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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第3話 ステルス・エッジ
62/93

#61

 ロックオン・アラート。

 狭い操縦席に警告音が鳴り響く。岩山の上に立つイレイガ機が大型火器を構える姿が目に飛び込む。全身を這うような寒気が走り抜ける。

「散ってっ!!」

 モルガンたちに向けとっさに叫んだ。

 同時に機体を急加速させ、前方に飛んだ。

 直後、黒い濁流が押し寄せた。

 俺たちのいた渓谷の底に不気味な黒い渦が膨れ上がった。

 周辺の岩や地面が粉々に破砕され、その渦へと吸い込まれる。びりびりと大気が重く振動し、光までも飲み込んだように周辺が一瞬薄暗くなった。

 視界が元に戻ったとき、そこには巨大なクレーターが穿たれていた。 

 まるで空間ごと切り取られたような有様に戦慄する。

「重力砲……!」

 イレイガの猟機〈ベヲウルフ〉が持つそれは、手持ちの火器としては最大クラスの大きさだ。それがなんなのか、その威力からすぐに理解した。

 機体の評価と同様に、武装等のパーツひとつひとつにもAI評価のランクが付随する。

 俺はメインカメラで〈ベヲウルフ〉を捉え、その火器にカーソルを合わせる。

 RIGHT ARMS:評価判定:『S』

 やはり最高ランクの携行火器だ。その外装には覚えがなかったので、プレイヤーメイドの最高級品だろう。おそらくあれだけで俺の猟機丸ごとより高価だ。

『ひゅー! よくよけられたなぁ。運がいいぜ』

 間髪入れずイレイガが左腕のライフルを発砲。

 ザンノスケ機が被弾。避けようにも渓谷の底はスペースが狭く動きづらい。しかも相手ははるか頭上だ。こちらからは向こうが捉えにくいのに、向こうからはこちらが丸見えだ。

『オラオラぁ! 必死によけねーとすぐ死んじまうぞ!!』

 イレイガが耳障りな哄笑を上げながらライフルを乱射。

 バーストライフル。

 通常のライフルより連射性能を高め、アサルトライフルのようなフルオート機能はないものの集弾性能に優れた主力火器だ。

 イレイガは弄ぶかのように、その照準を次々と変えた。モルガンがサイドブーストを使い回避するも、壁面に激突。俺も神経を尖らせ回避運動を小さく抑えつつ、弾丸をシールドで防御。

『な、なんでござるかこれは!?』

 ザンノスケが混乱した声を上げた。

 自機のステータスを見て、俺も異変に気づいた。

 弾丸を防いだシールドの耐久度数値、その減少が激しかった。通常ではありえない早さだ。

「普通の弾じゃない」 

 これは装甲腐食(アーマーラスティング)弾だ。

 化学弾頭を搭載した弾で、機体フレームや装備の耐久度を大きく減らす効果を持つ。その分威力は通常弾より多少低いが、使われて嫌な弾ではトップクラスだ。プレイヤー主催の非公式デュエルなどでは禁止されることも多い。

『シルト、あいつECCMユニット使ってる!』

 モルガンが口調に悔しさをにじませた。

 電子攻撃から機体を防護するための追加装備のひとつだ。おそらくモルガン機の外見から電子戦機であることを見抜いて作動させていたにちがいない。これもまた高価な装備だ。 

 ザンノスケが弓状のレールガンで、モルガンが短銃身のライフルで応戦。だがやはり岩山が壁となって〈ベヲウルフ〉には届かない。

 ――まずいな。

 強い焦燥感に襲われる。

 向こうには重力砲がある。重力砲はその反則的な破壊力の反面、チャージに時間を要する。だがこれではその猶予をむざむざ与えているようなものだ。

 次はよけられるかどうか。とにかく地形的に不利すぎる。

 どうする?

 俺はいくつかの可能性を頭のなかに展開した。そのなかでもっとも現実的、かつみんなの生残性が高まるものに思考を集中する。

 ――上がれるか?

 腐食弾の雨を回避しながら、切り立った岩山を見上げる。

 厳しい高さだった。

 猟機は高出力のスラスターを有しているので跳躍はできるが、決して空を飛べるわけではない。

 中量猟機のザンノスケとモルガンには無理だ。おそらくイレイガもここではなくもっと緩やかな場所から上がってきたはずだ。

 だが、俺の軽量猟機なら。

 じっくり考えている余裕はなかった。

「ザンノスケさんとモルガンは先に行ってください」

 俺は迷わず言った。

『な、なんでござる?』

「ここじゃやられる。アフターブーストを使って先に渓谷を抜けて」

『し、しかしシルト殿は――』

「いいからはやく!」

 議論している状況ではない。

 イレイガの照準は正確だった。モルガン機も耐久ゲージが二割ほど減らされている。この戦いに勝機はない。 

『ボクたちの機体じゃ上には上がれない。だからでしょ?』

 モルガンが察してくれた。

 その説明にザンノスケは言葉を失っていたが、やがて理解してくれたのか『かたじけない……』と口にした。

 ザンノスケ機とモルガン機が反転。

 だが攻撃の手が緩んだその隙を、イレイガがみすみす見逃すはずもなかった。

 ふたたび重力砲を構える。

『はっ、逃がすかよッ!』

 その瞬間を、俺も狙っていた。

 メインスラスター最大出力。

 斜めに上昇、〈ベヲウルフ〉と反対側の岩山の壁面へと突っ込み、サイドスラスターを上向きに吹かして機体を反転。壁を蹴り付けさらに上昇。

 〈ベヲウルフ〉の正面に躍り出た。

『――みえみえだよ、ボケ』

 その瞬間、すでに銃口がこちらを向いていた。

 至近距離のライフル弾がシールドに直撃。

 防御したものの、空中の俺の機体は衝撃を殺しきれない。そこでスラスターの継続噴射が限界に達した。

 重力に引かれ、俺はふたたび谷底へと突き落とされる。

 だがこれでいい。

 着地の直前でスラスターを一瞬吹かし硬直を防ぐ。レーダーマップに目をやる。その上を、二つの味方機アイコンが高速で離れていく。

 遅れてイレイガが舌打ちした。

『はぁ? 自己犠牲ってか? マジつまんねーなおまえら』 

 イレイガの黒と赤の猟機がこちらを睥睨している。

『おまえら、あんとき艦の上で突っかかってきたやつらだろ? あのムカつく女はどこいったんだよ? わざわざ待ち伏せしてやったってのに』

 イレイガのその言葉から、俺たちが意図的に狙われたことを理解した。 

 女とは、イヨのことかチアのことか。あるいは両方かもしれない。ある意味、はぐれていてよかったのかもしれない。

『愉快なお空のピクニックがなんでこんなことになったのか知らねえけど……まあ、俺にとっちゃどうでもいい。

 どうせスキルのないカスどもしかいないんだ。いつも同じだ。遊んで遊んで遊んで弄んで……はっ、それから殺してやるよ』

「……」

 悦に入ったその語りに、俺は無言で応じた。

 ただひとつわかったのは、やはりこいつでもこの状況は意外だったらしい、ということだ。

 それで十分。こんなやつと余計な会話はしたくない。 

 いっそオープンチャットをブロックしてしまおうかと考えたとき、

『ん……? つか、なんだその機体?』

 いまさら気づいたように、イレイガが言った。

 やがて不遜な高笑いが聞こえる。 

『ランク『D+』? おいおい、勘弁してくれよマジで。しかもおまえレベル7って……、ガチ素人じゃねーか。こんなクソが残りもんかよ』

 向こうは相当な高レベルだ。

 これがもし、俺だけならダメージディセーブルが発生して襲われることはなくなるはずだが、今回はイヨやモルガンといった高レベルプレイヤーと同じチームなので、その基準は引き上げられている。システム的に単機のイレイガが襲うことはなんの問題もない。

『ちっ、仕方ねぇ……。遊んでやるからこいよ』

 イレイガはくつくつと笑っている。

 敵機が機体を斜めに引いているのを見上げながら、俺は次の動きをイメージしていた。

『どうした、ビビってんのか? もう一度上がってこいって言ってんだよ。特別待遇で待っててやるからよぉ』

 いけるか。

 タイミング次第だ。

『――なんて、なぁ!』

 予備動作なしに、〈ベヲウルフ〉が重力砲を撃った。

 機体の右手側を引き、こちらから見えないように隠していた。

 致命的な破壊の波が爆発。直後に収束。

 岩山や地面がえぐられたように重力場に飲み込まれた。

 その直前に俺は飛んでいた。

 岩肌のわずかなでっぱりを見つけ、垂直に機体を蹴り上げる。視界を壁面が高速で下に流れる。その距離は五十センチ未満。わずかでもぶつかって失速したら終わりだ。

 頂上に達すると同時にサイドブースト。

 待ち構えていたイレイガの射撃を回避し、岩山の上に乗り上げた。

 今度は落とされない。

 右側面から回り込んだ。

 敵機に〈五式重盾『鐵』〉でシールドバッシュを叩き込んだ。

 だが敵機も引いていた。

 衝撃を殺し、無難に体勢を立て直してくる。

『あはは! 面白ぇじゃん。じゃあ、こいつはどうだ?』

 敵機が正面から突撃。

 バーストライフルの銃口が向く。

 シールドを突き出しつつレーザーソードを抜刀。

 接近戦なら。


 その刹那、背後に気配が生じた。  


「ッ!」

 旋回してシールドを叩きつける。速度を殺さずイレイガと交差。

 ――いまのは。

 冷えた心地で、俺は目の前の〈ベヲウルフ〉を注視した。

 それは敵機の背部から伸びていた。 

 鞭のようにしなったワイヤーの先に、円盤状のノコギリが付いている。

 それが両肩の後ろから計二本突き出している。まるで意志を持っているかのゆらゆらと動き、回転するノコギリが激しい火花と耳障りな高音を放つ。

 独立稼動式のサークルエッジ。

 近接武器のなかでもかなりテクニカルな武装だ。ライフルに意識を向けさせ、あれで背面から奇襲してきた。

 あれを動きながら操ったのか――

 オート入力の軌道なら見切るのは難しくない。というか普通はそれ事足りる。

 近接系武器のマニュアル操作は、大半のプレイヤーは使わない。

 猟機を動かすだけで精一杯だからだ。それでも攻略にはそれほど不自由しない。操縦桿スティックのキーに割り振られるオート操作にも有用なものは多い。機体の移動制御、機体の姿勢制御 (カメラ操作含む) と、火器管理、それだけでも慣れれば十分戦える。

 戦闘中にその軌道入力からやるのは、対人の上級者だけだ。 


 いつのまにかやられていた――


 ザンノスケの言葉を思い出していた。

 たしかに、これなら相手の死角から攻撃できる。ザンノスケの証言とも一致する。

 それにしても。

 重力砲に腐食弾装填のバーストライフル、多連装サークルエッジ。

 徹底的に破壊力の高い武装を選んでいる。

 しかも全距離対応で対複数戦闘を想定している。それはまさにPK慣れした人間の思考であり、戦い方だった。だがそれだけではない。

 単純に強い。

 照準精度や反応速度など、機体スペックに依らない部分から操縦者の技量がうかがえる。

 あの大仰な衣装は決して伊達ではない、ということだ。

『おまえ、なんだ?』

 イレイガの声がそれまでとはちがい、落ち着いていた。

『その動き、初心者じゃねーだろ』

「……」

『そのわりにレベル見合ってねーな。チートでBANでもされたか? いや、そしたら復帰はできないはずだが……』

「……べつに、変なことはしてない」

『はっ、まあどうだっていい。でもわかったぜ。そのシールドが、おまえの十八番ってわけだ。まさに臆病者の証だな』

 俺は相手の言葉より、機体の挙動に意識を向けていた。 

 どうとでも言えばいい。

 挑発だということはわかっていた。

 勝てるだろうか。

 敵機との相性、機体のスペック差、戦い方の癖、それらを加味してどう動きべきか思索いたとき。

 レーダーに反応があった。

 それは味方機の――放った弾丸の(、、、)シグナル。

 遠くから飛来したその高速弾は、イレイガ機には当たらない軌道だった。

 だが突然の横槍に〈ベヲウルフ〉は回避行動をとった。

 俺はすかさず距離を詰めレーザーソードを振るった。

 真横一文字に走った高熱の刃が、〈ベヲウルフ〉の胸部をわずかに削り取った。

 敵機が体勢を崩す。 

『――っ、てめっ……!!』 

 さらにレーダー上にもう一機のアイコンが浮上する。

 肉眼でも捉えた。

 渓谷の底に、すでにこの場から離脱したはずのモルガンの猟機がいた。

『シルト、離れて!』

 考える前にバックブーストで後退。

 崖下のモルガン機の背中のバックパックが展開。そこからなにかを上方に射出した。

 放物線を描いた筒状の物体が三つほど、俺の前方、〈ベヲウルフ〉の周囲へと着弾。

 同時にそれらがブゥンと鳴動した。

 大気が波紋状にゆらめき、そのなかに〈ベヲウルフ〉が取り込まれる。

 マグネットクラスター――射出した子機から強力な磁場を発生させ、一時的に敵の機動力を低下させるサブアームズだ。

『いまのうちに!』

 俺は迷わず岩山から飛び降りつつ、アフターブーストを点火。

 ぐんっ、と機体が前に加速する。モルガン機もすかさず反転。

 全速でその場を離脱した。

 最初の攻撃は、ザンノスケのレールガンだろう。

 あの距離では直撃は難しいが、それで隙ができた。モルガンとの連携も最初から決めていたにちがいない。

『――おいおい、俺を仲間はずれにしないでくれよ。こっからが楽しい状況だってのに』

 イレイガがまだなにか言ってくる。

 だがその声には、隠しきれない怒りが垣間見えていた。

 くだらない挑発は無視し、俺たちは一気に距離を空けた。

 これなら追いつけない。

 俺は逃げながら、いまイレイガを撃破するチャンスだっただろうか、と回顧した。

 いや、リスクが大きすぎる。まだ向こうは弾数的にも精神的にも余力を残している。重力砲もある。こんなところで撃ち合うのは得策ではない。

 ひとまずこの渓谷を抜けるのが先だ。

「ありがと……」

『なに、当然でござるよ。いやしかし、よもやこれほど上手くいくとは』

 ザンノスケが興奮した様子で言った。

『一度逃げたと思わせて、戻ってくる。いい手だったでしょ?』

「まあ……」

 俺は普通に逃げてもらうつもりだったのだが。ただ、たしかに助かった。

 すでにレーダーからイレイガ機は消えている。

 周辺の地形は、ところどころ岩が崩れていたり弾痕が刻まれているなど戦闘の跡が見てとれたが、ガイストはいなかった。その残骸もだ。

 ガイストの残骸や弾痕などは時間経過とともに消えて元に戻ってしまうが、ゲームエンジンの処理能力で可能な程度は残っている。

 なにか違和感があった。 

 まもなく渓谷を抜ける。息が詰まるような地形ももうすぐ終わりだ。

 進んでいくにつれ、俺は奇妙な感覚を抑えきれなくなった。

「……なんか、変だ」

『変って、なにが?』

 モルガンがきょとんとした声で応じる。

「敵がいない」

「? ああ、そういえば……」

 ガイストはサイズ、種類、強さともに多種多様だ。

 単体ならそれほど脅威ではないが、ボスクラスの大型ガイストとなれば猟機以上の戦闘力を有する敵もいる。ただ初心者のうちに気をつけなければいけないのは、モブガイストの方だろう。その地形に紛れてプレイヤーを待ち伏せしていたり、数にものを言わせて襲撃してくる群れもいる。たとえ一対ずつ処理することは容易でも、多数の敵に囲まれると上級者でもあっという間に撃破されることは、決して珍しくない。

 とにかくガイストは、フィールド上で猟機に乗ったプレイヤーの前に立ちはだかる、もっともポピュラーな障害だ。

 だが俺たちは、ここまで一度も遭遇していない。

 普通なら一体くらい遭遇していてもいいはずだ。

 他に俺たちが会ったのは、イレイガだけだ。

 奇襲をするため、イレイガがすでに倒したのか? 確かにガイストにとってはプレイヤーは等しく敵でしかないので、こっそりと動くには邪魔になる恐れがある。

 いや――

 その考えは普通すぎる(、、、、、)

 そんなやり方をあの男が取るだろうか。

 もっとなにか、べつの――

 先頭のザンノスケ機が渓谷を抜ける。

 そして視界が開けた。

 反射的に俺は機体に急制動をかけていた。

 

『――――なに、これ』


 モルガンの呆然とした声は、俺たちの目の前にあるものに対する率直な感想だった。

 見えたのは変わらぬ荒野の景色。 

 そしてそこを埋め尽くした、大量のガイストの軍団だった。



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