#58
「いやはや、失礼いたした」
ザンノスケが一応の謝罪を口にした。
深刻な様子ではない。俺もべつに気にしていなかったが、チアだけがかなり微妙な距離を置いて、ザンノスケを警戒していた。
「某はクリエイト専門というか、アバターと猟機のビジュアルには目がないのでござる。どちらも懲りすぎて、肝心の攻略があまり進んでないのでござるが」
「はぁ……」
「そういうひとって、たまにいますよねー」
言ったのは俺ではなく、イヨだ。
ついさきほど、モルガンと一緒に艦内から戻ってきていた。そこで俺はザンノスケをふたりに紹介した(といっても名前くらいだが)。
「チア殿も実に可愛らしいが、シルト殿のお仲間方はみな美人揃いですな。男ひとりとは、お主もたいがい隅に置けぬお方だ」
「え? いや……」
俺は予想外のことを言われて戸惑った。
ごく自然にモルガン――夏華が女にカウントされていた。そういえば、アバターの性別も現実と同じでよくわからない。そういうキャラはめずらしくないので、改めて意識しなかったが。
「へへ……褒められちゃった」
モルガンは素直に照れている。
イヨは上品に微笑むだけだ。まあイヨの場合は、現実世界でも同じようなことを言われ慣れているのかもしれない。
「それで、さっきはどうして喧嘩されてたんですか?」
イヨがすらすらと聞く。
初対面の相手とのコミュニケーションは、やはり俺の得意とするところではない。
「喧嘩というか……。まあ某も少々悪かったのかしれないが。
実は、某が興味本位で、他のプレイヤーの猟機の図面を見せてもらっていたのでござる。もちろん本人が快く見せてくれればの話でござるよ? それで運悪くというか……あの男にも声をかけてしまい、某が感想を口にしたら、あのようにいきなり激昂しだしたのでござる」
「なんて言ったの?」
モルガンが聞く。
「ただ……厨二的でかっこいいでござるな、と」
「ああ……」
なぜか俺は妙に納得してしまった。
もしかしたら、本人にとってそこは繊細な部分だったのかもしれない。
わかっていてあえてやっているのと、純粋にそう思っているのかでは、同じセンスでも根本がまったくちがうともいえる。
ちなみにザンノスケが言ったように、アイゼン・イェーガーではプレイヤーが自身の猟機の詳細を、図面に起こすことができる。
デフォルト設定では外見と機体名のみが表示されるが、カスタムでフレームパーツや内臓パーツ、武装等の詳細なスペックも追記できる。前者はある意味名刺代わりに、後者のような詳細は、身内や信頼できるパーツマイスターに自機のスペックを正確に伝えたいときに使うものだ。
「そんなの向こうが見せたんだから、気にしなくていいですよ」
「そ、そうであるか。そう言っていただけると……正直、いまでもずいぶん引きずっていたので……」
イヨのフォローに、ザンノスケは口調に安堵をにじませた。
「それにしても、イヨ殿たちは、ずいぶんバラつきのあるチームでござるな」
俺たちのプロフィールを閲覧したらしく、ザンノスケが言った。
「そう?」
「いや、なんというかめずらしいかと思い。イヨ殿とモルガン殿のおふたりがベテランで、シルト殿とチア殿は、まだ……」
気を遣ったのか、ザンノスケは言葉を濁した。
たしかにプロフィールに表示されるドライバースキルのレベルは、俺とチア、イヨとモルガンで大きく差が開いている。
「まあ……初心者なので」
チアが。
「なに、気遅れする必要はないでござるよ。某もレベルはたいしたことがないし、腕もぶっちゃけると微妙であるが、それでも〈オルクス〉は本気で攻略するつもりでござる」
「ザンノスケさんは、おひとりで?」
「いや、某のチームはあちらに」
ザンノスケが指差した方向に、集まっている四人ほどのプレイヤーがいた。
さすがに〈オルクス〉に単独で挑むプレイヤーはめずらしいだろう。
だがそこであの男――イレイガのこと思い出した。
あの様子だと、おそらく単独なのだろう。
それでも攻略できるという自信があるということなのか。
あるいは――
「あの男……イレイガと申したか。〈オルクス〉に到着したら、気をつけるでござる」
ちょうど同じタイミングで、ザンノスケが言った。
その言葉に、イヨたちは不思議そうにする。
「どうしてですか?」
「某は決して腕が立つほうではないが……猟機の性能についてならわかるでござる。あれは、完全にPK用の機体であった」
「なるほど……」
猟機のビルディング――機体構成からは様々な情報が読み取れる。
戦い方はもちろん、燃費や継戦能力、どんな場面での活躍を主眼に置いて設計されているのかなど、熟練のプレイヤーほどそれらの情報を外見だけからでも見抜くことができるようになる。それもゲーム内のステータスには反映されないプレイヤー自信のスキルのひとつだ。
PK用の機体、か。
もしかすると、イレイガは最初から〈オルクス〉を攻略する気はないのかもしれない。
単に攻略目的のプレイヤーを“狩る”こと。
そのためにこの艦にいるとすると、たしかに注意したほうがいいだろう。
「ところで、よろしければシルト殿たちの機体も見せていただけぬか? 某の至高のビジュアル機完成のため、参考にしたく」
「俺のなら、どぞ」
どのみち機体の内部スペックは追記していなかった。
メニュー画面から図面を選択し、ザンノスケにターゲットカーソルを合わせて『送信』をチェック。
俺の猟機を見たザンノスケは、おおぉ、と感嘆の声を上げた。
「これはすばらしい!! シルト殿、わかっていらっしゃるな」
「な、なにがですか?」
「いやはや、みなまで言うな。わかる、わかるでござるよ。このいかにも実用性を犠牲にした、ロマン溢れる猟機……! シルト殿がまだゲームをはじめて日が浅いことからも、このような命知らずの無謀な近接特化機体でズバズバと敵を倒していくという妄想を、心に秘めているのでござろう! ……まあたしかに実際にそんな芸当ができるのは、一部の化物プレイヤーだけかもしれぬ。だがこれはあくまでゲーム! 楽しんだものこそが勝ちなのであるから、それでいいのでござる! だれにも文句は言わさぬ!」
「…………そう、ですね」
熱弁するザンノスケに気圧され、俺はただうなずくしかなかった。
イヨもひそかに苦笑している。
まあ、いいか。
それに、楽しんだもの勝ちとはその通りだと思えた。
昔――ただ勝つことだけに心血を注いでいたあの頃は、そういう考えには馴染めなかったが。これも心境の変化かもしれない。
「モルガン殿の猟機も、よろしければ」
「うん、いいよ。ボクの猟機のコンセプトは、支援用の電子戦機なんだ」
ザンノスケがモルガンからも機体図面を受け取る。
またハイテンションで語り出すのかと俺は見構えたが、なぜかザンノスケは真顔になって黙り込んだ。
「どうか、したんですか?」
「ん? ああ、いや……。良い機体でござるな。特に頭部のモジュールアンテナが、いい味を出しているでござるよ。角はビジュアル機にとっては伝家の宝刀のようなものであるしな」
「よかった……」
モルガンは自機にあまり自信がなかったのか、ほっとしている。
そのあと、俺たちがお返しにザンノスケからも図面をもらったところで、彼が仲間に呼ばれた。
「ではこれにて。シルト殿たちと出会えてよかった」
「もし〈オルクス〉で会ったら、協力しましょうね♪」
「ああ、是非とも。お互い、健闘を祈っているでござるよ」
*
俺が甲板の端でぼぅっと空を眺めていると、イヨが近づいてきた。
まだ空に〈オルクス〉の姿は見えない。
「さっきは、ありがと」
「え?」
一瞬、なんのことかわらかなった。
やがて、イレイガにからまれたときのことか、と思い至る。
「いや……。っていうか、俺はなにも」
していない。というかできなかった。
むしろ俺は、恥ずかしいという思いのほうが強かった。
「でも、助けようとしてくれたし」
「それは……いや、それだって、イヨが最初だったような」
「だって、あいつムカついたんだもん」
イヨはストレートに言った。
ああ、そうか、とそのとき俺は、ひとりで得心した。
こういうところが、俺とイヨの――伊予森さんとのちがうところだ。
彼女はいつだって、感情を表に出す。
出会ってすぐ、俺にその正体や目的を黙って近づいてきたときは猫を被っていたが、それ以降はいつだって言いたいことをちゃんと言葉にする人だった。
だからこそ、俺のような卑屈なやつはときどき圧倒されてしまうのだが。
でも、そのほうがいいのだろう。
人として健全なのではないか。
ちゃんと自分の考えや感情を口にして、ときには相手とぶつかって、わかりあって。それでまた成長して。そこには色々な抵抗があって、不快な気分を味わったり、ショックを受けたり面倒に感じたりすることもあるだろうけど。
そのほうが、結局は楽なのかもしれない。
いつか、俺もそうなれるのだろうか。
いまはまだ、あまり想像できないことだが。
俺はイヨを横目で見た。
可憐なその姿は、現実の伊予森さんを容易に想起させる。
まっすぐで、強くて、綺麗で。
それは俺とはちがうから。
だから――惹かれているのかもしれなかった。
届くのようなものではないけれど、それでも素直に憧れることができた。
――と、そこで俺は妙なことが気になった。
「あの……そういえば、気のせいかもしれないんだけど」
「なに?」
俺は言うべきか言わざるべきか迷った挙句、口にした。
「もしかして、高いところ、苦手?」
「…………うん」
イヨの顔は青ざめていた。
さすがアイゼン・イェーガーの情緒豊かな感情再現アバターだ。検知した脳波から、不快感を蒼白な表情としてあらわしていた。
弱々しいイヨを見るのは貴重で、俺も自然と口元がほころんでしまう。
「あ、いま笑ったでしょー!」
「や、ちがっ」
「シルトだって泳げないくせに~」
「はい、おっしゃるとおりで……」
イヨは俺を覗き込むようににらんだあと、すぐに口元をゆるめた。
そして甲板の縁に背を向けた。
「でも、今回はみんな気合入ってるね」
言われ、俺は周囲のプレイヤーに適当に視点を合わせ、プロフィールを覗いてみた。
「レベル76、80……あ、あの人104……。たしかに、高い人ばっかりだ」
「レベルだけじゃ実際のところの操縦技術はわからないけど……こういうイベントのときは、やり込んでる人が多いよね」
共同戦線イベントも難易度は様々あって、参加するための条件も設けられてはいないが、基本的には中級者以上向けの難易度になっている。
ここに集まったプレイヤーのほとんどは、猟機のスペックも高いのだろう。
前回の改修で改善されたとはいえ、まだまだ俺の猟機は改良の余地が残っている。
だがそれは、決して一昼夜できるようなことではない。
高性能のパーツを購入、あるいは製造し、優れたハイエンドカスタム機を組み上げるには、潤沢な資金と高難易度フィールドで手に入る素材が必要になる。
今回の共同戦線クエストの報酬もその一種だ。
イベントの詳細ページを確認したところ、武装やフレームなど幅広く使用することができるらしい。ぜひ俺も入手したかった。
「もしかして、後悔してない? 前のデータ消したこと」
「え」
イヨにずばり言い当てられ、俺は動揺した。
「まあ……ちょっと……。いや、やっぱりべつに」
「どうして?」
「それは……」
だってそのおかげで、いま俺の目の前には――
そんな言葉が頭に浮かんだが、さすがに気障ったらしくて口にはできなかった。
俺の不自然な沈黙をどうとったのか、イヨが、
「……ねぇ、このあと、さ。ちょっと付き合ってもらえる、かな」
「このあとって、〈オルクス〉に到着したあと?」
「っていうか……その、リアルの方のことあと」
「ああ……」
いま、現実時間は何時だろうか。
VHMDのほうのシステムで確認すると、夜中の零時を回った頃だった。
まだまだ眠気の気配は感じない。
むしろ俺のようなゲーマー気質の人間にとっては、ここからがゴールデンタイムである。
「あのね、よかったら一緒に――」
「イヨ、シルト! 見えてきたよ!」
ふいにモルガンが俺たちのそばに駆け寄ってきて、嬉しそうに叫んだ。
俺たちもつられて、そちらに目をやる。
モルガンが大きく腕を上げて指差す、広大な空の彼方。
そこに黒いシルエットが浮かんでいた。
影の下方にすり鉢状に広がっているのは、途轍もないサイズの岩の塊だ。それが島の大地を支える底なのだとまず理解する。
島の上には、複雑な形の影が重なり合って配置されている。ここからでもそれが人工の建造物だとわかった。おそらくあれが古代遺跡だろう。だがその広さの全貌が、この距離ではよく把握できない。
飛行戦艦が進むにつれ、そのシルエットはより鮮明に、そして巨大になった。
「あれが、天空遺跡〈オルクス〉」
幻想的で、荘厳で、畏怖すら覚えるほどの存在感。
俺は言葉を失っていた。
「すごい……」
チアやモルガン、そして他のプレイヤーたちも圧巻の光景に目を奪われていた。
そのときだった。
突然、艦が激しく揺れた。
「きゃっ!」
イヨが悲鳴を上げ、バランスを崩した。
俺もいきなり傾いた視界に反応できず、前のめりに倒れて甲板に手をついた。
直後、頭上で閃光がまたたく。
鋭い炸裂音が耳朶を打ち、金属の悲鳴が大気を軋ませる。そこにプレイヤーたちの悲鳴とさらなる轟音が入り混じる。
顔を上げると、甲板の横手から黒煙が上がっていた。それを見ただれかが「やばいぞ」と口にした。
俺はイヨと、互いに凍りついた顔を見合わせた。
いったいなにが起こっている――
硬直し、あるいは走り回るプレイヤーたちを眺めているうちに、俺はその向こうの空に、これまで存在しなかった影が飛び交っていることに気づいた。
ようやく状況を理解する。
「襲撃……?」
いつのまにか、飛行戦艦〈フレースヴェルグ〉は、謎の飛行ガイストの群れに囲まれていた。
コウモリのような翼を持つそのガイストが、胴体化に吊り下げたミサイルでこちらを攻撃していた。着弾と同時に戦艦が激しく揺さぶられる。
これは、演出なのだろうか。
あるいは用意された障害のひとつか。だが飛行戦艦のなかは街中と同じく非戦闘エリアなので、猟機を呼び出すことはできない。
俺たちにはどうすることもできない。
さらに艦の後方で、大きな爆発が起こった。
それを機に、船体が大きく斜めに傾きはじめる。
ゲーム内の精巧な物理エンジンにしたがって、俺たち身体は甲板の上を滑っていく。猟機のない生身の俺たちがそれに抗う術はなかった。
ぞっとするような光景。
「シルト!」
イヨが俺に向かって、とっさに手を伸ばした。
俺も必死に腕を伸ばす。
「イヨ――」
指先がかすめた。
ほんのわずか、届かなかった。
水平だった甲板が垂直に。戦艦が激しい炎と煙に飲み込まれると同時に、俺たちはなにもない空中へと投げ出された。
墜ちていく――
空だけの世界で、俺たちにできることはなにもなかった。
次回、EP05/第3話『ステルス・エッジ』
ガンダムがOAしているときにロボットものを書いていられることが
個人的な幸せです。




