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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第4話 千本剣
66/93

#65

『ふん、そんなことかよ』

 イレイガはつまらなそうに鼻を鳴らした。  

『まあ、ここはそういうフィールドだしな。好きにすりゃいい。けどそれなら、俺も拾わせてもらうぜ』

「……どうぞ」

 イレイガも左のライフルを失っている。

 それに俺だけ武装を拾うのはフェアではない。  

 イレイガが近くのハンガーから新たに取得したのは、レーザーガトリングガンだった。エネルギー消費は激しいが非常に瞬間火力のある兵装だ。

 右の重力砲は健在。さらに背部のサークルエッジをすべて展開させた。まるで六本の腕を持つ阿修羅像のようなシルエットに変貌する。

『にしても、もうすこし考えて選んだほうがよかったんじゃないか?』

「……べつに、いい」

『へぇ、本当にそうかねぇ? たまたま拾った武器が、ちゃ~んとおまえの使いこなせるやつだったらいいけどなぁ』 

「言ってない」

『は?』

「俺の得意なものが、シールドだけだなんて」

 途端、それまで饒舌だったイレイガが沈黙した。

 相手の感情を想像する。

 苛立っている。

 きっと向こうは、俺にもっと動揺してほしいのだろう。

 怖がり、焦り、迷い、ためらい、あるいは怒りを覚えることを望んでいる。そんな風に相手の感情を自分の意のままに操ることは、PKプレイヤーとしては快感だからだ。

 だけど、俺がそうなる理由はどこにもなかった。 

 なにも変わらない。

 午睡に落ちるときのように気持ちは穏やかだった。

 来るな、と感じた。


『うっぜえな、おまえ』


 敵機がスラスター全開で飛び出した。  

 瓦礫の粉塵が激しく巻き上がり、地面が震える。

敵機が取得したばかりのレーザーガトリングガンを発砲。青白い光が五月雨に押し寄せる直前、俺は横に跳んでいた。かすめた弾幕から強い敵意を感じる。

 ブースト・マニューバで地表をジグザクに駆ける。激しい着弾音に包まれながらイメージする。

 敵機のエネルギーのプールはどのくらいだろうか。

 そこまで連射は効かないはず。

 そろそろか。

 予想と大差ないタイミングで、敵機の発砲が途切れる。その瞬間に距離を詰め、近くの建物のかげに機体を滑り込ませた。

 直後、ふたたび敵機が発砲。

 振動はあるがすぐに貫通はしない。俺は壁を背に大型ハンマーを構えなおした。

 隻腕の軽量機が持つには、不似合いな武装だ。本来なら両腕で扱ったほうが有効なモーションも多く、性能を最大限発揮できる。

 だがそれは瑣末なことだ。

 敵機の射撃がふたたび止んだ。次はおそらく。

 建物の横から慎重に頭部を出して向こうの様子を確認すると、敵機が重力砲を構えていた。空間をねじ曲げる黒い光。

 スティックを戻しペダルを蹴り付ける。

 バックブーストで建物から離れると同時に、重力砲が着弾。

 破滅的な重力場が眼前で炸裂。

 だが回避は成功。次の動作は先行入力済。

 重力砲のエフェクトが消える前に、俺の機体はアフターブーストで敵機に突撃していた。

 迎えるは近接戦闘の間合い。

 速度を殺さず敵機の真上からハンマーを叩き付けた。

 地面のコンクリートが爆発し、円状のクレーターが穿たれる。

 イレイガは後ろに回避。だが近接距離からは離脱しない。

 たった一度だとしても、自機が脅かされたこと自体が向こうにとっては屈辱的。

 だから。 

『調子に乗ってんじゃねえよ雑魚がぁ!』

 〈ベヲウルフ〉のサークルエッジが駆動。

 背部からワイヤーが伸び、火花を散らして回転する刃が触手のように襲いかかかる。

 その軌道は四つ。

 だがこれは、オートモーション。

 雑だな――

 見知った軌道。発生は速く範囲も広いが、懐に空間が生まれるのが弱点のモーションのひとつ。

 迷わずそこに飛び込んだ。

 同時に右手首を回転。大型ハンマーの加速機構をオン。巨大な鉄塊が噴射炎を帯びる。相手が飛びのくより速く、下からハンマーを突き上げた。


 敵機の胸部に直撃。

 

 〈ベヲウルフ〉は軽々と吹き飛ばされ、後方の倉庫に突っ込んだ。

『なっ……!?』

 イレイガが混乱した声を上げた。

 敵機の耐久ゲージが80パーセントほどに減少。

 突き上げだったのでそこまでの威力は出なかったが、それでも十分なダメージだ。

 こういったハンマーなど重量超大で振りが遅い近接武装は、その見た目に反してデリケートな扱いを要する。

 一撃の威力は高く設定されているものの振りが遅く、エネルギー消費も大きいものが多い。となれば当然、相手は警戒してまず回避を考える。そして空振り後の隙を突く。それがもっとも簡単で安全な対応だ。

 だからこそ、一撃目は囮。

 相手が隙を狙って攻撃してくることを予想していれば、そこに二撃目を重ねられる。

 さらに大型重量武装には、そういった用途を見越した性能を施されているものが少なくない。この加速機構を備えたハンマーもそのひとつだ。

 瓦礫を振り払い、〈ベヲウルフ〉が姿を現す。

『まぐれ当たりが! いい気になってんじゃねえぞ!?』 

 敵機がレーザーガトリングガンを発砲。

 俺はすでにスラスターを吹かし機体を滑らせていた。

 周囲を確認しつつ、装備していたハンマーをなげ捨てた。 

 次に目に止まったのは、同じく近接戦闘用のロングスピアだった。

 穂先が超振動ブレードになっており、可変機構を有している。

 速度を落とさず、すれちがいざまに取得。俺の猟機の右手に、長い柄を有した槍が握られる。

 レーザーガトリングの射撃を方向転換しつつ回避。再度アフターブースト。

 リロード中の敵機に接近。

 スピアを加速に乗せて突き出す。

 粉塵で灰色に汚れた〈ベヲウルフ〉が両腕の火器を構える。だが肉薄した穂先を前に射撃を断念。とっさに飛びのく。俺は迷わず追撃。圧力を弱めない。

 範囲の広い斬撃を交えつつ、主力の刺突を連続で繰り出す。

 スピアの強みは、なによりもまずそのリーチにある。

 火器を除けば、敵の攻撃が届かない距離でこちらが一方的に攻撃ができる。その有利は大きい。さらに刺突攻撃は自分と敵の最短距離を結ぶため、見た目以上に攻撃判定の発生が早い。いま向こうが撃ち返せなかったのもそのためだ。

 変形機構をオン。

 ガキィン、と金属音を鳴らして柄の部分が伸張。さらにリーチが伸びる。

 鳴動する穂先が敵機の肩装甲を貫通。

 イレイガがサークルエッジで応戦。今度はマニュアルモーション。ワイヤーにつながった刃が真上と横から強襲。

 回転する刃は、俺の機体の鼻先を抜けた。

 ぎりぎりだが、当たらない。

 変形後なら最大リーチでわずかにこちらが勝っている。よけずに正解だ。

 ふたたび繰り出した突きは、敵機の胴体部を削り取った。

『この……死に損ないがッ!』

 敵が至近距離で重力砲を発射。

 黒い濁流が宙を貫く。

 直前、俺はスピアを投げ捨て(パージし)つつ距離をとっていた。

 敵機がスピアを踏み砕きながら追ってくる。

 逃げながら次の武装を探す。フィールドをより進んだ場所にあった倉庫のマップオブジェクトの上に、また《↓ GET ARMS ↓》と表示が出ていた。

 急制動を駆けて回り込みながら取得。

 再度、〈ベヲウルフ〉と向き合う。

 刃を出力。棒状の本体の両端から、まばゆい光の刃が飛び出した。

 ツインレーザーブレード。

 通常のレーザーソードとちがって刃が上下に出力されるので、より幅広い攻撃が可能だ。片腕でも比較的扱いやすいが、下手にマニュアルで扱うと自機を傷つけてしまう恐れもあるので、慣れないうちは注意が必要だ。

 敵機がレーザーガトリングで牽制しながら接近。

 前後左右にブースト・マニューバ。  

 射線軸を外しながら接敵。

 イレイガの四本のサークルエッジが大きく広がる。 

 さあ、ダンスの時間だ。

 敵機に背中を向けたまま左側面に入り込む。サイドスラスターで機体を高速旋回。二種類の切断面をそれぞれ入力。一撃目は上のトップブレードで、こちらの頭部を狙っていたサークルエッジを迎撃。

 続いて二撃目。手首を回転させアンダーブレードを振り下ろす。その間にも機体は慣性で回り続ける。そのまま斬撃を繰り出す。

 敵のレーザーガトリングガンの砲身を切断。

 オレンジ色に溶解した残骸が宙を飛んだ。 

『ざ、ざけんなよ!? なんでそんな――』

 敵機がサークルエッジで牽制しながら距離をとる。

 俺は無理に追わずに、適切な距離を維持した。

『たまたま拾った武装を、んな都合よく使いこなせるわけねーだろうが!? なんなんだよテメェは!?』

 そうだろうか――

 いや、そうでもない。

 たしかにアイゼン・イェーガーの武装の種類は多い。

 ライフルやハンドガン、サブマシンガンといった主力火器からはじまり、ミサイルやロケットランチャーなどの高火力兵器、マグネットクラスターやアクティブ・ステルスといった補助兵装まで。

 大きくは近接用、近距離用、中距離用、遠距離用と分かれているが、同じ距離でもカテゴリーによってその運用は変わってくる。

 単純に、レーザーナイフとレーザーソードでも使い方がまったく異なる。

 デフォルトで登録されたオートモーションもちがうし、マニュアルで再現可能な範囲も無論異なる。威力が異なれば貫通できる装甲もちがう。

 そのすべてを限界まで極める、というのは至難の業だ。 

 ゆえにデュエルマッチ等の上位ランカーには、決まった武装で戦い続けるプレイヤーが多い。

 だが決して、彼らはそれしか使えない、というわけではない。

 むしろ上位のプレイヤーほど、他の武装の扱いも卓越している。

 その上で、より極めた自分の得意武装を持っている、というだけのことだ。

 俺の場合なら、自分が近接主体の機体に乗っている以上、当然同じようなコンセプトの敵猟機と近接戦闘状況になることが多い。そんなとき、敵機の装備した武装について十分に知らなければ、相手がどういう攻撃を繰り出してくるか想像できず、対処できない。

 だから学習する。その扱いを、性能の限界を。

 それはただひとつの目的のため。

 相手に勝つためだ。

 猟機同士の戦いの優劣は、単なる操縦技量や反応速度だけで決するわけではない。


 これまで、どれくらいの敵と戦っただろう。


 どれほどの武装を見ただろう。

 どれほどの戦い方に遭遇しただろう。

 中学のクラスメイトの名前は覚えてもいないが、アイゼン・イェーガーで戦った相手のことは、すべて覚えている。

 もちろんそれは、後悔のなかにあること。

 でもいま、この瞬間だけは――

 イレイガの攻撃の勢いが衰えた。フィールドを大きく疾駆している。おそらく自分もまた取得する武装を探しているのだ。

 だがこの地点には使い慣れた武装があまりないのか、なかなか拾おうとしない。その動きには明らかな焦りが見えた。

『んなクソな機体でなんでそんな動きが――』

「理由なら、教えるけど」

『……!』

 俺はツインレーザーブレードを投げ捨て、代わりに近くのハンガーからレーザーサイズを取得した。

 湾曲した刃を出力したその武装はまるで、死神の鎌。


「俺が得意なのは、近接武器のすべてだ(、、、、、、、、、)

 

 イレイガが声にならない声で呻いた。

 レーザサイズをふりかざして接近。

 その独特な形状を活かして敵機の側面奥からその首を狙う。サイズを引き寄せ防御のために繰り出されたサークルエッジのワイヤーを切断。さらに長い柄で敵機の横っ面を殴りつける。

 体勢を崩した敵側面を抜けながら、もう一本サークルエッジを刈り落とす。これで残り二本。

 そこでレーザーサイズをパージした。次を探す。

 一番近くにあったのは、電磁ワイヤーウィップだった。

 雷光がほとばしる鞭を装備。レーザー兵装ほどの威力はないが、近接武器としては抜きん出たリーチを有する。さらにそのモーションも独特。

 片腕を大きく振るった。マニュアル補正を追加。手首を返して先端を急加速。

 ワンテンポ遅れて鞭が生き物のように〈ベヲウルフ〉に絡みつく。

 トリガー。鞭から発せられた電撃によって敵機がスパークする。

 電磁ワイヤーウィップを捨てる。次。

 レーザーレイピアを取得。

 槍よりも軽量で、連撃が可能な近接用の剣だ。

 こんな状態ではあるが、俺の猟機は軽猟機。距離を詰める程度には困らない前進速度が出せる。接近戦の間合いに踏み込んだとき、イレイガも武装を取得した。

 ロングレーザーソード。

 いつも俺が使っているものの強化版だ。

 構わず半身を開き、レーザーレイピアを突き出した。

 イレイガがレーザーソードを振る前にこちらの攻撃が命中。敵機の腰部を直撃、装甲が脱落。レーザーソードの扱いはあまり得意ではないのか、イレイガが繰り出すのはオートモーションだけ。読むのは容易い。

 胸部に二連撃。敵機に傷痕が刻まれる。

 イレイガの反撃の薙ぎ払いを後ろにステップして回避し、同時にレーザーレイピアのサブアームズをトリガー。

 出力されていた刃が矢のように飛び出し、敵機の左腕部を肩から斬り飛ばした。

『がっ……!』

 この武装の大きな特徴だ。射程距離は短いが、一時的に高出力のレーザーライフルと化す機能を備えている。

 どれでもよかった。 

 どんな武器だろうと、ついさきほどまで使い続けていた得物と変わらない。

 すべて知っている。威力、リロード、リーチ、オートモーション、マニュアルモーションの適応範囲、重量、エネルギー消費、耐久度――

 そらんじろと言われれば、一時間でも二時間でも暗唱していられる。

 俺にとっては当たり前のことだった。


 不思議だ。

 さきほどまでの勢いはどうしたのか。

 もっと来い。

 もっと抵抗しろ。

 そうでなくては、愉しめない――

 

『な、なんなんだよ、てめぇ……』

 俺の戦い方は、どうにもイレイガの理解を超えたものだったらしい。

 黒に赤が混じったその猟機は、全身から煙を吹いている。

 それはゲーム上のダメージ表現のひとつ。だがイレイガからも全周モニター越しに見えていることだろう。視界の邪魔にもなるし、なによりそれを見せられること自体が、相手にとっては最大の屈辱。

 機体の耐久ゲージも、50パーセントを切っていた。

 対して俺の機体は10パーセント程度のまま。依然として、向こうの有利は変わらない。

 けれど、負ける気がしなかった。

 ここで負けたら、いままで戦ったすべての相手に顔が立たないと思った。

 証明する必要がある。

 俺の強さを、ではない。

 俺が戦ってきた相手の強さを、俺は証明する。


「そろそろ本気で来てよ」


 そう言った。

 まさかこの程度ではないと願いたい。本心からの期待を込めた言葉だった。

 対してイレイガの反応は――絶句。

「じゃないと、すぐに終わる」

 あっさり片付けてしまっては勿体ない。

 存分に味わうまで、倒れてくれるな―― 

 なにかが切れる音が聞こえたような気がした。

 直後、

  

『ざ、けんなァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


 雄叫びを上げ、〈ベヲウルフ〉が突貫した。



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