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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第3話 ステルス・エッジ
64/93

#63

 自律歩行実験都市〈ヒュージフット〉。

 高度文明崩壊後の世界において、各地の遺跡から発掘された資源と技術を活用し、より優れた猟機やその武装を研究・開発するための最先端都市だ。

 ここでは研究の秘匿性の保持と安全性の確保のために、同じく遺産の技術により稼動するガイストを自衛機構として利用していた。だがあるとき、その自衛機構が暴走。人間の管理を離れ、逆にこの実験都市を支配するようになった。そのため外部の猟機乗りたちにこの歩行都市への潜入、及び暴走ガイストの排除が要請された――

 ゲーム内のストーリーは、たしかそういう内容だったはずだ。

 それに沿って、都市の各地ですでに戦闘が開始されていた。

 フィールド上には多数のプレイヤーの反応があった。

 やはり、俺たちと同じ考えに行き着いたプレイヤーは少なくないらしい。

 そこで俺はあることに気づいた。

「イヨとチアの耐久ゲージ、減ってる」

 チームメンバーのステータス画面。ふたりの猟機の耐久ゲージがそれぞれ減っていた。イヨのほうがやや減少が激しい。

 このフィールドのどこかで戦っているのだろうか。

『い、急がなきゃ! ふたりを見つけて、それからすぐに……』

『モルガン殿、だがガイストを処理しないと、中央部への道は開けないでござるよ』

『え……。じゃあ、駆け抜けはできないの?』

『いかにも。中央部に向かって三層ほどの壁……隔壁があるでござる。その隔壁は手前にいる中ボスクラスのガイストをすべて倒さないと開かないようになっているでござる』

 ふたりの会話を聞きながら、俺は目の前の都市を眺めた。

 いま俺たちがいるのは都市の末端部だ。

 たしかに中央部付近がそびえ立つ壁に囲まれており、視界が遮られていた。

 ぱっと見た感じでは、猟機でも飛び越せそうな気もする。

 だが隔壁の上端部分を見上げ、その向こうから高い塔のようなものが突き出しているのを見て、それが無理だと理解した。

『あの隔壁の一番奥からわずかに見えるのが、高層レーザー塔でござる。壁を飛び越えようとしてある高度を越えると、あれに問答無用で撃墜されるでござる』

 たしかあれはどうやっても回避できない設定になっていたはずだ。俺も以前、何度か試みて無惨に撃破されたことを思い出した。

 中央部に到達するには、鍵となるボスガイストを撃破するしかない。時間はかかるが、ここはまさに他のチーム、他のプレイヤーと連携した上での総力戦が求められているフィールドだ。

 だがこの先に、マスドライバーと飛行ユニットがある。

 〈オルクス〉への道は近い。

「あ、ちょっと待って」

 ふたりが迷わず戦闘地点に向かおうとしたのを、俺は制止した。

『なんでござる?』  

「あそこ、コンテナ」

 工場のような建物の近くに、大きなコンテナがいくつも積み上げられていた。

 それに重なるように、モニター上に《↓ REFUEL ↓》と文字が点滅していた。

『おお、そうか。補給が使えるでござるな』

 このフィールドの特徴は、あちこちで燃料補給のコンテナや、研究都市で開発されていたという名目の武装が拾えることだ。

 武装に関してはクエスト内限定だが、さまざまなものが使える。

 厳しい長期戦に対しての運営側の良心というところだ。

 武装もいいが、なによりさきほど激しく消費したので燃料補給はありがたかった。

『よ、よかったぁ……。ボクの機体、エネルギー使いすぎてたし』

「うん、俺も……」

 言いかけたとき、ふと思考が固まった。

 またあの違和感が生じたからだ。

 なにか変だった。

 いま一瞬、なにかを変だと思った。だがそれがなんなのか、判然としない。

 もやもやとした気持ちを抱いていたとき、ザンノスケが声を上げた。

『近くでだれか戦ってるでござる!』

 俺はすぐに頭を切り替え、レーダーを確認。

 たしかに近くにプレイヤーとガイストの反応があった。

 俺たちは即座にそちらに進路を取った。

 まもなくその光景を視界に収めた。

 敵は二足歩行の大型ガイストだ。猟機よりふた回りはサイズが大きく、その腕や頭にそのまま砲塔が付いている。人型のなり損ないという雰囲気だ。あれが隔壁を防衛する中ボスクラスのガイストの一体だ。

 それに対して、プレイヤーは果敢にも一機で挑んでいた。

 ソロプレイヤーなのか、あるいは仲間がすでに撃破されてしまったのか。とにかく苦戦している。傍目にも危うかった。

 俺たちは迷わず戦闘エリアに突入した。

 ボスクラスのガイストの脅威は、なによりもその火力と硬さだ。

 それは複数の猟機による攻略を前提しているためだ。

 プレイヤーの猟機同士の対戦なら、武装や当たり判定によっては瞬殺に近い芸当もできるが、ボスの場合はそうはいかない。一定のダメージを与える必要がる。

 まず俺が突っ込み、ガイストのターゲットを取った。

 右側のプラズマ砲が雷光を迸らせる。放たれた砲撃を、俺は寸前に構えていたシールド〈LUCIUS〉で防御。さすがに威力が高い。余波で機体にも多少ダメージを受けたが、それで隙ができた。

 ザンノスケ機が背後から接近。

 威力の高い超振動ブレードの薙刀で、ガイストの脚部を貫いた。

 幸いにも、すでにガイストの耐久ゲージはかなり減っていた。あとすこしだ。モルガンも強気にライフル弾を撃ち込む。

 それまで戦っていたプレイヤーも、慣れた様子で俺たちの動きに追従し、遠近対応のブレードガンで突撃。敵の腰部にレーザーエッジを突き刺し、さらにとどめとばかりに零距離で発砲。

 ガイストが断末魔にも似た異音を響かせ、爆炎のなかに崩れ落ちた。

『――た、助かったよ。ありがとう』

 プレイヤーが俺たちに答えた。

 敵の長く戦っていたのか、その声には疲労がにじんでいた。

『漁夫の利のようですまぬでござるな』

『いや、いいんだ。さすがにソロはちょっと無謀だったな……』

 そのプレイヤーの猟機が、こちらを振り向いて止まった。

『あれ……。あんたら、一緒の艦に乗ってた人たちだろ? その名前見かけたよ』

「は、はい」

 俺たちと同じように落下したプレイヤーらしい。やはり全員無事だったのだろう。

色々と質問したいことが頭に浮かんだが、先んじて彼が、 

『こっから進むなら、気をつけたほうがいいぞ』

「あ、ど、ども……。でも、あの、俺たちここ初めてでは、ないので……」

『や、そうじゃないんだ』

「え……?」

『さっき、重力砲を装備したやばそうなソロの猟機がいた。たぶんあれ、攻略目的じゃないな』

 その言葉で、緊張が走った。

「それって……」

『ほら、あんたらが絡まれてたやついただろ? 色々とムカつく言動してたやつ。もしかしたらあれかもな。全然協力する様子もなくて正直ウザかったけど、いまは構ってる余裕がないからスルーしちまったんだ』

『シルト、それって……』

 モルガンの懸念は、俺も同じだった。

 イレイガだ。

「あれで終わりじゃなかったか……」

 俺たちが大量のモブガイストの相手をしている間に、先にこの歩行都市に上がっていたらしい。俺たちがここを目指していると、最初から見抜いていたのだ。

 あの露悪的な粗暴さとは裏腹に、要領がいい。

 たしかに注意しなければならない。

 だがイヨのこともあるし、先に進まない理由はなかった。

 俺たちはいったん補給しに下がると言ったプレイヤーと別れ、ふたたび中央部へと進みはじめた。そのすぐ後だ。


 なにかが目の前を横切った。


 すさまじいスピードだった。惜しげもなくアフターブーストを使っていた。

 高速疾走する猟機だ。

 その多脚猟機(、、、、)は、多数のモブガイストを引き連れていた。

 まったく戦意の感じられない、見事なまでの逃げっぷりだった。

 レーダー上を、味方機のアイコンが離れていく。

 俺たちはそろってぽかんとして、遠ざかるその姿を見送った。

『ね、ねぇ、いまのって……』

「……うん、たぶん……」

『な、なんでござるか?』

 俺たちは強い確信を持った。

 だが直後、逃げた猟機が引き連れていたガイストのターゲットが、俺たちへと向いた。

『ま、またぁ!?』

 モルガンが嘆いた。

 まさかこんな短い間に、二度も同じような目に遭うなんて。

 だがあの多脚猟機、非常に見覚えが……。

 というか、まちがいなくチアだった。

 あちらはレーダーも確認していないのか、俺たちに気づいた様子はない。とにかく逃げることで精一杯という感じだった。

『なんたる悪質な! 敵を押し付けるとは外道なプレイヤーでござる!』

「……す、すみません」 

『? なぜ、シルト殿が謝るのでござるか』

「いえ……」

 仕方ない。

 若干釈然としないものの、まあこの数なら対処できる。

 高機動型のガイストを俺たちはすみやかに撃破した。

 一方、さきほど逃げ出した猟機は、離れた建物の陰で隠れように停止していた。頭隠して尻隠さずという風に機体の一部がはみ出ていた。

 俺はとくに警戒もせずにその猟機に近づいた。

「チア?」

『ぅひっ!?』

 チアは奇妙な声を上げた。

 だが俺は、ちがうことに驚いていた。

「あ、聞こえる?」

『……ん』

 ボイスチャットの機能が回復している。

 すぐにイヨのほうも試してみようとする。だがそちらは相変わらず駄目だった。

 おそらくだが、どうやら視界に収めるくらい近くにいないと、このクエスト内では使えない仕様になっているらしい。

『……やっと、会えた。どこにいたし』

「どこって……こっちも色々あって。っていうか、いまも、敵を倒してた。その、だれかが引っ張ってきたやつを」

『? それは、乙』

「……うん、どうも」

『チア、とにかく無事よかったよぅ! それで、イヨは? 一緒じゃなかったの?』

 モルガンが急かすように聞いた。

『一緒に、来た』

 その答えに、俺たちの間に安堵が広がる。

「で、どこ?」

『……途中で、分かれた。さっき。……そう、言われた。指示、された』

「指示されたって……イヨから?」

『ん』

 チアが端的にうなずいた。

 俺は不思議に思った。

 チアを逃がすため、自分が囮になって敵を引きつけた。そういうことだろうか。

 さきほどイヨのほうがダメージを受けていたのは、そのせいか。

だが腑に落ちなかった。

「……よく、わかんないな」

『なにがでござるか?』

「いや……。危険だから、分かれるって……。そんなこと、するかな」

『それは……』

 普通はそんなことはしない。 

 一時的な戦闘レベルでの判断ならそういうこともあるかもしれないが、少ない戦力を分散させても危険が増えるだけだ。ましてここは総戦力重視の共同戦線イベントのフィールドだ。

 なぜイヨはそんなことをしたのか。

 聡明なイヨが、なにを考えていたのか。 

 そのとき、モルガンが悲鳴に近い声を上げた。

『! し、シルト。イヨのステータスが』

 つられてステータス表示を見た俺は、ぞっとした。

 イヨ機の耐久ゲージが、みるみるうちに減少していく。

 さきほどまでは七割がた残っていたのだが、またたくまにレッドゾーン(※二割以下)に突入してしまった。

「攻撃を受けてる」

『どど、どうしよう!?』

 ステータス表示だけでは、なにとどこで戦っているかはわからない。

 ひどくもどかしかった。

「! 待って」

 耐久ゲージの減少が、ふいに止まった。

 撃破寸前。だがまだ無事だ。

 ほっとした。ぎりぎりで敵から逃げおおせたのかもしれない。

「まだ間に合う。はやく合流しよう」

『うん! チア、イヨとはどっちで別れた?』

『う、あ、あっち……』

 チア機がガショガショと多脚を動かし、拙い動きで旋回。向いて示した方向に、俺たちは戦闘速度で向かいはじめた。

『だ、大丈夫かなぁ……』

「うん。イヨならたぶん」

 俺は多少の楽観も含めて言った。

 さきほどは一瞬ひやっとしたが、まだ大丈夫だ。

 さすがイヨだ。そうやすやすとは撃破されない。本分はオペレーターかもしれないが、やはり上級者だけあって猟機の扱いも危なげない。

 それにモルガンの猟機はリペアキットを搭載している。

 あれを使えば、通常はドックに戻らないとできない猟機の修理をフィールド上でも行うことができる。回数は限られているので貴重だが、使いどころはまさにいまだ。

 中央部へと向かって進み、解除されていた最初の隔壁を抜ける。

 隔壁の内側の区画は、また景色がちがっていた。

 下の階層まで吹き抜けになっており、ここが最上層だということを思い出させる光景だった。その不気味な空洞の中を無数の鉄骨やパイプが縦横無尽に走っており、さらにその上に敷かれた橋を俺たちは渡っていた。

 非常に長い橋。

『あ、捉えたよ!』

 モルガンの弾んだ言葉の通り、レーダーに反応があった。

 味方機のアイコン。

 イヨだ。

 その隣に、もうひとつべつのアイコンが寄り添っている。

『――あれ、でも、これ』 

 イヨ機の反応は橋のちょうど反対側にあった。真正面。

 そこに到達する前に、その地点にあるものを俺たちは目視した。

 全員が絶句した。


『遅かったじゃねえか――』


 黒ベースに赤いラインの入った猟機がそこにいた。

 忘れもしない、イレイガの猟機〈ベヲウルフ〉。攻撃的な外見の機体が、左腕のバーストライフルの銃口を向けた先。

 そこに複関節脚部の猟機がひざをついていた。

 一瞬、見知らぬ猟機だと思った。

 だがちがう。両腕が切断され、あちこちの装甲が脱落し、破損した脚部からは白煙が上がっている。

 無惨に変わり果てた姿だが、まちがいない。


 イヨの猟機だった。



次回、EP05/第4話『千本剣』


EP05の大きな転換点です。



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