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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第8話 不可侵領域
85/93

#84

 目の前で灼熱の刃が迸っている。

 〈メルダリン〉のレーザークローが俺の耐熱シールド〈LUCIUS〉と拮抗し、激しく明滅していた。

 ぎりぎりで二機の間に潜り込んだ。

 だが俺の猟機は決してパワーが高いわけではない。単純な力比べとなれば、中量機の〈メルダリン〉にも押し負ける。

 しだいに押し込まれる刃をスラスターの推力で対抗しつつ、攻撃モーションで弾き返した。 

 モルガンはさからわず機体を後退させる。

 無理な攻勢には出ない。一撃離脱戦法を徹底している。

『よく、わからないんだけど』

 ふいにモルガンが言った。

『イヨは、シルトには足手まといなんじゃないの?』

「……どこが?」

 俺は答えた。

 相手が夏華だとわかっていても、その言葉は看過できなかった。

俺の後ろには片腕と頭部を失い、全身から白煙を上げる半壊状態の〈ヴィント・マークα〉がいた。

 たしかに同じようにモルガンの〈メルダリン〉と戦い、すでにイヨのほうが損傷が大きい。俺が防げる攻撃をイヨが防げないこともある。

 

 だが、それがなんだというのか。


 俺たちは一緒にやりたいから、共に戦っている。

 それだけのことだ。

「イヨ、いける?」 

『……うん。サブカメラに切り替えたから、まだ戦える』

 猟機は頭部が破壊されても、胸部にサブカメラが搭載されている。カメラの追従速度や解像度は落ちるが、致命的な影響はない。

 だがいずれにせよ、このままでは勝てない。

『シルト、どうしよう……』

 イヨもそれを感じていると、声でわかった。 

 相当の無茶が必要だった。 

「イヨ、お願いが」

『なに?』

 俺はダイレクトラインでイヨに作戦を、否、そう呼べるほどでもないひとつのアイディアを伝えた。

 それに対するイヨの反応は――戸惑い。

『ほ、本気?』

「お願い。気にしないで」

 むしろそれこそが、唯一の活路。

「トリガーハッピー……。べつに、いいと思うけど」

俺のその発言に、イヨはきょとんとした。

恥ずかしさですこし顔が熱くなる。

 軽口は苦手だ。本来ならそういうのは俺ではなく、常に余裕のある成瀬のようなやつに任せておけばいい。

 だがいまだけは、言ってあげたかった。

 ウィンドウに浮かぶイヨの表情。それがこの戦いで、はじめての笑みを見せた。

『残りの弾、全部使うよ』

「うん」 

『――作戦は、まとまった?』

 モルガンの声が割り込む。会話は聞こえずとも策を練っていることはわかったのだろう。

 〈メルダリン〉の姿が空間に紛れる。

 光学ステルス。また仕掛けてくる。

『夏華! もう遠慮しないから!』 

 叫んだイヨの声に、これまでの戸惑いはなかった。

 わずかに浮かび上がる〈メルダリン〉の残影めがけ接近。

 すれちがいざまにレーザーソードを叩き込む。レーザークローで迎撃される。エフェクトがモニターを塗りつぶす。まだだ。

 逃がさない。

 ブースト・マニューバで〈メルダリン〉を追撃。

 スラスターを気にせず使える分、単純な加速ならこちらに分がある。

 同時にイヨの〈ヴィント・マークα〉が、残ったガトリング砲をフルオート射撃。まさに横殴りの雨が襲いかかる。


 それは敵機だけではなく、俺の機体をも(、、、、、、)


『……!』

 モルガンが驚く気配が伝わる。

 俺はイヨのガトリング弾をシールドで防御しつつ、〈メルダリン〉を追う。

 フレンドリーファイアの警告。

 それを俺は無視した。

 イヨも構わず撃ち続ける。

 同士討ちを恐れぬ大量の弾丸は、一部が〈メルダリン〉にも命中。

 装甲から火花が散る。

 被弾のエフェクトは、光学ステルスで隠れた猟機の位置を、これ以上ないほど明確に暴きだしていた。

『……正気?』

「俺たちには、俺たちの戦い方がある」

 誤射上等。

 向こうがフレンドリーファイアを誘発するなら、構わず撃てばいい(、、、、、、、、)

 こちらに来た弾は、俺自身が防げば済むことだ。

 わずかでも弾がヒットすれば、それが敵機の位置を知らせてくれる。

 〈メルダリン〉がマキビシを散布し距離をとる。

 構わず直進。

 マルチランチャーをセレクト。

 ショックグレネードで進路上のブレード地雷を吹き飛ばす。最短距離で接近。 

 〈メルダリン〉が光学ステルスを起動――できなかった。

 砲身が焼けつくかという勢いで乱射されるガトリング弾の嵐が、複雑なマニューバを駆使するモルガン機を削り取る。直撃している弾はわずかだが、それで十分だった。

 〈メルダリン〉が侵食ダガーを投擲。

 正確な位置が視えていればシールドで防ぐまでもない。

 サイドブーストで機体を振り、投擲モーションで生じる隙に距離を詰める。その間もガトリング砲弾の援護射撃が、俺たちを均等に殴りつける。

 俺の猟機はシールドがある分、モルガンより動きを限定されない。

 わずかだが被弾を続ける〈メルダリン〉の動きに、はじめて苛立ちが見えた。

『……そんなに同士討ちしたいなら、させてあげるよ』

 〈メルダリン〉が背部から噴射炎を上げた。

 アフターブースト。

 隠密を捨てた。姿をさらしたままの突撃。

 速い――

 一度、ハードポイントにマウントしていたレーザーソードを再度装備。

 だが攻撃モーションに入る直前、懐に潜り込まれる。

 振り下ろした腕を、内側から押さえつけられた。

〈メルダリン〉の反対側の腕――レーザークローの赤い刃が伸びる。

 それを俺もシールドを装備した腕で、外側へと受け流す。

 角度を変えて振り直したレーザーソードの一撃は、しかしまた手首をブロックされ無力化される。同様に触れるか触れないかの距離で敵機のレーザーエッジをそらした。

 火器は銃口が向かなければ、どんな距離でも当たらない。

 近接武器は腕をおさえてしまえば、振ることができない。

 超至近距離でごく稀に起こる、静かな、しかし激しい近接戦闘。

 めまぐるしい操作入力で頭がパンクしそうだった。

 ひとつでも間違えばやられる。 

 さっき、モルガンはなんと言ったか。 

 ――近接兵装のウェポンマスターと馬鹿正直に斬り合いをするほど、ボクは無知じゃない 

 よく言う。

 ここまでの戦いができるのなら、十分誇っていい。

 謙遜したのは、その上の領域を知っているからか。

 バックブースト。距離を開くと同時にシールドを構えたままソードを突き出す。〈メルダリン〉は残りのダガーを投擲。肩に直撃。分子兵器による継続ダメージ。だがそれは覚悟の上。 

 俺はソードをマウントし、代わりに両腕に〈五式重盾『鐵』〉と、〈LUCIUS〉を装備した。

『はっ――』

 モルガンが笑う。

 たしかに、お世辞にもかっこいい姿ではない。

 だがこれも俺の戦い方だ。

 一度開いた距離を再度詰める。〈ヴィント・マークα〉のガトリング砲の勢いが一度止まり、再スタート。これがおそらく最後の弾倉。

 その支援射撃を背に〈メルダリン〉に接近。

 〈五式重盾『鐵』〉のシールドバッシュ。

 回避した〈メルダリン〉がレーザークローを振りかぶる。そこにもう一度、今度は〈LUCIUS〉を叩き込む。よろめく敵機を再度シールドで殴りつける。そこにガトリング砲弾が命中。それぞれの猟機を削り取る。

 着実に積み上げてきた攻撃が、モルガン機の耐久ゲージを7割まで減らす。

『ちょっと……しつこいな』

 シールドにたいした攻撃力があるわけではない。

 だが俺が敵の体勢を崩すことに専念すれば、そこにイヨの攻撃がヒットする。


 回転する砲身から、破裂音が消えた。


『ごめん、弾切れ……!!』

「あとは任せて」

〈メルダリン〉の左肩関節部から火花が散っている。

 部位破損のダメージ表現。だがそれは光学ステルスを使う相手には致命的ともいえるハンデ。向こうもそれはわかっている。

 〈メルダリン〉がみずから接近。

 派手な青白い噴射炎。

 ブースト・マニューバ。ここに来て動きを変えてきた。

 こちらも応戦。

 互いの猟機が生み出す炎と熱が空間に刻まれ、1秒ごとに互いの位置がめまぐるしく入れ替わる。

 速い――

 距離が空けばグレネードが飛んでくる。

 近接戦闘ではレーザークローが首を狙ってくる。

 〈メルダリン〉がステップ・マニューバを織り交ぜ、さらに加速。

 目が付いていかない。

『その程度……!?』

 モルガンが揚々と叫んだ。

 防戦一方。

 両腕に装備したシールドを手放せないと。



 ――そう思わせることが必要だった。


 

 スティックのキーを操作し、シールドを同時にパージ。

 その場に落とした。


 俺の猟機〈シュナイデン・セカンド〉は、本来のフレームおよびスラスターの出力によって決定される速度が七割ほどに殺されている。

 その理由は、軽量機には不釣合いにシールドを二種も背負っているからだ。

 それでもアフターブーストや操縦テクニックでカバーし、軽量機としての立ち回りはできる自信があった。俺の戦い方に合っているというのもある。

 モルガンが、光学ステルスを道具のひとつとして捉えているように。

 俺にとってのシールドも、同じものだった。


 シールドパージにより重量が大きく軽減。


 それによりもたらされるものは、速度の上昇。

 劇的な変化ではない。目が慣れてしまえばいくらでも対処される。

 だがこの一瞬。

 すべては、この一瞬の緩急のため。

 シールドが地面に付く前に、俺の猟機はぐんと前に加速していた。 

 レーザーソードを抜刀。

 同時に左腕部のレーザーカッターを出力。

 二盾流から二刀流へ。

 すばやく引く〈メルダリン〉に肉薄。

 捉えた。


 二本の刃で十字を刻む。


 一本はほんの刹那で見切られる。

 だがもう一本が届いた。

 レーザーソードが〈メルダリン〉の左腕部を肘から切断。

 シールドがようやく地面に落下し、再取得可能なオブジェクトに変わる。

 さらに踏み込んだ。

 迎える〈メルダリン〉の頭部フェイスが展開。

 吐き出された火炎放射が眼前を焼き尽くす。


「来ると思ってた――」

 

 左腕部のレーザーカッターを射出。

 火炎の壁を突き破り、〈メルダリン〉の胸部に刃が打ち込まれる。

 致命判定は避けられる。だが敵機の耐久ゲージが30パーセントを割り込む。

 さらに膨れ上がった火炎は、向こうの視界もさえぎっていた。

 モルガンは引くべきでなかった。

 おそらく腕部に内蔵されたグレネード砲を、カウンターで命中させようとしたのだろう。内蔵兵装は隠すことができる分、弾数は決して多くない。虎の子の一撃だったはずだ。

 そしてあの言葉通り、高速状態の俺の猟機と斬り合うのはリスクが高い。


 だがそれは、俺も読めること(、、、、、、、)


 恐れこそが敗北を招く。

 そのときすでに、〈メルダリン〉の足元でこちらのレーザーソードの先端が地面を削り迫っていた。

 下から残りの右腕部を斬り飛ばした。

 〈メルダリン〉が光学ステルスを起動。

 だがそれはすでに、ただ逃げるための策だった。

 数秒後、大きく距離を空けて、主兵装の内蔵された両腕部を失った〈メルダリン〉の無惨な姿が現れる。

「勝負、付いたでしょ」

 俺は言った。

 驕りではない。

 これほど戦える人間なら、詰んだことが理解できるはずだった。

『――はは、さすがだね』

 モルガンは笑っている。

 その余裕さが不気味だった。

『最後、やられたな……。やっぱりすごいよ、シルトは。

 ――だって、あれに勝つくらいだもんね』

「なに……」

 モルガンの言葉がなにを指しているのかわからなかった。

 だが説明を待つまでもなく、モルガンが言った。

『じゃあもう一度、やってみせてよ』

 その言葉とともに、フィールドに新たな敵性反応が出現した。

 なにかが、天井から落ちてきた。

 半壊状態の〈メルダリン〉の左右に着地。

 衝撃で地面が揺れた。


 それは、二機の重量猟機だった。


「え――」

 見間違いだと思った。

 俺の潜在意識がそうさせているのだと。

 黒いカラーリングと太いシルエット。

 重量機。盛り上がった背部の増設スラスターに、長銃身のオートライフルとロングレーザーソードという携行武装。

 その猟機の肩口には、一枚のエンブレムがある。

 そこに、大きな翼と爪を持つ竜が描かれていた。

『嘘、でしょ』

 イヨの声から抑揚が消えた。

 俺もしかと目の当たりにした。

 黒の竜。

 見まちがえようもない。 

 俺があのとき戦った、尋常ならざる強さの猟機。

 それが、二機(、、)いた。

 〈メルダリン〉の両側に、二機の“黒の竜”が、まるで守護者のように立っている。

「ぁ……」

『そんなに驚いてくれると、ボクもうれしいよ』

 信じられなかった。

 いや、目の前の存在を受け入れがたかった。

 疑問が爆発し混乱に変じる。

 なぜいまここに現れる。しかも二機。プレイヤーの猟機ではなかったのか。フィールドの奥で現れたということはCOMなのか。いや、そんなことより、

 たった一機でさえ、奇跡的に勝利した敵。

 それを二機。

 この状態から相手にしろというのか。


 絶望――


 まさにその言葉以外、浮かぶものはなかった。

『言ったでしょ。きみたちには、ここで退場してもらわないといけないんだ』

『し、シルト……』

 イヨの声は震えている。

 あのとき、心が折られそうになったほどの強さを、まざまざと思い出していた。

 だが、やるしかない。 

 なんの策もない覚悟を捻り出そうとした。そのときだった。

 重い発砲音が轟いた。

 黒の猟機の一機が横に回避。

 通常のライフルではない。スナイパーライフルの効果音。

 俺たちが入ってきた巨大な扉から、二機の猟機が現れていた。

 一機はチアの〈オクスタン〉。そしてもう一機は――


『よーやく追いついたわよ!』


 そこに見えたのは、深紅の猟機。

 サビナの愛機、〈ラナンキュラス〉の圧倒的な存在感。

『アタシの先を越して攻略しようなんて、百億光年早いのよ!』

 どこかずれたことを、サビナは高らかに叫んだ。

 イヨもチアも、ぽかんとしていた。

 まさか、このタイミングでとは。

『……って、なによこれ?』

 サビナは目の前の敵が、通常のボスとはちがうらしいことに気づいて、困惑している。

「はっ……」

 乾いた笑いがもれた。

 いまほど―― 

 昔を含めて、いまほどサビナの存在を心強く思ったことはなかった。

 サビナの〈ラナンキュラス〉がこちらに、チアの〈オクスタン〉がイヨの〈ヴィント・マークα〉とそれぞれ合流する。

『あれが、ここのボスなわけ?』

「……まあ、そんな感じ」

 それまでの緊張が嘘のように、俺は脱力しながら答えた。

 細かい事情など、サビナには説明不要だろう。

 必要なのは、戦う相手だけ。

「気をつけて。あいつは、普通じゃない」

『はっ、アタシをだれだと思ってんのよ?』

 

 ――そうだったな。


 互いに心配無用だ。

 サビナの〈ラナンキュラス〉が、重々しい歩行音を響かせて俺のとなりに並んだ。

 ただ目の前の敵を倒すだけ。 

 かつて俺たちの作戦はいつも、たったそれだけ。それで十分だった。

『あんた、アタシについてこれんの?』

「できるだけ、やってみる」

 サビナの挑発的な発言に、俺も笑みを含ませながら返す。

 懐かしかった。

 この感覚。

 チームの近接担当として、ふたりで肩を並べた日々が。

 互いに好き勝手に戦い、連携などという言葉も知らなかった。

 けれど。

 信頼という、たったひとつの契約でつながっていた。

 長く息を吐いた。

 集中力が研ぎ澄まされる。

 サビナの〈ラナンキュラス〉が核弾頭ハンマー〈雷神〉をかつぐ。

 俺の〈シュナイデン・セカンド〉がレーザーソードを構えた。

 そして二体の黒い魔神に向き合った。


「好きなだけかかってこい/きなさい』


 奇妙的に重なった言葉とともに、第二戦の口火が切られた。



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