#56
巨大列車が荒野を疾駆する。
撒き散らされる大量の土煙は、まるで砂嵐のような光景を後方に残していく。それらをすり抜け、高速輸送機にまたがった四機の猟機が列車と併走しながらこちらを追跡していた。
『な、なにあれ!?』
イヨが驚いて叫んだ。
俺も唖然としていた。
高速輸送機にもいくつかタイプはあるが、あれは俗に〈リフター〉と呼ばれる機種だ。猟機が単機で搭乗するもので、複数機を載せて飛ぶものと比べて航続可能距離は低いが、その分小回りが効く。
リフターの編隊の先頭にいるのは、見知った深紅の重量猟機の姿だった。
『あんた、このアタシから逃げられると思ってるわけ!?』
「し、しつこい……」
そうだった。
サビナは非常に執拗な性格だったことを、俺はだんだんと思い出していた。
昔、新調したばかりの機体をとあるチームバトル戦で狙撃戦闘メインの敵に傷つけられたことがあった。憤慨したサビナはフォーメーションも作戦も無視して単機で突撃し、すべての敵をひとりで叩き潰した。自分の手で鬱憤を晴らさないと気が済まなかったのだ。結果、機体はより傷つくことになったのだが。
とにかくそういうやつである。
声だけで激昂しているのがわかった。
『野郎ども! やっちゃいな!』
『おうさ!』
仲間――というか手下のようなプレイヤーたちが応じ、リフターにまたがったまま手持ちの火器を構えた。
重い発砲音。
直後、後方で巨大な火球が膨れ上がり、車体が大きく揺れた。
グレネードキャノンだ。
『う、撃ってきたよぉ!?』
モルガンの泣きそうな叫び。
被弾しつつも、巨大列車はなおも走り続ける。
『応戦しなきゃ! 〈グスタフ・ドーラ〉が壊されたら、もうぜったいに間に合わないよ!』
イヨの言う通りだった。
この列車は耐久度も高いし、自衛用の武装も備えているため、NPCの攻撃で破壊されることはない。
だがプレイヤーの猟機はべつだ。
列車の武装はプレイヤーの操る猟機は攻撃しないようになっているし、苛烈な猟機の武装はガイストとは比較にならない。攻撃を与え続ければ破壊することは不可能ではない。
しかも乗っている俺たち自身の猟機も、列車内に完全に格納されるわけではないので、直接被弾してしまう。
敵の一機が速度を上げ、こちらに接近。
サビナの機体だ。
車両側面の足場に乗っている俺たちを発見する。
『いたわね! このアタシを撒こうなんて百億万年はや――』
『みんな、撃ちまくって!』
イヨが両手のガトリングガンを乱射した。
さらにチアとモルガンも発砲。
すさまじい弾幕が空中のサビナ機に浴びせられる。
たまらずリフターを操って、サビナ機が低空へと退避する。イヨは足場から身を乗り出して射角を確保し、なおも撃ち続ける。
『なんなのあんた!? トリガーハッピー!?』
『い、いいでしょうべつに!』
サビナは初対面のイヨにためらいなく暴言を吐く。
『ひとの戦い方にケチつけないでよ!』
『いーや言うわ! あんたのは品がないのよ! すこしはこのアタシを見習いなさいっ、このトンチキ乱射マシーンが!!』
『な……なにそれぇ!?』
イヨは憤慨し、さらにガトリングガンを撃つがさすがにサビナも安全位置に退避している。
つくづく、サビナは怖いもの知らずというか。
だが油断している余裕はなかった。
サビナと入れ替わりに仲間の機体が、今度は三機同時に側面に躍り出た。
同時に発砲。
俺たちの足元や頭上にライフル弾や炸裂弾がこれでもかと撃ち込まれる。イヨとチアが被弾しのけぞった。致命傷ではない。だがこちらは自由に動けないので、とにかく応戦するしかない。向こうはたとえ外しても列車にダメージを与えられるので一切攻撃に躊躇がない。
こういうとき、近接特化の自分の機体がひどくもどかしかった。
『モルガンっ!』
『うん、わかってる!』
イヨの掛け声にモルガンが応じた。
直後、俺たちの眼前に一機のリフターが躍り出た。
上空に隠れていたのだ。
その瞬間にはすでに、肩のグレネードキャノンの砲身を構えていた。
さっと血の気が引く。
だが――敵は撃ってこなかった。
『ちっ、電子戦機か……!』
敵の悪態で、俺は状況を理解した。
モルガンが電子攻撃で敵機の射撃を妨害したのだ。
電子攻撃は敵機を一定時間ロックし続けることで、相手の火器管制システムを数秒間動作不能にすることができる。
必要となる時間や妨害時間は互いの電子性能によって左右される。また電子攻撃を受けていることは相手もわかるので、当然それを避けるため抵抗するのだが、いまの体感ではかなり早い。どうやらモルガン機の電子戦闘性能はかなり高いようだ。
敵機があわてて上空へと逃げようとする。
だがそれは致命的な隙だった。
チアの多脚猟機が脚を大きく開き姿勢を安定させ、その状態で手持ちのスナイパーライフルを発砲。
敵のリフターの底面を一撃で撃ち抜いた。
『クソが……!』
白煙を上げて蛇行した敵機が、地上に墜落。
速度が出ていたため、地表に触れた途端、機体がばらばらに砕け散る。あれは完全に大破だろう。修理費を想像して俺は小さく同情した。
『チアすごい天才!』
『ひっ、うひっ』
チアがあまり女子っぽくない反応で答える。
たぶん、一応照れているのだろう……。
『やられるなんて、なんてバカ……!』
サビナが仲間を罵倒している。だが、どちらかというといまのはチアの射撃の上手さが要因だ。サビナも予想外だっただろう。
だが仲間が墜とされても敵機は追撃をやめない。べつの一機が手持ちのアサルトライフルを撃ちながら、肩に背負ったランチャーから多数のロケット弾を惜しげもなく発射。
イヨがガトリングガンで迎撃するも、すり抜けた弾体がチア機の正面で炸裂。おうふ、とチアが妙な悲鳴を上げる。
俺も見ているだけでは格好がつかない。なんとかしなくては。
敵機が再接近するのを見計らった。
向こうが火器を構える瞬間。
俺は列車の足場から飛び、空中に機体を投げ出した。
『!? シルト、なにして――』
驚いたのはイヨたちだけではない。
リフターに乗った敵機も、素の猟機だけでいきなり飛び出してきた俺に対し、反応が遅れた。
ワンテンポ遅いライフルの射撃をスラスター制御でかわす。
前後左右に噴射炎が刻まれる。擬似的な浮遊感に身を任せながら、俺は敵機に足の裏を向けたまま突っ込んだ。
激しい衝撃。
だが、真下に構えた俺のレーザーソードが、敵機の腰部を貫通していた。
間髪入れずに敵機を蹴りつけ、その機体をリフターから叩き落とした。
『し……シルト、すごい』
モルガンが呆けたようにつぶやく。
俺は奪ったリフターに乗り、急いで制御を開始した。
高速輸送機に搭乗している間は、操縦の一部がこちらに直結する。通常時の猟機とはちがってフライトシューティングゲームのような操作が必要になるため、慣れが必要だ。
かろうじて姿勢を安定させていた俺に、サビナ機が接近する。
『なんてこと……。それに、その機体……』
「……」
『! そうか、わかったわよ!?』
サビナが突然叫んだ。
まさか、ついに素性がバレたか。
こう見てもこいつは意外に頭が切れる。侮ってはいけな、
『あんた、あいつの知り合いでしょう!? なんか根暗なところが同類っぽい感じだったし! それでかばってるんでしょう! 教えなさいよ!』
……やっぱり、馬鹿なんじゃないかと思った。
それにしても、つくづく失礼なやつだった。
イヨがガトリングガンを連射。大量の空薬莢が撒き散らされ、土煙にまじって後方と消えていく。
猛烈な弾丸の嵐を、サビナ機はリフターを巧みに操ってひらひらとかわし、列車との併走を維持する。イヨが驚きの声を上げる。
サビナの腕は本物だ。
そうでなければ、トップチームの一員を務めることはできない。
俺やサビナ、リカルドと言ったかつてのメンバー。
戦い方や好みはまるで異なっていたが、ひとつのチームでそれぞれ一芸を極めていた。だからこそ集まった。
いや、集められたというべきか――
サビナ機が残った仲間とともこちらに接近。
俺もリフターで飛行しながらレーザーソードを構える。
だがサビナ機が、背中に背負った巨大な物体――近接戦闘用のハンマーに手をかけているのを見た俺は、迷わず距離をとった。
あれだけは、とにかくまずい
サビナ機だけは、まともにやりあうのは危険すぎる。
『シルト、どうしたらいい!?』
「っ……機体より、リフターを狙って!」
猟機より、あちらのほうが耐久度が低い。
『みんな、相手のメインカメラ邪魔したよ!』
モルガンの叫びとともに、イヨたちが一斉射撃を加える。
敵機のメインカメラに障害を発生させる電子攻撃手段のひとつ。
現にサビナ機の動きが、一瞬精彩を欠いた。
それに合わせて放たれた無数の弾丸が、サビナとその仲間のリフターを捉えた。
小さな爆発が上がり、黒煙が尾を引いて流れる。
『やったわね……!』
リフターの速度ががくんと低下し、またたくまにサビナ機が後方へと遠ざかっていく。
『……逃がさない』
さらにチアがスナイパーライフルを発砲。
さきほどより大きな爆炎。敵機を続けざまに撃墜した。
『やった! ざまあみろ!』
イヨが実に爽快な声で叫んでいた。
相当、サビナの煽りで鬱憤がたまっていたらしい。
モルガンも深い安堵のため息をついていた。
だが――
「まだだ、取り付いてる……!」
俺はリフターで上空へと上がり、それを確認した。
〈グスタフ・ドーラ〉の最後部車両。その屋上部に、深紅の猟機が降り立っていた。
残りの一機も、同様に外壁部にしがみついている。
『な、なんであんなにしぶといの!?』
「そういうやつだから……」
俺だけが唯一、まだ驚いていない方だった。
サビナのことを知っている。そいえば仲間のひとりのリカルドも、サビナのことをマムシのようなやつだと言っていたことがあった。
サビナ機がこちらに向かって移動をはじめた。
「まずい、追いつかれる」
このままだと列車の上で直接戦闘になる。
サビナの腕を考えると、イヨたちをやり合わせるわけにはいかない。列車が無事でも、直接撃破されたらなんの意味もない。
どうする――
『シルト、この車両ってたしか途中で切り離せるんじゃないっけ?』
イヨが言った。
俺は一瞬虚を付かれたが、すぐにそのことを思い出した。
「そうか……」
俺はリフターの速度を落とし後方車両に近づき、リフターを捨てて天井部に飛び乗った。脚部のアブソーバが軋みを上げる。
猛烈な風圧に機体がふらふらと揺れるのを慎重に安定させながら、後方へと進んでいく。
やがて、分厚い装甲が途切れた部分に行き着いた。
機体を両腕で支えながら下を覗くと、通常の電車のそれを三つ合わせたような巨大な連結部を発見した。
これを破壊すれば。
『シルト、来てる!』
イヨの警告と同時に弾幕。
サビナたちが俺を狙っていた。
痛烈な弾丸が肩の装甲を削り取った。機体の耐久度が95パーセントに減少する。俺はシールドを構えながらその位置にふんばり、レーザーソードを出力。
連結部に向かって一閃。
刃がめりこみ激しく発光。
だが振り抜くことはできず、途中で弾かれた。
「さすがに固いか……!」
サビナたちは射撃を加えながらどんどん近づいてくる。
シールドに受ける衝撃が桁違いに大きくなる。さらに姿勢も無理をしているため、このままだと車両からずり落とされる。
時間の勝負だ。
俺はとにかく連結部に向かって最大出力のレーザーソードを振るった。
だが視界の端で、サビナの仲間の機体がふわりと宙に浮いたのが見えた。
直後、翼のような噴射炎を背負った敵機が一気に間合いを詰めた。
アフターブースト――
連結部を切断中の俺は、とっさに反応できない。
間近に迫った敵機が、無防備な俺にグレネードランチャーの砲門を向けた。
そのとき、敵機の頭部が弾け飛んだ。
俺はメインカメラを後ろに振り向ける。
俺と同様に、イヨたちも車両の上部へと乗り移っていた。チアが構えたスナイパーライフルの砲口からは、細い白煙が流れていた。
「チア、助かった……!」
『んっ』
チアは射撃に専念し、サビナ機の動きを牽制してくれている。
その隙にイヨ機が複関節脚部の跳躍力を活かし、ひとっ飛びで俺のとなりへと降り立った。
『シルトどいて!』
イヨの〈ヴィント・マークα〉が両腕のガトリングガンを連結部に向ける。
『壊れてよ――!!』
そこに、すさまじい量の弾丸が叩き込まれた。
視界を覆うほどのはげしい火花が散る。
そのまぶしさに思わず顔をそむけたとき――耳をつんざく金属の咆哮が上がった。
それは、連結部が破壊された合図だった。
「急いで……!」
俺はイヨ機をシールドでかばいながら後退。
切り離された最後部の車両が、サビナ機を乗せたままゆっくりと離れていく。
『ちょ、なによそれぇ!?』
サビナが慌てている。だがもう遅い。
高速輸送機がなければ、もうこの最高速度の〈グスタフ・ドーラ〉に追いつくことはできない。
後部車両は、みるみるうちに距離を大きく開けた。
それに取り残されたサビナ機は、怒り心頭といった様子でこちらに向かってなにかを撃ちまくっている。だがさすがに届くはずもない。
『こんの……! 覚えてなさいよ~~!!』
サビナの深紅の機体が、捨て台詞とともに遠ざかっていく。
こうして間一髪、俺たちは危機を退いたのだった。




