#60
「でも、ここからどうしたらいいんだろう?」
俺とモルガンとザンノスケの三人は、ひとまず安全そうな岩山のふもとまで移動し、今後の動きについて相談していた。
俺はメニュー画面からクエストリストを確認する。
天空遺跡〈オルクス〉の共同戦線イベントの欄には、『参加中』と表示されていた。
つまり、攻略失敗とはみなされていないのだ。
「まだ〈オルクス〉には行ける、みたいだけど……」
飛行戦艦が撃墜されたいま、どうやってあそこにたどり着けばいいのか。
「……ひとつ、方法があるかもしれぬ」
ふいにザンノスケが言った。
「このあたりは、一度だけ攻略で来たことがあるでござる。ここから北上していけば、運がよければ実験都市に遭遇できるかもしれぬ。かなり距離があるうえ、向こうも動いているので確率的な話でござるが……」
「実験都市?」
モルガンが首を傾ける。
俺も一瞬わからなかったが、向こうも動いている、という説明でなにを指しているか遅れて理解した。
「〈ヒュージフット〉……自律歩行実験都市、でしたっけ」
「そう! それでござる」
ザンノスケが自信を得たように手を打った。
ヒュージフットは、アイゼン・イェーガーのなかでも特殊なフィールドのひとつだ。
以前の共同戦線イベントのときに実装された追加フィールドで、その“自律歩行”という冠の通り、みずから歩行し、移動する都市だ。
単純な大きさで言えば、今回の天空遺跡〈オルクス〉にも匹敵するだろう。
一歩踏み出すのにゲーム内時間で半日かかるほどの鈍重さだが、決まったルートを常に移動し続けているため、一つの場所に留まることがない。フィールドの遠景で偶然見かけることはあるが、探そうと思うと意外と見つからない、そういう場所だ。
だが、それがいまどう役に立つのか。
「某の記憶が正しければ……あそこには、マスドライバーと圏外輸送機があったはず」
「そうか……」
俺もだんだんと思い出していた。
ヒュージフットの上層――都市部分の中央に、高速輸送機と同じく猟機ごと運搬可能な飛行ユニットと、それを打ち上げるためのマスドライバーがあった。
たしか、あそこを守護している防衛兵器と戦闘した後、都市から脱出するために使うものだったと記憶している。ただしプレイヤーの所有物にはならないので、使えるのはその一回の出撃中のみだったが。
だがあれなら、空に上がれる。
もしかしたら、〈オルクス〉まで到達できるかもしれない。幸い、〈オルクス〉のある空域はここからそう遠くないはずだ。
「ねぇ、もしかしたら、イヨたちもそこに向かってるんじゃないかな?」
モルガンの言葉に、俺はあっと声を上げた。
ザンノスケも顎に手をあてて思案している。
「たしかに……イヨ殿がベテランのプレイヤーなら、某と同じようにヒュージフットの存在に気づいていてもおかしくないでござるな」
ふたりの表情には、明確な意思が浮かんでいた。
ほかに有効そうな方法も思いつかない。
俺もふたりにうなずき返した。
こうしてひとまず、俺たちの次の目的地が決まったのだった。
*
変化に乏しい景色を眺めながら、俺たちの猟機は荒野を疾駆していた。
俺が先頭、その後方に距離を空けてザンノスケ機、さらにまた同じくらい離れて最後尾にモルガン機と続いている。
巡航速度での移動はオートで行えるので楽だった。だがその分、俺はレーダーを注視していた。
『シルト殿、かたじけない。先頭を任せてしまい……』
「大丈夫、す。シールド持ちなので、こっちは」
『感謝いたす。実は……さきほど襲撃がすこしトラウマでござる』
ザンノスケの声は沈んでいた。
たしかに仲間を全員、しかも一方的に撃破されたとなれば、進むのが億劫になってもおかしくない。
プレイヤーだけではない。ガイストの群れと遭遇する可能性もある。
こうして味方同士距離を空けているのも、不測の事態に対応しやすくするためだ。
『それしても……。こうして実際に見てみると、あらためてシルト殿の猟機は個性的な造形でござるな』
「そう、ですかね」
『なに、もっと誇ってほしいでござるよ。ビジュアル機というのはいつの時代も男のロマンでござるから』
「はは……」
やはり、俺の猟機は実用的ではないと思われているらしい。
もっとも俺も自分が乗らないのなら、人にこんな猟機の構成を薦めたりはしない。お手本やマニュアルからはほど遠い機体だ。
「でもザンノスケさんの機体も……個性的というか」
『ぬふ。そうであるか?』
言葉とは反対に、よくぞ聞いてくれたという声だった。
ザンノスケ機の印象を一言で言い表すなら、“武者”だろうか。
全体を濃い紫色で統一された中量猟機。装甲は厚めで、兜状の頭部には金色の大きな角飾りが煌いている。背中に竿状の武装をマウントしていた。
薙刀だ。
先端の物理的な刀身は、超振動ブレードだろう。その威力はレーザー兵装をも上回る。ただし刃自体の損耗が早いので、長期戦には不向きだ。俺が実剣ではなくレーザーソードを選択しているのも、主にはそれが理由だった。(もっともいまは資金が足りなくてどのみち買えないのだが)
さらに手持ちの火器は、これも珍しい、弓だ。
あれはたしか弓状のレールガンで、威力、射程距離とともに優れているが、リロードが長いのが欠点だったはずだ。
武装についてはあまり使い勝手がいいものとは言えないが、それはお互い様だろう。
フレームや独特な追加装甲を見るに、オフィシャルメイドだけではなくプレイヤーメイドのパーツもかなり使われている。
実性能以上に、ロマンと愛着の感じられる機体だった。
『ところで、シルト殿たちのチームはどういうご関係なのだ?』
「えっと……リアルの知り合いで……いま集まってて、それで、一緒に」
『おお、実にリア充な感じでござるな。うらやましいでござる』
ザンノスケの意外な言葉に、俺はきょとんとした。
リア充?
そうだろうか?
たしかにいま瞬間風速的にはそう呼べるかもしれないが……。俺自身についていえばまったくそうでないことは、夏休みの過ごし方からしてすでに明白である。
彼に俺の暗黒中学時代を話したら、なんと言うだろうか。
聞いてすまなかった、などと本気で同情されそうな気もする。
「いや、そういうわけじゃ……」
『そうなのか? だが直接集まってやるほどなのだから、よほど今回の〈オルクス〉攻略に気合を入れていると見たが』
「それは……」
なんと答えるべきかわからず、ただの報酬狙いです、と俺は口にした。
それに続いて、全周モニターの左下に小さなウィンドウが展開した。
『ねえねぇ、シルト』
モルガンの表情が映っている。だがその枠表示が通常とはちがい、蛍光色で囲われていた。
ダイレクトラインだ。
他のチームメンバーには聞かれたくない話などをするときに使うものだ。
なにか、プライペートな話だろうか。
『シルトってさ、イヨと同じ学校なんでしょ?』
「あ、うん」
『仲いいんだね』
「……そうかな」
『そうなんでしょ? だって、いろいろ話聞いてるよ』
「え」
俺はレーダーから目をそらし、ついウィンドウ内のモルガンを見た。
気になった。
伊予森さんは、俺のことをいったいどう話しているのだろうか?
「ちなみに……それって、どんな?」
『えっとねぇ……。まず、あんまり勉強ができなくて』
いきなりマイナス面!?
『それから、人の目を見て話ができなくて』
鋭い指摘が胸に突き刺さる。
『昼休みに教室にいないなと思ったら、空き教室のベランダでお弁当食べてて』
いやそれは最初に千亜が……。というかまさか知られていたなんて。知っていてなにも言われなかったというのは、気を遣われていたようで直接指摘されるより惨めだった。
『それからねー』
「う、うんわかったもう大丈夫……」
これ以上、精神の深いところにダメージを負いたくない。
そんな評価だったとは。そしてどれひとつ否定できないのがつらい。
だがモルガンは語りを止めず、
『でも、すっごく強い人だって』
一瞬、なにか深い意味に聞こえた。
だがすぐに自分の勘違いだと気づく。
ゲーム内のことに決まっている。だがそれは仕方ない。それ以外に、俺が他人より秀でいるところなんてあるはずもないのだから。
そこでふと、さきほどザンノスケから言われたことが頭に浮かんだ。
「モルガン……あの。どうして今回、わざわざっていうか、一緒にアイゼン・イェーガーを……」
俺が聞くと、長い沈黙が横たわった。
あれ、と俺は不安になる。
そんなに変なことを聞いただろうか。
『たぶん、これが最後だと思うから』
モルガンの声は、どこか寂しげだった。
俺はそこに付帯した複雑な感情に、困惑する。
「最後……?」
『実はね、もうイヨたちとは会えなくなると思うんだ。直接だけじゃなくて、ゲームのなかでも』
「それって……」
俺はそれをどう解釈していいかわからず、黙ってしまった。
会えなくなる?
それは、この島よりもっと遠い場所に引っ越すとか、そういう意味だろうか。
しかしゲームのなかでも、とはどういうことか。
たとえば受験勉強に専念するとか。そういえば、まだはっきりとした年も聞いていなかった。浜辺で会ったとき同じくらいだねと言っていた気がするが。それにしても、まるで今生の別れのような言い方が気になった。
旅館で、色々忙しくて、と言っていた夏華を思い出す。そのときちらりと見せた、気まずそうな表情も。
なにか込み入った事情があるのだろうか。
どこまで詮索していいのか。
俺には読むべき空気がわからない。
『だから、思い出をつくりたいなって。そう思ってボクがイヨに提案したんだ。今回の〈オルクス〉攻略はちょうどいい目玉イベントだし。
アイゼン・イェーガーは、イヨと出会えたゲームだからね』
「そっか……」
それで、わざわざ一緒に集まってまでゲームをすることになった。
そういうことなら、一刻もはやく合流したいはずだ。
それでもあえて正当なやり方にこだわっているのは、なぜか。
きっと、大事にしているのだ。
いまここでの体験を。イヨと共有しているこの時間を。
「……はやく、合流しよう」
『うん!』
その声は、気丈な明るさに満ちていた。
まもなく、俺たちは渓谷にさしかかった。
左右を高い岩山に囲まれており、視界も道も狭くなっていた。その間を強い風が吹き抜けている。
ここまでだいぶ進んできたが、まだ敵との遭遇はなかった。
「――ここ、気持ち悪い」
気づくと、俺はそう言っていた。
『シルト殿、酔ったのでござるか?』
「い、いえ……。その、こういう場所は、よくないので」
『よくない、とは?』
俺はあえて速度を変えずに、谷へと侵入した。
警戒しているが、それを悟られないようにする。俺は襲撃者の思考を思い浮かべる。
もし、俺がPK目的のプレイヤーなら――
操縦席にアラームが響いたのは、そのときだった。
レーダーが適性反応を捉える。
とっさに姿勢制御スティックを戻し、スラストペダルを蹴り付けていた。
バックブーストと同時に兵装セレクト、左腕部に〈五式重盾『鐵』〉を装備、ザンノスケ機の前に出ながら上方にメインカメラを向け、オートの防御姿勢を作動させつつマニュアルの位置調整を加え、
そこで衝撃がきた。
シールドに着弾。俺の猟機は大きくノックバックし、かばったザンノスケ機とぶつかる。
『な――なんでござる!?』
ぎりぎりで間に合った。
ザンノスケはまだなにが起きたかわかっていない。
俺は射線から敵の位置を特定した。
切り立った岩山の上。
そこに、一機の猟機が陽光を背に立っていた。
逆光のせいではっきりとは見えない。だがぼんやりと判別できたのは、相手が黒ベースに濃い赤のラインが入っている中量猟機だということ。
その不気味な色合いを、俺はつい最近見たことがあった。
あのコスチュームを再現したかのような不吉さ。優雅さと獰猛を兼ね備えた威圧感。それだけで直感的に確信した。
全周モニターに自動的に敵機の情報が表示される。
機体名〈ベヲウルフ〉。
機体評価ランク『S』――
『狩場へようこそ、雑魚ども』
それあの男――イレイガの猟機だった。




