#83
光学ステルスを起動したモルガンの猟機〈メルダリン〉は、近距離ではレーダーにも反応しない。
空気が鋭い敵意を帯びて張り詰める。
どちらを襲う――
俺か、イヨか。
敵が静粛性を極限まで高めた隠密特化機体である以上、頼りになるのはわずかに視認できる空間の揺らぎのみ。
全周モニターの広範囲の光学映像が、かろうじて俺を救った。
目の端を横切った影に手足が反応。
アームズセレクト。
左腕部でシールド〈LUCIUS〉を展開。
直後、シールドの曲面に赤いレーザーエッジが干渉した。
〈メルダリン〉が光学ステルスを解除。間近にその威容があらわになる。
腕部に内蔵された発生器から伸びる三連装レーザークロー。耐レーザーコーティングされているシールドでなければ貫通判定を受けたかもしれない。
唾を飲み込んだ。
まちがいなく、首を取るつもりの一撃。
冷徹な狙いに背中が粟立つ。
現れた〈メルダリン〉の姿を目印に、イヨの〈ヴィント・マークα〉ガトリング砲を振り向ける。だが、
『っ、射線が……!』
イヨの方向から俺の機体が〈メルダリン〉と重なっていた。
〈ヴィント・マークα〉が火花を散らし横にスライドダッシュ。射角を確保。
目前の〈メルダリン〉がレーザークローを斬り払う。ステップ・マニューバでぐるりと俺の側面に潜り込む。
ふたたび俺の猟機が壁となって射線がさえぎられる。
「いい、撃って!」
『だめ、シルトに当たっちゃう!』
〈ヴィント・マークα〉の二丁のガトリング砲が、あっさりと封じられていた。
イヨの位置取りが悪いわけではない。
こちらのフレンドリーファイアを誘発している。
モルガンの〈メルダリン〉は、巧妙に効果的な立ち回りをしていた。
『なら上から……!』
〈ヴィント・マークα〉が大きく跳躍。
複関節脚部特有の縦の機動力により、一気に俺たちの頭上へと躍り出た。
空中から照準。これなら射線上に立たれることはない。
すかさず〈メルダリン〉が光学ステルスを再起動。
目の前からその姿がかき消える。一瞬遅れてガトリング弾が飛来。装甲の薄い機体なら蜂の巣にする弾幕は、なにもない地面を穿つ。
エネルギー消費の大きい光学ステルスだからこそ、ここぞというときに使う。
非常に強力な兵装だが、モルガンは決してそれに頼りきっているわけではない。
〈メルダリン〉が距離とって姿をあらわす。
いいように翻弄されている。ペースを握られるのは危険だ。
こちらから攻めていくべき。
俺はスラスターを目いっぱい開け飛び出す。
滞空状態にあった〈ヴィント・マークα〉が着地する。
『きゃっ!』
突然、イヨが声を上げた。
〈ヴィント・マークα〉の耐久ゲージが減少。被弾していた。
「えっ……」
前方の〈メルダリン〉とはまだ距離が開いている。
なにを食らった?
なにか遠距離火器を装備していたのか。だが敵機にその様子はない。
訝かしんだとき、機体が揺れた。
耳ざわりなダメージアラート。
ぎょっとし、全周モニターにレイヤー表示されるダメージコントロール画面に視線を走らせる。脚部フレームに軽微な損傷。それでわかった。
地表を注視すると、小さな物体が広範囲に落ちていた。
〈メルダリン〉の姿を光学ズームで拡大。敵機のすね外側の装甲が開き、そこから小さな突起物がばら撒かれていた。
「マキビシ……?」
散布型ブレード地雷。
通称『マキビシ』とも呼ばれるこの補助兵装は、外側に向けられた四枚の硬質ブレードと少量の炸薬が内蔵されている。
警告表示。ブレード地雷の攻撃特性により脚部の機能低下。移動速度が5パーセント減。問題ない。この程度なら操縦でカバーできる。
だが速度が殺されたところを狙われた。
〈メルダリン〉が跳躍。
片方の肩装甲が展開。内蔵されていた兵装をつかんだ。
腕部をすばやく振るうモーションを見て、とっさに〈五式重盾『鐵』〉で前面を防御。
投擲されたダガーがシールドを叩く。
「まだ隠し武装が……!」
サイドブーストで方向転換。側面から追跡。だが〈メルダリン〉はこちらをあざ笑うようにかき消える。
再び出現したときにはイヨを射程距離に収めていた。
マズルフラッシュのない投擲ダガーが死角から〈ヴィント・マークα〉を斬り裂く。背部に被弾。
ダメージは大きくはない。だが、
『こ、これって……!?』
〈ヴィント・マークα〉の耐久ゲージが減り続けていた。
投擲系ダガーは種類が豊富だ。超振動ブレードで接近戦もこなせるタイプのものや、炸薬を内蔵したHEATダガーもある。
いま〈メルダリン〉が放ったのは、自律分子兵器を内蔵した侵食性ダガーだ。
ファンタジーRPGでいえば毒状態。被弾時に取り付いた分子兵器により、イヨの機体の耐久ゲージがわずかずつだが削り取られていく。
もはやあれらはただの武装ではない。
暗器だ。
『そうだよね。いまの攻撃くらい、防げて当然だよね』
「……?」
モルガンが、そうわざわざ言った意味がわからなかった。
挑発?
いや、それともちがう
『一騎当千。象とアリ。ひとりの強者は無数の弱者に勝る』
なにが言いたい。
『100も100+1も、たいして変わらないってことだよ』
『……』
それがなにを指しているのか、おぼろげながらわかった。
だがそれを口にすることはできなかった。
「……そんなこと、ない」
『そうだよ。だって、いままさにシルトがそれを証明してるんじゃないか』
『夏華……っ』
イヨも気づいた。
苦しそうな声。
それ以上は、言わせない――
レーザーソードの出力最大。左腕部のシールドを〈LUCIUS〉に切り替える。
アフターブースト。
一息で接近。
安定性能が低いため操縦席が小刻みに揺れるが構わない。
敵が光学ステルスで紛れる時間を与えない。
自分の一番得意な戦い方をぶつける。
モルガンは逃げなかった。腕部のレーザークローを出力。
近接戦闘に突入。
わざと先手を取らせた。
赤い三連装のレーザーエッジが、真下から這い上がる。
シールドモーションのマニュアル入力。
シールドを引き寄せレーザークローを防御――軌道修正――円を描くように動かし押し込み――同時に鋭く払う。
突き出したレーザークローが流れ、敵機の体勢が大きく崩れる。
胴体ががら空きに。
もらった――
〈メルダリン〉の頭部フェイス。
その口部分が左右に展開。
そこから紅蓮の炎が吹き荒れた。
ダメージアラートが鳴る。機体周辺温度が急上昇。スラスターの出力低下。
レーザーソードのモーションキャンセルと同時に後退。
火炎放射器。
まるで、忍者の火遁の術。
だがそれすら本命ではなかった。
猛烈な炎の壁が散ったとき、〈メルダリン〉の姿はない。
側面に回り込まれる。
畳み掛けるような投擲ダガー。
レーザーソードで斬り払う。
その動作が仇となった。
機体が大きく右に旋回した瞬間、ステップ・マニューバで反対側に潜り込まれた。
背後をとられる。
本命は――ハンドグレネード砲。
すさまじい衝撃が来た。
機体背面でグレネード弾が炸裂。
「くそっ……!」
直撃だ。
耐久ゲージの三割強をもっていかれた。
爆風で機体が流される。各部スラスターで姿勢制御。力技で転倒を防ぎ、即座に旋回。
遅れてイヨがガトリング砲で追撃。
だが〈メルダリン〉は光学ステルスを起動して軽々と逃げた。
『近接兵装のウェポンマスターと馬鹿正直に斬り合いをするほど、ボクは無知じゃないよ』
モルガンは悠々と言ってのけた。
向こうもわかっている。
当然だ。わざわざ敵の得意分野に付き合う必要などない。
自分の持ち手はぎりぎりまで伏せ。敵の意表を突く。
狡猾に裏をかき、相手に思い通りの戦いをさせない。
それはまちがいなく強さのかたちのひとつ。
イヨの援護射撃を受けて、俺はひとまず後退。
だが〈ヴィント・マークα〉の、イヨの攻撃はどこか精彩を欠いていた。その理由は痛いほどわかった。
『夏華! なんで!?』
こらえられなくなったように、イヨが叫んだ。
『なんでこんなことするの!? お願い! 答えてよ!』
『……イヨ、ごめんね』
モルガンは友達に対する親しげな口調で答えた。
これまで聞いてきたものと、まったく同じ声で。
『ボクらが出会った頃、イヨはまだビギナープレイヤーだったよね』
『え……?』
『よく覚えてるよ。アイゼン・イェーガーのサービスがはじまって、まだ一年たっていない頃だったね』
『…………うん』
『よくいっしょに攻略に出かけたよね。イヨは普段は冷静なんだけど、暗いフィールドとかに行くと急に怖がってダメになっちゃって、大変だった。でもふたりで見知らぬ世界を冒険するのは、ほんとうに楽しかったよ』
それは、俺の知らない彼女の日々。
イヨとモルガンだけが共有している時間だ。
『あの頃に比べて、本当に上手くなった。うれしいよ。もっとずっと、いっしょに遊んでいられたらよかったのにね』
『そっ……なら、なんで……』
〈メルダリン〉がゆっくりと前進。
油断はしなかった。
スラスター全開。
左右のサイドブーストでロックを外しながら敵機に肉薄。加速を乗せた斬撃を見舞う。〈メルダリン〉は後方に回避。
ぎりぎりのところで間合いを見切られている。
〈メルダリン〉が脚部からマキビシを散布。
小刻みなステップ・マニューバと地雷に、また速度を殺される。
もどかしい。だが強行はできなかった。
一発は小さなダメージでも、重なれば耐久度の低い俺の軽量機には無視できないものになる。
『もう戻れないんだ。これはとても、とても大事なことだから』
『大事……? こんなことのなにが――』
『だから、邪魔しないで』
〈メルダリン〉が光学ステルスを起動。
今度も俺に仕掛けてくると思っていた。
その思い込みが油断だった。
〈メルダリン〉がイヨ機の後方に出現。
無音で忍び寄るその気配にイヨは反応できなかった。
『え――』
〈ヴィント・マークα〉の左腕が、ガトリング砲ごと宙を舞った。
「イヨ!」
動きが鈍い。
完全に集中力を失っている。
〈メルダリン〉が軽々と〈ヴィント・マークα〉の側面に回りこむ。同時に左腕を向ける。
グレネード弾が至近距離で直撃。
〈ヴィント・マークα〉の頭部が吹き飛ぶ。
「くそっ……!」
アフターブースト点火。
交錯する二機に向かって突撃する。
間に合え――
『ごめんね、イヨ』
無防備な〈ヴィント・マークα〉の胸部に、赤い刃が強襲した。




