#81
俺はキーを猟機の肩に乗せ、フィールドの奥へと進んだ。
狭い上に複雑な地形の洞窟エリアを抜けると、ようやく広い空間に出た。
「ここは……」
そこは、まるで神殿の大聖堂のような場所だった。
天井は高く、人工物の太い柱が二列、まっすぐな回廊を作るように並んでいる。柱の根元や壁などはさきほどの洞窟と同じクリスタルに侵食されていた。
神々しい雰囲気につい見惚れていると、
『道は合っています。この先です』
キーは迷いなく断定した。
レーダーで敵がいないことを確認し、低速で猟機を前進させる。
『――シルト、いまどんな感じ?』
イヨからボイスチャットが入った。
「いま……青い洞窟を抜けて、すこし広いところに出たところ。なんか神殿みたいな」
『あ、ほんとに? なんか、こっちもそれに似たような景色かも』
「じゃあ……近くかも」
おそらく最初にイヨたちが落下した場所と、さきほど俺がいた洞窟のエリアはつながっていたのだろう。
『あ、それでなんだけど……』
イヨがなにか言いかけたとき、
ぴこん、という効果音を鳴らしてレーダーマップが反応。
レイヤー表示されるマップに、味方機のアイコンがひとつ浮かんでいた。
その方角に目を向けると、壁の空洞から一機の猟機が姿を現した。
くの字に折れ曲がった脚部を持ち、二丁のガトリング砲と大量の追加弾倉を背負った猟機――イヨの〈ヴィント・マークα〉だった。
『シルト! よかったぁ……』
ガションガションと歩行音を響かせるイヨ機と合流した。
「よかった、無事で」
『シルトもね。ここのガイスト、やっぱり強いよ……』
改めてイヨ機のステータスを見ると、弾がかなり減っていた。後先構わない乱射で乗り切ったのかもしれない。敵と遭遇する前に戦力が分散したのは、やはり痛手だった。
と、そこで俺は重大なことに気づいた。
「あれ……チア、は?」
チアの多脚猟機〈オクスタン〉の姿も反応も、近くにはない。
『それが……その。さっき、外でひっかかったやつと同じような仕掛けがあって』
「え、まさか……」
『わたしは気づいて止めようとしたんだけど、間に合わなくて。チア、また下に落っこちちゃった』
「なんたる……」
まあ頭では警戒しようとしていても、フィールドでモニター越しに素材や補給ポイントのアイコンが浮かぶと、つい近づきたくなる気持ちはよくわかる。単純に慣れと経験の問題なのだが。
イヨがチームチャットを開いて、チアに話しかけた。
『チア? そっち、大丈夫?』
イヨのウィンドウのとなりに、チアの顔も浮かぶ。
普段から生気のうすいその表情が、さらにげっそりとしていた。
『……かつてない、しんどさ』
「え、敵が?」
『…………すごいのが、近くに』
しかし、チアの猟機のステータスは『戦闘中』にはなっていない。
あっけにとられていると、さらにもうひとりがチームチャットに参加してきた。
『いつになったら合流できんのよ!?』
かみなり声がとどろいた。
そのあまりの怒りっぷりに、俺たちはそろって顔をしかめた。
地震雷火事サビナ、みたいなレベルである。
「いや、えっと……」
『なんであんたたち一緒じゃないのよ!? ようやく見つけたと思ったら、この超絶ぼそぼそ喋るコミュ障女だけだし!』
『……う、うぅ、うう……』
チアが小動物のようにうめく。
『なによ。言いたいことあるなら、はっきり言いなさいよ』
『う、ぅ………』
『う。なに?』
『………………………ぅざぃ』
『あんですってぇ!?』
「ま、まあとりあえずそれぞれ合流はできて……よ、よかった? のでは」
まさかサビナと一緒だったとは。
心のなかでチアに合掌する。
俺が苦手なのと同じ理由で、チアが得意なはずがない。
『とにかく、すぐそっち行ってやるから! 首を洗って待ってなさいよ!』
まるで仇敵に対するようなセリフを叫んで、ぶつりとチャットが切れた。
一応、俺たちは仲間のはずだが……。すこし不安になってきた。
『ねぇ、っていうかさ……』
ふと、イヨがこわばった声を出した。
イヨの〈ヴィント・マークα〉の頭部が、こちらを凝視していた。
『シルトの肩のそれ……な、なに?』
俺の猟機の肩には、白い服の少女がちょこんと座っている。
“だれ”ではなく“なに”だ。
たしかにいきなり目にしたら、そういう反応にもなるだろう。
『あら。あなたとは、初めましてですね』
キーはたじろぐこともなく、のほほんと答えた。
妙な言い回しが気になった。
あなた“とは”?
『はじめ、まして……』
「か、彼女は、キー……さん」
俺はたどたどしく紹介する。
「なんか……猟機を呼び出せないみたいで。それで、俺がここまで手伝って、いっしょに」
『え……?』
『はい。シルトさんのおかげで、なんとかここまで来れました』
イヨは困惑していた。
『そんなエラー、っていうかバグ? って……あるの?』
「みたい……だけど」
正直、それについては俺も自信がなかった。
とはいえ、この少女がただの寄生プレイのために嘘をついているとも思えなかった。
『シルトさんとは、いろいろお話をしました』
『……へぇ……。……ふーん……」
「な、なに?」
『ううん、べつに』
ウィンドウのイヨは無表情になり、声も妙に冷たかった。
『ともかく、先に進みましょう。時間がありません」
キーはまっすぐ、前方を指差した。
*
回廊は長く、どこまでも続いていた。
荘厳な柱が二列、延々と等間隔で続いている。古びた人工の建造物と、それを侵食するクリスタルの光景も、まったく変化がない。
さらに不思議だったのは、ここに来るまでは一定間隔で遭遇していたガイストが、ぱたりと見えなくなったことだ。
『止まってください』
ふとキーが言った。
俺はスティックを戻して猟機を停止させた。イヨもそれに習う。
『ここは、無限ループの仕様になっています。通常はNGルートとして設定されているので、引き返すことはできますが、先に進むことはできません』
すらすらとキーは説明した。
「? だったらなんで――」
『ですが、ここが鍵穴です』
キーがふと、手をかざした。
なにをしているのかわからなかった。
だがその直後、驚くべきことが起きた。
終わりの見えなかった回廊の景色、そこにデジタルノイズのような歪みが広がり、一瞬のうちにまったく別の光景に切り替わった。
俺たちの目の前に現れたのは、細かなレリーフに飾られた壁。
――否、それは巨大な扉だった。
『ここが、深奥へとつながる扉です』
深奥。
この天空遺跡〈オルクス〉の、最深部のエリア。
俺はそこでふと、キーがこの〈オルクス〉専用のNPCなのではないかと思った。
だが、そんなはずはない。こんな自由な会話を、人間以外とできるはずがない。
『ごめんなさい、私はここまです』
「え?」
キーは猟機の肩から、ひょいっと地面へと降り立った。
そのまま巨大な扉に近づき、その表面に小さな手を付けた。
メインカメラでその姿をズームして映し出す。キーの手首のまわりに、リング状のエフェクトが浮かび、それがキーの手のなかに吸い込まれた直後、扉が発光した。
「なにが……」
キーが触れた部分から、扉を光の線が走り抜けた。下から上へと、まるで木の根のように光は扉の最上部まで広がり、やがて潰えた。
地響きが生じた。
扉を真っ二つに縦に割くように、中から光が漏れた。
振動は扉が動いているために生じているものだった。
猟機を悠に超える大質量の壁が左右へと開いていく。その迫力の光景を俺とイヨは固唾を飲んで見守っていた。
どう見ても、アバターで触れただけで開くような扉ではなかった。
不思議な力。
『このエリアの奥に、もうひとつ隔離された場所があります。そこのゲートは私がいなくても開くはずです。あとは、彼らの妨害が入るよりも先に、そこまでたどりつければ』
すべてを知っているような口調。
やはり、キーは普通のプレイヤーではないと確信した。
『あの、あなたはいったい……』
『――――です』
イヨの問いにキーが答える。だがその言葉はさきほど俺と話したときのように、不明瞭なノイズによってかき消されてしまった。
キーは解放される扉の前で振り返り、猟機に乗った俺たちを見上げた。
『シルトさん、これだけは憶えておいてください』
「……?」
俺はなにがなんだかわからぬまま、キーの言葉に耳をかたむけた。
『あなたが、彼を救ったんです』
「彼……?」
『ええ。きっと、感謝していると思いますよ。
彼も、彼のそばにいる人も』
慈しむような口調。
そのだれかのことを想っているような話し方だった。
わからない。
その彼とは、だれのことなのか。
俺といったい、どう関係あるのか。
それらの疑問を口にする前に、すでにキーの姿は薄れていた。
通常のログアウト時とも異なるエフェクトで、その姿が虹色の光の粒子に包まれる。
『この先にあるものを、どうかその目で――』
その言葉を最後に、キーの姿は完全にその場から消失してしまった。
それからしばらくのあいだ、俺とイヨは呆然としていた。
『どういう、こと……? あの人って、なんだったの……?』
「わかんない……。けど」
扉の隙間は、ようやく猟機が通れるほどになっていた。
無意識のうちにそこに吸い寄せられる。
ふと葛藤が生じた。
この先に、本当に進むべきなのか。進んでいいものなのか。
『シルト?』
「……行こう」
いや、進まなければならない。
それが、ここまで辿りついた俺たちの、キーという不思議な少女に導かれた者たちの、責務のように感じた。
俺とイヨは猟機を前進させ、扉を抜けた。
俺たちを迎え入れたのは、とてつもなく広大な場所。
それは以前、黒の竜と戦ったときと同じようなドーム状の空間だった。
その中心に、一機の猟機がいた。
次回、EP05/第8話『不可侵領域』
避けられぬ戦いです。




