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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第4話 千本剣
67/93

#66

 〈ベヲウルフ〉がレーザーシミターを振るった。

 重力砲を背部ハードポイントにマウントし、こちらと同じく隻腕の状態で近接武器を握っている。接近途中の俺は直前でスラスター噴射をカット。速度を落としてタイミングをずらす。わずかに早くシミターの白刃が虚空を薙ぐ。

 スティックを戻す。脚部でブレーキかけ、赤く加熱したヒートランスを突き出した。

 敵機の頭部レーダーアンテナを溶かし貫く。

 イレイガがサークルエッジで応戦。

 重量猟機の分厚い装甲も切り裂くノコギリが火花を散らして伸びる。だがすでに間合いの外だ。バックブーストからのサイドブーストで離脱。

 イレイガもスラスターの噴射炎を背負い、追撃してくる。

 単調だな、と思った。 

 攻撃を急くほど、その動きはワンパターンになりやすい。

 フェイントやディレイが乏しくなれば、対峙する方としては回避しやすい。無論、あえてそう見せている場合は別の注意が必要になるが。

 だが明らかに、イレイガは頭に血が上っていた。

 自分が一方的にダメージを受けている状況が我慢ならないのだろう。しかも俺の猟機は大破寸前だ。多少強引に攻めても倒せるはず、そう踏んでいた。だが一向に一打を浴びせられずに苛立ちがつのっている。

 イレイガの背面からワイヤーが伸び、真横からサークルエッジが襲いかかる。だが軌道は素直だった。単純に安全距離を維持して対処。

 ふと、その使い方が気になった。

「それ、もっと縦の動きを使ったほうがいい」

『……なん、だと?』

「横の動きは範囲が広いから頼りたくなるけど、相手にとっても軌道が見えやすくなる。それに比べて頭上や足元には死角が多いから、マニュアルで切断面を入力して縦の攻撃を混ぜると、もっといいかも。これは……えっと、アドバイス……」

『――――』

 イレイガの荒い呼吸音が聞こえた。

 どうやら、余計に怒らせてしまったらしい。

『ぶっ殺してやる……!!』

 イレイガの怨嗟に満ちた声が響いたが、そのとき俺はフィールドのオブジェクトを見ていた。

 スラスター移動しながら、装備していたヒートランスをその場に落とす。

 ハンガーのオブジェクトから連装ハンドガンを取得。

 旋回。照準。トリガー。

 敵機胸部に徹甲弾が直撃。 

『てめっ……!?』

 油断していたようだ。

 なにも近接戦闘武器しか使わないとは言っていない。

 〈ベヲウルフ〉の外見はダメージ表現により大きく変化していた。胴体の内部機構が露出している。耐久ゲージも三割を切った。

『クソ、クソクソクソッ……!』

 ぶつり、と音声が途切れた。

 どうやら向こうでオープンチャットをオフにしたらしい。

 それと同時に敵機が反転。こちらに背を向けアフターブーストを起動した。

 ためらいなく逃げ出した。

 噴射炎によって揺らめいた地表越しに、敵機が遠ざかっていく。

 仕切り直すつもりだろうか。だとしたらその選択は悪くない。もしかしたら自分でも冷静さを欠いていることを自覚し、分が悪いと感じたのかもしれない。 

 どうするか。

 またなにか罠を用意していないとも限らない。

 ただ、どちらに転んでもリスクはあった。

 今度は追うか、とその場の勘で判断した。

 スティックを倒しペダルを踏み込む。機体が再加速。

 俺は戦闘速度でフィールドを進んだ。すでに他のプレイヤーたちが戦ったあとだ。ガイストの残骸やプレイヤーの攻撃によって破壊され建物により、実験都市はまさしく戦場というに相応しく荒廃していた。

 開いた状態になっていた第三隔壁を抜けた。

 前方で砲火が上がるのが見えた。他のプレイヤーの猟機の輪郭と反応があった。

 広大な都市の、ほぼ中心地。

 そこがリアルタイムの主戦場だった。


 *


 俺以外のプレイヤーの猟機が集まっていた。

 二十機以上はいるだろうか。武装もフレームもカラーリングも様々だ。ただ中には俺の猟機と同じように片腕が欠損していたり、各部の装甲がひしゃげている機体も目に留まった。ここに到達するまで、かなりの激闘を繰り広げてきた証拠だ。

 さらに前方には、建設途中の橋のようなレールがあった。傾斜があり上空へと向かって伸びている。

 あれがマスドライバーだ。

 その根元には猟機ごと乗れる圏外輸送機の白いシルエットも見えた。平べったい機体で胴体が長く、翼は小さい。飛行機というよりは宇宙船という雰囲気の外見だった。

 それにしても――

 イレイガはどこにいった?

 旋回し、全方向に注意を払う。だがあの猟機の姿は、どこにも見当たらない。 

 レーダーマップが使えないのが、ここ来て痛手だった。

 どこかに隠れているのか、それとも本当にこのフィールドから逃げ出したのか。

 ほかのプレイヤーたちは、なにかを待っているかのようだった。みな同じ方向に猟機を向けながら停止している。

 その視線の先にあるのは、高層レーザー塔。

 その根元は鈍い金属の光沢に覆われている。

 揺れている、と思った直後、地響きがはじまった。


 それ(、、)が目覚めた証だった。


 火山の噴火のごとく大量の粉塵が巻き上がる。

 高層レーザー塔がゆっくりと上昇をはじめる。正確には、その下の地面ごと浮き上がっていた。乗っていた土砂が滝のように崩れ落ちていくにしたがって、その地面が巨大な球形をしていることが見えてくる。

 球体が完全に地面から切り離された。


「防衛兵器〈ゲシュテルン〉――」


 それは、簡単に言えば角の生えた球体だった。

 角はこれまで防衛のために使われていた高層レーザー塔。その下に想像を超えるほど巨大な球状の構造物が付随していた。それを覆う装甲には細かいモールドがびっしりと入っている。全長は数百メートルもありそうだ。

 その球が上下に開いた。外周をぐるりと囲むように、水平のスリットが展開。

 そこから次々と砲塔が突き出した。

 それは連射系のマシンキャノンの砲門だったり、超長距離スナイパーキャノンの砲身だったり、無数の穴が空いたミサイルランチャーだった。

 火器のオーケストラといった矛先が、全周囲をカバーしている。 

 これが、この歩行実験都市の守護者だ。 

『おーい、来るぞ!』

 だれかが全員に向けて叫んだ。

 〈ゲシュテルン〉の角――高層レーザー塔の先端に光彩が集まる。

 俺もタイミングを計り身構える。

 光が煌く。

 塔から迸ったレーザーが、大地を薙ぎ払った。

 爆炎が高波となって吹き荒れ、視界を埋め尽くした。

 回避したにもかかわらず、空中に飛んだ俺の機体は衝撃ではげしく揺さぶられた。

 ダメージはない。冷静に姿勢を保持しつつ、なんとか着地。

 視界の端で猟機が爆発するのが見えた。だれかいまのでやられたらしい。

 すさまじい火力だ。 

 あれが〈ゲシュテルン〉の主砲の威力。

 その巨体は低空とはいえ浮遊している。接近戦をしかけるのは厳しい。あの猛火では迂闊に近づけない。

 俺は連装ハンドガンをパージし、べつの火器を探した。付近のハンガーオブジェクトからリニアライフルを取得。

 これひとつでは火力的に心もとないが、やるしかない。


『シ~ル~ト~!』


 そのとき、間延びしたモルガンの声が聞こえた。

 振り返る。バックパックを背負った猟機が、こちらに近づいてきていた。

「モルガン。あ、じゃあ……」

『うん、イヨの機体直したよ!』

 モルガン機の後方に、さらに三機の猟機が続いていた。

 その中心にいたのは、二丁のガトリング砲と大量の追加弾倉を積んだ、イヨの複関節猟機だ。この共同戦線イベントをはじめたときのように綺麗に修復されていた。ステータス上の耐久ゲージも最大値まで回復している。

『シルト、お待たせ』

「うん、よかった」

『あいつは?』

「ごめん。見失ったかも」

『そっか。でもシルトが無事でよかった。……さ、さっきはああ言ったけど、ちゃんと心配してるんだからね!』

「え……。あ、はい」

 心配されていたのか。

 それは、喜ぶべきことなのか。それとも俺がまだ頼りないということなのか。よくわからない。

『はいはい、ふたりともそういうのはあとでやってよね』

 モルガンが妙なことを言った。

『な、夏華なにそれ! べつにそんなんじゃ――』

『モ・ル・ガ・ン。どーせボクは、シルトのことそんなに知らないですよーだ』

『おっ、痴話喧嘩でござるか? やはりシルト殿は隅におけないでござる』

『…………滅びろ……』

『い、いいからみんな気をつけてよ! 攻撃来るよ!』

 イヨの言うとおりだった。

「うん。とりあえず、これを切り抜けないと」

 俺たちは浮遊する〈ゲシュテルン〉を見上げた。

 総力戦だ。

 ライフル弾にロケット弾にミサイルにレーザー光にプラズマ弾。

 他のプレイヤーも合わせた数十機の猟機からの攻撃すべてが、〈ゲシュテルン〉に集中する。

 すると〈ゲシュテルン〉から突き出した砲門が、一斉に火を吹いた。

 間近に着弾。俺たちは散開して回避しながら、各々の攻撃を繰り出しはじめる。めずらしいことにチアも逃げずに応戦していた。

 俺の猟機は瀕死。一撃でも食らったら終わりだ。

 神経を尖らせ、〈ゲシュテルン〉の砲門の向きとレーザー塔の動きに注目していた。

 動きながら、俺は他にも意識を割いていた。

 イレイガだ。

 イレイガの人格を考えると、このままで終わりだとは思えない。

 どこかに身を潜め、機会を伺っているはず。

 さすがに他のプレイヤーが大勢いるこの状況で、堂々と仕掛けてくるとは考えにくい。攻略の邪魔をしていると見なされれば、その大火力の矛先が自分に向く。

 だが、己の危険を顧みず乱戦に乗じてくる可能性はある。気は抜けない。

 頭上から〈ゲシュテルン〉の砲撃が容赦なく降り注ぐ。

 イヨ機が両腕のガトリング砲をフルオートで発射。

 ザンノスケ機がレールガンの弓を引く。

 チア機が肩のミサイルランチャーを発射する。

 モルガン機はライフルを撃ちながら、〈ゲシュテルン〉の砲門に照準を妨害する電子攻撃をしかける。

 だが〈ゲシュテルン〉の装甲は厚い。

 間断なくダメージは与えているものの、猟機とは比べものにならないほど耐久ゲージの減少が遅い。同時プレイヤー人数による耐久力の補正強化は受けているとはいえ、これほど硬いとは。

 なんとか一割ほどダメージを与えた頃、〈ゲシュテルン〉から突き出していた砲門の一部が、内側に引っ込んだ。

 代わってその部分のスリットから、なにかが空中へと排出され、俺たちの頭上へと移動してきた。

 それは〈ゲシュテルン〉がそのままスケールダウンしたような球体だった。

 光った。

 多数の球体ひとつひとつが、全方位にレーザーを発射した。

 細い光線が360度に放たれる。

 被弾した猟機が、あちこちで爆発する。その全方位レーザーを回避したものの、多砲塔による波状攻撃で撃破される機体もいた。

 阿鼻叫喚だった。

 まるで、二次元の弾幕シューティングゲームを彷彿とさせるような攻撃の嵐。

 広けた三次元の空間がレーザーと実弾で埋め尽くされている。

 隙間の安全位置を血眼に探しながら、俺は機体を退避させる。

 これではみんなも――

『ぬぅお!?』

 危惧したとおり、ザンノスケ機が被弾していた。

 片腕を失っている。猟機の耐久ゲージも五割を切っていた。無理もない。ここまでイレイガの襲撃やガイストの軍団との戦闘をくぐり抜けてきているのだ。

「あのっ、む、無理せずに」

『心配には及ばぬ! まだやれるでござるよ!』

『うぅ~! この敵かたすぎるよぉ!』

 今度はモルガンが嘆いた。

 その猟機はあまり前線向きではない。ほかの猟機との連携でその性能は最大限に発揮されるが、プレイヤーが減るに従って〈ゲシュテルン〉の攻撃が自分に向く回数は増えていく。

 厳しいか――

 俺はリニアライフルを撃ち砲塔のひとつを潰しつつ、モルガンのカバーに回る。

 ふたたび〈ゲシュテルン〉に動きがあった。そのスリットから、今度は大量のランチャーが同時に現れる。

 そこから一斉にミサイルが放たれた。

 白い尾を引き、そのすべてが上空へと舞い上がる。

 嵐の前の静寂だ。

「くる……」

 最高度に到達したミサイルが、流星群のごとく降り注いだ。

 ミサイルカーニバル。

 真上からの攻撃は視界が狭まるため回避しづらい。

 なおかつ速度と誘導性の高いハイマニューバ・ミサイルだ。一度回避しても旋回してまた食らいついてくる。確実に回避するには撃墜するか、障害物にぶつけて誘爆させるのが適切だ。

 

 そのとき、俺は気づいていなかった。


 他のプレイヤーが回避したミサイルのひとつが、たまたま進行方向にいた俺の猟機をロックしたことを。

 レーダーが生きていれば、接近するミサイルに気づいて対応することができたはずの攻撃だった。

 モルガンの援護に気をとられすぎていたことも災いした。 

 気づいたときには遅かった。

 目の端が迫りくる弾体を捉えた。

 

 あ、やば――


 俺の機体はブレーキ挙動後の硬直状態にあった。ミサイルの進路は直撃コース。回避は間に合わない。耐えられるステータスでもない。

 どうにもならない。

 これまでの幾多の経験が、冷静にその事実を告げていた。

『シルト殿!』

 紫色の猟機が俺の真横に飛び込んだ。

 おそらくは、ミサイルのターゲットを自機に引きつけるためだった。

 だが遅すぎた。タイミングがそれを許さなかった。


 高速ミサイルがザンノスケ機に直撃した。


 左脚部が膝の先から吹き飛び、右腕部が肩から弾け、鎧武者を連想させるその凝ったフレームが爆炎に包まれた。

 その光景を、俺はスローモーションで見ていた。

 四肢を失った猟機が地面に叩きつけられ、激しくバウンドする。

 機体が砕け散るその瞬間まで、折れた頭部の角飾りは優美な輝きを放ち続けていた。


『――借りは、返したでござるよ』


 ザンノスケの機体が、淡い光の粒子に包まれはじめる。

 撃破による強制転送だ。

 頭が真っ白になった。

「…………あ、あの」

『気になさるな。某の実力ではここまでだ。あとでメッセージを送っておくでござる。よかったら、また共にゆこう』

 その声は落ち着いていた。

 ある程度、これを覚悟していたのかもしれなかった。

『――ぜひみなで、〈オルクス〉に辿りつくのでござるよ』

 ザンノスケ機が完全に消滅した。

 チームメンバーリストのその名前が、赤く塗りつぶされる。

 システムの機械的な処理が、そのときは残酷に感じた。

『そんな……』

 モルガンも同じく言葉を失くしていた。思いは同じだった。

 せっかくここまで一緒にやってきたのに。

 俺を助けるために。

『シルト……』  

「…………倒そう」

 〈ゲシュテルン〉の砲火はまだ止んでいない。

 たとえ、何度でもリトライ可能なゲームのなかだとしても。 

 その言葉もその気持ちも、無駄にはできない。

 

 この戦闘を、負けるわけにはいかなかった。



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