#08
まだ殺風景なドックだった。
天井から吊り下げられたクレーン。積み上げられた弾薬ケース。薄暗い照明。
クリスのドックは、いまの俺のものとほとんど変わらない。だれしも最初はこの状態からスタートすることになる。
ドックを拡張するには大量の資金が必要だ。
拡張することで、複数の猟機を同時に格納することができる。するとフィールドでどの機体を呼び出すか選択できるようになり、その場に応じて機体を使い分けたり、攻略途中で傷ついた機体をドックに転送し、べつの機体に乗り換えることも可能となる。
だがそれは当分先の話だ。
まずはひとつの機体に慣れることが先決だろう。
「シルトさん、わたしの機体、見てください!」
クリスのアバターに付いていき、手狭なドックの中央にそびえ立つ巨人を見上げた俺は、唖然とした。
「こ、これは……」
全身が淡いピンク色で塗装された機体。
さらにハート型に成型されたプレートが胸や肩に付けられ、各部には宝石のような飾りでデコレーションされていた。
すさまじい倒錯感にめまいがする。
「ず、ずいぶんいじったんだね……」
「だって、やっぱり可愛くしたいじゃないですか」
「こんなのどこで?」
「こういうの専門に売ってるショップがあるんですよ。知らないんですか? セントラルストリートのすっごいはじっこの方に」
「へぇ……はじめて、知った」
あまり機体の装飾には興味がなかった。
俺が気にするのは一にも二にもまず性能。
ランカー戦に参入するようになってからは、特にその傾向が強くなっていた。
アイゼン・イェーガーはさまざまな楽しみ方がある。
俺のように対人戦を極めようとする者。
性能はさておき、かっこいい機体を組み上げる者。
とにかくフィールドを攻略し、資金を貯めて、あらゆる武装やパーツ、アイテムをコンプリートしようとする者。
集めたジャンク素材からオリジナルのパーツを製造し、販売にいそしむ者。
「でもこればっかりやってたから、じつはそんなに進んでなくて」
「残りの資金は?」
「え? もうないですけど」
「お、おう……」
なんとも言えない声が出る。
初期の頃ほど資金は貴重だ。それをこんなものに費やすなんて……。
「あの……だめ、でした?」
「ま、まあ、ゲームの楽しみ方は人それぞれだし」
攻略には苦労するだろうが、それもある意味、プレイヤーにゆだねられた遊び方だ。
「いいじゃないですか。お金はまた貯めれば」
前向きなクリスに、俺はうなずいていた。
敵であるガイストを倒すと、経験値のほかに、さまざまなジャンクパーツが手に入る。どのショップでも売却可能なこのジャンク素材が、猟機乗りたちの資金源となるのだ。
「シルトさん、いまみんな呼んでますから、待っててください!」
「え? あの、俺そろそろ……」
躊躇しているうちに、ドックに次々とプレイヤーたちが転移してきた。
集まったのは、さまざまな格好のアバターたちだ。
おさげでラフな格好をした少女。ミリタリーコートの少年。巨漢もいるが、中身は普通に小さな小学生だろう。さすがにクリスのような子は例外だと思いたい。
「みんな同じクラスなんです」
「あ、今日はよろしくおねがいしま~す! 一緒に行ってくれるんですよね?」
「すごい上手いって聞きました。その技、オレに教えてください!」
「師匠って呼んでいいですか……?」
ひたすら地味な風貌のアバターにもかかわらず、みなが一斉に集まってくる。
クリスが俺のことをどんな風に吹聴しているか、目に浮かんでくるようだった。
「ほんっっと、すっごいんだからね、シルトさんは!」
「はは、よろしく……」
目を輝かせるクリスたちを前にし、もはや帰ると言い出せる雰囲気ではない。
意気消沈する俺に、クリスがメンバーを紹介してくれた。
おさげでデザートジャケット姿の女の子は、ケイ。
かつての俺のアバターにすこし似た銀髪の少年はリエン。
巨漢の男はマグナスだ。
クリスたちは、この装備がいいだの、自分が前衛だの、あれこれ言い合っている。そこには小学生ならではの元気さがあふれていた。
俺がそれに割って入るのは、野暮のような気がした。
「シルトさんは、どんな猟機で出ますか?」
「俺は、管制機に乗るよ」
みんなが意外そうな顔をした。
「でも、それじゃあシルトさんが……」
「いいってば。後ろからみんなをサポートするから」
直接戦いに参加しては、なんというか、大人げない。
このゲームがレベル帯でマッチングに一定の制限を設けているのは、攻略の難易度を保つためでもあるが、このようになるべく経験値が近いもの同士で一緒に攻略するほうが、ゲームをより楽しめるからだろう。
「でもシルトさんの猟機って、ちがくないですか?」
「あ、レンタルするから」
クリスが目をまたたかせる。
「そんなこと、できるんですか?」
「できるよ。一回フィールドに出る分だけでお金かかるけど、自分で一から組み上げるよりは安いから」
猟機のパーツショップと同様に、街には猟機のレンタルショップがある。
いくつかの機体を借りられるが、性能自体は初期状態の機体と大差なく、自分が所有する猟機のようにパーツを組み替えたりできないなど制限もある。
燃料や修理、弾薬等の費用も通常通り発生するため、自分の猟機が現存する場合は利用する機会はあまりない。だが自機の修理が完了するまでのつなぎだったり、今回のようなケースでは便利だ。
「管制機、か……」
自分から言い出したものの、上手くできるか自信がなかった。
管制機は、アイゼン・イェーガーでも異色の存在だ。
ある意味、これだけ別のゲームだといっても差し支えない。
猟機の仕事は、言ってしまえば目の前の敵を倒すことだけだ。
だが管制機のプレイヤー、つまりオペレーターは、管制機が持つ広域レーダーにより戦場の動きを把握し、かつ自分のもとへ集まってくる各機体の被弾状況や兵装の残弾数などを把握して、各メンバーに指示を出すことが役割となる。
完璧なオペレーティングをしようと思えば、直接戦うプレイヤーよりも、このゲームのあらゆる要素に精通している必要がある。
俺にオペレーターとしての経験はほとんどない。
とはいえ、俺も古くからのプレイヤーだ。小学生を引き連れるぐらいはできるだろう。
「じゃあ、いこうか」
『はい!』
俺に続いて、全員がフィールドに転移した。
*
前方に広がる山稜は、剥き出しの岩肌に覆われている。
アイニ山岳。
立体的で動きにくい地形と、岩陰から急に襲いかかってくる敵ガイストにより、初心者にとっては文字通り序盤の山場となるフィールドだった。
険しい山道を、慎重に徒歩で進んでいく。
俺は離れた後方から、その姿をレーダー上で見守っていた。
連射系の火器を満載した重量猟機に搭乗しているのがケイ。機体はポップな色のオレンジにカラーリングしてある。
もう一機の重量級の機体がマグナスで、装備は背負った多連装ミサイルランチャーが中心だ。
接近戦用のショットガンをたずさえた軽量猟機がリエン。
クリスの乗ったピンクの機体は、中量級の猟機。武装は標準的なアサルトライフルを両手に装備している。
見たところ、それなりにバランスのとれたチーム編成になっている。
おそらく本人たちはそこまで考えていないだろうが。
『うおーこえー』
『リエン、先に行ってよ……』
『え~なんでだよ~!』
『クリスの機体かわいい!』
『ありがと。ケイのもかわいい色! あとで写真取っていい?』
ビビりながらも、クリスたちの声は弾んでいる。
この緊張感。
この感覚は、怖いもの見たさに近い。お化け屋敷やジェットコースターと一緒だ。
俺はふと、アイゼン・イェーガーをはじめた最初の頃を思い出していた。
「あ。右から敵来てるよ。三体。注意して」
『は~い』
のんきなものだ。
山頂の方から下ってきた戦車型のガイストへ、クリスがアサルトライフルで射撃。続いてケイがガトリング砲を乱射する。被弾し動きが鈍くなったところへ、マグナスの機体のランチャーからミサイルが降り注いだ。
爆風が大量の土ぼこりを巻き起こし、ガイストが炎に包まれる。
二機が大破。残った瀕死の一機を、リエンがショットガンで破砕した。
『しゃあー!』
『余裕だね~』
やや弾を撃ち過ぎかと思ったが、俺はあえてなにも言わずに、四人の戦いを見守っていた。
新鮮だった。
トップチームでの戦いは、ほとんど仕事のようなものだった。
綿密に練られた作戦。与えられた役割。一瞬を競い合う世界。
敵の新しい戦術。それに対するカウンターの戦術。その中で俺は最適な動きをする歯車でしかない。
どんな難題もこなした。
あらゆる強敵と戦った。
だがこうやって手探りでやっていたときが、実は一番楽しかったのかもしれない。
ときおり現れる敵ガイストを順調に撃破しつつ、やがて山頂にたどり着いた。
開けた場所に、朽ちたレーダー施設跡が広がっている。
その中央に、小さな山のような影があった。
突如、そこから蜘蛛のような八本脚の機械が立ち上がった。
このフィールドのボスとなるガイストだ。
そこそこ手強いが、四機いればそれほど大変ではないだろう。
俺はときおりボスが撃ってくる強力なレーザー砲撃に注意させながら、戦いの経過を見守った。
案の上、取り囲んだクリスたちの一斉射撃に、八本脚が力を失って大地へ沈む。
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『おっしゃあ、倒したぁ!』
『や、やった……』
『やったね~』
『いえーい!』
クリスたちが猟機同士でハイタッチしようとするも、まだぎこちない互いの動きが合わずに空振りしていた。
最初に気づいたのは、俺だった。
広域レーダーに、見知らぬ影が映りこんだ。
二つの光点。
まっすぐ接近してくる。
この速度。
緊張が全身を走り抜ける。
猟機のアフターブースト――
「散開しろ!」
全員に叫んだ。
『え』
『なに――?』
プレイヤーの襲撃。紳士的なデュエルマッチとはちがう。
問答無用の、強襲だ。




