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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第8話 不可侵領域
84/93

#83

 光学ステルスを起動したモルガンの猟機〈メルダリン〉は、近距離ではレーダーにも反応しない。

 空気が鋭い敵意を帯びて張り詰める。

 どちらを襲う――

 俺か、イヨか。

 敵が静粛性を極限まで高めた隠密特化機体である以上、頼りになるのはわずかに視認できる空間の揺らぎのみ。

 全周モニターの広範囲の光学映像が、かろうじて俺を救った。

 目の端を横切った影に手足が反応。 

 アームズセレクト。

 左腕部でシールド〈LUCIUS〉を展開。 

 直後、シールドの曲面に赤いレーザーエッジが干渉した。

 〈メルダリン〉が光学ステルスを解除。間近にその威容があらわになる。

 腕部に内蔵された発生器から伸びる三連装レーザークロー。耐レーザーコーティングされているシールドでなければ貫通判定を受けたかもしれない。

 唾を飲み込んだ。

 まちがいなく、首を取るつもりの一撃。

 冷徹な狙いに背中が粟立つ。

 現れた〈メルダリン〉の姿を目印に、イヨの〈ヴィント・マークα〉ガトリング砲を振り向ける。だが、

『っ、射線が……!』

 イヨの方向から俺の機体が〈メルダリン〉と重なっていた。

〈ヴィント・マークα〉が火花を散らし横にスライドダッシュ。射角を確保。

 目前の〈メルダリン〉がレーザークローを斬り払う。ステップ・マニューバでぐるりと俺の側面に潜り込む。

 ふたたび俺の猟機が壁となって射線がさえぎられる。

「いい、撃って!」

『だめ、シルトに当たっちゃう!』

 〈ヴィント・マークα〉の二丁のガトリング砲が、あっさりと封じられていた。

 イヨの位置取りが悪いわけではない。

 こちらのフレンドリーファイアを誘発している。

 モルガンの〈メルダリン〉は、巧妙に効果的な立ち回りをしていた。

『なら上から……!』

〈ヴィント・マークα〉が大きく跳躍。

 複関節脚部特有の縦の機動力により、一気に俺たちの頭上へと躍り出た。

 空中から照準。これなら射線上に立たれることはない。

 すかさず〈メルダリン〉が光学ステルスを再起動。

 目の前からその姿がかき消える。一瞬遅れてガトリング弾が飛来。装甲の薄い機体なら蜂の巣にする弾幕は、なにもない地面を穿つ。

 エネルギー消費の大きい光学ステルスだからこそ、ここぞというときに使う。

 非常に強力な兵装だが、モルガンは決してそれに頼りきっているわけではない。

 〈メルダリン〉が距離とって姿をあらわす。

 いいように翻弄されている。ペースを握られるのは危険だ。

 こちらから攻めていくべき。

 俺はスラスターを目いっぱい開け飛び出す。

 滞空状態にあった〈ヴィント・マークα〉が着地する。

『きゃっ!』

 突然、イヨが声を上げた。

 〈ヴィント・マークα〉の耐久ゲージが減少。被弾していた。

「えっ……」

 前方の〈メルダリン〉とはまだ距離が開いている。

 なにを食らった?

 なにか遠距離火器を装備していたのか。だが敵機にその様子はない。

 訝かしんだとき、機体が揺れた。

 耳ざわりなダメージアラート。

 ぎょっとし、全周モニターにレイヤー表示されるダメージコントロール画面に視線を走らせる。脚部フレームに軽微な損傷。それでわかった。

 地表を注視すると、小さな物体が広範囲に落ちていた。

 〈メルダリン〉の姿を光学ズームで拡大。敵機のすね外側の装甲が開き、そこから小さな突起物がばら撒かれていた。

「マキビシ……?」

 散布型ブレード地雷。

 通称『マキビシ』とも呼ばれるこの補助兵装は、外側に向けられた四枚の硬質ブレードと少量の炸薬が内蔵されている。

 警告表示。ブレード地雷の攻撃特性により脚部の機能低下。移動速度が5パーセント減。問題ない。この程度なら操縦でカバーできる。

 だが速度が殺されたところを狙われた。

〈メルダリン〉が跳躍。

 片方の肩装甲が展開。内蔵されていた兵装をつかんだ。

 腕部をすばやく振るうモーションを見て、とっさに〈五式重盾『鐵』〉で前面を防御。

 投擲されたダガーがシールドを叩く。

「まだ隠し武装が……!」

 サイドブーストで方向転換。側面から追跡。だが〈メルダリン〉はこちらをあざ笑うようにかき消える。

 再び出現したときにはイヨを射程距離に収めていた。

 マズルフラッシュのない投擲ダガーが死角から〈ヴィント・マークα〉を斬り裂く。背部に被弾。

 ダメージは大きくはない。だが、

『こ、これって……!?』

 〈ヴィント・マークα〉の耐久ゲージが減り続けていた。

 投擲系ダガーは種類が豊富だ。超振動ブレードで接近戦もこなせるタイプのものや、炸薬を内蔵したHEATダガーもある。

 いま〈メルダリン〉が放ったのは、自律分子兵器を内蔵した侵食性ダガーだ。

 ファンタジーRPGでいえば毒状態。被弾時に取り付いた分子兵器により、イヨの機体の耐久ゲージがわずかずつだが削り取られていく。

 もはやあれらはただの武装ではない。

 暗器だ。

『そうだよね。いまの攻撃くらい、防げて当然だよね』

「……?」

 モルガンが、そうわざわざ言った意味がわからなかった。

 挑発? 

 いや、それともちがう

『一騎当千。象とアリ。ひとりの強者は無数の弱者に勝る』

 なにが言いたい。

『100も100+1も、たいして変わらないってことだよ』

『……』

 それがなにを指しているのか、おぼろげながらわかった。

 だがそれを口にすることはできなかった。

「……そんなこと、ない」

『そうだよ。だって、いままさにシルトがそれを証明してるんじゃないか』

『夏華……っ』

 イヨも気づいた。

 苦しそうな声。

 それ以上は、言わせない――

 レーザーソードの出力最大。左腕部のシールドを〈LUCIUS〉に切り替える。

 アフターブースト。

 一息で接近。

 安定性能が低いため操縦席が小刻みに揺れるが構わない。

 敵が光学ステルスで紛れる時間を与えない。

 自分の一番得意な戦い方をぶつける。

 モルガンは逃げなかった。腕部のレーザークローを出力。

 近接戦闘に突入。

 わざと先手を取らせた。

 赤い三連装のレーザーエッジが、真下から這い上がる。

 シールドモーションのマニュアル入力。

 シールドを引き寄せレーザークローを防御――軌道修正――円を描くように動かし押し込み――同時に鋭く払う。

 突き出したレーザークローが流れ、敵機の体勢が大きく崩れる。

 胴体ががら空きに。

 もらった――

 〈メルダリン〉の頭部フェイス。

 その口部分が左右に展開。

 そこから紅蓮の炎が吹き荒れた。

 ダメージアラートが鳴る。機体周辺温度が急上昇。スラスターの出力低下。

 レーザーソードのモーションキャンセルと同時に後退。

 火炎放射器。

 まるで、忍者の火遁の術。

 だがそれすら本命ではなかった。 

 猛烈な炎の壁が散ったとき、〈メルダリン〉の姿はない。

 側面に回り込まれる。

 畳み掛けるような投擲ダガー。

 レーザーソードで斬り払う。

 その動作が仇となった。

 機体が大きく右に旋回した瞬間、ステップ・マニューバで反対側に潜り込まれた。

 背後をとられる。

 本命は――ハンドグレネード砲。

 すさまじい衝撃が来た。

 機体背面でグレネード弾が炸裂。

「くそっ……!」

 直撃だ。

 耐久ゲージの三割強をもっていかれた。

 爆風で機体が流される。各部スラスターで姿勢制御。力技で転倒を防ぎ、即座に旋回。

 遅れてイヨがガトリング砲で追撃。

 だが〈メルダリン〉は光学ステルスを起動して軽々と逃げた。


『近接兵装のウェポンマスターと馬鹿正直に斬り合いをするほど、ボクは無知じゃないよ』


 モルガンは悠々と言ってのけた。

 向こうもわかっている。

 当然だ。わざわざ敵の得意分野に付き合う必要などない。

 自分の持ち手はぎりぎりまで伏せ。敵の意表を突く。

 狡猾に裏をかき、相手に思い通りの戦いをさせない。

 それはまちがいなく強さのかたちのひとつ。 

 イヨの援護射撃を受けて、俺はひとまず後退。

 だが〈ヴィント・マークα〉の、イヨの攻撃はどこか精彩を欠いていた。その理由は痛いほどわかった。  

『夏華! なんで!?』

 こらえられなくなったように、イヨが叫んだ。

『なんでこんなことするの!? お願い! 答えてよ!』

『……イヨ、ごめんね』

 モルガンは友達に対する親しげな口調で答えた。

 これまで聞いてきたものと、まったく同じ声で。

『ボクらが出会った頃、イヨはまだビギナープレイヤーだったよね』

『え……?』

『よく覚えてるよ。アイゼン・イェーガーのサービスがはじまって、まだ一年たっていない頃だったね』

『…………うん』

『よくいっしょに攻略に出かけたよね。イヨは普段は冷静なんだけど、暗いフィールドとかに行くと急に怖がってダメになっちゃって、大変だった。でもふたりで見知らぬ世界を冒険するのは、ほんとうに楽しかったよ』

 それは、俺の知らない彼女の日々。

 イヨとモルガンだけが共有している時間だ。

『あの頃に比べて、本当に上手くなった。うれしいよ。もっとずっと、いっしょに遊んでいられたらよかったのにね』 

『そっ……なら、なんで……』

 〈メルダリン〉がゆっくりと前進。

 油断はしなかった。

 スラスター全開。

 左右のサイドブーストでロックを外しながら敵機に肉薄。加速を乗せた斬撃を見舞う。〈メルダリン〉は後方に回避。

 ぎりぎりのところで間合いを見切られている。

 〈メルダリン〉が脚部からマキビシを散布。

 小刻みなステップ・マニューバと地雷に、また速度を殺される。

 もどかしい。だが強行はできなかった。

 一発は小さなダメージでも、重なれば耐久度の低い俺の軽量機には無視できないものになる。

『もう戻れないんだ。これはとても、とても大事なことだから』

『大事……? こんなことのなにが――』

『だから、邪魔しないで』

 〈メルダリン〉が光学ステルスを起動。

 今度も俺に仕掛けてくると思っていた。

 その思い込みが油断だった。

 〈メルダリン〉がイヨ機の後方に出現。

 無音で忍び寄るその気配にイヨは反応できなかった。

『え――』

 〈ヴィント・マークα〉の左腕が、ガトリング砲ごと宙を舞った。

「イヨ!」

 動きが鈍い。

 完全に集中力を失っている。

 〈メルダリン〉が軽々と〈ヴィント・マークα〉の側面に回りこむ。同時に左腕を向ける。

 グレネード弾が至近距離で直撃。

 〈ヴィント・マークα〉の頭部が吹き飛ぶ。

「くそっ……!」

 アフターブースト点火。

 交錯する二機に向かって突撃する。

 間に合え――


『ごめんね、イヨ』


 無防備な〈ヴィント・マークα〉の胸部に、赤い刃が強襲した。


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