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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第8話 不可侵領域
86/93

#85

 黒の竜――機体名〈ゲファール〉

 二機の重量猟機が高速接近。同時に俺とサビナも散開した。

 どう攻めてくる。

 互いに牽制攻撃が生じるかと思いきや、敵に迷いはなかった。

 二機の〈ゲファール〉はサビナを完全に無視した。

 俺を左右から挟みこむように接近。

 それぞれのオートライフルの銃口が向けられる。

 〈五式重盾『鐵』〉を重い衝撃が二連続で突き刺さった。

 きわめて精確な照準は、威力以上の大きな圧力(プレッシャー)をもたらす。

 二つの黒い影が迫りくる。

 重装甲とそれに見合わぬ速度。タイプとしてはサビナの〈ラナンキュラス〉に近い。だが武装は汎用性がある。どの距離でも油断はできない。

『アタシをシカトしてんじゃないわよ!』

 一機の〈ゲファール〉の後方から〈ラナンキュラス〉が襲来。

 すると敵は奇妙な行動に出た。

 もう一方の〈ゲファール〉も同時に反転。今度は俺を無視して〈ラナンキュラス〉へと向かう。

『は、はぁ?』

 サビナも困惑ぎみの声を出した。

 なるほど。

 おそらく一方を集中的に攻めて数を減らす戦術らしい。

 単純なやり方だが理には適っている。

 〈ラナンキュラス〉が前面にオービットシールドを展開。そこに苛烈なライフル弾が直撃。さらにもう一機の援護射撃が紅い装甲を強烈に殴りつける。

『ッ……! けっこう、やるじゃない』

「だから言ったのに」

『ま、まだ余裕よぜんぜん!』

 サビナは強がりを口にし、核弾頭ハンマーを担いだままブースト・マニューバで機体を左右に振り、間合いを計る。二機の〈ゲファール〉も激しい噴射炎をまき散らし、〈ラナンキュラス〉を包囲する。

 武装の乏しい〈ラナンキュラス〉は、囲まれると特にまずい。

 俺はさきほどのサビナと同様に〈ゲファール〉の背を追撃。サビナの援護にまわる。

 近いほうの一機を照準。偏差射撃でショックグレネードをトリガー。

 敵機が急加速。

 予想以上の速さに砲弾は空を切る。

 すると再度、二体の〈ゲファール〉がまったく同じタイミングで旋回、こちらに向き直った。

「また……」

 意図を隠そうともしない。それほど自信があるということか。

 二機の〈ゲファール〉に狙われる。

 まだ中距離。ブースト・マニューバのランダム的な回避運動で対応。だがライフル弾が確実にこちらを捉えてくる。シールドごと機体が大きく揺さぶられる。 

 動きだけでなく、ライフルの発砲タイミングさえ寸分の乱れがない。

 やりにくい。

 まるで機械のような反応。

 まったく同じタイミングで行動を変える連携は見事だが、まるで人間味が感じられなかった。

『なによこいつら、気持ち悪いわね!』 

 全周モニターの端にイヨとチアの機体が映った。

 チアの〈オクスタン〉は、イヨの〈ヴィント・マークα〉をガードするように位置取り、低い姿勢でスナイパーライフルを構えている。

『う、撃ちにく……』

チアが愚痴をこぼした。

 狙うにしても敵が速すぎるのと、加えて俺とサビナが入り乱れているため、タイミングがとれないのだろう。さすがに今度は俺もスナイパーライフルの誤射を自力で防ぐ自信はなかった。

「チア、無理しないで。確実に狙えるとき以外は撃たなくていい」

『お、おk……』

 チアの狙撃は心強いが、それで狙いがチアたちに向くことも懸念していた。

 あのとき、イヨの管制機が撃破された光景が、脳裏によみがえる。


 今度はやらせない――


 一機の〈ゲファール〉がオートライフルで牽制。

 その間にもう一機が距離を詰めてくる。

 お手本のような連携、個々の動き、そしてプレッシャー。

 黒の竜が二機同時に迫る恐怖は、ほかに例えようもない。

 接近する〈ゲファール〉がロングレーザーソードを出力。

 こちらもソードで迎え撃つ。

 交差ぎみの一撃。

 一瞬で四本の太刀筋が重なった。

 どちらも一本の切断面を回避、もう一本を互いの刃で弾きあう。レーザーエッジの干渉エフェクトが視界を白く塗りつぶす。

 だが引き分けではなかった。

 もう一気から飛来したライフル弾が、こちらの肩装甲を吹き飛ばした。

 防御性能低下の警告メッセージ。

 舌打ちひとつで済まして、あとは無視する。

 軽量機は敵の攻撃をかわすのが基本だ。食らうのが前提では話にならない。 

『ちょっとぉ、なっさけないわねぇ』

「…………ぅ、ぅす」

 サビナは仲間が被弾したのに妙に嬉しそうだ。というか、自分が俺より下手ではないと言いたいのだろう。

 たしかに口だけではない。

 俺が被弾した瞬間、撃った敵機を〈ラナンキュラス〉が捉えていた。

 〈ゲファール〉がブースト・ターンで反転。至近距離で発砲。弾丸はオービットシールドに防がれる。〈ラナンキュラス〉の突進は止まらない。

 敵機がレーザーソードを引く。

 〈ラナンキュラス〉が雷神を振りかぶった。

 サビナのほうが速い――

 横目で俺もその一撃が決まると直感した、その直後だった。

 〈ゲファール〉の各部スラスターが猛噴射。

 疾風迅雷のごとく〈ラナンキュラス〉の眼前から消え去る。

 〈雷神〉がわずかに遅く、地面を穿つ。

 弾頭が炸裂し、すさまじい爆風が巻き起こる。だがすでに爆発範囲から〈ゲファール〉は離脱している。

 まさに超反応だった。

『な……なによ、いまの動き!?』

「……すごい」 

 反応速度が尋常ではない。

 人間のものとは思えなかった。まるで本当に機械を相手にしているような――

 いや、もしかして本当に……。

 俺はそう感じた。

 〈ラナンキュラス〉と一旦合流。深紅の機体は装甲の一部がひしゃげ、黒ずんでいた。滅多にお目にかかれない光景だ。

『どうすんのよ、こいつら』

 サビナが面倒くさそうにぼやく。

 あんな動きを見せられた後でも、サビナの戦意はいささかも衰えていないようだった。

「まあ、できるだけ一対一にもちこむ……とか」

『だから、どうやってよ?』

「それは……」

『なによあんた、たいした作戦もないんじゃない!』

「す、スミマセン……」

 サビナにガミガミ言われると俺の声は自然と小さくなる。……やはり苦手だ。

『ったく、アタシはそういう風に考えて戦うの、性に合わないのよ』

「だろうね……」

『は?』

「あ、や、なんでも」

 内心ひやりとしながら、ふと改めて気づいた。 


 そうか。

 たしかに、こういうのは俺たちらしくない(、、、、、、、、)。 


「あの……さっきの勝負の代わり、なんだけど」

 サビナとともに二機の〈ゲファール〉を引きつけて後退しながら俺は言った。

『なによ急に』

「さきに敵を一機倒したほうが……勝ち、みたいな」

『はぁ?』

 俺の唐突な提案に、サビナはしばし沈黙したが、

『ふん、それもいいわね』

 すぐに笑みを混ぜながら答えた。

 なまじ仲間だと意識するから、余計なことを考える。

 ならば。

『じゃあさきにどっちか倒したほうが、相手にひとつなんでも言うことを聞かせられるってことにしましょ』

「え」

『なによ、それくらいいいでしょ』

 そこまでの取引は予想外だった。

 俺は面倒なことになりそうな予感を抱きつつも、ふたたび浴びせられる黒の竜の攻撃を前に、腹をくくる覚悟を決めた。

「……いいよ」

『じゃあ、お先に!』

 了承するやいなや、〈ラナンキュラス〉が飛び出す。

 これまでとは打って変わってその動きは活き活きとしていた。

 

 ――やっぱりそうか。


 その場だけの連携など、俺たちには合わない。

 サビナの〈ラナンキュラス〉が〈ゲファール〉を引き付ける。

 俺も追って突撃していた。

 敵機の間近をすり抜け、もう一機を引き付ける。

 示し合わせたわけでもないのに、行動が重なる。 

 二機の〈ゲファール〉も同じタイミング、ほぼ同じ距離で俺たちが動いたために、個別に対応せざるを得ないようだった。

 一度距離をとり、すぐに急反転。

 敵を引きつけたまま、俺とサビナは互いを狙うかのように向かい合う。さらに加速。

 最高速度で〈ラナンキュラス〉と交差。

 速度を殺さぬまま、互いを追っていた敵に突撃。

 目標が入れ替わる。

 レーザーソードをトリガー。サビナを追っていた〈ゲファール〉の胸部を斬り裂く。命中。耐久ゲージを二割強奪う。

 サビナが〈雷神〉をトリガー。俺を追っていた〈ゲファール〉のロングレーザーソードを右腕もろとも叩き潰す。 

 攻撃目標(ターゲット)のスイッチ。

 たとえ一対一の状況になったとしても、同じ相手と戦い続ける必要はない。

 狙えるほうを撃つ。

 近くいるほうを叩く。

 考えるべきことは、ただそれだけでよかった。 

『もらったわぁああああ!』

「させない……!」

 俺とサビナはさきほどの黒の竜がそうしたように、同じ敵を同時に狙った。

 サビナが腕をもぎとった一機。

 だが直前でオートライフルの鋭い弾丸が、俺とサビナを散らす。やむなく一旦離脱。

 惜しい。

 いまのタイミングなら俺のほうが先に斬れたのに。

『ちょっとあんた、なに漁夫の利狙ってんのよ!?』

「べつに……そんなルールはないし」

『なんて姑息な……!』

 サビナは本気で怒っている。

 気づくと、俺は笑っていた。

 なんの作戦もない。俺たちはただ自由に戦っていた。

 それがこんなにも心地いいとは。

 敵機がふたたび攻勢に出る。今度はサビナを狙っていた。核弾頭ハンマーの破壊力を恐れたのか。

 二機の〈ゲファール〉のライフル弾が〈ラナンキュラス〉を射抜く。オービットシールドの一枚を吹き飛ばす。だがサビナはここぞとばかりに接近。弾幕をものともせず抜ける紅の豪風に黒い影が分断される。

  黒の猟機(こいつら)は、たしかに強い。

 機体の性能もその動きも戦い方も、並みの対人プレイヤーを軽々と超えている。だが――


「ちがう……」


 ふと、俺はつぶやいていた。

 それはなんら根拠のあるものではない。ただの直感だった。

 だが、なにかが決定的にちがった。

 俺の猟機の性能が上がったせいではない。

 仲間がいるからでもない。

 あのとき戦った相手。

 なにひとつ忘れてはいない。

 化け物めいたその動き、一切攻撃が通らないと痛感する鉄壁の防御、羅刹のごとき猛々しい攻撃。すべてが色濃く記憶に刻まれている。

 だからこそ断言できた。

 

 こんなものではない――


 もっと圧倒的で、もっと絶望的だった。

 その猟機の奥にいるプレイヤーの強さを、しかと感じた。

 戦った俺だからわかる。

 それに比べたら、いま相手にしているこいつらは、まるで模造品。

 片腕を失った〈ゲファール〉を〈ラナンキュラス〉が追撃。

 俺はもう一機に肉薄。懐に潜り込む。向けられたオートライフルをシールドで弾き、レーザーソードを一閃。脚部を深く斬り裂く。火花と白煙を上げ、敵機の動きが鈍る。

 そこに発砲音が重なった。

 敵が速度を落とした絶妙のタイミングで、〈オクスタン〉の狙い済ました一撃が〈ゲファール〉を殴りつけた。

 胸部の装甲が吹き飛び、敵機が大きく仰け反る。

 あと一撃。

 だが、わずかに俺のほうが遅かった。  

 〈ラナンキュラス〉が、もう一方の隻腕の〈ゲファール〉を追い詰めていた。

 〈ゲファール〉のライフル弾を〈ラナンキュラス〉が砕け散るオービットシールドで相殺。もう止まらない。

 必殺の間合い。

 サビナの凶暴な笑みが目に浮かんだ。


『アタシの勝ちね』


 黒の竜に、神の怒りが落ちた。

 核弾頭ハンマーが炸裂。

 まばゆい光と比類なき規模の大爆発が、すべてを貫き、焼き尽くした。

 〈ゲファール〉を一機撃破。

 負けたか――

 だが、俺は残念とも悔しいとも感じなかった。サビナが撃破した瞬間、俺もすでに残りの一体を射程に収めていた。

 敵はオートライフルを的確に発砲しつつ後退。

 逃げられると思うのか。

 アフターブーストに点火。

 炎の翼による最高速で追撃。

 敵の正確な射撃をシールドでガードしながら突撃。

 俺のこのシールドは、身を守るためのものではない。

 敵を殺すための武器だ。

 迫る〈ゲファール〉を視認しつつ、俺はなぜか場違いな怒りを覚えていた。 


 姿かたちだけ真似ても、あれには到底届かない。

 あいつには及ばない。

    

 おまえは、偽物だ――


 相対距離が消失。 

 ライフルを持った敵機の左腕部を下から斬り飛ばす。

 最速で二手目を入力。青白い刃をひるがえす。

 返す横薙ぎで、〈ゲファール〉の胴体を両断した。



 << TARGET DESTROYED >>



「次は本物を連れてこい」


 二機の黒い竜の残骸が虹色の光の粒子に包まれ、フィールドから消え去った。


 *


『シルト、やった……!』

 イヨのうれしそうな声が聞こえ、俺はようやく大きな息をついた。

 残ったのは、モルガンの〈メルダリン〉一機のみ。

 俺とサビナ、そしてチアとイヨが三方から、モルガンの半壊状態の機体を取り囲んだ。

『これが、元王者の力、か……。はは、まいったな』

 モルガンはこの状況でさえも、平然とした口調で言った。だがその言葉が引っかかった。

 王者――?

 まさか、俺のことか。どうして知っているのか。

 すべてを白状させるつもりだった。だが訝んだその瞬間、〈メルダリン〉の背部が展開した。

 そこから細いアームが伸び、先端に赤いレーザーエッジが出力。 

 隠し腕――

 とっさに俺がマルチランチャーの銃口を向けた、そのとき。

 〈メルダリン〉は隠し腕のレーザーエッジで、みずからの胸部を串刺しにした。

「なっ……」

 致命判定が生じる胸部の中心を、モルガンはみずから正確に貫いていた。

『ボクはこう見えても、負けず嫌いなんだ』

『な、夏華……』

『じゃあね、イヨ。今日は、楽しかったよ』

『ちょっと待って――』

 イヨが呼びかけるも、すでに時間はなかった。

 〈メルダリン〉の機体が炎と白煙を吹き上げ、その場にくずおれる。

 撃破認定。

 二機の黒の竜と同様に、その機体は強制転送のエフェクトに包まれながら消滅。レーダーからも反応が消えた。

 それを機に、フィールドに変化が生じた。

 ドーム状のフィールド全体が揺らぎ、3Dグラフィックスのワイヤフレームらしきものが全体を覆いつくす。

 視界が無機質な線と単色に覆われるも、それは一瞬だった。

 視覚情報の異常はすぐに収まり、元の広大なフィールドが復活していた。フィールド自体に変化はなかった。

 ただひとつ、新たに現れたものを除いて。

『あれって……』

 最初にモルガンの〈メルダリン〉が立っていた場所に、それ(、、)はいた。



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