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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第3話 ステルス・エッジ
61/93

#60

「でも、ここからどうしたらいいんだろう?」

 俺とモルガンとザンノスケの三人は、ひとまず安全そうな岩山のふもとまで移動し、今後の動きについて相談していた。

 俺はメニュー画面からクエストリストを確認する。

 天空遺跡〈オルクス〉の共同戦線イベントの欄には、『参加中』と表示されていた。

 つまり、攻略失敗とはみなされていないのだ。

「まだ〈オルクス〉には行ける、みたいだけど……」

 飛行戦艦が撃墜されたいま、どうやってあそこにたどり着けばいいのか。

「……ひとつ、方法があるかもしれぬ」

 ふいにザンノスケが言った。

「このあたりは、一度だけ攻略で来たことがあるでござる。ここから北上していけば、運がよければ実験都市に遭遇できるかもしれぬ。かなり距離があるうえ、向こうも動いているので確率的な話でござるが……」

「実験都市?」

 モルガンが首を傾ける。

 俺も一瞬わからなかったが、向こうも動いている、という説明でなにを指しているか遅れて理解した。 

「〈ヒュージフット〉……自律歩行実験都市、でしたっけ」

「そう! それでござる」

 ザンノスケが自信を得たように手を打った。

 ヒュージフットは、アイゼン・イェーガーのなかでも特殊なフィールドのひとつだ。

 以前の共同戦線イベントのときに実装された追加フィールドで、その“自律歩行”という冠の通り、みずから歩行し、移動する都市だ。

 単純な大きさで言えば、今回の天空遺跡〈オルクス〉にも匹敵するだろう。

 一歩踏み出すのにゲーム内時間で半日かかるほどの鈍重さだが、決まったルートを常に移動し続けているため、一つの場所に留まることがない。フィールドの遠景で偶然見かけることはあるが、探そうと思うと意外と見つからない、そういう場所だ。 

 だが、それがいまどう役に立つのか。 

「某の記憶が正しければ……あそこには、マスドライバーと圏外輸送機があったはず」

「そうか……」

 俺もだんだんと思い出していた。

 ヒュージフットの上層――都市部分の中央に、高速輸送機と同じく猟機ごと運搬可能な飛行ユニットと、それを打ち上げるためのマスドライバーがあった。

 たしか、あそこを守護している防衛兵器と戦闘した後、都市から脱出するために使うものだったと記憶している。ただしプレイヤーの所有物にはならないので、使えるのはその一回の出撃中のみだったが。

 だがあれなら、空に上がれる。

 もしかしたら、〈オルクス〉まで到達できるかもしれない。幸い、〈オルクス〉のある空域はここからそう遠くないはずだ。

「ねぇ、もしかしたら、イヨたちもそこに向かってるんじゃないかな?」

 モルガンの言葉に、俺はあっと声を上げた。

 ザンノスケも顎に手をあてて思案している。 

「たしかに……イヨ殿がベテランのプレイヤーなら、某と同じようにヒュージフットの存在に気づいていてもおかしくないでござるな」

 ふたりの表情には、明確な意思が浮かんでいた。

 ほかに有効そうな方法も思いつかない。

 俺もふたりにうなずき返した。

 こうしてひとまず、俺たちの次の目的地が決まったのだった。


 *


 変化に乏しい景色を眺めながら、俺たちの猟機は荒野を疾駆していた。

 俺が先頭、その後方に距離を空けてザンノスケ機、さらにまた同じくらい離れて最後尾にモルガン機と続いている。

 巡航速度での移動はオートで行えるので楽だった。だがその分、俺はレーダーを注視していた。

『シルト殿、かたじけない。先頭を任せてしまい……』

「大丈夫、す。シールド持ちなので、こっちは」

『感謝いたす。実は……さきほど襲撃がすこしトラウマでござる』

 ザンノスケの声は沈んでいた。

 たしかに仲間を全員、しかも一方的に撃破されたとなれば、進むのが億劫になってもおかしくない。

 プレイヤーだけではない。ガイストの群れと遭遇する可能性もある。

 こうして味方同士距離を空けているのも、不測の事態に対応しやすくするためだ。

『それしても……。こうして実際に見てみると、あらためてシルト殿の猟機は個性的な造形でござるな』

「そう、ですかね」

『なに、もっと誇ってほしいでござるよ。ビジュアル機というのはいつの時代も男のロマンでござるから』

「はは……」

 やはり、俺の猟機は実用的ではないと思われているらしい。

 もっとも俺も自分が乗らないのなら、人にこんな猟機の構成を薦めたりはしない。お手本やマニュアルからはほど遠い機体だ。

「でもザンノスケさんの機体も……個性的というか」

『ぬふ。そうであるか?』

 言葉とは反対に、よくぞ聞いてくれたという声だった。 

 ザンノスケ機の印象を一言で言い表すなら、“武者”だろうか。

 全体を濃い紫色で統一された中量猟機。装甲は厚めで、兜状の頭部には金色の大きな角飾りが煌いている。背中に竿状の武装をマウントしていた。

 薙刀だ。

 先端の物理的な刀身は、超振動ブレードだろう。その威力はレーザー兵装をも上回る。ただし刃自体の損耗が早いので、長期戦には不向きだ。俺が実剣ではなくレーザーソードを選択しているのも、主にはそれが理由だった。(もっともいまは資金が足りなくてどのみち買えないのだが)

 さらに手持ちの火器は、これも珍しい、弓だ。

 あれはたしか弓状のレールガンで、威力、射程距離とともに優れているが、リロードが長いのが欠点だったはずだ。

 武装についてはあまり使い勝手がいいものとは言えないが、それはお互い様だろう。

 フレームや独特な追加装甲を見るに、オフィシャルメイドだけではなくプレイヤーメイドのパーツもかなり使われている。

 実性能以上に、ロマンと愛着の感じられる機体だった。

『ところで、シルト殿たちのチームはどういうご関係なのだ?』

「えっと……リアルの知り合いで……いま集まってて、それで、一緒に」

『おお、実にリア充な感じでござるな。うらやましいでござる』

 ザンノスケの意外な言葉に、俺はきょとんとした。

 リア充?

 そうだろうか?

 たしかにいま瞬間風速的にはそう呼べるかもしれないが……。俺自身についていえばまったくそうでないことは、夏休みの過ごし方からしてすでに明白である。

 彼に俺の暗黒中学時代を話したら、なんと言うだろうか。

 聞いてすまなかった、などと本気で同情されそうな気もする。

「いや、そういうわけじゃ……」

『そうなのか? だが直接集まってやるほどなのだから、よほど今回の〈オルクス〉攻略に気合を入れていると見たが』

「それは……」

 なんと答えるべきかわからず、ただの報酬狙いです、と俺は口にした。

 それに続いて、全周モニターの左下に小さなウィンドウが展開した。

『ねえねぇ、シルト』

 モルガンの表情が映っている。だがその枠表示が通常とはちがい、蛍光色で囲われていた。

 ダイレクトラインだ。

 他のチームメンバーには聞かれたくない話などをするときに使うものだ。

 なにか、プライペートな話だろうか。

『シルトってさ、イヨと同じ学校なんでしょ?』

「あ、うん」

『仲いいんだね』

「……そうかな」

『そうなんでしょ? だって、いろいろ話聞いてるよ』

「え」

 俺はレーダーから目をそらし、ついウィンドウ内のモルガンを見た。

 気になった。

 伊予森さんは、俺のことをいったいどう話しているのだろうか?

「ちなみに……それって、どんな?」

『えっとねぇ……。まず、あんまり勉強ができなくて』

 いきなりマイナス面!?

『それから、人の目を見て話ができなくて』

 鋭い指摘が胸に突き刺さる。  

『昼休みに教室にいないなと思ったら、空き教室のベランダでお弁当食べてて』

 いやそれは最初に千亜が……。というかまさか知られていたなんて。知っていてなにも言われなかったというのは、気を遣われていたようで直接指摘されるより惨めだった。

『それからねー』

「う、うんわかったもう大丈夫……」

 これ以上、精神の深いところにダメージを負いたくない。

 そんな評価だったとは。そしてどれひとつ否定できないのがつらい。

 だがモルガンは語りを止めず、

『でも、すっごく強い人だって』 

 一瞬、なにか深い意味に聞こえた。

 だがすぐに自分の勘違いだと気づく。

 ゲーム内のことに決まっている。だがそれは仕方ない。それ以外に、俺が他人より秀でいるところなんてあるはずもないのだから。

 そこでふと、さきほどザンノスケから言われたことが頭に浮かんだ。

「モルガン……あの。どうして今回、わざわざっていうか、一緒にアイゼン・イェーガーを……」 

 俺が聞くと、長い沈黙が横たわった。

 あれ、と俺は不安になる。

 そんなに変なことを聞いただろうか。


『たぶん、これが最後だと思うから』


 モルガンの声は、どこか寂しげだった。

 俺はそこに付帯した複雑な感情に、困惑する。

「最後……?」

『実はね、もうイヨたちとは会えなくなると思うんだ。直接だけじゃなくて、ゲームのなかでも』

「それって……」

 俺はそれをどう解釈していいかわからず、黙ってしまった。

 会えなくなる?

 それは、この島よりもっと遠い場所に引っ越すとか、そういう意味だろうか。

 しかしゲームのなかでも、とはどういうことか。

 たとえば受験勉強に専念するとか。そういえば、まだはっきりとした年も聞いていなかった。浜辺で会ったとき同じくらいだねと言っていた気がするが。それにしても、まるで今生の別れのような言い方が気になった。

 旅館で、色々忙しくて、と言っていた夏華を思い出す。そのときちらりと見せた、気まずそうな表情も。

 なにか込み入った事情があるのだろうか。

 どこまで詮索していいのか。

 俺には読むべき空気がわからない。

『だから、思い出をつくりたいなって。そう思ってボクがイヨに提案したんだ。今回の〈オルクス〉攻略はちょうどいい目玉イベントだし。

 アイゼン・イェーガーは、イヨと出会えたゲームだからね』

「そっか……」

 それで、わざわざ一緒に集まってまでゲームをすることになった。

 そういうことなら、一刻もはやく合流したいはずだ。

 それでもあえて正当なやり方にこだわっているのは、なぜか。

 きっと、大事にしているのだ。

 いまここでの体験を。イヨと共有しているこの時間を。

「……はやく、合流しよう」

『うん!』

 その声は、気丈な明るさに満ちていた。



 まもなく、俺たちは渓谷にさしかかった。

 左右を高い岩山に囲まれており、視界も道も狭くなっていた。その間を強い風が吹き抜けている。

 ここまでだいぶ進んできたが、まだ敵との遭遇はなかった。

「――ここ、気持ち悪い」

 気づくと、俺はそう言っていた。 

『シルト殿、酔ったのでござるか?』

「い、いえ……。その、こういう場所は、よくないので」

『よくない、とは?』

 俺はあえて速度を変えずに、谷へと侵入した。

 警戒しているが、それを悟られないようにする。俺は襲撃者の思考を思い浮かべる。

 もし、俺がPK目的のプレイヤーなら――

 操縦席にアラームが響いたのは、そのときだった。

 レーダーが適性反応を捉える。

 とっさに姿勢制御スティックを戻し、スラストペダルを蹴り付けていた。

 バックブーストと同時に兵装セレクト、左腕部に〈五式重盾『鐵』〉を装備、ザンノスケ機の前に出ながら上方にメインカメラを向け、オートの防御姿勢を作動させつつマニュアルの位置調整を加え、

 そこで衝撃がきた。

 シールドに着弾。俺の猟機は大きくノックバックし、かばったザンノスケ機とぶつかる。

『な――なんでござる!?』  

 ぎりぎりで間に合った。

 ザンノスケはまだなにが起きたかわかっていない。

 俺は射線から敵の位置を特定した。

 切り立った岩山の上。

 そこに、一機の猟機が陽光を背に立っていた。

 逆光のせいではっきりとは見えない。だがぼんやりと判別できたのは、相手が黒ベースに濃い赤のラインが入っている中量猟機だということ。

 その不気味な色合いを、俺はつい最近見たことがあった。

 あのコスチュームを再現したかのような不吉さ。優雅さと獰猛を兼ね備えた威圧感。それだけで直感的に確信した。

 全周モニターに自動的に敵機の情報が表示される。

 機体名〈ベヲウルフ〉。

 機体評価ランク『S』――

 

『狩場へようこそ、雑魚ども』


 それあの男――イレイガの猟機だった。



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