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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP06/ 相容れぬ相棒
89/93

#88

 昼下がりの繁華街のど真ん中で、俺はふと足を止めた。


「「あ」」


 お互い同じような声を発し、お互いの姿を見合った。

 目の前で立ち止まっているのは派手なギャル風の女の子だった。

 髪は明るい茶髪で、頭の後ろで盛り盛りにアップにしている。服装は細身のブーツにワイン色のミニスカート、黒いブラウスにルーズなネクタイを下げている。胸元は大胆に開けているが、俺はそれ以上に彼女の存在そのものに意識を奪われていた。

 その少女のことを、俺は知っていたからだ。

 常磐木一葉ときわぎ ひとは

 成瀬や伊予森さんの後輩の、中学三年生。

 高校最初の夏休みも、終盤に差しかかった日のことだった。



 街路樹の下のベンチで、俺は一葉と三人分のスペースを空けて座っていた。

 一葉はさきほどからひとりで携帯を操作している。

 すでに一分近く謎の沈黙が続いていた。 

 なんだろう、これ。

 すごく気まずい。

 今日、俺はただ新型VHMDの体験イベントがこっちの電気街で催されていて、暇つぶしを兼ねて気軽にやって来ただけだったのに。まあ実際のところ、ひがな家でゴロゴロしていると親の発する殺気が危険な段階になるので、ガス抜きのための外出が必要だったのだが。

 まさかこんなところで、こんな人物と鉢合わせするとは。

 ……それにしても、この態度はどういうことだろう?

 さきほど一葉から、

「遠野先輩じゃないですかぁ。うわー奇遇ですねぇ。ちょっと座りません?」

「ぉ、ぉう」

 というかなりコミュレベルの高いやりとりをくぐり抜けてとりあえずこうしているのだが、それ以降、会話が発生していない。

 これはもしや、無言の威圧というやつなのか?

 仕返し、報復、嫌がらせ……。

 俺はおそるおそる、横目で一葉を盗み見た。

 相変わらず、やたらキラキラした爪先で器用に携帯をいじっている。

 ああ――逃げたい。

 いますぐにこの場から逃げ出したい。

 が、そんなことしたら、彼女になんて思われるかわかったものではない。さすがにそんな恥はかいて捨てられない。

「せんぱーい、さっきからなんで黙ってるんですかぁ?」

「えっ?」

 一葉がこちらを見もせずに言った。

 相変わらず携帯を手放さないが、話を促されたことはわかった。

 もしかして、べつに普通に話しかけてよかったのか? でも、だったらそう言ってくれないとわからないじゃないか、と理不尽さを感じる。

 一葉は不思議そうに首をかしげ、ようやく携帯をしまった。

 だが、そうなったところでなにを話せばいいのか、まったく思い浮かばない。

 そもそも普段は接点がないし、なによりあんなことがあったのだ。

 幻滅されたと思っている。

 当然、いまも嫌悪されているだろうと覚悟していた。まあはっきりとそれに言及することは、こういう場合お互いできな

「もしかして、夏休み前のこと気にしてるんですか?」

 ド直球だった。

 想定外の切り込みに俺は言葉を失い、一葉の顔を馬鹿みたいに眺めた。 

「もしそうなら、べつにもう怒ってませんけど」

「え、そうなん――」

「まあ許してもないですけど」

 絶・句。

 一葉は決して笑顔ではなく、かといって不機嫌でもないようなけだるい表情で、小さくため息をついた。 

「ま、晴先輩がいいならいーですけど。男どーしの話は、ひとはにはわかりませんので」

「べつに、そういう話じゃ……」

 なんだ男同士の話って。

「それにしても、ドン引きでした」

「なんの……話?」

「バトルの話に決まってるじゃないですか」

 ジトっとした目つきで、俺をにらんでいた。

 その視線にまたしても居心地が悪くなる。 

「ぶっちゃけ、ありえなくないですか。てゆーか、あんなに神強いなら、すこしくらい手加減してくれたっていいじゃないですか」

 手加減?

 俺は伊予森さんや千亜と一緒に戦ったあの一戦と、一葉の猟機の戦いを思い起こした。

「……必要ない、でしょ」

「えぇ、なんでですかぁ?」

 一葉は不満そうにふくれっ面をする。

 だがそれでも、俺はとりたてて動揺せずに答えることができた。

「だって、弱くない、し」

「え?」

「手加減するほど成瀬も、もうひとりのあの子も。と……常磐木さんも」

 口にした途端、一葉が無表情になる。

 しまった。

 もしかして、バカにしているとでも思われただろうか。

 奇妙にも思える数秒間、一葉は俺を見つめていたが、

「なーんか、そういう感じなんですね。ヘンなの」

「な、なにが?」

「べつに。教えません」

 ひとりで勝手に納得していた。

 なにを考えているのかわからない。

 もし成瀬なら、いまどきの女子中学生の心理を解説してくれるのだろうか。

 それにしても――

 一葉が身体を逸らして足を組んだ。

 そのふとともの柔肌からとっさに目をそらす。だが今度は開いた胸元とネックレスの輝きが目に飛び込んでくる。

 目のやり場に困る。

 クリスとはまたちがう意味で大人っぽい。

 一つしか違わないはずなのに、最近の女子中学生はというオヤジめいた言葉が浮かぶ。

 俺は意識していることを気づかれまいと必死に口を動かした。

「と、ところで……今日はなにして」

「実はこれから、晴先輩と待ち合わせなんです~!」

 一葉は一転、ひまわりのような笑顔を浮かべた。

 その愛らしさに、不覚にもドキリとしてしまう。

「えっと、それって」

「もちデートです」

「あ……あれ、ふたりはそういう……」

「べつに付き合ってはないです」

「あっ、そうなん……。???」

「付き合ってなかったら、デートしちゃいけないんですか?」

「や、そんなことは、ないと思うけど……」

 いや、そんなことあるだろう。

 いまいち彼らの距離感がわからない。

 リア充たちは正式に付き合っていなくてもデートとかしちゃうものなのか? それなんてアメリカン? もしやそれがいまどきのJCの常識なのか。

「って、まー今日はふたりっきりじゃないんすけどね」

「?」

「ひとはの小学校のときの知り合いに、晴先輩を紹介するんです。すっごくイケメンで高校生の彼氏がいるって。まー正式にはまだちがいますけど、この際こまかいことはいいんです」

「はぁ……」

「そーいうわけで――あっ!」

 一葉が急に大きな声を出した。

 俺はびくりと震える。一葉はなぜか前髪を直してから、取り出した携帯に耳を当てた。

「もしもーし! 晴せんぱぁい、いまどこですかぁ?」

 思いっきり媚びた感じの声。

 俺と話しているときとは、声の高さからしてちがった。

 その生々しさに、もはや俺は呆気にとられるほかない。

 ……まあ、どうでもいい。

 ともかく、これでようやく解放される。正直ほっとした。

「え?」

 だがそこで、一葉から笑みが消えた。

 顔色が急激に悪くなっていく。

 静かにおいとましようとしていた俺は、その様子が気になった。

「そ、そう、ですか……それは……あいえ、無理しないで、ください……いえ……――」

 一葉はしきりにうなずき、最後にお大事にとつぶやいて、通話を切った。

 完全に青ざめている。

 あきらかに様子がおかしかった。

「ど、どうか、したの?」

 一葉は魂が抜けたような様子で、

「晴先輩が、熱で、急に来れなく、って……。寝込んでて連絡できなかった、って……」

「え、マジで」

 普通に驚いた。

 まあだが、べつに成瀬も超人ではないので風邪くらい引くだろう。

 一葉のほうは可哀想だが、体調不良ならしょうがない。

「それは……残念、というか……」

 なにか適当に慰めの言葉を考えたものの、気の利いた言葉は一切思いつかなかった。

 一葉は抜け殻のようになって立ち尽くしている。

「じゃ、じゃあ俺はこれで……」

 我ながら情けないとは思ったが、これを機にそっと帰ろうとしたのだが――

 がしっ、と一葉になぜか腕をつかまれた。

 一葉は死人のようなうつろな瞳で俺を見つめている。

 猛烈に嫌な予感がした。

「な、なにか?」

「……先輩」

「は、はい?」

「ひとはと付き合ってください」

「は?」

 なんだ?

 この子はなにを言っている?

「あ、もちろん告白じゃないです。キモい想像はやめてください」

「して、ませんが……っていうかなに――」

「ひとはが言いたいのはですね、つまり」

 いや、やっぱり言わないでいい。

 聞きたくなかった。だが一葉は俺の内心など知ったことかというように、はっきりと声高々に言い放った。


「今日一日、晴先輩の振りをしてひとはの彼氏役になってほしいんです!!」


 やはり、恥を捨てて逃げるべきだった。


 *


「えっと……つまり、そのこれから会う昔の知り合いの子たちの前で、俺に成瀬の振りをしてほしいって……」

「そうです」

 一葉はたいしたこともないようにうなずいた。

 無茶だ。

 俺は答える前から、すでに首を横に振っていた。

「無理だって……ぜったい。成瀬の振りとか、無茶すぎる」

 どう考えても似ていない。

 むしろどこに共通点がある?

 性別が同じで年齢が同じで同じ日本人だとということくらいしか、思いつかない。背だって成瀬のほうが高いし、顔の出来も、なによりまとうオーラがちがう。

「そんなことわかってますよ。いいんですよ、今日だけ誤魔化せれば!」

「正直に、事情を話せば……」

「ないです。男に逃げられたとかバカにされるに決まってます。断言できます」

「そんなことは……」

「そうなんです。だってひとはならそうしますもん!」

「なるほど」

 嫌な納得をしてしまった。

 いや、本当に待ってほしかった。そんなことを言われても、困る。

 ああ、逃げたい。帰りたい。

「でも」

「どうしてやる前からムリだって決めつけるんですか?」

 一葉はだいぶ元気を取り戻し、むしろ俺に怒りを向けるほどだった。

 なんでそんなにポジティブなんだろう。

 前向きが最近のJCの傾向なのか?

「とにかく、すぐに準備しないと」

「準備?」

「ひとはについてきてください」

「どこに?」

「服を買いに行くに決まってるじゃないですか」

「だれの?」

「遠野先輩のです」

「え、なんで?」

「だって、先輩の服……」

 一葉は俺を上から下まで見下ろし、顔をしかめた。

 どこかおかしいだろうか。

 べつに普通というか、俺のなかではむしろ一番外出向きの組み合わせだと思っている恰好だった。なにせショッピングセンター内の専門店で買ったものだし。

「とにかく、まずは一式そろえます。せめて見てくれだけでもごまかさないと」

「でも、俺そんな金持ってない――」

「お金はひとはが出しますから」

 耳を疑った。

 そこまでしないといけないほど、俺とリア充たちのファッションレベルには、隔絶の差があるということなのか……?

 それにしても、女子中学生にお金を出してもらう男子高校生というのはどうなのだろう。

 かといってない袖は振れないので、おとなしく従うしかなかった。

 ひとはに案内されしばし歩き、俺たちは裏通りにある服屋に入った。

 かつて入ったこともない、というかそこが服屋だということもわからない雑貨屋のようなショップに連れていかれた。

 一葉は慣れた様子で、店員となにか相談している。

 やがてこれに「着替えてください」と一式もってきた。

 シャツ一枚の値札に書かれたゼロの数に目を剥く。

 俺は急かされるまま更衣室に入り、服を脱いだ。着替えながら、いったいここでなにをしているんだろうと思う。

 シンプルなシャツと細身のパンツの組み合わせだった。

 鏡に映る姿はかなりスリムだが、意外と着心地は悪くない。

 さすがに高い服だけあるのかもしれない。 

 俺はなんとなく感心すらしていたのだが、一葉と店員は微妙な表情をしていた。

「うーん……なーんか、ビミョーですね」

「えっと……具体的には、どういうところが」

「素材が」

 それはどうしようもない。

 だが一葉は悩んだ末、妥協することを選んだのか、店員に会計を頼んだ。

 ちりん、と俺の小遣い半年分くらいの額が一気に清算される。

「お金、ほんとに大丈夫?」

「ま、なんとか。ひとはバイトもしてるんで」

「バイト? 中学生なのに?」

「ティーン誌の読モです。十歳のときからやってるんで」

「ドクモ……?」

「読者モデルですけど……え、知らないんですか?」

「まあ、名前は知ってるけど」

 単純に知らない世界すぎて、なにもコメントのしようがない。

 ますますこの女子中学生が異世界の存在のように思えた。

 時間も迫っていたので、ひとはの待ち合わせ場所へと移動した。

 着慣れない、しかも他人に選んでもらった恰好が妙に気恥ずかしかった。 

「さっきはあー言いましたけど、まーそこそこ似合ってますよ。馬子にも衣装っすね」

「? なんだけっけ、それ」

 俺が聞き返すと、一葉は目をまたたかせた。

「先輩、それでも高校生なんですか?」

「……すみません」

 俺はなぜか謝っていた。

「で、でもそういうの知ってるのちょっと意外――」

 言いかけて俺はすぐに口をつぐんだ。

 失言だった。

 案の定、一葉は俺をねめつけている。

「先輩、もしかして、ひとはのことバカだと思ってますか?」

「や……そんなことは……決して」

「こう見えても、晴先輩と同じ高校目指してるんですから」

「え、そうなんだ……」

 かなり驚きの事実だった。

 成瀬の通う学校は、県内一の進学校で、偏差値もずば抜けて高い。

 そういえば妹の詩歩も行きたいと言っていた。

 人は見かけによらない、という一例なのかもしれない。

「そういえば、どういう友達、なんだっけ?」

「小学校のときの知り合いです。ゲームつながりで。ひとはもやつらもけっこうゲーマーなので、その頃は……まあそれですこしかかわったりしてました」

「仲、いいんだ」

「いえ、超嫌いです」

 一葉は即答した。

 吐き捨てるような様子に、俺はぎょっとして一葉を見返した。

「ひとはとは、完全にちがう人種なんで。ぶっちゃけもうかかわりたくないんです。とにかく、今日で会うのは最後にします」

 かかわりたくないのに、どうして会うのか。

 という疑問の視線を投げていると、

「逃げたと思われたくないんで」

 一葉はそう答えた。

 よくわからない。

 俺だったら、普通に逃げる。

 というかそれが当たり前すぎて、疑問にも思わなかった。

 もしかして、一葉のようなリア充たちは、俺などが及びもつかないところでそういう葛藤とも戦っているのだろうか。

「来ましたよ……」

 ふと、一葉が忌々しそうに言った。

 その視線の方向に目を向ける。

 雑踏のなかから、彼女たちを見つけるのはさほど苦労しなかった。

 なぜなら。

 

 現れたのが、ゴスロリ風の三人組だったからだ。


「えっと、あ、あれが……?」

 反応に困った。

 かなりの破壊力だった。

 三人いるが、全員が同じようなゴシックロリータの服装で全身をつつんでいる。

 先頭のひとりは黒い日傘を差し、後ろのひとりは髪を銀色にさらに目のふちを黒く染め、もうひとりは片目に眼帯となぜかネコミミを付けている。

 見間違いでも幻でもなかった。

 その証拠に、周囲の通行人の視線が集まっている。

 いくらファッションの多様性が受け入れられる昨今とはいえ、珍しいものは珍しい。

 だがうろたえていたのは俺だけだった。彼女たちがそういった特徴的な装いをしてくることは知っていたのか、一葉は毅然としている。

 黒い日傘を差した女の子が前に出て、一葉と向かい合った。

「ふんっ、よく来たじゃん」

「ええ。あなたの言葉が嘘でないか、確かめに参りました」

 くすくすと上品に笑う。

 だがその仕草は自然なものではなく、かなりわざとらしい。

 はやくも互いの間で火花が散っているような気がした。

 やがて、彼女の視線が俺のほうに向けられた。

「ど、どうも……」

「……もしや、そちらの殿方が?」

「そ。なんか文句でも?」

「いえ、ただ……」

 ゴスロリの三人娘が俺に近寄り、まったく遠慮のない視線を向ける。


「「「ふーん……」」」


 じわりと、背中に嫌な汗が浮かんだ。

 拷問のような数秒間が経過すると、日傘の子がそれをくるりと翻して優雅に言った。

「それではともかく、参りましょうか?」



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