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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP04/ 第4話 王者凱旋
48/93

#47

 眼前に立つハルの〈テンツァー〉が、ハンドガンを握った両腕をゆっくりと開いた。

 構えをとる前の予備動作。

 繰り出される攻撃をイメージしながら、俺はそれを静かに見つめていた。

『相手をしてやる、だって? 言ってくれるな……』

 ハルは獰猛に言い返した。

 俺は醒めた意識で、思いついたことを口にした。

「ひとつ提案したい」

『なんだ?』

 言いながら、自機のステータスを確認する。

 まだ機体に直接のダメージはない。シールドの耐久値は〈五式重盾『鐵』〉のほうが大目に減っていたが、心配するほどではない。レーザーカッターは射出してしまったため手元からは失われているが、他に目立った損耗はなかった。


「もし、俺の機体の耐久ゲージを1パーセントでも減らせたら、そっちの勝ちでいい」


 俺の発言に、しばしの沈黙が流れた。

 やがて、ハルが唸るように低い声で答えた。 

『そうやって、オレを怒らせて冷静さを損なわせようとしてるのか?』

「……どうとってもらっても構わないけど。どちらかというとこれは……善意かな」

 率直に言ってから、それも余計に挑発に聞こえるか、とすこし反省した。本当にそのつもりはなかった。

 だがそれが、完全に火を付けてしまったらしい。

『後悔するなよ』

 スラスター全開で、〈テンツァー〉が猛然と襲いかかってきた。



 左手に〈五式重盾『鐵』〉を構えながら、俺はハルの猛攻撃をしのぎ続けた。

 二丁のハンドガンの連射。シールドで防御。だが視界が塞がれたその一瞬に敵機は位置を変えている。

 側面に回り込まれる。すでに片脚を高く振り上げている。

 真上からハンマーのごとき踵落とし。

 通常の旋回では間に合わない。俺は背中を向けて逆向きに旋回し、その一撃をふたたびシールドで防御した。

 シールドをめくり上げつつレーザーソードを突き出す。

 ハルはブースターを使わず軽やかなバックステップ、最短距離の回避。

 ――からの跳躍。ブースト・マニューバで空中を飛び、さきほどの俺と同様にビルを強烈に蹴りつけ、こちらの頭上に躍り出た。

 前進した直後、地面に無数の弾痕が穿たれる。

 頭上を越される。

 背後をとられる危機感から、その場でドリフトターン。

 だが予想より速い。

 すでに〈テンツァー〉が肉薄していた。

 俺もレーザーソードを引いていた。

 すぐには振らない。ディレイをかけた。

 おそらく初撃を回避してからのカウンターを狙っていたハルが、ワンテンポ遅れた内回し蹴りを繰り出す。インからアウトに抜ける脚部が鼻先をかすめた。ここまでは予想通り。

 だが、それすらも囮。

 敵が無防備な背面をさらした瞬間、片方のハンドガンの銃口がこちらに向いていた。

 シールドに直撃。

 この前の戦いのときなら、確実に食らっていた攻撃だ。  

 まさに踊るような戦い方。

 ゼロ距離で叩きつけた俺のシールドバッシュを、ハルはみずから後方に飛んで勢いを殺して着地した。

 すかさず距離を詰める。ハルも大地を蹴った。


 どこか懐かしかった。


 俺は無心で機体を操りながら、これまで感じたことのないほどのやすらぎに満たされていた。

 この感覚。

 力と技をぶつけ合う、純粋な世界。

 どうしてだろう。

 こんなに血が沸くのは。

 恐怖を、圧力を、敵意を感じるほど、

 胸が高鳴るのは。


 こんなに楽しいことはない。


 俺はいったん引いて高架道路の下へと機体を滑らせた。

 ハルも平行に距離を維持したまま追撃してくる。

 マルチランチャーの弾はもうなかった。走行しながらパージする。

 ハルは強い。

 さすが現役の上位ランカーだけはある。このアイゼン・イェーガーのプレイヤー人口の全体で見れば、確実にピラミッドの頂点近くに位置するだろう。 

 けれど――

 俺はマップを確認し、ある地点を探した。

 機械化都市固有の灰色の光景に目を走らせながら、頭の裏ではべつのことを考えていた。 


 ハルはこれから、どれくらいの勝利の歓喜と敗北の絶望を味わうのだろうか。


 それはとても長い道程だ。

 それでもハルが望むのなら、戦い続けてほしいと思った。

 同じ猟機乗り(イェーガードライバー)として。


「――“十傑の壁”」


 俺がつぶやいたその言葉。

 それは俺からハルへの、ささやかな手向けだった。

『……なに?』

「聞いたことは、あるだろ」

『当たり前だ』

 このアイゼン・イェーガーの世界では、デュエルバトルもチームバトルも、日々数多のプレイヤーがしのぎを削っている。

 ゆえにランキングというのは、日々変動していくのが常だ。とりわけ個人対個人で手軽に行えるデュエルバトルは、順位の入れ替わりがきわめて早い。

 だがデュエルの上位十人については、アイゼン・イェーガー始動以来、ほとんど入れ替わりが起きていない。それが何を意味するのか。

 仮に十一位まで上がることができても、そこから先にはどんなプレイヤーも一向にたどり着けないということ。

 それほどの絶対的な実力差が、そこに存在している。

 “十傑の壁”とは、それを指して自然に発生したスラングだった。


 不可侵の聖域。

 それが十傑の壁。


『一年くらい前、はじめてその十傑の壁を破ったプレイヤーがいた。そいつが、すこし前までのトップランカーだった。そいつは急に、やめてしまったみたいだけど……』

「壁は、越えられるよ」

「なんで、そんなことをおまえが……』

 俺がなぜそんなことを言っているのか、ハルは困惑していた。

 やがて、息を呑む気配が伝わる。

『まさ、か――』

「そんなことは、どうでもいいんだろう?」

『……!!』

 自分の言葉を返されて、ハルはどう思ったか。

 それでも冷静さは保っている。

 だがその動きに迷いはなかった。

 最大戦速でこちらに接近していた。俺は直感した。

 決着を付けにきている。

 話しながら機械化都市内を移動していた俺は、ようやく目当ての場所に到達した。

 機体を反転させ、〈テンツァー〉を迎えうつ。


 どう来る――


 俺はじっくりとレーダーを注視していた。ハルの動きを、その意図を見抜くために。

 レーダー上から、そのマークが消えた。

 設置型のジャマーか、あるいはアクティブステルスか。

 ――どちらでもない。

 俺の猟機の後方に、突然敵機のマークが出現した。

 レーダーに映らなくなる地下道を抜けてきた。その場で急速旋回。だが敵機の姿は見えない。位置はあっている。高度の差。

 高架道路の上。


 〈テンツァー〉が頭上から強襲した。 


 俺が真下から斬り上げる逆風で、レーザーソードを振るった。

 それを〈テンツァー〉の脛脚が迎え撃った。

 わずかに向こうが速かった。

 出力した刃ではなく、その発生器である刀身を真横から打ち抜かれた。

 レーザーソードが半ばでへし折れる。

 〈テンツァー〉が着地。

 すでに機体をひねっている。

 竜巻が起きる前兆。

 急角度での胴回し回転蹴り。 

 その直前に、俺はシールドごとショルダーアタックを食らわせた。


 ――それは、ほんの紙一重の差だった。

 その差をハルはまだ知らず、俺は知っていた。

 本当にそれだけのことだった。

 

〈テンツァー〉の両腕が宙を舞った。


 そのとき生じたわずかな停滞の間は、ハルの困惑を表していた。

 ハンドガンを握ったままの腕部が、肘の先で切断されている。

 それを成したのは、俺がさきほど回収(、、)し左腕に装着し直していたレーザーカッターの刃だった。

 それでも、ハルは最後まで諦めなかった。

 両腕を失った〈テンツァー〉の渾身の蹴脚が側面から迫る。

 だが両腕を失いバランスを欠いたその一撃は数十センチ先の虚空を貫き、その直後にレーザーカッターの短く高出力の刃が、〈テンツァー〉の胸部に深々と突き刺さった。

 紙一重の差。

 それに付け加えるとすれば、もうひとつ。

 今度は俺にも、負けられない理由があった。



 << TARGET DESTROYED >> 



 全身から火花と白煙を上げる満身創痍の猟機が、ゆっくりとひざから崩れ落ちる。

『……オレは、とんでもない思い上がりをしていたみたいだな』

 ハルの声は、どこか清々しく晴れやかですらあった。

 俺も同じような気持ちだった。

 そう。

 単純に、楽しかった。

 これほど血が沸く戦いをできる相手に、素直な賞賛の気持ちを抱いていた。


『オレの、完敗だ』


「……ありがとう、ハル」

『それは、なんの礼だ?』

「色々、かな」

『……へんなやつだな、おまえは』

 本当に感謝していた。

 成瀬や一葉たちと遊んで、とても楽しかった。もしかしたら、ずっと望んでいたリア充になれるのかもしれないと、束の間の夢を見た。

 だけどそれは、だれかに用意してもらうものじゃないから。

 後悔はなかった。

 たとえ後悔することがあっても、誇りたいと思った。


 自分で選んだ、その場所を。



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