#04
そこは無人の荒野だった。
先ほどまでの活気あふれる賑やかな光景から一転し、寒々とした光景がどこまでも広がっている。
吹きつける乾いた風。
砂塵。
かつての文明の死骸。
ここにあるのは、それだけだ。
これがアイゼン・イェーガーの世界。
これがアイゼン・イェーガーの戦場だ。
隣に立つイヨも、寒くはないだろうが、無意識のうちに身をさすっている。
「こんなところで、戦うんだ……」
「ここは一番標準的なフィールドだよ」
どこでもいいと答えたのは、強がりではない。
どこだろうと知っている。高校に入るまで毎日いた場所だ。不可侵とされているゼロ・エリア以外であれば、隅から隅まで知っている。
すこし前方に、カズキたちがいた。
にやにやと薄ら笑いを浮かべている。
「先に言っとくけど、このゲームは、強いやつと弱いやつの差が激しいからな」
「はい」
その通りだ。よく知っている。
「じゃあいくぞ。ロード!」
カズキが猟機の呼び出しコマンドを叫ぶ。
空間に虹色の光が集まった。
その光はなにかを形作り、ひときわ大きく輝いた後、なにもなかった場所に鋼鉄の巨人が出現した。
物質として定着した巨体が大地に立ち、砂埃が膨れ上がる。
ド派手な赤と金色の重量級機体。
この世界には遺産の技術のひとつとして、物質転送がある。
これは猟機の運用に広く利用され、平均重量20トン、全長5メートル超の猟機をあらゆる場所に一瞬で出現させる。火器の装弾にも使われており、猟機の携行可能なサイズの武装に、従来とは比較にならないほどの装弾数を与えている(という設定だ)。
プレイヤーは初期装備になっている腕輪により、戦闘可能フィールドならどこでも自分の猟機を呼び出すことができる。
「……ロード」
もう何回口にしたかわからないコマンドを唱える。
同様にして、光の中から俺の猟機が出現する。
こちらはさきほど選択した初期状態の猟機。カラーリングも変更していないので、味けのない灰色だ。
向こうの猟機は、見るからに高価で高性能な武装を積んでいる。
猟機には複数の武装をマウントできる。
左手。右手。背面。さらにカスタマイズしていくことによって、頭部や肩、脚部に武装を付けることも可能だ。
敵機の肩の後ろからは、長い砲身が突き出ていた。
(あれは『HIDUCHI』グレネードキャノンか……。背負ってるコンテナは、垂直ミサイルだ。遠距離戦メイン、なのか)
ゲームに習熟すると、敵機の性能――主な武装がなにか、どんな戦い方を主眼に置いているかが、シルエットから推察できるようになってくる。チューンアップされている場合もあるが、それでもおおよその種別はすぐに判別がつく。
これはキャラクターのドライバースキルでも機体の性能でもない。単純にプレイヤー本人に備わる能力だ。こればかりは購入して手に入れることはできない。
俺は取り残されているイヨと、不安そうに見つめるクリスに言う。
「二人はそのまま待ってて。戦闘がはじまると、参加しないメンバーは自動的に観戦ポイントに移動するから」
「う、うん……」
「あの!」
クリスがめずらしく声を張った。
「がんばって、ください……」
あまりにリラックスしていた俺は、その切実な様子に、逆に申し訳なさを感じながらも、しっかりとうなずいた。
一対一のデュエルマッチ。
俺が一番得意な方式だ。仲間との連携とか、綿密なコミニュケーションとか、そういう面倒くさいものが必要ないから。
デュエルマッチを申請し、カズキを選択。向こうも同様の操作をし、申請が受理される。
視界が切り替わり、同じフィールドのべつ地点へと一瞬で転送された。ついでに俺の視界は、いつの間にか窮屈なコクピットの中へと移っていた。
フィールドの両端につく。
このように公平な位置からはじまるのは、デュエルマッチならではだ。通常の攻略エリアなら、いきなり背後から敵やプレイヤーの猟機に襲われてもおかしくない。
コクピットの中は窮屈だが、全周モニターにより視界は広かった。そこに情報が表示されていく。
<< BATTLE MODE: DUEL MATCH >>
<< FIELD: PRIMITIVE WILDNESS >>
<< K-KAZUKI VS Schild >>
READY GOの表示とともに、戦闘が開始される。
『うらぁ!』
音声チャットをオンにしたままのカズキの叫びが聞こえた。
開幕砲撃。
前方で巨大な火の玉が炸裂した。
炎と粉塵に包まれ、ビルの残骸が崩れ落ちる。
グレネードキャンの砲撃だ。
余波がここまで伝わり、空気を振動させている。
だが、それだけだ。この距離では届かないし、当たるはずもない。
グレネードキャノンは威力は高いが、装弾数が少ない兵装だ。それを無駄弾とは、ずいぶん景気がいい。
全周スキャン。
敵猟機の位置を確認する。
機体背部と各部のスラスターを使うブーストダッシュで、荒野を正面から横切って接近してくる。驚くほどに無防備だった。
ロックオン警報。
敵機が背負ったコンテナから、白い煙を引いてミサイルが発射される。
ミサイルは垂直に上がり、上空高くへと飛翔した。
俺はしっかりとそれを視認しながら、巨大な立体道路の残骸へと近づく。
ミサイルが高速で迫る。
十分に引きつけたあと、道路の影に機体を滑らせた。
瓦礫にぶつかり、ミサイルが爆散する。
全弾回避。猟機にダメージはない。
影から覗くと、敵機がさらにミサイルを放つのが見えた。
目測で発射数を数える。十二発。同時発射数の最大数が、次々と残骸の壁に衝突し、炸裂していく。
重々しい爆発音が轟き、瓦礫をまき散らす。
だがこちらには一発も届いていない。
あのタイプのVTLミサイルの装弾数は非改造時で60発だから、撃てるのはあと五回。だが相手に惜しんで使う意図はなさそうだった。
加えて遠距離戦がメインの機体武装にも関わらず、どんどんと距離を詰めてくる。
(あ、こいつ……)
相手の力量がどの程度が推し量るのは、重要なスキルだ。
裏をかく。裏の裏をかく。
この戦術は通用するか? それとも手痛い反撃を食らうか? 隠れるべきか? だとして自機の位置はバレていないか? 誘い込まれていないか?
移動し、牽制し、最も効果的なチャンスを狙う。
それらは自分と相手の力量の差によって、無限に変化する。
随行する管制機に優秀なオペレーターがいれば、戦況を助言してくれる。だがオペレーターなしのデュエルマッチでは、戦うプレイヤー自身でそれを判断するしかない。
だが、今回それを見抜くのは簡単だった。
スティックを引き、ペダルをキック。ブーストジャンプ。
スラスターの推力により、俺の猟機は瓦礫の山から飛び出した。
下方に敵猟機。照準。
トリガー。
放たれた対猟機用の徹甲弾が、敵機の肩の装甲を削り取る。
カズキの操る機体は慌てたように横にスライド移動。またミサイルを発射しながら、両手のマシンガンを乱射してくる。
俺はまた機体を大きなビルの残骸の裏に潜ませた。
ビルが盛大に破壊されるが、そのときすでに俺の機体は移動している。
『くそっ、なんだよ!』
平面的で単純な動き。
それに冷静じゃない。頭に血が上っている。強引にやり返そうとするから、動きが単調になり、隙ができる。余計に被弾する。さらに苛立つ。その悪循環。
自分も最初は同じだった。だからわかる。
違いはただひとつ。
頭のなかを、これまで対戦した無数の強敵たちの姿がよぎる。
そこから俺は、地道に這い上がっていっただけだ。
中学生活を全力でドブに投げ捨てた(※捨ててしまった)俺を、なめてもらっては困る。
『おい、逃げてるだけかよ!』
カズキが叫ぶ。
回避運動を逃げるというのなら、その通りだ。
わからないのか。
逃げるのは、先に致命傷を与えるためだということを。
階段状の瓦礫を駆け上がりブーストジャンプ。さらにスラスターの角度を変えて空中を水平に飛んだ。敵機の頭上を飛び越える。
サイドスラスターによる急速旋回。あとは自由落下に任せるだけ。目をつぶっていてもできる。
砂埃をまき散らし、敵機の背後に着地する。
向こうにとってはいきなり後ろに出現したように感じたかもしれない。見失っていた証拠に、二回は斬り捨てられる間を置いて、敵機が振り返った。
ソードのレーザーを出力。
切断面を入力。トリガーを引いた。
入力した軌跡に従い機体が反応。ソードを下からすくい上げるように振り抜く。
肘から溶断された敵機の左腕が、握ったマシンガンごと宙を舞った。
『な、なんで……!』
斬り飛ばされた巨人の腕が地面を転がり、敵機が慌てて後退する。この状況で亀のような徒歩での後退。バックブースターを吹かすのも忘れている。相手の動揺が手に取るようにわかった。
俺はあえて自分から引き、もう一度距離を開けた。
口元が自然とほころんでいた。
この感覚。
この感覚に、ずっと溺れてきた。
相手を力で否定する感覚。
遅い。鈍い。浅い。拙い。――弱い。
「甘いんだよ」
一発しか撃っていないハンドガンを放り捨てる。こんなもの必要ない。
敵機の射線上に機体を踊らせた。
ロックオン警報。敵機がグレネードキャノンを構える。
大量の燃料消費と引き換えに猛加速を得る機動――アフターブースト。
弾丸となり大地を疾る。後方にグレネードが着弾。
巨大な爆発炎を背にさらに加速。
猟犬のごとく強襲する。
これこそが、イェーガーの戦い方だ。
サイドブーストを駆使し、小刻みに機体を振りながら接近。向こうの射撃はまったく照準が定まっておらず、撃つのに必死で足が止まっている。
敵機に肉薄。
砂塵をまき散らしながら踏ん張り旋回。敵機の斜め後方で停止。
『は――』
レーザーの白刃が、敵機の胸部から飛び出した。
致命の一撃。
敵機の中枢を容赦なく貫いたレーザーソードを、俺は乱暴に引き抜いた。
力を失った赤と金色の巨人が、ひざをつき、ゆっくりと前方へ倒れた。重々しい響きとともに砂埃が舞い上がる。
<< TARGET DESTROYED >>
撃破認定。
デュエルマッチは、俺の勝利で終了した。
*
「セーブ」
俺は猟機の格納コマンドを唱えた。呼び出したとき同様に、光の中に消えた機体が、今度は自分のドック――最初に見た倉庫に戻っていく。
自動転送される前の位置に戻り、全員がその場に集まっていた。
カズキと仲間たちは、呆然と俺を見ていた。
「初期機体で、勝ちやがった……」
「バケモンかよ……」
イヨとクリスも同じように、幽霊でも見るかのような顔を向けている。
俺は戦闘の最中よりもずっと緊張しながら、口を開いた。
「約束は、守ってもらえますか。もうクリスには、ちょっかい出さないでください。あと、できれば初心者狩りも、やめてもらえると」
「! んなこと……」
「じゃないと、機体を何回も直すことになる」
「……!」
俺の言葉に、カズキはようやく気づいたようだった。
機体の修理代は相当なものになるだろう。
自分のドックに戻ったとき、大破した猟機を前に頭を抱えるかもしれない。
高性能なパーツで固めた機体にも欠点がある。それは修理費用も応じて跳ね上がってしまうことだ。
資金がなければしばらくは自慢の猟機では出撃できないだろうが、そのシビアさもまた、アイゼン・イェーガーの特徴だ。初期猟機のパーツは売却することができないため、最低限の機体は組める。
賞金の出る大会などもあるが、そういった荒稼ぎができる実力がなければ、地道にクエストをこなして、こつこつ金を貯めるしかない。
「……わかった」
カズキはどこか不気味そうに俺から目をそらしてメニューを呼び出し、そそくさとフィールドから転送していった。
一抹の寂しさが、そっとこみ上げてくる。
これで本当に最後だ。
終わりに人助けができたのなら、悪くない。
ようやく本当に、やめることができる。
俺はメニュー画面を呼び出し、そっとログアウトした。




