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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第6話 スカイダイヴ
78/93

#77

 サビナにブリッジへと案内された。 

 航空拠点の艦橋ブリッジは広かった。正面と左右には展望台のように見通しのいい窓が設けられており、外は澄んだ青色に包まれていた。

 手前の操舵席には、水夫のような格好のサビナの仲間が立っている。

 よく見ると、最初に街でサビナと出会ったときに一緒にいたプレイヤーのひとりだ。首をひねり、俺やイヨをジロリと一瞥した。

 ブリッジにいた他の男たちもこちらを睨んでいるように見えるのは、単にアバターの顔つきが粗野なだけか。とはいえサビナが連れてきた手前、文句はつけられないという葛藤をなんとなく感じた。

「どう、問題はない?」

「へい姐さん!」

 見事な忠誠心で男が応じる。

 俺はイヨとチアに、サビナがこのまま天空遺跡〈オルクス〉まで航行してくれることを伝えた。

 だがイヨは警戒した目つきで、

「まさか、またお金とる気じゃ……」

「しないわよ、失礼ね」

 サビナは軽くむくれた。

「それにしても……あいつら、なんだったのかしら」

 あのとき、突然襲撃してきたレベル1のプレイヤーの集団。

 拠点に連れていかれ、俺たちは監禁されかけた。

 いくらログアウトすれば抜けられたとはいえ、攻略をPK以外の不当な方法で妨害するのは悪質だ。

「シルト。そういえば、なんか変な話されたとか言ってなかった?」

「あぁ……」

 彼らのリーダーらしきプレイヤーのことを思い出した。

 たしか、Kと呼んでくれなどと言っていた。

 あのときは不気味さについ圧倒されてしまったが、単純にヤバい人たちだったと考えると、まともに受け取るまでもない。

 どう説明すべきか。

 俺は我ながらたどたどしい話し方で、覚えている話の内容を伝えた。

 戦争だの正義だの、真面目に話すのもちょっと恥ずかしい。案の定、話し終えたときのイヨたちの表情は、おそらくあのときの俺と同じものだった。

「それは……なんていうか、災難だったね」

「あたまおかしい……」

 イヨは苦笑し、チアは身も蓋もなく言った。

「ふーん。ほんとにそんなヤバいやつらもいるのね。なんかムカつくとかいうのを通り越して、かかわり合いになりたくないわ」

「そうですね。拠点でぼったくる人もいるくらいですからね」

「あんた、ケンカ売ってんの!?」

「いいえべつに」

 この女傑ふたりは相変わらずだ。

 とはいえ、サビナの言う通りだ。あとでコンタクトリストからブロックしておいたほうがいいかもしれない。

 とにかく、俺たちの目的は〈オルクス〉だ。

 共同戦線クエストなので、複数のチームによる同時攻略を前提とされた難易度設定がされている。苦戦は覚悟しておいたほうがいいだろう。

 だが報酬は他ではまず手に入らない超高ランク素材だ。

 挑む価値は十分にある。

 

「――あれでしょ」


 ふとサビナが言った。

 その視線につられて、俺は前方に目を向けた。

 ブリッジから眺める、どこまでも続く空。

 その先にひとつの島が浮かんでいた。

 改めて眺めると、ひし形にも見える島だった。

 すり鉢状の底面が下に向かって長く伸びている。島の上部には高い城か塔のような人工物のシルエットが浮かんでいる。

 天空遺跡の〈オルクス〉の荘厳な姿。あのとき、飛行戦艦の上から見たものと同じだ。

 イヨもそれを、ほっとしたように眺めていた。

「ようやく、だね」

「ほんとに……」

 ここまで、短いようで長かった。

 直前で地上に落とされ、手練れのPKであるイレイガに襲われ、ヒュージフットを目指し攻略したものの目的は叶わず、さらに今度は旧知の仲間と戦い、さらに謎の低レベルプレイヤーの集団に拉致され、そこから脱出して今に至る。

 結局のところ、どこまでが規定のイベントだったのかもまだよくわかっていないが、今回は裏技的なやりかたで来てしまった。これが終わったら、今度は正規ルートで改めて挑戦してみたかった。

「あれ、なに」

 唐突に、チアがつぶやいた。

 澄み切った蒼穹の向こう。

 〈オルクス〉の姿に重なるようにして、黒い点がいくつも浮かんでいた。

 近づくにつれ、その点が増えていく。

 そのひとつひとつが飛行型のガイストだとわかった瞬間、一体がブリッジの脇を飛燕のごとく抜けた。

 直後、衝撃が走った。

「わっ……!」

 足元が激しく揺れ、窓の外で閃光がまたたく。

 この航空拠点が、攻撃を受けている。 

「な、なんなのよあれ!?」

「あれ、同じ……」

「同じってなにがよ!?」

「俺たちの飛行戦艦も、あれに撃墜された」

「はぁ!?」

 時間差で、おびただしい数の飛行ガイストが襲来した。

 まるで巣にたかる蜜蜂の群れ。無数の飛行ガイストがこの航空拠点にまとわりつき、攻撃を加えている。拠点はオンタイムでプレイヤーがいるときに限り、襲撃可能となる。俺はステータスに追加表示された拠点の耐久ゲージがみるみる減っていくのを確認した。

 ブリッジから見える巨大な翼から、炎と黒煙が上がる。

「ま、またこれぇ!?」

「ひ、うひっひ……」

 イヨとチアが悲鳴を上げる。

 これではあのときの二の舞だ。

「姐さんやばいですぜ! これじゃあ墜とされちまう……!」

 サビナの仲間のひとりが、切羽詰まったように叫ぶ。

「泣き言なんて聞きたくないわ! 根性でなんとかしなさい!」

「んな無茶な……!」

 混乱が支配するブリッジで、俺たちは絶望を味わっていた。

「あとすこしなのに……」

 イヨの悔しげなつぶやきが、胸をひっかいた。

 こんなところでは終われない。

 俺は頭をフル回転させた。

 やがて――ひとつだけ、突拍子もない考えが浮かんだ。


「……飛び移る、とか」


「え?」

 近くの手すりにつかまって揺れに耐えながら、俺は言った。

「猟機で飛び移るとか、できないかな」

「はぁ!? あんた……正気? っていうかそれ以前に、ここは非戦闘エリアだから猟機は呼び出せないわよ!」

「だから、拠点の外に出れば(、、、、、、、、)いいわけだし。外に飛び出して、空中で猟機を呼べば……もしかしたら」

「空中でって……」

 サビナは絶句している。

 イヨもチアも、そんな方法は想像できないという顔だった。

 ふいに、サビナが不敵に笑みを浮かべた。

「面白そうじゃない」

 サビナが拠点の操舵士になにかを伝え、俺たちを手招きした。

「アタシもいくわ」

「え?」

「だから、〈オルクス〉の攻略に付き合ってあげるって言ってんのよ! あんたたちがここで落っこちて死んだら、寝覚めが悪いでしょ!」

 俺たちはぽかんとした。

「で、でもクエスト受けてないと、攻略しても報酬は……」

「いいのよ。べつにパーツには困ってないし」

「なるほど……」

 さすが航空拠点の所有者らしい剛毅さである。

 サビナが鋭く仲間に叫ぶ。

「あんたたち! 高度を上げて〈オルクス〉の上に出なさい! あとは旋回しながらアタシらが乗り移るまでなんとか持ちこたえて!」

「で、でも姐さん……」

「成功したら今回の報酬みんな倍にしてあげるから!」

 その一言で、全員が一も二もなくうなずいた。

 どうやら、仲間というか金で雇った傭兵たちらしい。現実でもゲーム内でもマネーパワーは偉大である。

「こっちよ!」

 俺たちはサビナに続いてブリッジを出た。

 通路を駆け抜け、途中で直角に曲がってまた走る。おそらく巨大な全翼のなかを俺たちは通っていた。

 通路を移動する間も、航空拠点は揺れ続ける。

 壁にぶつかりながら走り抜け、ひとつのハッチに行き着く。サビナが所有者権限でハッチを解放する。


 外には青の世界が広がっていた。


 俺たちは、翼の先端から顔を出していた。

 振り返ると航空拠点の広大な外観と、そこに群がるコウモリ型の飛行ガイストが見えた。

 吹き荒れる風の(SE)でなにも聞こえないほどだったが、ターゲットカーソルを相手に合わせると声は鮮明に届いた。

 眼下に雲海と、真上から見た〈オルクス〉の姿があった。

 距離感が馬鹿になっていた。〈オルクス〉はすぐ足元にあるようにも見えるが、実際に横軸の距離が足りているか、ここからでは正確に判断できない。

「さあ行ける!?」

「たぶん……」

「ま、待って」

 イヨがためらった。

「あ……」

 そういえば、イヨは高いところも苦手のようだった。

 たしかに猟機の跳躍する高さと、航空拠点の飛行高度では比べるまでもない。

「しっかりしなさい!」

 サビナが檄を飛ばした。

「あんたたち仲間なんでしょ! ここでひとりが足ひっぱたら、みんなダメになるのよ!」

「わ、わかってます! けど……」

 イヨが二の足を踏む。俺も無理強いができなかった。

 こういうときどうすべきかわからないでいると、ふいにチアが俺の手をとって、それをイヨの手に重ねた。

「……いいから、はよ」 

 航空拠点の耐久ゲージが4割を切った。

 イヨがはっとしたようにうなずいた。

「ごめん。行こ」

「ほんとに、大丈夫?」

「猟機に乗りさえすれば、たぶん。それに――」

 イヨが俺の手を握り返した。

 感覚はない。

 しかし、その向こうにいる伊予森さんの、さきほど外で一緒に歩いたときに触れた、その指先の感触がリアルに蘇った。

「こ、こんなときになにいちゃついてんのよ!?」

「なっ、いや、そういうんじゃ……」

「ああもう! タイミング計ってさっさと飛ぶわよ!」

 サビナがしびれを切らしたように叫び、翼の先端に立った。 

 俺たちもそれに続く。 

「じゃあ……いっしょに」

「う、うん」

 イヨが恐々とうなずく。チアはすでに腹を括っている。

「せーっ、の……」

 翼の瀬戸際で、身体を前に傾ける。


 そして俺たちは一斉に――空に身を投げた。


 直後、風にさらわれた。

 ほんの一瞬のうちに航空拠点が上に遠ざかる。

 天地を見失う前に叫んだ。

「ロード!」

 猟機の転送展開。

 鋼の巨人の操縦席に包まれ、俺はすぐにスラスターを目一杯開けた。

 眼前に飛行ガイスト。

 腹部にあるパルス砲から光が放たれる。シールド〈LUCIUS〉で防御。視界を閃光がぬりつぶす。目視する余裕はなかった。勘でレーザーソードを抜刀。

 光刃がガイストの翼を縦に斬り裂いた。

 命中。

 一体撃破。

 飛行型のガイストは耐久値は低いものが多い。ただ完全な空中だと、なかなか攻撃の機会がなかった。

 前方にチアの〈オクスタン〉が浮かんでいた。

 上にスナイパーライフルを突き出し、発砲。

 上空で爆発の炎球が膨れ上がる。

 多脚猟機は空中の機動性はあまり高くないのだが、〈オクスタン〉はぐるりとスラスターを使わずに機体を反転。再度発砲。敵を立て続けに撃ち落とした。

 さすがチアだ。猟機の扱い自体にもだいぶ慣れが見えた。

 イヨの〈ヴィント・マークα〉も確認できた。ガトリング砲で飛行ガイストを追い払いつつ、すでにアフターブーストを吹かしている。

「〈オルクス〉は……!」

 俺はレーダーマップと目視で同時に確認した。

 斜め下に、ヒュージフットと匹敵する大きさの島が浮かんでいる。

 やはり距離があった。

 まずい。

 このまま落下しても、届かない。

 飛び降りたときの高度がもうすこしあれば調整もできたのだが。あれ以上は航空拠点でも上がれなかっただろう。

 アフターブーストに点火。

 機体の持てる最高推力で、前方へと飛んだ。

 だが〈オルクス〉の姿は遅々として近くならない。

 〈オルクス〉自体の移動速度に加えて、風圧の影響も物理シミュレーションに計算されているのか、猟機が押し戻されていく。

 ほんのすこしずつ、〈オルクス〉が遠ざかる。

 あとすこしなのに――

『シルト……!』

『根性っ! 根性でなんとかなるわ!』

 サビナが脳筋めいた発破をかける。

 全機が炎の尾を限界まで伸ばした。

 操縦席内に警告音と警告表示。メインスラスターの異常過熱。このまま続ければ機体にダメージが発生し、さらに酷使すればスラスターが破損する。

 補給したばかりの燃料が、底の抜けたバケツに水を注ぐように減っていく。

 それでも惜しめなかった。

「とどけ……!!」

 手を伸ばすように、機体を前に。

 流れが変わった。

 風向きか、あるいは〈オルクス〉の移動がちょうど折り返しをはじめたのか。ぐんと機体が加速し、〈オルクス〉が全周モニター上に拡大した。

 最初で最後のチャンス。

 ほとんど特攻に等しい速度。

 着地やそのあとのことを一切を考えなかった。

 ただ猟機を飛ばし続けた。


 目の前に島の大地が迫り――




 無意識のうちに逆噴射と脚部ブレーキで制動をかけていた。

 衝撃で跳ね上がりそうになる機体を無我夢中で制御。視界の端で、緑色の草と黒い土が散る。

 猟機が停止する。

 土をえぐった長いブレーキ痕。

 それを見つめながら、頭が遅れて状況を理解した。


 俺は、そこ(、、)にたどり着いていた。



今回の旅も、いよいよ佳境に入ってまいりました。

最後に待つものは如何に。



次回、EP05/第7話『天空遺跡〈オルクス〉』


EP01以来、ようやく二回目の出番です。

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