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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第8話 不可侵領域
83/93

#82

『あれ、COM(コム)かな……』

 ドーム状のフィールドの中央に立つ猟機を見て、イヨがつぶやいた。

 各クエストのボスとして出てくる、敵NPC操縦、あるいはAI操縦設定の猟機はいる。

 その場合、見た目は通常の猟機と同じでも、ボスとして破格の耐久ゲージや火力、または特殊な武装を備えているパターンが多い。

 だが、あれはちがう。

 そう直感した。 

 敵は動かず、その場に停止している。

 レーダーマップ上には、赤いアイコン――敵性識別反応が浮かんでいた。

 疑問はあった。

 いったいどうやって、ここに先回りしたのか。

 あの不思議な少女――キーによって開かれた扉の奥にどこから移動してきたのか、それは定かではない。

 だがもはや、それすら俺たちにとっては瑣末なことだった。

 俺は改めて敵機を観察した。 

 淡いカラーリングの中量猟機。頭部後ろに伸びる大型レーダーアンテナ。

 見たところ徒手空拳。なにも携行火器を携えていない。

 だが機体の外見に見覚えがあった。

 アイゼン・イェーガーを長くやっていると、似たような猟機に乗ったプレイヤーというのはよく見かける。

 カスタマイズ自体は無限に近いが、性能が高かったり扱いやすい武装には人が集中するし、猟機のビルドとしてテンプレとなるような優れた組み方はすぐ広まるので、そっくりな機体に乗ったプレイヤー同士の対人というのもたまに見かける。

 だとしても。

 それはあの機体に、あまりによく似ていた。

『ねぇ、なんかあれ……』

 なにか言いかけたイヨの言葉は、しかし途切れた。

 気づいたはずだった。

 だがきっとイヨは自分でそれを否定した。

 そんなことは、システム的にあるはずがないからだ。

 だから、俺が言わなければいけなかった。



「モルガン、でしょ」



 声が震えそうだった。

 それを俺は必死に押さえつけていた。

 気づいた俺が言わなくてはならないと思った。

『シルト、なに言ってるの?』

 イヨが苦笑する。

 俺が冗談を言ったと思ったのだろう。

『どうしたの? そんなこと言うのめずらし――』

「……モルガンだよ。あれに乗ってるのは」

『え……』

 俺ははっきりと断定した。

 猟機の操縦席に座り二つのメインスティックを握ったアバターと同じように、リアルの身体では自然と手を軽く握りこんでいる。

 その手のひらが汗ばむのを感じた。

『えっと……、か、からかわないでよ。一度クエスト内で撃破されたら、途中から復帰することはできないんだから。それに夏華はさっきもう寝ちゃって――』

『どうして、わかったの?』

 オープンチャットから声がした。

 それはイヨでもチアでもサビナでもなく、目の前の敵機から発せられたものだった。

 それはまちがいなく――夏華の声だった。

 どこか嬉しそうなその声色が、俺にはただ怖かった。

『いつ気づいたの?』

「……最初は、音」

 あのとき。

 飛行戦艦から地上に落下し、まず最初にモルガンと再会した。

 あのとき俺は接近してくるのが猟機であると、ほんの至近距離に近づくまで気づくことができなかった。

 なぜか?

「静かすぎるんだ。モルガンの猟機は」

 通常、猟機は歩くだけで特有の重低音を響かせる。

 だがモルガンの猟機には、それが皆無といっていいほどなかった。

 電子戦機には不釣合いな特性。

「後方支援機としては、静粛性が高すぎる。よほどフレームパーツや内部のリアクターを厳選してチューンナップしない限り、そうはならない……。偶然、そうなるなんてことはない」

 おそらくそれは、飛行戦艦の上でザンノスケさんが、モルガン機の図面を見た瞬間に気づいたこと。支援用兵装を搭載したバックパックや標準的なライフルは、後付けの装備に過ぎない。だからこそ猟機のビルドに詳しいプレイヤーから見れば違和感が生じたのだ。

 導き出される結論はなにか。

 自分を奮い立たせながら、俺は言った。

「その機体は、支援機なんかじゃない」

 そう口にしたときでもまだ、否定してほしいと心の底では願っていた。

 けれど。


『正解だよ、シルト』


 モルガンは、はっきりとそう答えた。

 それと同時に、モルガン機の両腕部外側の装甲がスライドし、そこに眠っていた隠し武装があらわになった。

 右腕側面にレーザークローの発生器。

 左腕側面にハンドグレネード砲。

 支援用電子戦機の、それが真の姿だった。

 

『ボクのこれは、暗殺用の隠密特化機体だよ』


 機体全身を静粛性の高いフレームで構成し、携行兵装ではなく内蔵兵装を充実させる。

 さらに光学ステルスユニットを装備し、敵の目を視覚的・電子的にあざむく。

 内蔵兵装は奇襲には向いているが、腕や背部に装備する携行火器に比べれば、弾数や威力に限りがあるものが多い。

 それだけで猟機を構成するとなれば、よほど明確な目的がなければ意味を成さない。

 まさしくそれは、奇襲・暗殺用の猟機。

「じゃあ、やっぱり……」

『うん。あの人の仲間をやったのはボクだよ。戦闘に紛れてヒュージフットの圏外輸送機を破壊したのも、もちろん、さっきシルトを襲ったのものね。本当はそうやって、全員をこのクエストから退場させるつもりだったから』

 モルガンは悪びれもなく白状した。

 そこに、これまでのドジでやわらかな物腰の夏華の面影はなかった。

 イヨは絶句している。

 俺も同じだった。

 モルガンの猟機の正体を言い当てたところで、どうすればいいのか。そんなことをすぐに判断できるはずもなかった。

 ずっとありえないと思い続けていたのだから。

『やっぱり、あのとき反対してよかった』

 動揺する俺たちとは対照的に、モルガンは平然と言った。

「……なんの、こと」

『ボクが、ゲームを続けてほしいって言ったことだよ。ほんとはそんなこと、上の人に怒られちゃうことなんだけど、シルトたちにゲームを進めてもらえてよかった。だってこうして、こんな形でまた会えたんだからね」

 モルガンの声は弾んでいた。

 この状況を本心から望んでいるのだと、それでわかった。

 聞きたいことは山ほどあった。

 だがそれ以上に、俺はモルガンの落ち着きようが恐ろしかった。

『夏華……』

 イヨがようやく衝撃から立ち直り、言葉を発した。

『ごめん、ぜんぜんわかんない。なに、なんで……』

「イヨ……」

 混乱していた。

 当然だ。事前に気づいた俺でさえも、動揺を必死に押さえつけている状態だった。

『ちょっと待って、ほんとに……。なに、これ。なんなの?』

『ログアウトして話す?』

『えっ……』

 対照的に、モルガンの声は落ち着き払っていた。

『でも、それはおすすめしないかな。たぶんその操作をしている間に、ボクはふたりの猟機を破壊できる』

「……!」

『五秒あれば十分だ。それで、こっちの目的は果たされるからね』

 それが脅しなのだと気づくのに、しばしの時間を要した。

「なんで……」

 俺はただ疑問を繰り返した。

『理由? まあ……ボクらも一枚岩じゃないっていうことかな』

「……?」

『今回だって、どうも急に正義感にかられたらしい人たちが抵抗して、こんなかたちの茶番に付き合わされることになったんだ。きっとあの拠点のなかでも、このフィールドでも、きみたちに協力した人間がいたはずだよ。突然、抜け道が現れたり、アクセスできるはずのないエリアに入ることができたり、とかね』

 協力者。

 それはきっと、あの白い少女――キーのことだ。

 先刻、俺たちが拘束されたあの拠点から逃げ出すとき、天井に都合よく通気口があった。もしやあれも、彼女の仕業だったということか。

 ゲーム内の構造物に干渉?

 いったいどんな立場の人間なら、そんなことができるのか。

『たぶん内部告発というか、ふたりに警鐘を鳴らしたかったみたいだけど、ボクたちとしてはまだ秘密は保持したいんだ。だから、あの手この手できみたちを退かせようとしたんだけど……。そこは、さすがだったね』

 理解できなかった。

 モルガンがなにを言っているのか。

 俺たちがいったい、なにに巻き込まれているのか。

『でも、さっきも言ったけど、結果的にはよかったと思ってるよ。だって――』

 モルガン機の両腕部の装甲が閉じ、武装が格納される。

 敵の武器が見えないというのは、戦闘中には大きなプレッシャーだ。さらに光学ステルスと併用されれば、敵の攻撃の予兆を見抜くことはほとんど不可能となる。


『きみと戦えるんだから』


 モルガンの猟機が前進した。

 人間めいた悠然とした足取りで、こちらに近づいてくる。 

『待って! お願い、ちゃんと話して、夏華……!!』

 イヨが痛切に叫ぶ。

 だがその言葉はもう意味をなさない。

 いまここにあるのは、猟機という互いの武器と、戦いの気配だけ。 

『ボクの猟機〈メルダリン〉は、弱くないよ』 

 モルガンの絶対的な自信に裏付けられた言葉。

 強者特有の圧力を発しながら、光学ステルスユニットが作動。モルガンの機体〈メルダリン〉の姿が、まるで幻術ように空間にかき消える。


 まもなく透明な殺意が、俺たちを強襲した。


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