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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第8話 不可侵領域
87/93

#86

 最初、それは背の低い猟機かと思った。

 だがちがった。

 人型よりもっとシンプルなシルエット。

 むしろ車両のようなそれは、

「戦車……?」

 無骨な装甲板に包まれた車体、そこから浮き出た砲塔と長い砲身。全体はくすんだカーキ色で統一されている。

 奇抜な未来的外見のものではなく、リアリティのある戦車だった。

 俺はとくにミリオタではないので詳しい種類まではわからないが、おそらく現実に存在するものだ。色や全体の雰囲気から察するに、自衛隊が持っていてもおかしくない気がする。 

『なに、あれ……』

 イヨも不審がる。

 おかしい。

 アイゼン・イェーガーに、現実の兵器は出てこない。

 作品の世界観的に出るはずがない。

 であれば、目の前にあるものはいったいなんなのか?


 ――この先にあるものを、どうかその目で


 キーが最後に口にした、あの言葉。

 あれがその答えなのか?

 だとして、ただの現実の戦車をモデルにしたあの敵が、いったいなにを意味しているのか。

『あれがほんとのボス? なんか迫力ないわね』

 サビナが鼻を鳴らす。

 そのとき戦車の砲塔が、わずかに旋回したように見えた。

 小さな炎がまたたく。

 甲高い金属音が耳朶を打った。

 直後、となりの深紅の機体〈ラナンキュラス〉がのけぞり、爆発した。


 << FRIENDLY DESTROYED >>


「なっ……」

 サビナが撃破された。

 重量猟機の〈ラナンキュラス〉が、一撃で――?

「よ、よけて!」

 俺はとっさに叫んだ。 

 〈ヴィント・マークα〉と〈オクスタン〉が、それぞれ慌てて散開する。

 モニター上の戦車に、敵性識別が付与される。

 やはりあれは敵だ。

『シ、シルト。あれって……』

「もともとのボス……なのかも。とにかく気をつけて」

 無我夢中で速度を上げ、戦車の円周上に展開。だがすぐに二発目は来ない。

 威力が高すぎる。

 かといって戦車の砲に、重力砲のようなエフェクトはなかった。

 俺が知っているゲーム内のどの兵装とも合致しない。強いて言えばグレネードキャノンに近いが、あそこまでの威力はない。というより、見た目の地味さと威力が不釣合いだ。 

 ようやく戦車が動いた。

 その車輪部分にある履帯――無限軌道が動いているのがわかる。

 動き出しは、お世辞にも機敏とはいえない。 

 猟機に比べれば、まるで旧時代の遺物。

 俺とイヨとチアの三機で、戦車を取り囲む。

『撃つ……』

 チアが宣言し、スナイパーライフルを照準。

 移動しながらの射撃で〈オクスタン〉が発砲。

 宙を裂いた徹甲弾が戦車に命中。

 重い金属音を響かせるも、弾かれた。

「えっ――」

 戦車の砲身が〈オクスタン〉に向く。

 先端から炎と白煙が上がった瞬間、〈オクスタン〉の右腕が吹き飛んだ。

『うへっ』

『チア、止まらないで!』

『んっ…』

 イヨが警告し、チアはうろたえた反応をしながらも回避運動を再開する。

 やはり奇妙だった。

 敵はそれほどの重装甲には見えない。チアのスナイパーライフルはそこまで性能の高い一品ではないが、通常のライフルと比べればその貫通力は遥かに高い。それがあの距離で装甲を抜けないというのは、俺の知っているガイストの感覚でいえばありえなかった。

 いったいなにを基準に作られているのか?

 戦車が三度、発砲。

 轟音がびりびりと鼓膜を揺らす。

 効果音ひとつとっても、迫力がちがう。


 怖い――


 ふいにそう思った。

 アイゼン・イェーガーで、これまで抱いたことのない緊張感だった。

 いつも猟機やガイストと対峙しているときとは質がちがう。

 ゲームとしての爽快さがまるでない。

 ただただ必死になってしまうような。

『シルト、正面からはまずいかも……!』

「それなら……」

 スティックを引き上げペダルをキック。スラスター全開で俺は上空に跳躍した。

 さらに空中でアフターブースト。

 戦車の真上へと躍り出る。

 あの砲塔。おそらく真上には撃てないはず。

 自由落下しながらスラスターで姿勢制御。足元に戦車の天井部が映る。落下しながらレーザーソードを下向きに構えて出力。

 白熱のレーザーエッジが、戦車を上から串刺しにした。

 刃をひねりながら抜き払う。同時にバックブーストで離脱した。

 直後、戦車から炎が吹き出した。 


 << TARGET DESTROYED >>


 撃破認定。

 モニターに映し出された表示を、俺は呆然と見つめた。

『やった、の……?』

「たぶん……」

 戦車は炎に包まれ、黒煙を立ち上らせている。

 意外なほど、あっさりと撃破できた。

 あのプレッシャーは、いったいなんだったのか?


 << QUEST COMPLETED >>

 

 さらに共同戦線クエストの達成表示が出て、獲得経験値や『純粋反応結晶(S++)』といった達成報酬がアイコンとともに手元に浮かび上がる。

 攻略達成。

 だが俺たちは、余韻にひたる状況からはほど遠かった。

 30秒後に自動的にドックへ転送されます、というメッセージが表示され、カウントダウンが進行。

 それを待たずに、俺たちはメニューからログアウトを選択した。


 *


 旅館の一室で、VHMDを外した俺たちは顔を見合わせた。

 伊予森さん、そして千亜。互いに表情がこわばっているのがわかった。

 時刻は深夜4時半。

 ふすま越しの外が、わずかに明るんでいるのがわかった。 

 気づくと、VHMDを握った手は汗ばみ、わずかに震えていた。

 もう一度、伊予森さんと目が合った。  

「夏華――」

 伊予森さんのそのつぶやきとともに、俺たちは弾かれたように立ち上がった。遅れて千亜が続く。

 すぐとなりの部屋にいるはずだった。

 ばたばたと扉の前で来てから、クリスが寝ていることを思い出して、俺たちはいったん間を取る。

 携帯端末のワンタイムパスを認証し、扉を静かに開いた。

 天井の照明は薄暗い電球色モードになっていた。

 俺はクリスに申し訳なさを感じつつも、照明を明るくした。

 見えたのは、クリスがくるまった布団だけ。 

 部屋に、夏華の姿はなかった。

 振り返り、伊予森さんの蒼白な横顔が目に入った。

「…………あれ……。もう、朝ですか……?」

 パジャマ姿のクリスが、目をこすりながら身体を起こした。

 細い金髪が盛大にほつれ、跳ねている。

「ごめん、起こしちゃって……」

 クリスは俺たちが全員そろっているため、勘違いしているようだった。朝というにはやや早い。

「あのさ、クリス……。夏華、見なかった?」

「夏華さん……ですか?」

 クリスはまだ寝ぼけ眼だったが、はっきりと答える。

「えっと……わたし、さきに寝ちゃってたみたいなので……」

 ゲームを再開する前。

 夏華はこの部屋でさきに休んでると答えた。だが俺たちは部屋に戻ったのを直接見たわけではない。 

 ふと思った。

 夏華は最初から、ここには来ていない――


「夏華? どこ、夏華!?」


 伊予森さんがこらえきれなくなったように叫んだ。

 普段とは明らかにちがうその様子に、クリスが不安そうに顔をくもらせる。

 千亜が俺の服のすそを軽くひっぱった。

「……旅館のひとに、聞いたら」

「そ、そっか」 

 俺はクリスに「まだ寝てて大丈夫」と早口気味にと言って、伊予森さんと一緒に部屋を出た。

 そのまま廊下を早足で歩き、エントランスのほうに向かう。

 胸騒ぎした。

 ひどくいやな感覚だった。 

 それほど大きな旅館ではないので、すぐに受付のところまでたどり着く。

 だれもいなかったが、奥の部屋から明かりが見えた。

 伊予森さんと目配せし、フロントの卓上にあったブザーを鳴らす。 

 すこしして、宿直の人らしき仲居さんが出てきた。

 まだ夜が明けきっていない時間だったが、俺たちを見て営業スマイルを浮かべた。

「どうされましたか?」

「すみません。夏華……本条さんを探しているんですけど……。こ、こちらで働いている……」

「失礼ですが、お部屋の番号をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「あ、部屋番号は――」

 俺は拙い話し方で、事情を伝えた。

 すると、仲居さん少々お待ちくださいと断って、どこかへと電話をかけた。

 もしかしたら、この人は面識がないのかもしれない。夏華はバイトだと言っていたし。

 しばらく、小さな応答だけが静寂に響いた。

 となりで伊予森さんがもどかしそうにしている。

 やがて、仲居さんが顔を上げた。困惑ぎみの表情だった。

「あの……昨夜から、お客様がたと一緒にいらっしゃるとお伺いしていたようなのですが……」

「はい、さっきまでは、そうだったんですけど……」

「そうですか……」

 仲居さんは、申し訳なさそうな表情を浮かべた。  

「すみません、それ以上のことは私たちも……」

「えっ」

 予想外にそっけないその答えに、俺と伊予森さんは顔を見合わせた。

「え、でもその、明日の仕事とかは……」

「明日?」

 会話が妙にかみ合っていないことに、俺たちはようやく気づいた。

 身体に寒気が走った。


「……申し訳ございません。本条さんは、今日臨時で手伝ってもらっていただけの子のようなんです。この時期は人手が足りなくなりますので……。なにか、お客様にご不便があったようでしたら、誠に申し訳ございません」


 仲居さんが深々と頭を下げている。

 逆に返される質問を、俺と伊予森さんは半ば聞き流していた。

 いや、頭に情報がなにも入らなかった。

 千亜が遅れてやって来て、俺たちを不思議そうに見渡した。

 現実感がなかった。

 だがいまここはゲームのなかではなく、俺たちが遭遇している事態もまた、まぎれもない現実の出来事だった。

 しばらくのあいだ、俺たちはその場に立ち尽くしていた。



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