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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第6話 スカイダイヴ
74/93

#73

 灰色の猟機の軍団を見渡した。

 十数機分の砲口が、俺たちを取り囲んでいた。

 明らかな敵対行動。単なる示威行為ではない。しかもやみくもに展開したわけではなく、どの猟機を見ても互いの射線上に重ならないような位置取りをしている。完璧なクロスファイアの布陣。

 動けなかった。

 そう判断した根拠はいくつもあった。まず、俺の機体は大破寸前だったこと。全周囲からの砲撃を一発も被弾せずに回避するというのはまず不可能だ。

 さらにサビナの〈ラナンキュラス〉も、対多数戦闘には不向きだ。

 さきほど俺への攻撃で、核弾頭ハンマーの残弾数は残り四発。つまり、最大でも四機しか倒すことが出来ない。そうなればいくら操縦技術が高かろうと、あとはやられるのを待つしかない。

 残ったイヨとチアだけで他の敵機を倒しきれる可能性――

 無理だ。

 単純な戦力比の問題だった。

 あるいは、サビナが完全に信頼できる味方になってくれれば、まだ可能性はある。だがこの状況でいきなりそれを望むのは無謀でしかない。 

 つまり、反撃できない。

 この状況が形成されてしまった時点で、俺たちの敗北だった。

『こいつら、なに……』

 チアが胡乱げにつぶやく。

『集団PK……?』

 イヨの言葉は、俺もまず最初に頭に浮かんだことだった。

 だが敵対行為には、初心者狩り対策をはじめ、できる限り公平な戦闘条件になるよう、チームでのトータルレベルによるダメージ無効化システムが実装されている。

 こんな数で襲撃できるはずが――

 相手のプレイヤーのひとりのプロフィールを参照した俺は、はっとした。

 すぐにその隣、隣の隣のプレイヤーも確認。だが結果は同じだった。

 愕然とした。

「全員、レベル1……?」

 ありえない。

 レベル1――ゲームをはじめたばかりのプレイヤー。

 いまの俺でさえレベル7だ。最初の段階ではレベルが上がりやすく設定されているので、1日でもやりこめば3くらいまではたやすく到達できる。そもそもPvP自体、中級者以上向けの要素なので、レベル1のPKというのはまず見かけない。

 その猟機も不自然だった。

 コンパクトなシルエットを持つ高性能なフレームパーツ。その組み方には覚えがあった。機動力、防御力等のバランスがきわめて良好で、いわゆるテンプレのひとつとなっているビルドだった。AIの総合判定ではまちがいなく『B+』以上は得られる。

 兵装も奇抜ではないにしろ、高級なものだ。

 とてもレベル1のプレイヤーが構成できるような機体ではない。

 それでいて全員が同じ。

 不気味以外の何者でもなかった。

『一緒に、来てもらえるかな』

 リーダーなのか、同じ声の男が繰り返し言った。

 来てもらう?

 俺たちは彼の正体もその目的もわからず、答えに窮した。

『この状況で交戦しようとするほど、無知ではないだろう?』 

『なんですって……?』

 サビナが反応する。

 これだけの数を前にしても、〈ラナンキュラス〉の威圧感はかすんでいなかった。いますぐにでも敵陣のなかに突撃しそうな気配だった。

 よくない兆候。

「待って。……ください」

 闘牛士の気持ちになって俺は言った。

『はぁ、あんたバカじゃないの!? この状況でなにのんきなことを言って……さてはやっぱり、こいつらとグルなんでしょそうなんでしょ!?』

『あのぅ! だからわたしたちはそんなんじゃ……』

『バツイチ乱射魔は黙っててくれる?』

『だれがバツイチですか!? わたしまだ高一です!』

『なーんだ、ガキじゃない。しっしっ、引っ込んでなさいよ』

『あ、あなたみたいな脳筋ストーカーこそ、この状況がちゃんと理解できないんじゃないですか?』

『のうっ……!? じゃあ、あんたがわかるようにその機体に叩き込んであげるわよ!?』

『えーどうぞ、やってみればいいじゃないですか!』

『……修羅場……ひひっ』

『ちょ、ちょっとみなさん落ち着いて……』

 キャットファイトをしている場合ではない。チアものんきに茶化しているな。

 すこしでも怪しい動きを見せれば、いまにも俺たちは包囲射撃を浴びせられる状況だ。

「……あの、ここは従ったほうがいいかと」

 俺は言った。

『シルト……』

『やばそう……かも』

『あんたら本気!? はっ、やっぱり腰抜けね! さっきはちょ~っとだけやるやつかもって一瞬見直しかけたけど、やっぱり気の迷いだった!』

「いや、だけど……この状況じゃ、どうしようもないし」

 いまさらサビナにどうと思われようが気にならない。

 それよりも、この危機を退くことのほうが重要だった。

『話はまとまったかな』

 男が穏やかな口調で言った。

『……シルト、いいの?』

 イヨからダイレクトラインが入った。

「まあ、うん。とりあえず、ここはそうしたほうがいいんじゃないかな……。ここでやられたら、せっかく再開した意味がないし」 

 そのとき、俺の脳裏には夏華とのやりとりが浮かんでいた。

 〈オルクス〉到達前に、状況も理解できないままむざむざやられるわけはいかない。そんなゲームオーバーになれば色々と面目が立たなかった。

 イヨが、わかった、とうなずいた。

 〈ヴィント・マークα〉が旋回。

 イヨが代表して男たちの猟機に向き直る。

『……わかりました。ちょっとまだ状況が呑み込めてないんですけど、……攻撃はしないでください。わたしたちが、あなたたちに付いていけばいいんですね?』

『理解が早く助かるよ』

 男が口調に笑みを含ませながら答える。

 サビナがオープンチャットで猛犬のようにわめいているが、男たち側からすれば、こちらは同じ仲間という扱いのようだった。サビナも結局抵抗はせずに、俺たちは彼らの猟機の編隊に囲まれながら、荒野を移動しはじめた。

 俺は操縦席から四方を疾駆する灰色の猟機を眺めつつ、どうしてこうもトラブルばかりが起こるのか、と思わずにはいられなかった。

 

 なんにせよ、まずは彼らの目的を知る必要がある。


 *


 俺たちは長い稜線の広がる山岳地帯のふもとへと連行された。

 地表と同じくはげた岩山に守られるようにして、基地が広がっていた。

 どうやらそこが彼らの“拠点”らしかった。

 非常に拡張された拠点だった。

 建物の外には高速輸送機のリフターが整然と並んでいた。十機近くあるだろうか。それだけでも相当な資金に相当する。

 建物の手前で、男たちの猟機が停止した。

『猟機を降りろ』

 さきほどとはべつの男が告げた。

 威圧的な命令口調に、ここまで渋々従ってきたサビナがふたたび色めき立つ。

『ちょっと本気……!?』

 敵の猟機の前で生身アバターになるのは自殺行為だ。戦闘中なら降伏行為に等しい。

 やはり、無謀でも戦うべきか。

 一瞬そんな思いがよぎったが、撃破する気ならとっくにやっているだろう。

 なにか意図がある。

 それに賭けることにした。 

「セーブ」

 俺とイヨ、チアとサビナが、それぞれアバターの姿で基地に降り立った。

 女海賊船長のようなサビナは若干浮いている。

 幸いにも灰色の猟機に踏みつぶされることはなく、男たちのうちの何人かが同様に、猟機を転送格納。

 代わってそこに現れたのは、野戦服のようなミリタリールックに身を包んだ男たちだった。

 そのコスチュームは、アイゼン・イェーガーではゲーム内序盤で入手できるポピュラーなもののひとつだった。イレイガのような特別なものではない。アバターの見た目はさすがにそれぞれちがっていたが、どれもあまり特徴を感じなかった

 だがそのプレイヤーネームを見た俺たちは、ふたたび唖然とした。

 彼らの名前はどれも、8373B、1765D、など無機質なものだった。

 そういう愛着のない、あるいは逆に個性的なプレイヤーがいないわけではないが、

これだけ揃っていて全員がそれというのは、明らかに異様だった。

 だが男たちはとくに説明するわけでもなく、

「ついてきてくれ」

 言われるまま、俺たちは建物内に入った。

 ここからは非戦闘エリアだ。

 古びたコンクリートの建物。拠点の構築具合としてはわりと初級レベルだ。すぐに細い廊下に入り、エントランスの脇を抜けて一度角を曲がると、下りの階段が待っていた。

 どうやら地下があるらしい。

『なんか……やばくない?』

『うん……』

 ダイレクトチャットでイヨと相談する。 

 いい予感はしないが、前後を挟まれているので逃げようがない。俺たちは誘導されるまま、地下への階段を下りはじめた。

 そこからどれくらい歩かされただろうか。

 建物内をぐるりと回り、また階段を下りる。それが三回ほど繰り返された。 

 どこまで行くのか。

 外からの見た目とは裏腹に広い。まるで迷路のようだった。

 ようやくひとつの扉を通り過ぎたところで、前の男が立ちどまった。

「その部屋に入れ」

 尊大に言われ、むっとしながらも後ろにいたサビナから、チア、イヨという順番でその部屋に入った。

 まるで牢屋のような、狭い部屋だった。

「なによ。もったいぶったわりにチャチな部屋ね」

 サビナが馬鹿にするように言う。最後に俺が入ろうとした瞬間、男に肩をつかまれて制止された。

「きみはこっちだ」

「え……」

 ガチャリ、と扉が閉められる。 

 扉の上のほうにある隙間から、ぽかんとしたサビナの間の抜けた顔が見えた。

「あの……これは」

「ちょっと話をしようか」

 後ろから小突かれ、俺はひとり廊下を歩き続ける。去り際、サビナが扉の覗き窓に鬼の形相を張り付けてなにか叫んでいるのが見えた。

 なぜか区別された俺が通されたのは、べつの個室だった。

 さきほどの部屋よりは広い。

 かといってインテリア用のアイテムで飾られているわけでもなく、中央に大きめの椅子がふたつ向き合って置かれているだけの質素な一室だ。

 野戦服姿の男たちが出ていく。

 残った男は一人だった。

「さて、付き合ってくれてありがとう。賢明で助かる」

 最初の聞いた声の主だった。

 落ち着いた話し方。低い声。大人のものに思えた。

 顔は精悍、といえばそうだが、アバターの固定パターンからたいしていじっていないだけかもしれない。

「もし名前が必要なら……そうだな。“K”とでも呼んでくれ」

「K……?」

 俺は自然と口元がゆるんだ。

 ふざけている。なにかを気取っているのだろうか。くだらない。それに男の馴れ馴れしい言葉遣いも気分のいいものではなかった。

 ――しかし、どうしてだろう。

 ただ笑い飛ばせない雰囲気があった。

「いや、っていうか……。なに、なんなんですか……?」

「きみに、いくつか質問をしたいんだ」

「……? どうして」

「ちょっとしたアンケート……いや、インタビューのようなものかな」

 理解できない。

 悪質な嫌がらせだろうか。こんな込み入ったものは聞いたこともないが。

 俺の心の整理がつかないうちに、男――Kは一方的にリラックスした口調で話しはじめた。

「きみは、いつからこのゲームをやっている?」

「……」

「警戒するのはわかるが、この場はただ素直に答えてほしいな。そのほうがきみも時間を無駄にしなくてすむ」

「……最近、ですけど」

 俺はすこし考えて、嘘をついた。

 だがどうせ現在のステータス的には、その答えのほうが合っている。

「ほう? そのわりには、ずいぶんと腕が立つようじゃないか」

「な……」

 男の言葉に動揺した。

 なにか俺のことを知っている?

 いや――単純に、さきほどの俺とサビナの戦いを見ていたのかもしれない。

「まあいいさ。それはまあ検討がつく」

 奇妙な物言いに、不信感が高まった。

「じゃあ、ほかの質問だ。きみは他のプレイヤーと戦うとき、いつもどんなことを考えている?」

 またしても不可解な質問だった。

「あの、まったくよく意味が……」

「答えてくれ」

 男の静かな威圧感に押され、俺は嫌々ながら回答を頭に巡らせる。

「それは……まあ、色々、っていうか……。普通に、相手がどういう戦い方をしてくるやつだろうだとか、どういうのが得意か、とか……。これを食らったからいまこういう心境になったんじゃないか、とか……」

「なるほど。実にいい意見だ」

 男は椅子から身を乗り出すようにして、体を近づけた。

 なにが“いい”のかさっぱりわからない。

 俺はすでにうんざりしはじめていた。

 わけのわからないプレイヤーに襲われ脅され、わけのわからない寸劇に付き合わされている。

 とにかく、この意味不明な時間を早く終わらせたかった。


「では、きみは――人殺しについてどう思う?」


 一瞬、なにを言われたかわからなかった。

「は……?」

 聞き間違いだと思った。

 人殺し……?

 だが男は平然と語り続ける。

「きみはもし、自分や自分の周囲の人間が危険にさらされた状況で、危機回避の手段としてそれが有効だと判断される場合、それができる人間か?」

「……なに、が」

 ばかばかしい。

 やはり、痛いプレイヤーのお遊びか。

 頭のなかではそう嘲笑したいのに、俺はどうして、この見知らぬプレイヤーから視線を外せないのだろうか。

「考えてくれ。答えてくれ。きみは、どちらだ」

「そんなの、できる、わけ……」

「そうか。それでは次の質問だ」

 矢継ぎ早に男が言う。

 やめてくれ、と俺のなかのだれかが懇願した。

 男の言葉をこれ以上聞いていたくない、と感じた。

 これは、聞いてはいけないものだと。

 

「戦争について」


 男の目に吸い寄せられた。

 まるで底なしの沼のような、深い深い漆黒の瞳に。

 あるいは永遠の闇のように。


 なんなんだ。

 いったいおまえは、誰なんだ――



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