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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP01/ 第2話 英雄の帰還
7/93

#06

 どうやって帰ったのか、あまり覚えていない。

 ということはなく、実際には何事もなく自転車で家まで帰り、夕食を食べて、風呂に入り、お笑い番組と深夜アニメを見てその日は寝た。

 なにも変わらない日常。

 それに徹することで、俺はなんとか平静を取り戻そうとしていた。 

「あ、遠野くんおはよう。昨日、クリスちゃんと会ったんだね?」

 だから登校してすぐの伊予森さんのその言葉は、俺を震え上がらせた。

「ど、どどど、どうして、それを」

「……いつにも増して、どもってるね」

 伊予森さんは苦笑していた。

 いつもそう思われていたようだ。なんてことだ。自分としてはわりと自然な受け答えをしていたつもりだったのに。

 いや、そんなことはどうだっていい。


 まさか、もう知っているのだろうか。


 クリスに、俺は返事をしていない。

 できるはずもない。

 頭からつま先まで固まった俺は、あ、お、とか単音を発するのが精一杯だった。

 幸か不幸か、クリスは回答を急かす様子はなく、それじゃあまた! と元気よく言って帰っていった。 

「妹から聞いたから」

「あの、伊予森さんの妹さんって、いま……」

「いま? 小6だよ。四個下なんだ。ここの近くの小学校」

 そういうことか。

 やはり間違いない。ただのコスプレかもしれないという現実逃避の道は、その瞬間に断たれてしまった。

「? なにかあったの」

「なにもないよ!? なにもね!」

「う、うん」

 俺の叫びは伊予森さんを困惑させてしまったが、ひとまず安堵する。どうやら告白のことは伝わっていないようだった。

 だが油断はできない。もしクリスが伊予森さんの妹に話していたら、いつそれが伊予森さんの耳に入ってもおかしくない。

 たとえ自分からではないとしても、小学生とそんな関係になっていると聞いたら、伊予森さんはどう思うだろうか?


 ――やっぱり、遠野くんってそっち系の……。


 冷や汗がじわりと吹き出た。

 なんとかしなくては。

 とりあえず今日はまっすぐ帰って対策を考えよう。

 授業もそっちのけで、俺はかつてない難問に頭をめぐらせた。



「シ・ル・トさん♪」

 校門を出たところで俺は愕然と立ちつくした。

 透明感のある金髪。健康的に伸びた手足と、はっきりと凹凸がついた身体つき。

 そして真っ赤なランドセル。

 クリスが、校門の前に立っていた。 

 彼女が背負ったそれが、まるで爆弾のように感じられた。

「な、なんで……」

「へへ、来ちゃいました」

 出ていく北上高の生徒たちが、何事かとこちらを見ている。

 来ちゃった。

 いつか女子に言われてみたいと妄想していた言葉だったが、実際に言われてみると、こんなに恐ろしい言葉だったのか。

 昨日の夜に調べたところ、クリスの通っている小学校はここから二キロ程度離れたところにあるようだった。歩いてもそこまで時間はかからない距離だ。

 迂闊だった。

「シルトさん、どうかしました?」

「あ、あのね、俺の名前は、遠野なんだけど……」

「ねぇ、シルトさん。よかったら、今度いっしょに……」

 聞いちゃいない。

 ふと、周囲の視線に気づく。

 みんなが、じっと俺たちを見ている。

(なにあれ……)

(うそ、小学生と?)

(ロリコンってやつ……?)

 ざわ……ざわ……。

 実際はそんなことは言っていないのだが、心の声が聞こえてくる気がした。

 やばい。

 このままでは、ただでさえぼっち道まっしぐらの高校生活に、本当に終止符が打たれてしまう。

「ちょ、ちょっと来て!」

「え、デートですか?」

 目を輝かせるクリスを引っ張り、俺はその場から逃げ出した。



 とりあえず、近所の公園に逃げ込んだ。

 遊具のまわりや中央の広場で、小さい子供たちが遊んでいる。

 この場においても俺たちは正直浮いていたが、高校の制服姿の俺と、ランドセル姿でしかも金髪でおまけに年齢離れしたスタイルのクリスの組み合わせは、どこだろうと否応なく目立った。

「あたし、あれからまた進んだんですよ!」

「そ、そう」 

「でもあたし、戦うよりロボット作るほうが楽しくって。そうだ、シルトさんに聞きたいことがあったんですよ、いっぱい!」

「なに、かな……」

「え~っと、もっと背をちっちゃくしたいんですけど、それってできますか?」

「ああ……それなら、脚を変えるのが早いかな。低いやつだと――」

 クリスの初歩的な質問に、俺は答えていく。

 話してみて段々とわかったが、クリスは本当にアイゼン・イェーガーを楽しんでいるようだった。

 もしかしたら無理して俺に合わせようとしているのかも、と疑った俺はすこし反省した。

「クリスは、なんでこのゲームやりはじめたの?」

「クラスの男子がすごいハマってて、聞いたら、女子にはわかんないよ、なーんて言われたから、あたしもやってみたくなって……。でも、むずかしいです」

「最初はね。でも機体を思い通りに動かせるようになってくると、楽しいと思う。はじめのうちは攻撃関係はアシスト任せでいいから、機体を動かすことに専念するといいよ」

 猟機の操縦は、細かな操作をオートとマニュアルで選択できるようになっている。

 例えば近接用ソードの操作では、トリガーを引くだけで機体は武装を振ってくれる。これがオート操作で、前方の一定空間内に敵がいる場合を想定した、固定されたモーションだ。

 だが実戦、特に対人戦ではその動きは非常に読まれやすい。相手との間合い、回避先、潰したい武装、その他状況に応じた最適な太刀筋は、プレイヤーが自身がその都度マニュアルで設定するしかない。

 猛スピードで動き回る戦闘中に機体の制御と合わせてこれらの操作をするのは、最初は荷が重い。だが上位ランカーのメンバーなら、だれしもがやっていることだ。

 というような内容のことをぺらぺらとしゃべり終えたところで、自分がまた暴走していたことに気づく。

 しかもクリスの目がやたら輝いていた。

「やっぱりシルトさん、すごいです。この前も、あんなにかっこよくあたしを助けてくれたし」

 話題が危険なところに及んでくる。

 言うのか。言うならいまだ。 

「クリス? その、この前言ってたこと、だけど……」    

 クリスが携帯の時計を見ていた。

「じ、時間! 大丈夫?」

 あっさりと俺はへたれた。

「あ、その、ごめんなさい。うち、門限が厳しくて……」

 とりあえず問題は先送りにする。焦ると余計なことになりそうだった。 

「送っていくよ」

「シルトさん。やさしいですね……」

 熱っぽい表情で見上げるクリスには、ほとほと困るしかない。

 とはいえ時間も時間だし、なにかあってからではそれこそ自分のせいだ。俺はクリスに付きそって歩き出した。

 だが、それが間違いだった。 



「――兄さん?」

 住宅地をしばらく歩いていったところで、見知った顔とばったりはち合わせた。

 中学の制服姿の詩歩。

 その視線が、クリスのランドセルに注がれる。途端、眉間に激しくしわが寄った。

 なぜ高校生の兄が小学生の女の子と一緒にいるのか、という目。

「あなた、この前の……」

「あ。こんにちはっ。あたし、真下クリスといいます」

 クリスがぺこりと頭を下げた。

「……遠野、詩歩です」

「よろしくお願いします! お、おねえさん」

 お姉さん?

「あ、あの、あたし……」

 クリスは恥ずかしそうに頬を染め、意を決するように大きな声で叫んだ。


「お、お兄さんと、お付き合いさせていただいてます!」


『!!?』

 俺と詩歩に爆弾が落ちた。

 時が止まる。

 俺はこわごわと、詩歩の顔を見る。

 あわあわしていた。

 こんなにショック死しそうな詩歩を見るのは生まれてはじめてだったが、一番死にそうなのは他でもない。俺だ。

「ニイサン……?」

 俺はただ首を横に振るしかできない。

 詩歩は俺を引っ張り、クリスに聞こえないようにささやいた。

(相手はしょ、小学生ですよ?)

(し、知ってる)

(知っていて……!?)

(いやそういう意味じゃない! おまえ、なにか誤解して――)

「――もしもし、お母さん? お、落ち着いて聞いてください。に、兄さんがついに小学生の子を……」

「電話するな! っつうかついにってなんだ!」

 動揺しすぎだ。

 携帯を奪いとって電源を切る。

 詩歩は俺のその慌てぶりを悪いほうに解釈したらしく、口に手を当てて俺から距離を開けた。 

「く、クリス? い、いまのはいったい……」

「あ、急がないと。ここまでありがとうございした。それじゃ、また明日!」

 足早にクリスは去っていった。

 あとには、いまにでも血縁が切れそうなほど気まずい兄妹が残された。


 *


「どういうことなの、盾」

 リビングに、家族が集まっていた。

 向かい合って座った母親が、うつむく俺をじっとにらんでいる。 

 まさかの家族会議。

 しかもタイミングが悪く父親も今日は早く帰ってきていて、篤士、詩歩も含めて全員がテーブルを囲んでいた。

 最悪だ。

 こんなことは、以前に篤士が夜遅くまで街を遊び歩いて警察に補導されかけたとき以来だ。

 本当に、最悪だった。

「いや、それは……」

「あのね。近ごろ世の中の風当たりは厳しいのよ? 道を聞いたり心配して声をかけただけで不審人物扱いされるんだから。ただでさえあんたは見た目が……いえ、それはともかくね」

「俺は、なにもしてない……」

 母がテーブルをばん! と叩いた。

「当たり前でしょ!」

「い、いや! そういう意味じゃなくて……」

 こういうときに弁が立たない自分が情けなく、うらめしかった。

 沈黙している俺をどう思ったのか、

「お父さんも、なにか言ってよ」

 腕を組んでいた父親は、促されてようやく重い口を開いた。

「盾」

 父親はしばらく俺をじっと見ていたが、やがて表情をやわらげた。

「といってもなぁ、俺も社会人になってから、高校生の母さんを口説いたしな」

「うへぇ、父さんやるなぁ」

「……汚らわしいです」

 のんきな篤士と、対照的に冷たい詩歩。 

「はは、相変わらず詩歩はキツいなぁ。お父さん、リアルにへこむぞそういうの。……まあそれはともかく」

 父親はずいっと身を乗り出し、

「どうなんだ。おまえの気持ちは」

 どう? なにがどうだというのだ。

「あの、だから、」

「なぁ、盾。俺はな、だれかに恋するっていうのは、自分でもどうしようもないことだと思うんだ」

 聞いちゃいない。こいつもか。

 したり顔の父はどこか遠い目をしながら、

「おまえは、その子のことを好きになった。この広い世界でただひとりの相手を、おまえは見つけたんだ」

「あなた……」

「素直になれ。たとえ世界中が敵にまわっても、おまえだけは、その子の味方でいてやれ」

 その言葉を聞き、母もふっと目元をゆるめた。

 なんだよ、その『負けたわ……』みたいな顔は。

「そうね。盾、がんばりなさい!」

「兄貴の趣味はよくわかんないけど、まーいいんじゃない?」

「もう知りません……」

「というわけだ。ただし、相手は小学生だ。節度を持つこと。なにを言ってるかは、わかるな?」

「そうよ盾。それは、ダメよ」

 なんだこの手のひら返し。

 思いっっっっっきり、無駄な時間だった。



 家庭内コントに力尽き、俺はベッドに沈みこんだ。

「どうしよ……」

 ぼーっと天井を見つめる。

 頭にあるのは、当然クリスのことだ。

 非常にまずい、とは思う。

 あの様子だと、クリスのなかでは俺は断っていないことになっている。いや実際に断ってはいないのだが、いつの間にかそれが肯定の返事に化学変化しているらしかった。

 告白ってそういうものなのか? わからない。こわい。

 なんて言うべきか。

 ――あれ? 俺たちって付き合ってたんだっけ?

 なんだろう。なぜか、俺がすごい最低な男のように聞こえる。

 そもそもあれは、ちゃんとした告白としてカウントすべきものだろうか? 俺をからかっているだけで実は冗談です、とか……ないか。

 机の上に、この前使って出しっ放しにしてあったVHMDが目に入った。

「シルトさん、か」

 結局、一度も名前で呼ばれていない。

 要するに、彼女が見ているのは俺ではなく、ネット上のキャラクターなのだ。

 大人びているように見えても、しょせん子供だ。恋に恋している上に、その対象は現実には存在しない架空のもの。まやかしだ。

 だいいち、俺はもう、あのゲームをやめた。

 頭に浮かんでくるのは、いつも同じ光景。

 大勢の参列者。華やかな式場。にぎやかに騒ぐ生徒たち。

 誓ったんだ。

 嫌というほど思い知らされた、あの日。

 意思の弱い自分。だが、今度こそ曲げてはならない。

 クリスの件は、楽観視することにしよう。

 そのうち現実の俺の方に飽きて、ゲームに夢中になるかもしれない。年齢も離れている俺より、同年代と一緒にゲームをやっていれば、そちらに興味が移っていくはずだ。

 なにかが鳴っていた。

 それが何の音か、すぐにはわからなかった。

 なにかのメロディだった。それは、机の上に置いていた携帯から発せられている。

 手にとった俺は、目を見開いた。

 - 伊予森 楓 -

「い、伊予森さん!?」

 なんで!? と混乱しかけて、いや、そういえば、うちに来た日の帰りにアドレスを交換していたことを思い出す。

 だがいきなりかかってくるなんて。ど、どうすれば? って出るしかないじゃないか。

というか自分の携帯の着信音がこんな音だったことをはじめて知った。

 震える指で、画面に触れた。

「……もしもし?」

『あ、遠野くん。ごめんね、遅くに』 

「い、いや」

 落ち着いた、しっとりとした声。

 電話越し。

 姿の見えない伊予森さん。

 いつもよりさらに緊張してしまう。

『このあいだの、ゲームのことなんだけど』

「えっと……アイゼン・イェーガーの?」

『うん。ああいうのって、最近すごい流行ってるでしょ? わたしも興味出てきて』

 たしかに、アイゼン・イェーガー以外にもVRタイプのゲームは新しいソフトがどんどん出てきていて、近年市場が拡大している。

 なかにはVR空間で動物たちとひたすらたわむれるだけ、という技術の無駄使いのようなゲームもあった。女性向けのゲームも色々と出ているはずだが、俺もすべてを知っているわけではない。

『ねぇ、よかったら、また一緒にやってくれない?』

 その誘いに、俺は言葉を詰まらせた。

 クリスはともかく、伊予森さんであれば、一緒になにかやるのはやぶさかではない。むしろこんなに喜ばしいことはない。この上ないチャンスだ。

 けれど。

「あの、俺……」

 一世一代の決意をして、アカウントを消した。

 もうやめると、そう決意した。

 それを、なんと言い訳すればいいのか。

「あ、ああいうのほんとは苦手っていうか……。この前はたまたま上手くできたけど、それだけで、だから……」

 伊予森さんに嘘をついていることが、心苦しかった。

『……そっか』

 なにか、違和感を覚えた。

 以前にも、こんな不思議な間があったような。気のせいだろうか?

「ほんと、ごめん」

『ううん、気にしないで。じゃあ、おやすみ。あ、それと……』

「……なに?」

『寝る前に、遠野くんの声が聞けてよかった』

 通話が切れた。

 携帯が俺の手からすべり落ちた。

 しだいに、踊り出したくなるような興奮がこみ上げてくる。

「へっへっへ……」

 ついに声に出てしまう。

 いい。

 いいじゃないか。

 一時はどうなるかと思われたが、俺のリア充化計画もなかなかどうして、悪くない。

 もっと地味な道のりになると思っていたが、もしかしたら、大逆転が待っているかもしれない。なんてことだ。 

 伊予森さん!

 膨れ上がる感情のままに、俺はベッドにダイブした。


 *


 次の土曜日。

 日々が充実しているせいか、一週間が長い。休みがずいぶんとひさしぶりに感じられた。

 五月の穏やかな昼下がり。今日はのんびりと過ごせそうだ。

 そうだ。今日は服を買いに行こう。

 リア充というもの、まずは見た目だ。もしかしたら近いうちに、伊予森さんとデートする日がくるかもしれないし。

 しかし、どこに行ってどんな服を買えばいいのかわからなかった。

 よし。まずは本屋で雑誌でも見てみよう。

「兄貴~お客さーん」

 出かける準備を終えたところで、下の階にいる篤士が呼んだ。

 アマゾンでなにか頼んだっけ?

 頭のなかで思い返しながら、そのまま下りて、玄関を開けた。  

「こんにちは、シルトさん♪」

 陽光のもとで、きらきらと輝く金髪。

 小さい頭とすらりと長い手足。

 クリスがそこにいた。

 最初にうちに来たときとはちがう明るい笑顔。それはまるで――巨大な嵐の予兆。


 来ちゃった怪獣、二度目の襲来であった。



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