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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第4話 千本剣
68/93

#67

 激戦は続いている。

 ザンノスケ機を失った俺たちは、空中要塞と呼んでも過言はない堅牢な防衛兵器〈ゲシュテルン〉に挑んでいた。

 直上からミサイルが降り注ぐ。旋回ドリフトで急制動をかけ回避。

 さらに追尾してくるミサイルをバーストライフルで迎撃。無数のロックオンカーソルがひしめくモニター越しに周囲を確認。 

 イヨの猟機が二丁のガトリングガンの弾幕でミサイルの雨に対抗。チア機とモルガン機は見える範囲にはいない。だがふたりともステータス上では健在だ。どこかで戦っているはず。

 持ちこたえてくれ、と俺は祈った。

 警告表示。

 右腕部の携行火器、リニアライフルの残弾数――ゼロ。

 くそっ、まずい。

 レーダーが使えないので目視でハンガーオブジェクトを探した。

 だがすでに他のプレイヤーたちに拾いつくされたのか、見当たらない。

 さすがに火器がなくては厳しい。せめてシールドがあれば、力業で接近を試みることもできるのだが。

 今度からは頭部か胸部フレームに近接防御火器ユニットを追加しよう、と反省したところで、目の前を重量多脚猟機が横切った。両手に携えた狙撃砲を交互に発砲。〈ゲシュテルン〉の装甲の一枚が砕け散る。 

 他のプレイヤーも全力で戦っている。

 みな、ここまで辿りついた猛者たちだ。

 また一機、〈ゲシュテルン〉対地砲撃をくぐり抜けて接近していく黄色い機体があった。

 大型レーザーライフル〈XECTOR〉を両腕に構えている。スラスターを小刻みに吹かして〈ゲシュテルン〉の偏差射撃を回避。

 その挙動を見た瞬間、上級プレイヤーだとすぐわかった。しかも〈ゲシュテルン〉の攻撃のパターンをわかっている。

 黄色の機体が果敢にも攻めていく。

 〈ゲシュテルン〉の真下――射角の穴に潜り込みながらレーザーライフルをトリガー。

 二本の光が〈ゲシュテルン〉を下から突き上げた。 

 〈ゲシュテルン〉が内部から火花を散らした。 

 ぴたり、と砲火が止んだ。  

『やっ――って……、ないよね?』

「うん」

 イヨの言葉に俺はうなずく。

 その通り。まだ、これで終わりではない。 

〈ゲシュテルン〉に変化が生じた。

 その巨体を覆っていた装甲が次々とパージされはじめた。直下付近にいた猟機たちが一斉に退避。パージに従い全体の輪郭が大きく変化する。

 〈ゲシュテルン〉の第二形態。 

 そのシルエットは、球体からまるでウニのように変貌していた。

 むき出しになった中核部から、無数の砲塔が360度に突き出ている。まるで子供が考えたような異形。だがそれゆえの不気味な迫力があった。


 ここからが、〈ゲシュテルン〉の本領だ。


 全方位に向いた砲塔が一斉にうごめいた。それぞれが得物(俺たち)を探している。ぞろぞろと動作した砲塔が同時に固定される。

 砲火の華が咲いた。

 視界がマズルフラッシュと白煙に覆い尽くされる。

 俺はとっさにまだ残っていた建物のかげに機体を滑り込ませていた。その直後、周囲で何重もの着弾音が割れる。

 すさまじい超多重砲撃。地表は隕石雨の直撃を受けたような有様だ。

 火力はさきほどと比べ倍化していた。回避するだけで精一杯だった。

『……し、しぬぅ』

 チアがまったく余裕がない声で呻いた。

 厳しそうだ。が、むしろよくここまで持ちこたえてくれている。 

『チア、距離空けて! 無理しないでいいから』

『ぅ……は、はぃ』

 イヨの助言に素直に従い、チアの多脚猟機が後退。

 逃げ足ならチアは一流プレイヤーだ。

 〈ゲシュテルン〉の第二形態は火力が上がる分、防御力は下がっている。

 その中核部には、ぼんやりとだが赤く発光しているセンサーがあった。

 あれが〈ゲシュテルン〉の唯一といってもいい弱点だ。第二形態との戦闘は長期戦に持ち込むより、一気に叩くほうが効率がいい。

 警告音。

 サイドブーストで急速離脱。直後、放物線を描いて落ちてきた榴弾が建物ごと吹き飛ばした。

 弱点を素直に狙うには、敵の砲火が激しすぎる。

 もっと腰を据えて、遠距離から狙いを定められれば効果的なのだが。

 それに、さきほどから妙に地上からの攻撃の勢いが弱いことが気になった。目に映るプレイヤーたちの砲火が少ない。

 なぜ? その理由を俺はようやく悟った。

 猟機自体の数がかなり減っていた。

 レーダーが使えないため、目視でしか他のプレイヤーを把握できなかったため気づくのが遅れた。

 内心で驚いた。

 いつのまにこれほどやられたのか? 他の猟機に気を配っている余裕はなかったといえ、その減少数は想定以上だ。

 〈ゲシュテルン〉が今回特別に強化されているわけではない。

 俺と同じように、ここを知っているプレイヤーも多いはずだ。単純に集中力が途切れてミスを犯したプレイヤーが多かった、ということか。

 残っているのは俺たちを入れても十機に満たない。

 とにかく、これでやるしかない。

 そのとき〈ゲシュテルン〉のセンサーが発光した。

 砲塔の隙間から棒状のユニットが突き出す。それが雷光をまとい、激しく紫電を散らした。

『わっ、リアクタージャマー!』

 イヨが確信的に叫んだ。

 俺は内心舌打ちする。否応なしにモニター上に警告表示が重なる。

 その内容は、機体の出力低下。

 プールされていた使用可能エネルギーが一気に減少する。

 これも〈ゲシュテルン〉の攻撃のひとつだ。 

 リアクターの反応活動に干渉してエネルギーの発生を阻害する。エネルギーの供給効率が悪化すれば、猟機のアクチュエータやスラスターを存分に動かせなくなる。 

 これだけの火力を前に、機動力の低下はなにより痛い。

 また一機、目の前でプレイヤーの猟機が撃破された。

 旗色がどんどん悪化している。

「……まずいかも」

 なるべくスラスターの使用を抑えながら、俺は素直に言った。

 肌感覚だったが、このままだとおそらく押し切られる。

 つまり、全滅だ。

「どうしよう?」

 イヨに判断を委ねたかった。

 戦況全体を見て判断を下す能力は、俺などよりも遥かに優れている。  

『――シルト、遠距離組みに狙ってもらお』

 遠距離組。長射程のミサイルランチャーやキャノン系の火器を搭載した猟機のプレイヤーたちのことだ。

「俺たちは?」

『時間を稼ぐ役』

「う……。まあ、仕方ない」

 損な役回りだと思ったが、なぜか乾いた笑いがこぼれた。

 文句を言ってもしょうがない。やるしかないのだ。

「わかった」

『チア! あいつは赤く光ってるところが弱点なの。わたしたちじゃ落ち着いてそこを狙う余裕がないから、チアが攻撃に専念して。敵のターゲットはできるだけこっちがとるから!』

『おっ、ぅ、うん……!』

 俺たちが攻撃を引きつけて、チアが狙撃するための余裕を作る。

 イヨ機が大きく跳躍。空中からガトリング砲をフルオートで発射。

 俺の猟機はもう武装がほとんどないため、とにかく脚部のステップ移動で〈ゲシュテルン〉の攻撃を引きつけつつ回避する。

 残った他のプレイヤーも、同じように二手に分かれていた。

 チアの前後に、遠距離向けのレールキャノンを担いだ猟機と、馬鹿みたいにデカく長い砲身の重曲射砲を背負った猟機がいた。

 その二機はまるでチアを導くように射撃位置へと移動している。

 頼もしい。

 わざわざ言葉を交わさずも、自然な連携が生まれていた。

 この呼吸感も、共同戦線イベントの醍醐味だろう。

 俺とイヨはとにかく牽制に徹した。

 修復したばかりのイヨ機が被弾。耐久ゲージが削られる。だがまだいける。

 一方、俺の後方からマシンキャノンの嵐が近づく。

 前方にはグレネードが着弾。

 爆風で機体が揺れ、炎と黒煙が膨れ上がる。そのなかを抜けた。

 レーダーが使えない状態で、一瞬でも視界が覆われるのは恐怖だった。だが畳み掛けるように降り注いだマシンキャノンの回避には成功。

 俺たちの牽制により、遠距離組みの方にセンサー部分の露出した面が向いた。

 これであとは――

 勝利の光明が見えたと思った。そのときだった。


 黒と赤の猟機が目に入った。


 〈ゲシュテルン〉の真下。片腕を失い、各部の装甲が切断され貫通され脱落した、満身創痍の猟機。

 イレイガの猟機〈ベヲウルフ〉が、重力砲を構えていた。

 すべてを破砕する黒い渦が砲身にみなぎっている。チャージが完了した状態。

 その照準の先に、視線を動かす。

 バックパックを背負ったモルガン機がいた。

 付近で取得したらしいバズーカを構えている。

 必死に回避運動をとりつつ、浮遊する〈ゲシュテルン〉に狙いを定めている。その挙動は、あきらかにイレイガに気づいていなかった。

「危ないっ!!」

『―――シルト?』


 叫んだ瞬間、重力砲の波動がモルガン機を飲み込んだ。


 耐久ゲージが一気にレッドゾーンを抜けた。

 息が止まった。

 モルガン機が火花を散らして姿勢を崩す。 

 その時点で、耐久ゲージはまだ5パーセントほど残っていた。

 だが運悪く、〈ゲシュテルン〉のマシンキャノンがその機体に照準を定めた。

 モルガン機に砲弾の雨が降り注ぐ。機体を守る装甲のほとんどを失った猟機を、その攻撃が容赦なく蜂の巣にした。

 最後の灯火が消える。


 << FRIENDLY DESTROYED >>


 モルガン機の撃破認定。 

『――――え?』

 イヨの声が茫洋と反響する。

 俺の頭も理解を拒んだ。 

『――ったなぁ!』

 言葉が途中から聞こえた。

 それが一度切っていたオープンチャットをふたたびオンにしたためだと、俺はあとから理解した。

『はっ、馬鹿が! てめぇらはまた誘い込まれたんだよ!』


 ――これが最後だと思うから

   だから、思い出をつくりたいなって


 あの言葉が脳裏で再生された。

 複雑な感情をはらんだ、あのさびしそうな声で。

『ハハッ! ざまぁねえなあ!』

 イレイガが勝ち誇っている。

 頭のなかで、なにかのたがが外れた。 

 アフターブーストで飛び出した。

 もうその機体しか目に入らなかった。 

 イレイガも残った二本のサークルエッジを展開。

 一撃で決まる――

 こちらを迎え撃つ体勢の敵機を見て直感した。

 武装をセレクト。胴体脇部にマウントされていたチェーンダガーの柄がせり出す。右腕で握る。

 敵の間合いに踏み込む。

 極限まで研ぎ澄まされた意識が時間と空間を引き伸ばし、すべてをスローモーションに変えた。

 頭上からサークルエッジの強襲。

 ワイヤーの切断は不可。

 一閃。

 刃を直接チェーンダガーで迎撃。駆動する刃同士が激しく弾かれ合う。

 同時。もう一本の円鋸が足元から跳ね上がる。

 猟機の左脇をかすめる。

 腕があったら切断されていた軌道。 

 敵機の横を抜ける。

 その間際、機体を旋回させてチェーンダガーをひるがえした。

 首元に突き刺す。

 ダガーを抜きながら離脱。ブレーキターン。第二撃に備える。

 ――だが、その必要はなかった。

 首から血しぶきのような火花を散らし、〈ベヲウルフ〉がダウンする。



 << TARGET DESTROYED >> 



 イレイガ機〈ベヲウルフ〉を撃破。

 それと同じタイミングで、〈ゲシュテルン〉の耐久ゲージがゼロになった。

 〈ゲシュテルン〉の各所で爆発が起きていた。

 ぐるりと周囲を見渡せば、離れた狙撃地点でチアたち遠距離向けの猟機が、砲撃姿勢のまま動きを止めていた。その照準の先に、火を吹く〈ゲシュテルン〉があった。

 爆発が連鎖反応を引き起こした。

 炎に包まれた〈ゲシュテルン〉が浮遊能力を失い、落下をはじめた。

 巨星が堕ちる。

 その巨体が地表に激突。すさまじい衝撃と地響きが起こり、機体が大きく揺さぶられた。

『……これ、倒した?』

「うん……」

 まだ疑り深く不安そうなチアに俺は応じた。

 しかし、俺たちは勝利の達成感に浸る気分にはなれなかった。

「くそっ……」

 イレイガに対しての怒りがこみ上げるが、それも行き場を失い霧散した。

 決して、イレイガは不正を行っていたわけではない。

 たしかに卑怯ではあるが、それもまたアイゼン・イェーガーというゲーム世界での、強さのかたちのひとつなのだ。

 戦いがあり、斃れた者がいて、生き残った者がいる。

 その残酷さはもしかしたら、現実と同じもので――

 モニターに着信表示。だれかからメッセージが来た。

 その差出人は、ある意味でもっとも意外な人物からだった。

 

 ERAGA :今日はツイてねえ

      てめえのせいで収穫ゼロだ


 俺はその文面を目に、呆気にとられていた。

 収穫ゼロ、か。 

 モルガンを直接的に撃破したのは、〈ゲシュテルン〉の攻撃だ。

 自分の手で止めを刺すことに、独自のこだわりがあったのかもしれない。

 ある意味で、PKの鏡だ。

 総合的に言えば、やはりイレイガは強かった。それは素直に認めよう。俺はそんな気分になっていた。

 そこでふと疑問が生じた。

 収穫ゼロ?

 いや、そんなはずはない。ザンノスケの仲間を襲ったではないか。全員やられた、と彼は言っていた。だから俺たちと合流したのだ。

 それとも、数に入れるほどの“狩り”ではなかったという意味だろうか。

 言葉のあやかもしれない。ただ、妙に気になった。 

 俺は内心びくびくしながら、話すのは億劫なので、同じようにテキストメッセージで返してみた。


 ERAGA:はぁ? 俺はやってねえよカス


 刺々しい文面にげんなりしつつも、やはり腑に落ちなかった。

 しらを切っている可能性はあるが、理由がわからない。ただ、これ以上は相手を怒らせそうな雰囲気だった。

 そこでイヨからもメッセージが入った。

『さき行ってて』 

 モルガンと、直接話をしているのかもしれない。

 俺はどう気を遣っていいのかもわからず、とりあえずそれに従った。

 俺たちがここまで来たのは、ここまで死闘を繰り広げたのは、すべてたったひとつの目的のためだったのだから。

 

 *


 俺とチアはマスドライバーのふもとに近づいた。

 そこは空への架け橋となるレールがそびえ、地表近くの最端位置にさきほどちらりと見た圏外輸送機が停まっている場所だ。その手前で、生き残った他のプレイヤーの猟機も集まっていた。

 なぜか猟機を降りているプレイヤーもいる。全員同じ方向を見つめていた。

 様子が妙だった。

『……なにしてる、あれ』

「? さあ……。話し合いとか、いや……」

 だれが輸送機を使用するか交渉や話し合いでもしているのか思ったが、そうではなかった。 

『なんだよこれ――』

 だれかが言った。

 理不尽さを前に、気力を失ったような声だった。

 まもなく俺たちもそれを目の当たりにした。

「え――」

 言葉を失った。チアも同じだった。

 目の前にある光景を理解できずにいた。

 俺たちが見たもの、


 それは無惨に破壊された、圏外輸送機の姿だった――



 なかがき


 いつも読んで頂けている皆様、誠にアリジャスです!

 このEP05は上下巻的なイメージで書いていたので、ここで一旦折り返しとなります。

 続く第5話以降の話はすでに考えているので、次回の更新はEP04-EP05のときほどは空かないかと思いますが……しばしお待ちくださいませ。


 またプロト・イェーガーのほうは更新が止まっており、非常に申し訳ございません。単純にまだ書けていないだけなのですが、作者の考えていることはなるべく出し惜しみせず共有した上で作品を進めていけたらと思っており……。ですのでこのEP05が完結しましたら、次はそちらを書き進めたいと思っています。

 もちろんアイゼン・イェーガーのほうも、EP06、EP07あたりのざっくりとした構想ややりたいことはすでにあるので、そちらも追って書いていけたらという所存です。



 では次回、EP05/第5話『静かの海』


 色々と心が揺れ動きます。 


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