#84
目の前で灼熱の刃が迸っている。
〈メルダリン〉のレーザークローが俺の耐熱シールド〈LUCIUS〉と拮抗し、激しく明滅していた。
ぎりぎりで二機の間に潜り込んだ。
だが俺の猟機は決してパワーが高いわけではない。単純な力比べとなれば、中量機の〈メルダリン〉にも押し負ける。
しだいに押し込まれる刃をスラスターの推力で対抗しつつ、攻撃モーションで弾き返した。
モルガンはさからわず機体を後退させる。
無理な攻勢には出ない。一撃離脱戦法を徹底している。
『よく、わからないんだけど』
ふいにモルガンが言った。
『イヨは、シルトには足手まといなんじゃないの?』
「……どこが?」
俺は答えた。
相手が夏華だとわかっていても、その言葉は看過できなかった。
俺の後ろには片腕と頭部を失い、全身から白煙を上げる半壊状態の〈ヴィント・マークα〉がいた。
たしかに同じようにモルガンの〈メルダリン〉と戦い、すでにイヨのほうが損傷が大きい。俺が防げる攻撃をイヨが防げないこともある。
だが、それがなんだというのか。
俺たちは一緒にやりたいから、共に戦っている。
それだけのことだ。
「イヨ、いける?」
『……うん。サブカメラに切り替えたから、まだ戦える』
猟機は頭部が破壊されても、胸部にサブカメラが搭載されている。カメラの追従速度や解像度は落ちるが、致命的な影響はない。
だがいずれにせよ、このままでは勝てない。
『シルト、どうしよう……』
イヨもそれを感じていると、声でわかった。
相当の無茶が必要だった。
「イヨ、お願いが」
『なに?』
俺はダイレクトラインでイヨに作戦を、否、そう呼べるほどでもないひとつのアイディアを伝えた。
それに対するイヨの反応は――戸惑い。
『ほ、本気?』
「お願い。気にしないで」
むしろそれこそが、唯一の活路。
「トリガーハッピー……。べつに、いいと思うけど」
俺のその発言に、イヨはきょとんとした。
恥ずかしさですこし顔が熱くなる。
軽口は苦手だ。本来ならそういうのは俺ではなく、常に余裕のある成瀬のようなやつに任せておけばいい。
だがいまだけは、言ってあげたかった。
ウィンドウに浮かぶイヨの表情。それがこの戦いで、はじめての笑みを見せた。
『残りの弾、全部使うよ』
「うん」
『――作戦は、まとまった?』
モルガンの声が割り込む。会話は聞こえずとも策を練っていることはわかったのだろう。
〈メルダリン〉の姿が空間に紛れる。
光学ステルス。また仕掛けてくる。
『夏華! もう遠慮しないから!』
叫んだイヨの声に、これまでの戸惑いはなかった。
わずかに浮かび上がる〈メルダリン〉の残影めがけ接近。
すれちがいざまにレーザーソードを叩き込む。レーザークローで迎撃される。エフェクトがモニターを塗りつぶす。まだだ。
逃がさない。
ブースト・マニューバで〈メルダリン〉を追撃。
スラスターを気にせず使える分、単純な加速ならこちらに分がある。
同時にイヨの〈ヴィント・マークα〉が、残ったガトリング砲をフルオート射撃。まさに横殴りの雨が襲いかかる。
それは敵機だけではなく、俺の機体をも。
『……!』
モルガンが驚く気配が伝わる。
俺はイヨのガトリング弾をシールドで防御しつつ、〈メルダリン〉を追う。
フレンドリーファイアの警告。
それを俺は無視した。
イヨも構わず撃ち続ける。
同士討ちを恐れぬ大量の弾丸は、一部が〈メルダリン〉にも命中。
装甲から火花が散る。
被弾のエフェクトは、光学ステルスで隠れた猟機の位置を、これ以上ないほど明確に暴きだしていた。
『……正気?』
「俺たちには、俺たちの戦い方がある」
誤射上等。
向こうがフレンドリーファイアを誘発するなら、構わず撃てばいい。
こちらに来た弾は、俺自身が防げば済むことだ。
わずかでも弾がヒットすれば、それが敵機の位置を知らせてくれる。
〈メルダリン〉がマキビシを散布し距離をとる。
構わず直進。
マルチランチャーをセレクト。
ショックグレネードで進路上のブレード地雷を吹き飛ばす。最短距離で接近。
〈メルダリン〉が光学ステルスを起動――できなかった。
砲身が焼けつくかという勢いで乱射されるガトリング弾の嵐が、複雑なマニューバを駆使するモルガン機を削り取る。直撃している弾はわずかだが、それで十分だった。
〈メルダリン〉が侵食ダガーを投擲。
正確な位置が視えていればシールドで防ぐまでもない。
サイドブーストで機体を振り、投擲モーションで生じる隙に距離を詰める。その間もガトリング砲弾の援護射撃が、俺たちを均等に殴りつける。
俺の猟機はシールドがある分、モルガンより動きを限定されない。
わずかだが被弾を続ける〈メルダリン〉の動きに、はじめて苛立ちが見えた。
『……そんなに同士討ちしたいなら、させてあげるよ』
〈メルダリン〉が背部から噴射炎を上げた。
アフターブースト。
隠密を捨てた。姿をさらしたままの突撃。
速い――
一度、ハードポイントにマウントしていたレーザーソードを再度装備。
だが攻撃モーションに入る直前、懐に潜り込まれる。
振り下ろした腕を、内側から押さえつけられた。
〈メルダリン〉の反対側の腕――レーザークローの赤い刃が伸びる。
それを俺もシールドを装備した腕で、外側へと受け流す。
角度を変えて振り直したレーザーソードの一撃は、しかしまた手首をブロックされ無力化される。同様に触れるか触れないかの距離で敵機のレーザーエッジをそらした。
火器は銃口が向かなければ、どんな距離でも当たらない。
近接武器は腕をおさえてしまえば、振ることができない。
超至近距離でごく稀に起こる、静かな、しかし激しい近接戦闘。
めまぐるしい操作入力で頭がパンクしそうだった。
ひとつでも間違えばやられる。
さっき、モルガンはなんと言ったか。
――近接兵装のウェポンマスターと馬鹿正直に斬り合いをするほど、ボクは無知じゃない
よく言う。
ここまでの戦いができるのなら、十分誇っていい。
謙遜したのは、その上の領域を知っているからか。
バックブースト。距離を開くと同時にシールドを構えたままソードを突き出す。〈メルダリン〉は残りのダガーを投擲。肩に直撃。分子兵器による継続ダメージ。だがそれは覚悟の上。
俺はソードをマウントし、代わりに両腕に〈五式重盾『鐵』〉と、〈LUCIUS〉を装備した。
『はっ――』
モルガンが笑う。
たしかに、お世辞にもかっこいい姿ではない。
だがこれも俺の戦い方だ。
一度開いた距離を再度詰める。〈ヴィント・マークα〉のガトリング砲の勢いが一度止まり、再スタート。これがおそらく最後の弾倉。
その支援射撃を背に〈メルダリン〉に接近。
〈五式重盾『鐵』〉のシールドバッシュ。
回避した〈メルダリン〉がレーザークローを振りかぶる。そこにもう一度、今度は〈LUCIUS〉を叩き込む。よろめく敵機を再度シールドで殴りつける。そこにガトリング砲弾が命中。それぞれの猟機を削り取る。
着実に積み上げてきた攻撃が、モルガン機の耐久ゲージを7割まで減らす。
『ちょっと……しつこいな』
シールドにたいした攻撃力があるわけではない。
だが俺が敵の体勢を崩すことに専念すれば、そこにイヨの攻撃がヒットする。
回転する砲身から、破裂音が消えた。
『ごめん、弾切れ……!!』
「あとは任せて」
〈メルダリン〉の左肩関節部から火花が散っている。
部位破損のダメージ表現。だがそれは光学ステルスを使う相手には致命的ともいえるハンデ。向こうもそれはわかっている。
〈メルダリン〉がみずから接近。
派手な青白い噴射炎。
ブースト・マニューバ。ここに来て動きを変えてきた。
こちらも応戦。
互いの猟機が生み出す炎と熱が空間に刻まれ、1秒ごとに互いの位置がめまぐるしく入れ替わる。
速い――
距離が空けばグレネードが飛んでくる。
近接戦闘ではレーザークローが首を狙ってくる。
〈メルダリン〉がステップ・マニューバを織り交ぜ、さらに加速。
目が付いていかない。
『その程度……!?』
モルガンが揚々と叫んだ。
防戦一方。
両腕に装備したシールドを手放せないと。
――そう思わせることが必要だった。
スティックのキーを操作し、シールドを同時にパージ。
その場に落とした。
俺の猟機〈シュナイデン・セカンド〉は、本来のフレームおよびスラスターの出力によって決定される速度が七割ほどに殺されている。
その理由は、軽量機には不釣合いにシールドを二種も背負っているからだ。
それでもアフターブーストや操縦テクニックでカバーし、軽量機としての立ち回りはできる自信があった。俺の戦い方に合っているというのもある。
モルガンが、光学ステルスを道具のひとつとして捉えているように。
俺にとってのシールドも、同じものだった。
シールドパージにより重量が大きく軽減。
それによりもたらされるものは、速度の上昇。
劇的な変化ではない。目が慣れてしまえばいくらでも対処される。
だがこの一瞬。
すべては、この一瞬の緩急のため。
シールドが地面に付く前に、俺の猟機はぐんと前に加速していた。
レーザーソードを抜刀。
同時に左腕部のレーザーカッターを出力。
二盾流から二刀流へ。
すばやく引く〈メルダリン〉に肉薄。
捉えた。
二本の刃で十字を刻む。
一本はほんの刹那で見切られる。
だがもう一本が届いた。
レーザーソードが〈メルダリン〉の左腕部を肘から切断。
シールドがようやく地面に落下し、再取得可能なオブジェクトに変わる。
さらに踏み込んだ。
迎える〈メルダリン〉の頭部フェイスが展開。
吐き出された火炎放射が眼前を焼き尽くす。
「来ると思ってた――」
左腕部のレーザーカッターを射出。
火炎の壁を突き破り、〈メルダリン〉の胸部に刃が打ち込まれる。
致命判定は避けられる。だが敵機の耐久ゲージが30パーセントを割り込む。
さらに膨れ上がった火炎は、向こうの視界もさえぎっていた。
モルガンは引くべきでなかった。
おそらく腕部に内蔵されたグレネード砲を、カウンターで命中させようとしたのだろう。内蔵兵装は隠すことができる分、弾数は決して多くない。虎の子の一撃だったはずだ。
そしてあの言葉通り、高速状態の俺の猟機と斬り合うのはリスクが高い。
だがそれは、俺も読めること。
恐れこそが敗北を招く。
そのときすでに、〈メルダリン〉の足元でこちらのレーザーソードの先端が地面を削り迫っていた。
下から残りの右腕部を斬り飛ばした。
〈メルダリン〉が光学ステルスを起動。
だがそれはすでに、ただ逃げるための策だった。
数秒後、大きく距離を空けて、主兵装の内蔵された両腕部を失った〈メルダリン〉の無惨な姿が現れる。
「勝負、付いたでしょ」
俺は言った。
驕りではない。
これほど戦える人間なら、詰んだことが理解できるはずだった。
『――はは、さすがだね』
モルガンは笑っている。
その余裕さが不気味だった。
『最後、やられたな……。やっぱりすごいよ、シルトは。
――だって、あれに勝つくらいだもんね』
「なに……」
モルガンの言葉がなにを指しているのかわからなかった。
だが説明を待つまでもなく、モルガンが言った。
『じゃあもう一度、やってみせてよ』
その言葉とともに、フィールドに新たな敵性反応が出現した。
なにかが、天井から落ちてきた。
半壊状態の〈メルダリン〉の左右に着地。
衝撃で地面が揺れた。
それは、二機の重量猟機だった。
「え――」
見間違いだと思った。
俺の潜在意識がそうさせているのだと。
黒いカラーリングと太いシルエット。
重量機。盛り上がった背部の増設スラスターに、長銃身のオートライフルとロングレーザーソードという携行武装。
その猟機の肩口には、一枚のエンブレムがある。
そこに、大きな翼と爪を持つ竜が描かれていた。
『嘘、でしょ』
イヨの声から抑揚が消えた。
俺もしかと目の当たりにした。
黒の竜。
見まちがえようもない。
俺があのとき戦った、尋常ならざる強さの猟機。
それが、二機いた。
〈メルダリン〉の両側に、二機の“黒の竜”が、まるで守護者のように立っている。
「ぁ……」
『そんなに驚いてくれると、ボクもうれしいよ』
信じられなかった。
いや、目の前の存在を受け入れがたかった。
疑問が爆発し混乱に変じる。
なぜいまここに現れる。しかも二機。プレイヤーの猟機ではなかったのか。フィールドの奥で現れたということはCOMなのか。いや、そんなことより、
たった一機でさえ、奇跡的に勝利した敵。
それを二機。
この状態から相手にしろというのか。
絶望――
まさにその言葉以外、浮かぶものはなかった。
『言ったでしょ。きみたちには、ここで退場してもらわないといけないんだ』
『し、シルト……』
イヨの声は震えている。
あのとき、心が折られそうになったほどの強さを、まざまざと思い出していた。
だが、やるしかない。
なんの策もない覚悟を捻り出そうとした。そのときだった。
重い発砲音が轟いた。
黒の猟機の一機が横に回避。
通常のライフルではない。スナイパーライフルの効果音。
俺たちが入ってきた巨大な扉から、二機の猟機が現れていた。
一機はチアの〈オクスタン〉。そしてもう一機は――
『よーやく追いついたわよ!』
そこに見えたのは、深紅の猟機。
サビナの愛機、〈ラナンキュラス〉の圧倒的な存在感。
『アタシの先を越して攻略しようなんて、百億光年早いのよ!』
どこかずれたことを、サビナは高らかに叫んだ。
イヨもチアも、ぽかんとしていた。
まさか、このタイミングでとは。
『……って、なによこれ?』
サビナは目の前の敵が、通常のボスとはちがうらしいことに気づいて、困惑している。
「はっ……」
乾いた笑いがもれた。
いまほど――
昔を含めて、いまほどサビナの存在を心強く思ったことはなかった。
サビナの〈ラナンキュラス〉がこちらに、チアの〈オクスタン〉がイヨの〈ヴィント・マークα〉とそれぞれ合流する。
『あれが、ここのボスなわけ?』
「……まあ、そんな感じ」
それまでの緊張が嘘のように、俺は脱力しながら答えた。
細かい事情など、サビナには説明不要だろう。
必要なのは、戦う相手だけ。
「気をつけて。あいつは、普通じゃない」
『はっ、アタシをだれだと思ってんのよ?』
――そうだったな。
互いに心配無用だ。
サビナの〈ラナンキュラス〉が、重々しい歩行音を響かせて俺のとなりに並んだ。
ただ目の前の敵を倒すだけ。
かつて俺たちの作戦はいつも、たったそれだけ。それで十分だった。
『あんた、アタシについてこれんの?』
「できるだけ、やってみる」
サビナの挑発的な発言に、俺も笑みを含ませながら返す。
懐かしかった。
この感覚。
チームの近接担当として、ふたりで肩を並べた日々が。
互いに好き勝手に戦い、連携などという言葉も知らなかった。
けれど。
信頼という、たったひとつの契約でつながっていた。
長く息を吐いた。
集中力が研ぎ澄まされる。
サビナの〈ラナンキュラス〉が核弾頭ハンマー〈雷神〉をかつぐ。
俺の〈シュナイデン・セカンド〉がレーザーソードを構えた。
そして二体の黒い魔神に向き合った。
「好きなだけかかってこい/きなさい』
奇妙的に重なった言葉とともに、第二戦の口火が切られた。




