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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第5話 静かの海
72/93

#71

 ヒュージフットには先刻の戦闘の痕跡が残されていた。

 地面は黒く焼け焦げ、研究所らしき建物は軒並み崩壊し、墜落した〈ゲシュテルン〉の残骸は無害なマップオブジェクトとなって埋まっている。

 共に戦った他のプレイヤーの姿は、すでになかった。

 俺たちがログアウトして休憩している間に、どこかへ移動してしまったのだろう。破壊された輸送機の前で、何人かがうんざりとした様子で愚痴をこぼしていたことを思い出す。

 俺たちは上がってきたときと同様に昇降機を使い、ヒュージフットの脚部内を伝って地表へと降りた。

 無人の荒野を、巨大な歩行都市が遠ざかっていく。

 それを見送りながら、俺とイヨとチアは互い(の猟機)を眺めた。

 修復したばかりのイヨの〈ヴィント・マークα〉と、チアの〈オクスタン〉はそれほど損耗していない。一方、俺の〈シュナイデン・セカンド〉は大破寸前。武装はヒュージフットを降りる前にカタナ型の超振動ブレードを拾っていたが、これだけでは心もとない。

『ここから、どうしよっか?』

「うーん……」

 機体の状態も含めて、俺は返答に困った。

 まるでクイズの難題を提示されているようだった。

 飛行戦艦から地上に落下したときは、あのヒュージフットがオルクス攻略のイベントを進める要所だと思って目指した。俺たち以外のプレイヤーも来ていたのだから、その読みは決して的外れなものではなかったはずだ。

 だが結果的に圏外輸送機は破壊され、その道は閉ざされた。

 もしかしたらそのことで興ざめしてクエストを放棄したプレイヤーもいたのかもしれない。あるいはなにか外から情報を得て行動に移したのか。

 そのとき視界の端で、ボイスチャットの着信アイコンが点灯した。

 送信主の名前は、Zan-nosuke と表示されていた。

 応答する。

『ははっ、調子はいかがでござるか?』

 いきなり明るい声が聞こえた。

「あ、ども……いや、さっきはその、ありがとうございました……」

『よいでござるよ。しばしログアウトされていたようだったので、すこし心配したでござる。だがその様子だと、どうやら〈ゲシュテルン〉は倒されたようだな。某の捨て身も無駄ではなかったか』

「……なんですけど、その」

 俺は彼に、その後の事情を話した。

 ザンノスケさんはむむっと難しげにうなり、

『……なるほど、それはまた奇妙でござるな』

「なにか、次の心当たりとかご存知ないですか?」

 グループチャットに入ったイヨが言った。

 ザンノスケさんは、すこし考えるように黙り込んでから、

『あとほかに〈オルクス〉まで行ける方法があるとしたら……、航空型の拠点でござろうか』

 そう言った。

「ああ……。あれって、飛行戦艦と同じ扱いでしたっけ……。というか、飛行戦艦があれと同じというか」

 アイゼン・イェーガーには、ドックとはべつに『拠点』システムがある。

 拠点は全プレイヤーが個人で所有するドックとはちがい、複数のプレイヤーに所有・管理権がある。他人の資金で自分のドックを拡張することはできないが、拠点は資金を出し合って購入、拡張等ができる。

 もうひとつ、ドックと拠点の明確な違いは、任意のフィールド上に建設できることだ。

 拠点ではドックと同じく補給や機体の装備変更などができる。しかも拠点であればクエストを継続しながら入ることができるので、長期戦の際は非常に心強い。

 もっとも他のプレイヤーの拠点に入るには、それぞれが設定した『利用料』を払う必要がある。(たまに気前よくタダの拠点もあるが)。攻略の難所を狙って設置すれば、それだけでかなり資金を稼ぐこともできる。

 そして航空拠点とは、文字通り空をゆく拠点のことだ。

 飛行戦艦のような外見で、制限区域以外どこへでも自前の拠点を持ち運ぶことができる。ある意味でゲームバランスを崩しかねない代物だ。ただしとりたてて修正ははされていない。なぜなら、

『でも、そんなのだれが持ってるの?』

「たしかに……。俺も直接は、見たことないかな」

 高速輸送機もレアだが、航空拠点はそれ以上のとんでもない金額だ。

 チームバトルのトップチームが数年かけてすべての賞金を使わずに貯める、などのレベルでもない限り、一介のプレイヤーではまず手が届かない。

 これらはコスチュームなどの課金アイテムとは区別されているので、リアルマネーがあってもどうしようもない。昔ならいざ知らず、いまの俺には無縁といっていい。

『現実的はないでござるか……』

『とりあえず、近くの攻略フィールドに行ってみる? 遺跡関係とか』

「そうだね……」

『うむ。では武運を祈ってるでござるよ』

 もしかしたら、またべつのヒントを発見できるかもしれない。

 ザンノスケさんに礼を言って、チャットを終了。

 遺跡探しに改めて出発しようとしたときだった。

『……なんか、ひとつこっち来てる』

 チアがぼそりと言った。

 レーダーで気づいたのだろう。俺は機能を失っているのでわからなかった。

 さきほど一緒に攻略したプレイヤーだろうか。

 だがその予想は、もっとも嫌な形で裏切られることになった。


『ついに見つけたわよッ!!!』


 聞き覚えのある声が響きわたった。

 まさか、とまず疑った。

 そして、勘弁してくれ、と思った。

 高速で一気に有視界距離まで詰めてきたのは、深紅の重量猟機。

 頭部の三つ眼(トライアイ)が、爛々と輝いている。

 ――サビナの猟機だった。

『またあのひと……』

『しつこいんだから……!』

 チアとイヨもうんざりしていた。

 ここまでくると、ふたりに申し訳ない気分だった。

 まさか、まだ俺のことを追っていたなんて。

 このあたりは近くに転送可能な街もないので、ここまで移動してくるには相当時間がかかったにちがいない。見上げた執念である。

 近くに仲間の姿は見えない。単機のようだった。

 もしかしたら仲間の制止を振り切ってきたのかもしれない。

 サビナの性格を考えると普通にあり得ることだった。

『さっきはよくもアタシのかわいい手下どもをやってくれたわね! ……いや、べつにかわいくもないか……。とにかくっ、今度は絶対に逃がさないから!』

 セルフつっこみを入れつつ、サビナは牙をむいた。

『あの、なんなんですか?』

 イヨが呆れた声を出す。

『わたしたち、忙しいんですけど。用事があるなら日を改めて――』 

『トンチキトリガーハッピーは口を挟まないでくれる?』

『なっ……!』

 露骨な悪意のこめられた一言。

 だが、黙っていろと言われて黙るイヨではない。

『……あなたこそ、ストーカーなんじゃないですか?』

『はぁ!?』

 サビナに対してだと、イヨは妙に辛辣だった。

 なんだか黒森さんが滲み出ているような気もする。

『な、なんでアタシがこんな地味キャラ野郎をストーカーしなきゃなんないのよ!? アタシはただ、そいつがアタシが探してるやつのこと知ってそうだから――』

『ふふ、なんか未練たらしい感じですね♪ きっとその人もいますっごく迷惑してるんじゃないかなって思います』

『な……! あ、あんたには関係ないでしょう!?』

『あります! だってその人は――』

「うわわ……!」

 俺は慌てて口を挟んだ。

 あやうくイヨが口を滑らしかねない勢いだった。

『……やっぱり、あんたたちは見逃せない』

 いっそうサビナは敵対意識を強めていた。

 厄介な状況だ。

 相手がサビナでなければ、強引に退かせることも考えられるが。

 サビナ機が腕を上げて、びしっとマニピュレータの指を俺に突きつける。

『あんたがあのシルバーナイトの知り合いってことはお見通しよ! おとしなしく白状しなさい! ついで土下座もすれば許してあげなくもなくもないわ』

 どうやらまだ妙な勘違いをしているらしい。

 鋭いのか鈍いのか。

 とにかく、正直に認めたらもっと面倒なことになる。

「……シリマセン、です」

『はっ、まあいいわ。どうしてもしらを切るってんなら……』

 その深紅の機体から、敵意を感じた。

 やる気か。

 三対一。戦力的にはこちらが優位だ。

 だが油断はできない。できるはずがない。

 俺はこいつの力を知っている。

 ほかのだれよりも、ずっと間近で見てきたからだ。

 その機体に視点を合わせ、情報を参照した。

 機体名〈ラナンキュラス〉

 機体評価ランク『S』

 ハルやイレイガの猟機と同じく、最高ランクのハイエンド機体だ。

 〈ラナンキュラス〉がなにか動きを見せる、その前だった。

 イヨの〈ヴィント・マークα〉が、ガトリング砲をフルオートで斉射した。

 ド派手な弾丸の嵐がサビナ機を一息で飲み込む。

 着弾の白煙と巻き上がった砂煙りが、その姿を覆い隠した。

 俺は唖然としていた。

『なにしてるの、先手必勝だよ』

 イヨはあっけらかんと言った。

 さすがだ。敵に対しては一切の容赦がない。

 煙がゆっくりと晴れていく。

 だが――


『さきに手出すなんて、いい度胸してるじゃない』


 〈ラナンキュラス〉は健在だった。

 その前面に、三枚の中型シールドが浮遊していた。

『……なんぞ』

『! あれ、オービットシールド?』

 あれがいまイヨのガトリング砲を防いだものの正体だ。

 オービットシールドは、機体の前面、側面、背面を切り替えて、機体の一部の方向をカバーする防御用兵装だ。

 だがイヨはすぐに、それ以上の大きな特徴に気づいた。

『シルト……。あの機体って、携行火器持ってなくない?』

「うん、あいつは遠距離火器は装備しないよ。たぶん、いまでも同じだと思う」

『近接特化ってこと?』

「うん……まあ」

 間違ってはいない。

 だが、そのコンセプトは俺の猟機とも大きく異なる。

 オービットシールドに攻撃機能はない。

 サビナの猟機は、厳密には武装をひとつしか搭載していない。

 それがあの背中の――


『じゃあ、遠慮はいらないってわけね』 


 その言葉とともにサビナが動いた。

 通常のブーストダッシュ。

 だがかなり速い。重量機の速度とは思えない。

 極力武装を減らし、その分の余剰エネルギーを装甲とスラスターの出力強化に回しているためだ。

『みんな散って! 三方向から挟み撃ちに』

 イヨの指示が飛び、俺たちは散開した。

 イヨの〈ヴィント・マークα〉とチアの〈オクスタン〉が〈ラナンキュラス〉の左右に展開。

 すかさず挟撃射撃。二丁のガトリング砲とスナイパーライフルが火を吹く。

 だがその弾幕を〈ラナンキュラス〉がすり抜けた。

 当たらない。

 唯一敵機に届いたガトリング砲弾も、側面に展開していたオービットシールドに弾かれていた。〈ラナンキュラス〉の耐久ゲージはまったく減っていない。

『チア! 停止射撃で狙って!』

 ふたたびイヨが追加指示を飛ばす。

 チアの猟機〈オクスタン〉がスラスターをカット。土煙を上げてブレーキをかけ、その場で脚を広げて狙撃姿勢に入った。

 再度発砲。

 轟音。鋭く飛翔した弾丸は、サビナ機のわずかに手前の虚空を貫いた。

『チアが、外した……?』

『……ぽい』

 チア自身も驚いているような声だった。

 厳密にはちがう。サビナが攻撃を予測して避けたのだ。

 やはり、と俺は確信した。

「無闇に攻撃しないほうがいい」

 俺はふたりに言った。

『ど、どうして?』

 イヨが困惑したように聞き返す。

 この戦闘は予想以上に厳しくなる、と俺は直感していた。戦うほど不利になる。その理由がサビナのもうひとつの武器だった。

 

「あいつは――サビナは、未来が読める」



※お詫び:

 EP04の一部を加筆、修正しました。主な変更箇所は、#34、#48です。

 (成瀬のエピソードでオチのつけ方がやや強引でしたので、すこし変更いたしました。どうかご了承くださいませ……)


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