない。

 というか属性過多な気もする。

 田中さんが気を取り直して言う。

「ふふっ、ま、まあここはそういうことにしておきましょう。庶民に合わせてあげるというのも、高貴なる者の義務ですから」

「悪化してるし……ほんとサイアク」

 一葉が苦虫を噛んだような顔でつぶやく。

 いくら昔の付き合いとはいえ、一葉とこの三人の結びつきが想像できない。

 さきほどゲーム仲間だったというようなことをちらりと言っていたが、そうだとしても、ここまで方向性がちがうのに仲良くなれるものなのだろうか?

 女子の世界はわからない。

 まあ男子の交友関係もよく知らないけど。

 俺は三連星の子たちの顔をちらりと覗き見た。

 化粧やら装飾がすごいのでわかりにくかったが、なんとなく、みんな素の顔は可愛らしい気がした。それこそ一葉と同じくらいに。

「それにしても、まさか本当に実在していましたとは……」

 今度は田中さんが、俺をしげしげと見つめていた。

 まさか疑われてる? と一瞬ひやっとしたが、どうやら一葉の彼氏という存在自体に驚いている様子だった。

 すかさず一葉が意地の悪い笑みを浮かべる。

「あれれぇ、どうしたのぉ? もしかしてぇ、同級生のカレシって見たのはじめてぇ?」

「くっ……! そ、そんなことありませんわ!」

「あっ、ごめーん。あんたたちにはちょっと縁がなかったね!」

「なんだとにゃん!?」

「し、失礼だす!」

 野村さんと山本さんも怒りをあらわにする。

 一葉はふんと鼻を鳴らし、彼女たちをぞんざいにあしらっている。

 ……やはり、育まれた友情は感じられない。

「あ、しっかもぉ、ひとはたちもうオトナの付き合いしてるんで」

 突然、一葉が俺の腕をからめとった。

 当たるやわらかな感触に、俺の心臓は飛び跳ねた。

「ふ、不潔ですわ! こ、こんな人目のあるところで……」

 田中さんはうろたえていた。

 俺はもっとうろたえていた。

いくら成瀬の振りだからといって、こんなことは聞いていない。俺が心臓麻痺を起こしたらどうするのか?

 だが一葉は田中さんたちを挑発するためか、これみよがしにさらに身体を密着させる。

 くすぐったさのせいで、全身に鳥肌が立った。

 シャツの袖をまくっていたので、田中さんがめざとくそれを見つけた。

「……なんだか成瀬様、鳥肌が立っていませんこと?」

「いやっ、これは……」

「なっ……! 先輩!? カノジョに対して超失礼くないですか……!?」

「ご、ごめん」

 そんなことを言われても。

 こんな触れ合いに慣れていないのだ。生理的な反応だといっていい。

 田中さんはやや怪しんでいるようだったが、その頬はまだすこし赤い。年相応な一面に、俺はちょっとだけ安堵した。

 それにしても彼氏と彼女とかいう単語が、俺にはファンタジー用語のようだ。

 背中に大量の汗をかきながら、カラオケ店に到着した。

 カウンターで受付をして、ぞろぞろと個室に入る。

 恐ろしい時間が来てしまった。

 ああくそっ、どうしてこんなことになった?

 逃げたい。が、どう考えても逃げるタイミングはすでに逸している。

 まず一葉が知らないポップソングを無難に歌い上げ、田中さんたちが完全なスルーを決め込む。次に田中さんたちがやたらダークで重厚な曲を合唱し、一葉をげんなりさせた。

 俺はといえば、死にもの狂いで曲を選んでいた。

 この選曲ひとつに、世界の命運がかかっているような気がする。

 だが俺の知っているものと言えばアニソンくらいだ。そのなかでも比較的歌いやすそうな男性ボーカルの曲に決定する。歌手は普通にメジャーなバンドなので、逆に詳しくなければアニソンだとわからないだろう。

 いよいよ俺の番だ。

 マイクを手に、モニターに集中する。

 一葉が緊張した視線を、田中さんたちが関心の眼差しを向ける。


 だが次の瞬間、モニターにアニメ映像が流れはじめた。


 やたらと気合の入ったPVだった。

 作画やキャラデザから、あきらかに深夜アニメ感を主張している。

 頭のなかが真っ白になった。

 なぜだ。

 どうしてこんなときに限って、そんなところが充実している?  

 激しいイントロが流れるなか、俺がおそるおそる後ろを振り返ると――

 一葉が俺を親の仇のごとく睨んでいた。

「せ、先輩ぃ~~。わ、わざわざこいつらに気を遣ってくれなくってもいいのに~~」

 だが一葉はぎりぎりで自制心を働かせたのか、ひきつった笑みをつくろった。

 合・わ・せ・ろ、とその目が要求していた。

 まったく中学生にしては見事というほかないメンタルである。

「そ、そっか。ま、まあせっかく入れたし、よく知らないけど、歌って、みるよ」

 自分でも滑稽だと思えるへたくそな演技に死にたくなり、さらにいきなり音を外して消えたくなったが、それでも俺はなんとか最後まで歌いきった。

 画面に表示された点数は、19点。

 しかも一曲目を終えた時点で、すでに喉がかすれはじめていた。

 仕方ない。カラオケなんてほとんど来たことがないし。

 あとずっと夏休みで家族との短い会話以外ほとんど声を発していなかったので、ちょっと声帯が退化している気もした。

「……なんというか、あまりお上手ではないような気がいたしましたが?」

「我もそう思うにゃん」

「だす」

「せ、先輩風邪気味なんですよね!?」

 またしても一葉が必死の形相でフォローを入れる。

 俺はがくがくとうなずいた。

「そ、そう! ちょっと、や、かなりだいぶ調子悪くて……」

 たしかに真実であった。それこそ寝込んで外出ができないほどに。



 カラオケ店を後にした俺たちは、レジャー施設にやってきた。

 ボーリングやビリヤードやダーツなどが自由にできる場所だ。

「成瀬様は、どれがお得意なのですか?」

 田中さんが広く賑やかな店内を見渡して言った。

「え?」

「成瀬様は、スポーツが得意だとお聞きしましたので」

「あ、ああー……。まあ、たいしたことは……はは……」

 そういえば本人はテニスをやっていたようだった。

 ちなみに俺はどれも得意ではない。

 以前、成瀬たちに誘われてこの手の遊びは一通りやったが、それくらいで上手くなるはずもないし、そもそも才能もない。

 ビリヤードもダーツもボーリングもダメだ。

 ほかになにかないか。俺がこの店内で一番できそうなものは。

 そこで俺はある一角に目を止めた。これだ、と思う。

「た、卓球かな」

「…………卓球、ですか……」

「な、なに?」

 微妙な反応だった。

 卓球のなにがいけない?

 俺は逆にちょっとむっとしてしまったが、顔に出すのもおかしいのでそこはこらえる。

「ほ、ほら、晴先輩って中学までテニスやってたし! だから……て、テニスも卓球同じじゃん!?」

「そ、そうそう」

「あぁ、思い出しましたわ。たしかあなた、成瀬様はスキーとスノーボードが得意だとおっしゃっていましたわね?」

「うっ……そ、それは……」

 一葉が俺を横目にする。

 俺もとりあえず合わせて答える。

「あー、す、スキーとスノボ! まあ、それならそこそこは……」

「それはすごいですわ。わたくしは経験がございませんの」

 俺もそもそも雪山に行ったことがないが。

「参考までに、オススメの場所はどこでしょうか?」

「……え?」

「ですから、よく利用されている山などございますでしょう?」

 田中さんのなにげない質問に、俺はあっさりと追い詰められた。

 山の名前? スキーやスノボができるところの?

 なにひとつ知らない。当たり前だ、行ったことがないし、興味もないのだから。

 それでもなにか答えなくては。

 必死に頭をフル回転させる。

 山、雪山――。

「えっと……え、エベレスト?」

 俺が答えると、田中さんたちがぽかんとしていた。



 適当に遊んだあと、近くにあっただいぶおしゃれなカフェに入った。

 ひとりの男子とギャルっぽい女子とゴスロリ三人組のパーティーに集まる人目にやや気後れしながらも、とりあえずテーブルにつく。

 なるべく俺はボロを出さないように黙っていたが、なぜか話題が男女交際の話に及んだ。

「ところで、成瀬様はいままで何人くらいとお付き合いを?」

 俺は飲んでいたアイスティーを吹き出しかけた。

「ど、どうして?」

「いえ、成瀬様は中学校でも相当な人気があったとお聞きしていましたので」

 と言って、一葉を一瞥する。

 成瀬がモテるのは想像できるが、具体的に何人と聞かれても。

 一葉がやたらアイコンタクトを送ってくるが、あいにくなにを指示しているのか全然わからない。そういうものができるほど俺たちの関係は深くない。

 とりあえず、よく遊んでるリア充っぽい回答をしなければ。

「に、二十人くらい……?」

「中学だけで、ですか?」

「あ、あー、うん」

「ずいぶんと……多いのですね」

「それほどでも……」

「ですが、それですと、おひとりとお付き合いする期間はかなり短いのではないのですか?」

「え? あー……うん、そういうこと、かな」

「どのくらいお付き合いされるのですか?」

「い、一ヶ月くらいで……」

「まあ……どうしてそんなに早く?」

「り、理由? えー、あー……………………飽きちゃう、みたいな?」

 それまで好意的だった田中さんたちの視線が、しだいに険しくなってくる。

 自分の回答が的外れであることを俺は遅れて理解する。

 彼女たちのなかで、成瀬晴という人間は一ヶ月で女に飽きて取っ替え引っ替えする男になってしまっていた。

 成瀬よ、すまん。

「せ、先輩ってば、さっきから冗談ばっかりぃ~~」

 一葉は眉をひくつかせながらも、かろうじて笑顔を維持していた。

「すこし印象とちがいましたが、成瀬様は、たしかに女子との交際経験が豊富なようですわね」

 俺と一葉がそろって双子のようにうなずく。

「近場でデートにお勧めスポットなどございますか?」

「デート……?」

「はい。ロマンチックな場所など」

 田中さんたちの質問は、あくまで「年上の経験豊富な高校生に対する質問」だった。だがまさかここまで答えに窮することばかり聞かれるとは。

 わからない。

 なにひとつ思い浮かばない。

 俺はまたもや自分も持てる記憶と知識を総動員した。

 デート。女子といくようなところ。

 最近、近場で女子とふたりで行ったところ――

 俺の脳内に、それは奇跡的にひとつだけ存在した。

「ま……」

「「「「ま?」」」」

 四人の視線が集まる。

 いつぞやのことを思い出しながら、俺は藁にもすがるような思いでそれを口にした。


「マンガ喫茶、とか」


 田中さんたちは、俺をかなり怪しみはじめていた。



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