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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP05/ 第2話 天空に至る道
56/93

#55

「ど、どうようしよう!?」

「わわわ、わかんないよぉ!」

 イヨははげしく焦り、モルガンはそれ以上にパニくっていた。唯一、チアだけがのんきに構えている。

「とりあえず、落ち着いたほうが……」

 俺は言いながら時刻を再確認した。

 やはり事実だ。天空遺跡〈オルクス〉攻略に向けて出る飛行戦艦の出発時間まで、あと十五分程度しかない。しかもその発着場のある街までは転送が使えず、フィールドを直接移動するしかない。

 だがどんなに高速の軽量猟でも、猟機の移動速度には限界がある。

 アフターブーストを使っても間に合わないだろう。というかそんなことをしたらすぐにガス欠になってしまう。あくまで戦闘用のマニューバだ。

 あと考えられるのは、高速輸送機イェーガー・キャリアーか。

 あれがあれば地形を無視できるし、なにより速度が出る。だが非常に高価なので、いまの俺たちの手持ちの資金を合わせたとしても購入できないだろう。

 他になにか方法は――

「あ」

「なにっ!? なにかあるの!?」 

「あれ、あったよね。名前忘れたけど。列車で行けば、もしかしたら」

「列車……?」

 イヨが一瞬だけぽかんとし、すぐに明るい声で叫んだ。

「〈グスタフ・ドーラ〉!」

 そういえばそんな名前だったな、と俺は思い出す。

 以前も攻略時にはよく利用していた。あれなら飛行戦艦が出るライターハーフェンを通るし、駅となる街へは転送可能なので、すぐにでも乗ることができる。

 今から間に合わせるには、それしかない。

 絶望顔だったモルガンも、ようやく生気を取り戻していた。

「じゃっ、じゃあすぐに――」 


「いた!!!」


 突然、甲高い大声が響きわたった。

 通りを歩いていたほかのプレイヤーたちも、その声量の大きさに驚き、一斉にそちらを振り返った。

 それはすでに立ち去ったと思っていた、サビナだった。

 鬼のような形相でこちらを指差している。

 ふたたび俺は凍りついた。

 サビナはずかずかとこちらに近寄ってきた。

「あんたさ、さっきアタシが質問したとき、最初になんて答えた?」

「は……?」

「あんた、『人違いでは?』って言ったでしょ。アタシは、『なにか知ってる?』って聞いたのよ。べつにアンタがそうだとは聞いてない」

「っ――」

 俺はしだいに思い出していた。

 たしかにサビナは、無礼だし奔放だしわがままだし怒りっぽいし女王様気質だが――馬鹿ではない。


「あんた、なんか知ってるでしょ」


 サビナの瞳に浮かんでいた疑念が、確信へと変わっていた。

 まずい。

「い、急ごう!」

 あわててイヨたちに叫んだ。 

 俺は恐怖にかられながら、メニュー画面からフィールド転送を選択した。


 *


 真っ白な光に包まれた直後、視界が晴れる。

 転送後の俺を取り囲んでいたのは、乾いた風の吹く荒野だった。

 だがただの荒野ではない。正面に大きな町の入口が見えた。そこからちょうど反対側を振り向くと、同規模の町並みが広がっていた。

 町が左右に分かれているのだ。

「……なに、ここ」

 初めてきたであろうチアが不思議そうにしていた。

 追って転送してきたイヨとモルガンは知っているので平然としている。

 だれしも最初は不思議に思うが、その理由はすぐにわかる。

「来た」

 吹きつける風に砂塵が混じりはじめた。

 遠くから巻き起こされた砂だ。それを成したのは、遠景に浮かぶひとつなぎの長い影。それがしだいに大きくなっている。

 つまりは、なにかがこちらに近づいてきていた。

 やがて大地がびしびしと揺れ、影は鮮明な輪郭を得てゆっくりともどかしいほどの時間をかけて停止した。そこでようやく、俺たちは町が分断されている理由を目の当たりにした。

 それは、まるで山そのものだった。

 巨大すぎて、猟機に乗っていないとまるで最上部が見えない。目の前に突然現れたとしたら、まちがいなく巨大な壁と断定するだろう。

 高さだけではなく、その全長もすさまじかった。何百メートルという単位ではない。ひとつの車両だけで一キロは確実に越えている。それが何両もつならなっているので、最後尾のあたりはほとんどかすんで見えなかった。


 これが、超ド級の砂上要塞列車〈グスタフ・ドーラ〉だ。


 その巨体の各所には、対ガイスト、対猟機用の砲門やランチャーが備え付けられている。実際、荒野はガイストが蔓延っているフィールドも突っ切って運行するため、このような武装が必要となるのだ。実際に襲われることは珍しくないが、これに搭乗している間は自動的に敵を迎撃してくれるので、まず危険性はない。   

「これなら、ぎりぎりで間に合うはず」 

 壁の一部が大気を震わせる軋みを上げながら展開し、ドック並みの広さを持つ水平のスペースがせり出した。あそこに乗るのだ。

 俺たちは猟機を呼び出して、搭乗用の台へとそのまま乗り入れた。

 巨体が生物のような悲鳴を上げながら、来たときと同様に大量の砂塵を撒き散らして、ふたたび進みはじめる。停車と発車には多少時間がかかるが、この〈グスタフ・ドーラ〉の最高速度はどんな猟機よりも上だ。

『ま、間に合うかなぁ……!』

 俺は操縦席から、となりの砂漠色の中量猟機――モルガンの機体を見た。

 それと同時に、全周モニターの上に小さなウィンドウで、モルガンの横顔も映し出される。モルガンの顔は可哀想なほど青ざめている。

『だ、大丈夫だよモルガン。ね、シルト?』

 続いてモルガンの下にイヨのウィンドウも浮かんだ。

「うん、ぎりぎりだけど……」

 どのみち、あとは間に合うように祈るしか俺たちにできることはない。


 それにしても、サビナは相変わらずだった。

 

 以前から正直なところ、俺はサビナのことが苦手だった。

 というか得意なやつもいないと思うが、ああいう性格なので、戦闘中やその前後も俺はだいたいよくいびられていた。言い返す弁も度胸もないので大抵甘んじて黙っていたが。

 サビナの感性や戦い方には、かなり野生的なところがある。

 それに勘も鋭い。いまの俺に気づかなかったとはいえ、現にあの黒の猟機を倒したプレイヤーが、かつての俺ではないかと見抜いていた。

 たったすこしの接触でこんなにも気疲れするとは。

 もう会うことはありませんように。

 俺は本心から祈りながら、ふと、モルガン機の奥にいるイヨの猟機にアイカメラを向けた。

「イヨのその機体、えっと……はじめて見たかも」

『あ、そうだね』

 イヨが乗っているのはいつもの管制機〈ヴィント〉ではなかった。

 〈ヴィント〉と同じ青と白のカラーリングの軽量猟機だ。

 脚部は複関節型――トリ足というのがわかりやすい――を採用している。両腕の主力火器は同系のガトリングガンだ。さらに背部や腰部などには、追加弾倉をこれでもかと積載していた。

『〈ヴィント・マークα〉っていうの。一応、お気に入りのひとつなんだよ』

「い、いいと思うんだけど……なんで?」

『だって、本気のチームバトル戦ならともかく、今回は楽しむことが目的だもん。わたしだって戦いに加わりたいし』

『それで……その機体なの?』

 モルガンが聞く。

『いいでしょ? たぶん、総装弾数ではどんな機体にも負けないと思う』

『ちょっと偏りすぎじゃない?』

 モルガンが茶化すように言うと、ウィンドウに映るイヨはなぜかすこし照れたように恥じらう。

『撃ちまくるのって……なんか好きだし』

『はは、イヨって面白~い』

「……お、おもしろいっす、ね」

 なぜか俺はドン・イヨモリの影が脳裏に浮かんで、心から笑えなかった。一般論として、血は争えないものだろうし。

 一方、モルガンは中量猟機だ。

 見た目の特徴としては、頭部に後ろに伸びる大きな角が付いていることだろうか。

 両手の武装はショートバレルのライフルと右腕のレーザーナイフという、あまり火力は望めないものだった。

 その代わり、背中に巨大なバックパックを背負っている。

 追加ブースターかとも思ったが、よく見るとちがっていた。

『ボクのは、支援用の機体かな』

 モルガンがみずから答えた。 

『基本的には電子戦機なんだけど、リペアキットとかも積んでるし、攻略が長引いたときは色々と役立てると思うよ』

「へぇ……。珍しい」

 すこしだけ意外だったが、夏華のドジっぷりを思い返すと、案外合っているのかもしれない。

 なぜかそのとき、奇妙な違和感が残った。

 だがその正体はぼんやりとしていて、自分でもよくわからない。

『いいんじゃない。バランスがよくて。チアの機体はさらに遠距離向けに強化したし、一緒にやったもんね、チア?』

『あ………………あう』

 チアがかろうじて答えた。

 夏休みに入ってからは、イヨたちだけでプレイしていたときもあったようだ。

 俺は以前、千亜が伊予森さんに放課後連れ回されていたときのことを思い出し、静かに合掌した。もしかしたら、ゲームでもイヨのスパルタ教育を受けていたのかもしれない。

「それは、たしかに」 

『シルトの機体って、だいぶ変だね? なんか……悪役っぽい』

「でしょうね……」

『なんでシールドを二つも背負ってるの?』

「まあ……役に立つので。たまに」

『ふーん……。あ、でもかっこいいよ! いざとなったら、ボクを守ってね』

 ウィンドウのモルガンが微笑んだ。 

 それはまさに夏華のものそのままだ。

 俺は現実世界でもゲーム内でも、同じようにどぎまぎしてしまう。

 落ち着け。

 とりあえず冷静にならねばと、息をつこうとしたとき、


 轟音とともに視界が揺れた。


 この〈グスタフ・ドーラ〉の巨体に衝撃が走ったのだ。

『こ、今度はなにぃ~!?』

「ガイストの攻撃……でも、こんなに揺れるはずは」

 俺は機体を動かして、列車の後方に頭部のメインカメラを向けてあたりを索敵した。

 地表に敵はいない。上空にもだ。

 〈グスタフ・ドーラ〉はその巨体のため遠目からは鈍重に見えるが、実際は猟機のアフターブースト並の速度が出ている。走行中の列車に追いつけるガイストは滅多にいない。

 いや――

 俺は列車の走り去った後方、激しく巻き上がる土煙を切り裂く影を捉える。

 〈グスタフ・ドーラ〉と併走するように、低空をなにかが飛んでいた。 


『逃がすわけないでしょぉおおお!!』


 それは、高速輸送機に乗った深紅の重量猟機の姿。

 ――サビナの搭乗機だった。


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