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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第5話 静かの海
73/93

#72

 俺の言葉に、イヨとチアはしばし絶句していた。

『な……なにそれ?』

『……厨二乙』

「いや、そういうんじゃなくて……」

 言われて急に恥ずかしくなった。

 つい場の雰囲気に当てられた言い方をしてしまったが……断じてそういうことではない。

「わかりやすく言うと……異常に勘がいいんだ」

『勘?』

 野生動物的な本能、センスとでもいうのか。

 相手がどう動くか、すこし戦っただけでその思考や癖を読んでしまう。それもかなりの精度で。もちろん対人慣れしているプレイヤーならある程度はそういった能力を身につけるものだが、サビナの場合はそれが群を抜いている。

 天性のものかもしれないが、おそらくそれだけでははない。

 無数の戦闘経験の蓄積がそれを盤石にしている。

 戦うほど不利になるというのは、それがあるからだ。

 そしてもうひとつが――

 サビナの〈ラナンキュラス〉が、悠然と背部にマウントしていた柄の長いロングハンマーを引き抜いた。

 一見して、奇抜な槌だった。

 その先端にはまるでリボルバー拳銃のシリンダーのような物体が付いている。アンバンラスなほどに大きく、そこだけで〈ラナンキュラス〉の胴体幅ほどもある。シリンダーには長い砲弾が五角形状に装填されており、先端が収まりきらずはみ出していた。その砲弾だけでも猟機の腕より太い。

 シリンダー部の側面には、「☢」とかすれたハザードシンボルがペイントされていた。

『か、核弾頭ハンマー!?』

 イヨが悲鳴のような声を上げた。

『なに……それ』

 チアは困惑ぎみに聞き返す。

 俺もひさびさに目にして戦慄した。

 〈ラナンキュラス〉の主兵装――核弾頭ハンマー〈雷神〉

 核砲弾を敵機に直接叩きつけ、指向性を持たせた爆発エネルギーであらゆる存在を貫き打ち砕くという、究極の(トンデモ)近接兵器だ。その破壊力は最大チャージの重力砲すら上回る。

 アイゼン・イェーガー内で、最高の威力を持つ武装のひとつ。

 装弾数、わずかに5発。

『あ、あの人いったいどんな武装の構成してるの?』

「いや、あれだけだよ」

『あれだけ……?』

「サビナの攻撃用兵装は、あの核弾頭ハンマーしかないんだ」

 それがなにを意味するのか。

 単純明解。サビナの機体は、敵に五回しか(、、、、、、)攻撃ができない( 、、、、、、、)のだ。

 仮に対人戦向けの構成だとしても、あまりに極端な機体。

 だがサビナはずっとそれでやってきた。

 俺がいた銀影師団というチームにおいて、最強の一角を担っていたエース。

 現時点で確実に言えることは、ひとつだけ。

「あれを食らったら終わりだ」

『う、うん……! チアも気をつけて!』

『おおふ……』

 即座に俺たちは動いた。

 俺が超振動ブレードを引き接近。注意を引くと同時に〈ヴィント・マークα〉と〈オクスタン〉がタイミングを合わせて射撃。

 さらにチアはさきほどから学習したのか、みずから移動射撃と停止射撃を交互に織り交ぜる。

 だがことごとくが回避され、オービットシールドに防がれた。まるで全方位をカバーしてるかのように展開位置が正確だ。

 〈ラナンキュラス〉がまばゆい火花を散らしながら迫る。

 とにかく弾数にものを言わせたイヨの乱射は命中するも弾かれていた。〈ラナンキュラス〉は装甲が厚く、一定距離内でなければ貫通できないのだ。サビナは跳弾可能なその距離を完璧に読んでいる。

『ぜんぜん、あたらない……』

 チアがぼやく。

 いつもぼんやりしている感じの声に、めずらしく緊張がまじっていた。

『ほんとに動きが読まれてるってこと……?』

 オービットシールドの性能ではない。

 あれは単に機体の一面しか防御できず、また俺の猟機が装備しているような手持ちのシールドと比べるとその防御能力は高くない。

 それでも被弾せずにいられるのは、サビナの動きと攻撃予測が人並みはずれているからだ。そうでなければ、三機を相手にこうも無傷で立ち回ることはできない。

 〈ラナンキュラス〉が一気に速度を上げた。

 アフターブースト。

 予兆をまったく感じさせなかった。

 ちょうど方向転換し速度が落ちていたイヨ機が、瞬く間に捉えられた。

 〈ラナンキュラス〉がイヨ機の正面に――

 必中の間合い。

 息をのんだ。

 〈ラナンキュラス〉は核弾頭ハンマー〈雷神〉を振りかざし――そのまま〈ヴィント・マークα〉の横を抜けた。

『はい、あんたいま一回死んだ』

『……ッ!!』

 イヨが遅れてガトリング砲を浴びせる。だがそれより早く離脱した〈ラナンキュラス〉には届かない。

 わざと見逃した。

 いまサビナがその気なら、イヨはまちがいなく撃破されていた。 

 完全に遊んでいる。

『ストーカー呼ばわりした相手に舐められるのはどんな気持ち? つまりあんたはそれ以下の女……そう、いうなれば接近禁止命令を受けた元嫁並みってことよ!』

『い、意味わかんない!』

 サビナは謎理論をふりかざして勝ち誇る。

 性格や言動はともかく、実力は本物だ。

 サビナは以前、『紅蓮の蛮姫』と呼ばれていた。

 それはただの仲間内のあだ名ではなくわりと知られたもので、コミュニティサイトのWikiにも項目として記載されている。ただし本人は気に入っていないようで、見つけ次第いちいち自分で『紅蓮の美姫』に書き直しているらしい(結局またユーザーに修正されるのでいたちごっこなのだが)

 超感覚的な読みと高い防御性能で敵陣を突破し、一撃必殺の鉄槌を振り下ろす。

 まさに蛮姫だ。


 まずいな――


 正直なところ、イヨたちとは実力差がありすぎる。

 しかも俺の猟機もほとんどまともに戦える状態ではない。

『でも、シルトなら勝てるでしょ……?』

 イヨがめずらしく弱気な声で言った。

 以前、サビナと戦ったときのことを俺は思い出した。

 当時の銀影師団のチームリーダー――ある風変わりなプレイヤーに誘われたときのことだ。

 俺は入団テストというかたちで、すでにメンバーだったサビナと戦わされた。

 まさに、悪夢の一戦だった。

『……ごめん。それは、たぶん無理』

『え?』

 俺はふたりに向けてそう答えた。

「俺は――サビナに勝てない」

『う、うそでしょ?』

『……まじか』

 事実だ。

 厳密には、この機体の状態では、だが。

 あのとき。

 俺はサビナに、結果的には勝利した。

 だがあの一戦、俺は大型シールドもろとも機体を打ち貫かれた。

 そうなる前に斬れると判断し、踏み込んだ。しかしサビナは俺の読みを上回った。当然、〈雷神〉を食らった俺の猟機は大破。 

 それと同時に、俺が振るったレーザーソードが〈ラナンキュラス〉の中枢――リアクター部分を深々とえぐっていた。

 ほぼ同時だったため、システムの判定はドロー。

 俺の勝利と判定したのは、目視で判定したそのリーダーだった。

 とても勝ったとは言えない勝利。

 防御性能の高い大型対物シールドと機体をまるごと犠牲にして、一度だけ斬り込むための刹那を作り出すことができた。あのときはそれ以外の術がなかったのだ。

 この猟機の状態では、望むべくもない。

 全滅――

 ふいにその言葉が脳裏をよぎった。

『どう、喋る気になった?』

 サビナは自らの優位を理解していた。

 どうしようもない、か――

 天秤にかけるしかなかった。

 俺が真実を明かせば、すくなくともイヨとチアは見逃してもらえる。

 徹頭徹尾PKプレイヤーのイレイガとはちがう。

 サビナの目的は本当に俺――厳密に言えば、かつての俺だろう。

 俺を探している理由は察しがついた。事前になんの相談もなくチームを抜け、あまつさえゲームアカウントごと削除して消えた俺を罵倒するためだろう。

 あの黒の竜の一件で、消えたそいつがしれっとアイゼン・イェーガーに戻ってきているのではないか、というその読みも、見事に当たりだ。

 俺が白状して、それで済むのなら。

「……あの」

『なに、ようやく降参する気になった?』

「…………お、俺は」

『は?』

「だから……探してるそいつは、お――」 

『シルト、だめ』

 言葉の途中で、ぴしゃりとイヨに遮られた。

 チーム内チャット。イヨの声はいつものように凛としていた。

『戦って。わたしたちはどうなっても気にしない。チアもそうだよね?』

『うぇ? う……あ……もち』 

 チアが空気を読んで答える。

 わざわざ無理しなくてもいいのに。

 だがそれで、自然と緊張がほどけた。

 諦めるな。

 最善を尽くせ――

「……イヨ、チア。動き続けて。攻撃はしなくていいから」

 俺は言った。

『うぇ、な、なんで……?』

『わかった。シルトの言う通りにする。相手を警戒させるためでしょ?』

「うん。攻撃は俺がやる」

 俺がいま持っている超振動ブレードなら、あの〈ラナンキュラス〉の装甲も貫ける。

 問題はただひとつ――先に斬れるかだ。

 三度散開。

 イヨとチアは〈ラナンキュラス〉と距離を維持したまま、回り込むように旋回して広がった。

 それぞれ砲口を向けているがすぐに発砲はしない。

 それでいい。逆に攻撃しないでいるほうがサビナの意識をそちらに向けられる。

 俺はブーストダッシュで機体を前進させた。

 正面に〈ラナンキュラス〉を捉える。 

 距離が縮まるにつれその姿が拡大していく。

『はっ、あんたひとりで相手をするってわけ? 舐めないでくれる?』

 サビナは鼻で笑っていた。

 俺は無言で意識を研ぎ澄ませる。

 武器の振り方などではない。

 どの速度で、どのタイミングで、どの角度から間合いに入るか。

 その時点で勝負が決し得る。

 核弾頭ハンマー〈雷神〉を構えた〈ラナンキュラス〉がオービットシールドを側面に広げ、長い噴射炎の翼を背負った。

 アフターブースト。

 ほぼ同時。

 俺も背部の全スラスターを解放した。

 世界が加速する。

 周囲で砂煙が爆発的に膨れ上がった。

 その煙に混じってカタナを引く。

 敵が核弾頭ハンマーを両腕部で握る。

 双方の進路が重なる。直撃コース。だがどちらもずらさない。

 恐怖すら情報のひとつ。

 限界まで見た。

 鉄槌に描かれたハザードマークがくっきりと目に焼きつく。

 俺の超振動ブレードは後ろに引かれたまま。

 サビナの〈雷神〉は振りかぶられたまま。

 最高速で交差した。

 そのまま互いに遠ざかり、中距離時点で同時に旋回。

 再度向き合った俺とサビナは、示し合わしたかのようにその場に停止した。

 

 ――間合いが遠い。


 あと一歩だ。

 そのあと一歩が踏み込めなかった。

 踏み込めばやられていた。 

 あの〈雷神〉がこちらを粉々にする光景が鮮明にイメージできた。いや、イメージなどという曖昧なものではなく、それは確定的な未来だった。

 あと一歩――だが絶望的に遠い間合い。

 駄目か……。

 どこにも隙を見出せない。

 お互い攻撃を繰り出したわけではない。それでも十分にわかった。

 〈ラナンキュラス〉の三つ眼がこちらをじっと覗いている。


『――あんた、ほんとに何者?』


 サビナが言った。

 それまでとは別人のように、淡々とした口調だった。

 あの一瞬の交差でなにかに気づいた。

『どーみても初心者じゃないわね。対人慣れしてる。それもおそろしく。そのわりにレベルも低いし機体もしょぼいし。どういうことなわけ?』

「……それが、勝負になにか関係が?」

 俺は言った。

 いまはそういう気分だった。

 関係ない。

 互いの存在以外なにも必要ない。そうではないのか?

『はっ、面白いじゃない』

 サビナが獰猛に答える。

 お互いそれを望んでいると、それだけでわかった。

 もう一度。

 次で決める。決めなければならない。

 俺とサビナは同時に機体を直進させた。アフターブーストに再度点火。

 今度は最初から全速。

 どこで速度を殺して動きを変えるか。 

 互いの武器が届く間合いに侵入した瞬間、どんな姿勢をとっているか。プールされているエネルギーはどれくらいかスラスターの加熱具合は脚部ブレーキ時の制動とそれが近接武器のモーションに与える影響はどこを狙うか狙われるか腕か脚か首かフェイントと本命どこで入れる二手目三手目四手目速いか遅いか。

 倒すか、倒されるか。

 極限の読み合い。

 ゼロ距離。

 ――地に伏せた。

 脚部アクチュエータの可動範囲限界まで姿勢を下げ、機体の腰を捻った。

 居合斬り。

 〈ラナンキュラス〉のオービットシールドが前面に展開。

 深紅の重量猟機がこちらの超振動ブレードの切っ先の外で、ぐるりと核弾頭ハンマー〈雷神〉を振るった。

 中途半端な距離。

 向こうの攻撃は当たらない。

 サビナが臆した。

 そう思った。

 ブレードの切っ先がオービットシールドの一枚を両断。

 ほぼ同時。

 〈雷神〉がブレードを横から直撃。

 すさまじい爆発が生じた。

 核砲弾の爆風。

 激震。機体が滅茶苦茶にあおられる。

 だが攻撃による影響は、むしろ向こうのほうが大きかった。爆発したハンマーを直接握っているのだ。サイドスラスターを激しく噴射し、反動で駒のように吹き飛ぶ猟機に巧みにカウンターを当て、最短時間で通常の姿勢に戻した。

 ステータス異常の警告音が操縦席に響く。

 右腕部兵装・使用不能――

 俺の振るった超振動ブレードが、粉々に消滅していた。

 操縦席のサビナの笑みが目に浮かんだ。


『あんたの武器を潰すのに、一発使う価値があったわ』


 サビナは当然のように言った。

 戦慄した。

 まさか――五発しかない〈雷神〉を使って、武装を破壊してくるなんて。

 普通の神経なら、まずその選択はできない。

 あの一瞬、わずか二度目の交差で、迷いもなくこんな真似ができる。

 それが超一流のプレイヤー――サビナだ。

『次で勝負がつくわね』

 サビナが予言した。

 静かな自信と強かな計算に裏付けされた宣言。

 勝てない。

 俺は今度こそ悟った。

『シルト、待って!』

 だがそこに突然割って入ったイヨの叫びで、俺の意識は引き戻された。

 周囲を見渡した。


 地平の向こうから、砂嵐のような土煙を巻き上げて猟機がこちらに近づいてきていた。


 一機ではない、三機、五機――いやもっとだ。

 猟機の大部隊だった。

 その猟機の編隊が手前で二つに分かれた。

 まるで戦列歩兵のように統率された動きで俺たちを大きく取り囲み、円を形成するように展開して停止した。

 くすんだ灰色で統一された中量猟機が、二十機以上。

 携行兵装はバーストライフルとヒートアックス。色やフレームパーツだけでなく装備までどの猟機も同じだった。

『なによこいつら。……はっ、さてはあんたたちの仲間ね!? なんて姑息な!』

「いや、ちがう……」

 俺は呆然としながら言った。

 突如として襲来した集団に、俺たちは完全に包囲されていた。


『一緒に来てもらおうか』


 大部隊の猟機のどこかから、野太い男の声がした。



次回、EP05/第6話『スカイダイヴ』


冒険とは落下するものと見たり(偏見)。


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