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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第3話 ステルス・エッジ
63/93

#62

 蜘蛛型ガイストの頭部をレーザーソードで両断した。  

 ほぼ同時。同じ敵が三体、前と後ろと横から飛びかかってくる。正面の敵をシールドで弾き飛ばし、機体を旋回させながら横の敵を斬り飛ばし、その太刀筋で背後の敵の足も切断。だが撃破には至らない。そのまま体当たりを食らう。機体が激しく揺れ、その硬直を狙いさらにもう三体が頭部のレーザーファングをむき出しにして突進してくる。

 なぜ俺の猟機は遠距離火器を装備していないのか?

 自分で選んだことだが、いまこのときばかりは激しい後悔が押し寄せる。左のシールドを仕舞いレーザーカッターを出力、苛立ちを二刀流に乗せてガイストを一体一体斬り潰す。休む間もなく次の蜘蛛が襲ってくる。

 めまぐるしく敵を処理をしながら、俺はレーダーマップと味方機のステータスに目をやった。

 モルガンとザンノスケも、俺と似たような状況だった。 

 ザンノスケ機が超振動ブレードの薙刀で、車輪型ガイストを薙ぎ払う。

 さらに装備を持ち替え、振り向きざまに弓型レールガンを放ち、三体か四体ほどまとめて貫く。だがその同胞の残骸を踏み潰し、新たなガイストの群れがザンノスケ機に危険を顧みず突撃する。

『ひ、引かぬ、引かぬぞおおお!』

 ザンノスケは闘志をむき出しにして応戦していた。若干やけ気味というか、ハイになっているともいえる。

 その一方で、

『こ、こないでぇ~!』

 モルガンが涙声を上げながらライフルを掃射する。

 狼型のガイストがモルガン機に襲いかかる。その牙をライフルの銃身で受け止め、腕部に固定されたレーザーナイフを一閃。ガイストの喉元を溶断しすかさずバックブーストで後退。直前までいた位置を敵の小型レーザー砲の光が貫く。モルガンはふたたび距離を維持しながらライフルをリロードして応戦する。

 俺たちはガイストを片っ端から撃破し続けていた。 

 イレイガをまいて渓谷から抜けてすぐ、俺たちは大量のガイストの軍団と遭遇した。

 通常の数ではなかった。

 倒しても倒しても減っている気配がない。敵が撃破されるたびプレイヤーステータスに経験値と獲得したジャンクパーツが面白いほど累積されていくが、それを眺める暇もなかった。全周モニターとレーダーマップから一瞬も目が離せない。

 敵が多すぎて、気のせいかVHMDの描画処理まで重たくなっている気がする。

 いくらなんでもこんな敵配置はありえない。だれかが意図的に、この状況を用意しなければ。

 俺はここまで敵がいなかった理由をすでに理解していた。

 イレイガだ。

 おそらくあらかじめここに、敵を誘導していたのだ。 

 俺たちがあの渓谷から逃げおおせても、ここに行き着くと知っていた。だからわざとみずから敵を一箇所に引き寄せて、そこから渓谷の上へと移動していたのだ。

 まさに罠にはまった状態だった。

「くそっ……」

 完全に劣勢だった。

 普通の攻略でも、多数のモブ敵に包囲されるのは第一に避けなければならない事態だ。

 単に操縦技能だけではどうしようもない物量に、レーザーソードのエネルギー、機体燃料、シールドの耐久値、もろもろのステータスが悲鳴を上げていた。

 このままじゃまずいか。

 俺は目の前の狼型ガイストを串刺しにし、ふたりに言った。

「だめだ」

『だめ!? だめって、なにが?』

 モルガンが切羽詰った様子で聞く。

「逃げよう」

『え?』

『し、しかしそれでは!? 某はまだ倒れてはおらぬでござる……! 某は死ぬときは立ったまま死ぬ覚悟でござる!』

『ううんいいよいいよ逃げよ! もう戦いたくないよぉ!』

 意見は見事に分かれていた。

 正解はない。必ずしも撤退が有効とは限らない。その場でふんばって戦ったほうが結果的に良かったという可能性もある。

 どちらかに賭けるしかなかった。

「……た、多数決で。俺は、逃げたい、かも」

『はいはいボクも! やった! これで二票で過半数可決だね!』 

『な、なんという暴力的民主主義……』

 ザンノスケは呻いたが、継戦に固執はしなかった。

 俺たちは機体を反転させ、その場から離脱した。ひとまずガイストの群れと距離ができる。

 だが―― 

「やっぱり追ってくる……」 

 後方から地響きが轟いてくる。

 それは荒野を埋め尽くすほどのガイストの群れが引き起こしているものだ。 

 まるで雪崩か洪水だ。振り返るのはためらわれた。

『し、シルト殿。このままでは逃げ切れぬ……! や、やはり腹を決め迎え撃つしかないのでは……!?』

「……試しに、どうぞ」

 俺は皮肉ではなく言った。 

 ザンノスケが旋回し、バックブーストで後退しながらレールガンを放った。敵を何体か同時に撃破、小さな爆発が生じる。 

 直後、砲火の雨が降り注いだ。

 間近に着弾。俺たちはスラスターで機体を左右に振り、なんとか回避する。

『ひぃいいい! すまぬ無理でござった!』

 一発撃てば百発返ってくるような戦力差だ。

 やはりこれを殲滅にするのには無理がある。しかもこれでもまだマシな状況だ。

 こうしてやみくにも逃げているうちに、またべつのガイスト群と遭遇しないとも限らないからだ。

 そうなったら今度は確実に詰みだ。

 俺がなんとか逃げおおせるような地形がないかマップを確認しているとき、レーダーに新たな反応があった。

 そこには、適性を示す赤のアイコンが重なり合って集まっていた。

「うそだろ……」

 メインカメラをズームし、確認。

 そこに後ろから追ってきていると同種のガイストが徘徊していた。

 ぱっと見て、三十体以上はいるだろうか。あれだけでも相当な物量だ。

 悪夢が実現した。

 まさか、ここまでイレイガの策だろうか。

 それはわからない。だが、ここまで逃亡に徹してフィールドを移動していれば、他のガイストと遭遇するのはそれほど不自然なことではない。

 選択をこんなに早く後悔することになるとは。

『シルト、あれって敵だよね……』

「うん……たぶん、いや確実に」

 これ以上近づけばガイストがこちらに気づく。だが止まれば後ろの軍団に飲み込まれる。前門の虎、後門の狼。

 万事休すか。

 天空遺跡の攻略イベントで、地上で果てることになるとは思わなかった。

 だがそのとき、敵の群れの向こうの背景が大きく変わった。

 いや――背景が変わったのではない。

 それほどの巨大な構造物が、そこにあったのだ。

「あれは……」

 それをなんと形容すべきか。

 強いていうなら、頭のない亀、だろうか。 

 高さは機械化都市のビル以上、横幅も丸ごと一つの都市が入るほどの大きさだ。その外見はまるで建築途中の建物のように、内部の積層構造が丸見えだった。最上部以外にも各層に施設があり、ところどころから蒸気を噴き出す煙突が生えていた。

 そしてなにより、その全体はゆっくりと前進していた。

 それを為しているのは四つに分かれた最下層部――いや、四つの“足”だ。

『あれがヒュージフットでござる!』

 ザンノスケが歓喜の声を上げた。

『シルト! あそこに逃げ込めば助かるんじゃない!?』

『モルガン殿、ナイスアイディアでござる!』

「たしかに……でも、あれどこから乗るんだっけ?」

 言いながら俺も思い起こす。

 接地した四つの最下層のいずれかに昇降機があった気がする。

 猟機で近づけば、自動的に乗り場が降りてくる仕組みになっていた。

『たしか脚から上れるはずだけど……』

 モルガンは言いかけながら、あっ! と声を上げた。

『で、でもあれ、すぐには動かないんじゃないっけ!?』

 昇降機は猟機で乗り入れても、すぐには動き出さない。

 同じチームのプレイヤーが一緒に上がれるよう、あえて長めの停止時間をとっているためだ。

 かといってその場から離れてしまえば、自動的に昇降機は収納されてしまう。

 昇降機の乗り場には壁や柵もないので、そんなところで固まって止まっていたら、確実に敵のいい的だ。

「このまま乗ろうとしても、集中砲火を浴びそう」

『そ、そんなぁ~!』

『どうすればいいでござるか……!?』

 そうこうしている間に、新たなガイストの群れが俺たちを捉えた。

 盛大に土煙をまき上げ突進してくる。


 ふと、モルガンの言葉を思い出した。


 イヨたちとも合流できないまま、ここで終わっていいのか。

 いや、いいはずがない。

 なにか方法は、ないか――

 このガイストの群れから生存する方法だ。

 ヒュージフットの名の通り、歩行都市を支える四つの最下層部に俺は目をやった。亀の右前足にあたる部分が高く持ち上がっていた。

 そこだけでも小さな街くらいの広さがある。

「……いちかばちか、だけど」

『な、なにかあるの!?』 

「ふたりも付いてきて。敵を分散させたくない、ので」

『シルト殿!?』

 進路を変えてガイストの群れを新旧まとめて引き付ける。ガイストたちは普段は単調な動きのくせに互いに衝突することもなく、同じひとつの濁流となって俺たちを追ってくる。

 ヒュージフットの右脚階層。

 いまは上がりきった状態で、左脚階層より前に出ていた。

 大地を踏みしめるため、今度はあれが降下してくる。

 俺たちはまさにその直下――広大な陰の落とされた場所へと向かっていた。

 やがてふたりも俺の意図に気づいたようで、

『も……もしかして、さ。あれに敵を踏み潰させようとか……思ってないよね?』

「え、思ってる……」

『えぇええ~~! 無理ムリむりぃ! ぜったいムリだよおぉ! そんなことしたらボクらも潰されちゃうよ、あれどれだけ広いと思ってるの!?』

『自殺行為でござる!』 

 たしかに抜けるのに猟機の巡航速度で一分近くかかる。

 早すぎれば追ってくるガイストの群れも抜けてしまうし、遅ければ俺たちもろもと踏み潰されて終了だ。

 だがこれしかない。

「たぶんいける」

 俺たちは止まらず、地表から浮いた右脚階層の下へと侵入した。

 途端、青空が隠され世界が暗くなった。

 疾駆しながら頭上を見る。晒された右脚階層の底面から、ぱらぱらと土砂が雨のように降ってくる。

 大きすぎて距離感が掴めない。だがその底面は、ゆっくりと落ちはじめていた。

『ひっ……!』

「モルガン、遅れないで」

 俺たちを追ってガイストの群れも足の下へと入る。

 準備は整った。

 あとは間に合うかどうか。タイミング次第だ。

 まだ出口――足の端は遠い。

 レーダーマップで敵との距離を測る。

 脱出まで、あと五十秒。

 蜘蛛やら狼やその他奇怪な造形のガイストが集まった群れは、おぞましいほどの物量で猪突猛進してくる。ヒュージフットの足の裏がどんどん迫ってくる。

 あと三十秒。

 敵が大地を揺らしながらレーザー砲やら迫撃砲をこれでもかと発射。まだ敵のすべてが足の下に入りきっていない。俺は速度を上げたい衝動を殺してスラスターを使って間近の着弾をぎりぎりで回避する。

 あと十秒。

 追ってくる敵がすべてヒュージフットの右脚階層の下へと入った。

 その底面はすでにあと数メートルほどに迫っている。

「アフターブーストを!」

 俺はふたりに叫んだ。

 燃料消費が痛いがここで使わなければ意味がない。

 メインスラスターの噴射炎が追加燃料を喰らい、機体が一気に加速。

 天井――ヒュージフットの足の裏が迫る。

 その終わりが見えた。

 祈りながらスティックを握り続けた。

 底面に機体の頭部がこすれ火花を上げた。

 0秒。

 三機はほぼ同時に、右脚階層の下から抜けた。


 直後、後方で右脚階層が大地へと接着した。


 大地が轟いた。

 無慈悲に落とされたその超重量、それが引き起こす地鳴りのような鳴動に無数のガイストの爆発音もすべて飲み込まれた。

 それでもヒュージフットはびくともしなかった。マップオブジェクトだから、といえばそれまでだったが。

 敵性反応がまとめて消滅。

 俺たちを追ってきたガイストが、すべて撃破されていた。

 生きた心地がしなかった。

『……やった、の? これ』

「うん。たぶん」

 どうやら、上手くいったらしい。

 俺たちは呆然と、次に動きはじめている左脚階層の動きを眺めていた。

 だが突然、ザンノスケが悲鳴を上げた。

 まさかまだ敵が? と一瞬警戒したが、ザンノスケが猟機の腕で自機の頭のあたりをさすっていた。 

『そ、某の角飾りが……』

 ザンノスケ機の頭部。 

 そこにあった煌びやかな角飾りは、無惨にもへし折れていた。


 *


 俺たちはヒュージフット内の昇降機に搭乗していた。

 猟機が三機乗り合わせてもがらんとするほどの床が斜めに上昇し、俺たちを自律歩行都市の上層部へと運んでいた。暗く、頭上にまだ地上の光は見えない。等間隔で点滅する誘導灯のぼんやりとした灯りだけが、俺たちを導いてくれているようだった。

「間に合うかな……」

『わからぬ。他のプレイヤーはすでに到達しているかもしれぬ』

 いったいどれくらいのプレイヤーが俺たちと同じように、無事な状態で攻略を継続しているかはわからない。

 だがイレイガがあそこいたことからも、あのとき飛行戦艦に同乗していたプレイヤーたちが全員無事だった可能性は十分にある。やはり、これも共同戦線イベントの演出のひとつだったのかもしれない。

 そうなると、〈オルクス〉へと到着するための圏外輸送機の入手は、早い者勝ちだ。

 落下した位置にもよるが、イレイガやガイストの相手をしていた俺たちは他のプレイヤーよりかなり出遅れている。

『シルト殿。借りができたでござるな』

 ふいにザンノスケが言った。

 俺はなんのことかわからず聞き返す。

「あの、なにか……?」

『シルト殿がいなかったら、あの男に某はやられていた。ガイストの群れから生還することもできなかったでござる』

「そんなことは……」

『嘘ではないでござる。正直、シルト殿の実力を見誤っていた。いつか、この借りは必ず返すでござる』

「ど……どうも」

 慣れないことを言われ、妙に気恥ずかしい。

『ふたりとも、そろそろだよ』

 モルガンが言った。

 その言葉通り、昇降機の速度が低下していた。まもなく昇降機が上層部へと到達する。

 床が停止した直後、正面のゲートが開き、まばゆい光が飛び込んできた。

 そこには荒廃した地上とはかけ離れた、洗練された都市の光景が広がっている。

 だがその彼方此方で、すでに戦火の炎が上がっていた。



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